第1話「人類の冬、あなただけの少女」
お久しぶりです。新作です。ずっと書きたかった世界観です。タイトルの文法合ってるか?というのは一旦置いておいて、皆さんの反応でモチベ上がります。思いっきり上から目線で評価していってください。それでは、よろしくお願いします。
マイナス二十度の風が雪原を駆けていく。
瞬間、寒いと感じる間も無く、ストックで力強く雪を押す。
スキー板から足裏に伝わってくるのは、この雪原は新雪に覆われているということ。
「ここら辺に、昨日目印を刺してたはずだが」
軽く滑りながら辺りを見渡す。そして、赤く小さな旗の先端が雪原から僅かに顔を出しているのを見つける。
「おい、嘘だろ」
雪を掘り出し、顔を出した旗には『ユウ』とぶっきらぼうな文字。
「この旗、五十センチはあるんだぞ」
俺は自分の所有物であるその旗を引き抜こうとする。が、何かに突っかかって引き抜けない。
「ふざけんな、よ」
思わず悪態をついたそのとき、旗を引き抜けない理由が現れる。
手だ。
真っ青な、生気を感じない人間の手が旗をがっしりと掴んだまま凍っているのだ。
「……ああ、ごめんな」
旗を引き抜こうとする力が自然と弱まる。
「残酷な、希望を与えちまった」
手を離すが、旗は倒れない。ストックを突き、走り出そうとしたそのとき、
「ワウッ! ガウッ!」
「ん?」
獰猛な犬の声、少し遠くだ。振り返ると、一匹のシベリアンハスキーがこちらに走ってくるのが見えた。
「おっ、おお?」
首を傾げたのは、その犬はスピードを緩める気配が全く無いからだ。
「おい、おいっ!」
「バウバウッ!」
「おわっ!」
俺はその犬に押し倒され、尻もちをつく。新雪が俺の尻の形に凹むと、遠慮なく顔を近づけてくるその犬に手を伸ばした。
「おいっ、ジョンっ! はしゃぎすぎだ。獲物見つけたか?」
当然だがジョンは言葉を返すことは無く、爛々と光る目と荒い呼吸を向けてくる。
「よしっ! それじゃこれで今日のノルマはクリアだな。全く、何でも良いから動物っつったって、その動物がいないんだもんなぁ? ジョン」
俺は今晩喉に流し込む酒の味を想像しながら、意気揚々と立ち上がる。
「でも、流石ジョンだ。俺の相棒。お手柄だ」
ストックを握り、ゴーグルをかけ直す。
「ジョン?」
ジョンは荒い呼吸のまま、俺について来ようとする気配が無い。
「おいっ、い……」
俺の呼びかけに応じないのも当然だった。
何故ならその獣は、目の前に獲物を見つけたのだから。
「おい、やめろ」
飢えた獣は死体の腕に噛みつき、力いっぱい引っ張っている。
肩、そして、いよいよ顔が見えようかというそのとき、凄まじい悪寒が全身を駆け巡った。
「やめろっ!」
自分でも驚いてしまった、恐怖と苛立ちに支配された叫び声。
こちらを見上げるジョンの目は、俺と同等か、それ以上に怯えていた。
「ごめんな。今日、たらふく肉食わせてやるからな」
その一言で悟ったらしいジョンは、のそのそと俺の隣りに並ぶ。
「クソだ」
ストックを突き、勢い良く走り出す。
振り返ると、真っ赤な旗が力無くはためいていた。
「クソッたれだ。この世界は」
突如地球を襲った大寒波によって世界は生き地獄になった。マイナス十度、二十度は当たり前。ほぼ毎日強烈な吹雪が地面を削り、そこに土の代わりに雪が際限無く積み重なっていく。
政府は辛うじて機能している。が、中央から遠い地域に住む人たちが、生き残るために独自のコロニーを運営し始めるのに時間はかからなかった。
ハンターとして、コロニーに食べ物を納められなければ今日の飯も無い。憂鬱な気分のまま走っていたそのとき、少数のオオカミが雪原を駆ける音が聞こえてきた。
「まさか」
小高い丘を転びながら駆け登り、双眼鏡を覗いてみる。
すると痩せ細ったオオカミが二匹、一目散に何かに向かって走っているのが見えた。
「マジか」
飢えて、群れからはぐれたオオカミが体力を消耗してまで向かう先、そこにいるのは獲物以外にあり得ない。
「ツイてる。マジでツイてる!」
すぐにストックを一回、二回、三回と突き、下りに突入する。膝を九十度に曲げて屈み、ストックを脇に抱えて極限まで空気抵抗を減らす。
平面に突入する瞬間、雪が後方に高々と舞い上がっていくのを感じながら、ストックを一回、二回と突き、ストックを背中にしまってアサルトライフルを取り出す。
セーフティから単発に切り替え、ゴーグルをそのままにアイアンサイトを覗いた。
「は?」
強風の中、目を凝らして見えたのは、人間一人がやっと入りそうな深い穴と、そして、そこから這い出そうとしている細い腕。そして、銀髪の頭。
「人間、か」
落胆。しかし俺の感情など知る由も無いそいつは、両腕を使って何とか雪原に這い出る。何故か服を着ていないようで、長い銀髪と華奢な上半身が見える。
そして、
「血が」
頭から血が出ている。恐らく雪に埋まっていた石にでもぶつけたのだろう。クレーターを囲み、少女に吠えているオオカミたちはその血の匂いを嗅ぎつけたのだ。
考えろ。ここであの少女を助けてどうなる?
俺はそいつを街に連れて行き、食っていくための仕事を紹介する。
こんなところに捨てられる人間、それも女。どんな仕事が来るか。想像に難くない。
そんな金の稼ぎ方、クソだ。
でも、俺が人間一人を養えるか?
それともいっそ、見殺しに?
「……ァァ」
「ん?」
強風の中、微かに声が聞こえてくる。
「……ァァァ」
「何だ?」
叫び声のような、断末魔のような、女の声。
そしてその声は、少女に近づくにつれてハッキリ聞こえてきた。
「来るなぁぁぁあぁあ!」
新雪を掴み、思い切り粉雪を舞わせる。転び、悲観する間も無く立ち上がり、生まれたままの姿で吠える。
「来るなっ!」
少女の気迫に押され、オオカミたちが僅かに後ずさる。
「生きたいっ!」
「っ!」
顔も名前も知らない少女の叫び。その言葉が、何故か俺の心の奥底に嫌と言う程響いた。
「終わってたまるかっ!」
生まれたときには既に終わっていたこの世界で、俺はそれでも生きていくために死に物狂いでハンターになった。
希望が無いことはわかっていた。仕事も、辛いだけで対価は見合わなかった。自分の能力と運命を呪った。
それでも今まで生きてこられたのは、まだ希望はあると信じていたから。
「私はっ! ここで終わるような奴じゃない!」
何より、自分の人生に意味があると信じているから。
「……はは」
少し笑い、再びアイアンサイトを覗いた。
「今助ける」
一発、二発とオオカミに向けて立て続けに撃つ。数匹は逃げたが、特別執着心が強いらしい何匹かは牙を剥き出しにして俺に狙いを定める。
『大丈夫。そこにいて』
旋回しながら手で合図すると、少女はその髪と同じ銀色の瞳を大きく見開く。
速力を失いながらも一発、二発と的確とオオカミに命中させ、残った一匹に狙いを定める。
そのまま減速、完全に立ち止まってしまったのは、そのオオカミが可哀想な程痩せ細っていたからだ。
「行ってくれ」
オオカミは俺を睨みながら一歩、二歩と後ずさる。
「殺したくない」
数秒後、オオカミは背を向けて走り出した。
セーフティに戻し、ゴーグルを外してため息をつく。
「あんた、名前は?」
「リリ」
振り返る。
その身体に血が流れているのが嬉しいと感じてしまう程、熱のこもった目で少女は俺を射抜いた。
「リリ、ウィンター」
大きく開いた目を風が撫でても、リリは瞬き一つしなかった。
読んでいただきありがとうございました。作者は北国出身の元自衛官なので、雪上での戦闘においては知識があるつもりです。このお話ではそういった描写も楽しみながら書いていきたいと思います。評価、感想お待ちしております。では、また。