最終話
学校の授業の中で何が得意か? と聞かれたら国語って答えると思う。国語がすごく得意な訳じゃない。その他の科目に比べたら、ちゃんと授業を聞いていると思うから。
僕はパパと二人暮らし。ママは去年亡くなった。体が弱くて家で一緒に過ごした時間より入院している時間の方が長かった気がする。
でも、ママとの思い出はたくさんある。
退院した時、一緒にクッキーを作った。公園に連れて行ってもらった。僕が好きなミートスパゲッティを何回も作ってくれた。抱っこしてくれた。いつも優しかった。
パパと三人で近くの海までドライブにも行った。ママの体の負担を考えると、遠出はできなかった。それでも家の近くにあるレストランで食事したり、家の近所を散歩したり、庭でピクニック気分でお弁当を食べたり、三人での楽しい時間もたくさんあった。
僕はママが大好きだ。もちろんパパも。
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ママが亡くなってからパパはとても忙しくなった。会社に行って、家のことして、僕の面倒を見て。そんなパパを見ているとパパまで病気になっちゃうんじゃないかと心配になる。でも、パパはにこにこして言うのだった。
「忙しい方がいいんだよ」
何もすることがないより、することがある方がいいのはわかる。僕だって学校に行き、友達と遊び、宿題してゲームして、何かしている時は寂しい気持ちを忘れている。ママがいなくなって寂しいという気持ち。
それは何もしていない時にふと現れ、心が悲しくなる。辛い。
ちょっとでもパパの力になりたいと思って「手伝うことある?」と聞いてみた。レンジで温めたハンバーグをお皿に移していたパパは、僕の方を見て少し考えたあと、「お茶碗にご飯よそってくれる?」と言った。
僕は頷き二人のお茶碗にご飯をよそう。仕事でお腹が減っているはずだから、パパのお茶碗にはたっぷりご飯をよそおう。そう思ってしゃもじを動かしていると
「おい、おい。漫画じゃないんだから。パパそんなに食べられないよ」
背後から言われた。気づくと前にテレビで見た、お相撲さんが食べるような山盛りご飯になっていた。振り返るとパパは「あはは」と声を出して笑っていた。
パパが楽しそうに笑うのを久々に見た気がする。
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食事の時間はパパも僕も静かだ。ママがいた時も静かだった。三人とも食事中は集中して食べたい性格なんだろう。だからその分、夕食の後、お風呂に入るまでの時間にいろんなことを話す。学校のこととか、パパがお昼に何を食べたかとか。この時間が僕は好きだ。
今日もお互いの一日を報告した後、テレビで流れていたクイズ番組を一緒に見た。
「亮太、もういっこ、お手伝いしてくれる? お手伝いというよりお願い」
パパがクイズに答えた後にそう言った。
「いいよ? 何?」
パパの方に体を向けるとパパは言った。
「コーヒーが飲みたいんだ。あのスティックのやつ。淹れてくれない?」
パパはスーパーで売っている二十八本入りのスティックタイプのコーヒが好きだ。ちょっと甘いやつ。一回だけ一口飲ませてもらったけど、なかなかおいしかった。
「いいよ。じゃあ僕はジュース飲む」
僕はそう言ってキッチンへ向かった。
∪
電気ケトルでお湯を沸かすのは、何回もやっている。火傷しないように気をつけるだけだ。マグカップとグラスを出し、僕は先に自分用のフルーツミックスジュースを用意した。
次に食器棚の下にある引き出しを開け、カフェラテスティックを出す。そこには何か文章が書いてあった。読めない漢字もあったけど、なんとなく元気づける文章が書いてあるのはわかった。
どれにしようかな、と思っていた時、見つけたのだ。パパにピッタリなスティックを。
マグカップとグラスを持って、パパが待つリビングに向かう。「お、ありがとう」と言ってパパはマグカップを受け取る。
「ね、パパ、これ見て。パパにピッタリだよね!」
僕はデニムのポケットに入れていた空になったカフェラテスティクを見せる。
パパはそれを受け取り、文章に目を落とす。俯いたままだなと思ったら、パパが鼻をすすったからびっくりした。泣いているのだ。
「『キミががんばってるの知ってるよ』か。……ありがとう。亮太。ママもそう思ってくれているかな」
パパの声がいつもより頼りなげに聞こえた。たぶんパパはものすごくがんばっていたんだなと思った。
「ママも僕も同じ気持ちだよ」
それを聞いてパパは僕を抱きしめると、わんわん泣いた。強く抱きしめられすぎて、ちょっと息苦しかったくらいだ。
しばらく泣くとパパはティッシュを何枚も使って涙を鼻を拭った。
僕が入れたコーヒーは冷めてしまったかもしれない。パパは「いただきます」と言ってマグカップを口に運んだ。
「うん! 間違いなく今まで飲んだ中で一番おいしいコーヒーだ!」
パパがくしゃくしゃの笑顔で言う。この笑顔、ママも見てるよね?