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第四話

 朝、出勤して私がデスクを離れるのは、お手洗いに立つ時とコピーを取りに行く時だけ。

 昼休みは自席で弁当を食べ、水筒に入れてきたお白湯を飲む。慎ましい生活をしているけれど、生活が困窮している訳ではないし、貯金はまぁまぁある。


 ただ、苦手なのだ。女性が。女子トークにはついていけない。学生時代はぼっちになるのを避けるため、なんとかどこかに所属しようと女子であることを頑張ってきた。正直、ものすごく苦しかった。



 ∪


 三十代の折り返しの年齢になった今、とても楽だ。私はどこにも属さず、かといって排除されない程度に周りに合わせ「三井みついさんってそういう人だよね」と思わせるような微妙な距離感をとることができるようになった。


 だから昼休み、同僚の女性同士が

「ランチどこ行くー?」

「こないだ行ったカフェは?」


 などと盛り上がりながらオフィスを出て行くのを恨めしく思わない。昼は一人で静かに過ごしたい。


 交代で昼休みを取るので、全員がオフィスを出払うわけではない。でも、私が自席で弁当を食べるのは、休憩時間も電話が鳴ったら応対できるようにだ。会社員としての責任感は我が社で一番のはずだ。


 休憩しつつ電話が鳴ると応対する私を見た同僚は、それが当たり前になっている。「電話は三井さんがとってくれる」と。


 でも、最近になって、なんだかなぁと思い始めた。

 休憩時間も休憩していないではないか? と思い始めたのだ。社外にランチに出たり、社員食堂に行ったりしている人は、きっかり一時間、仕事から離れている。

 私は? それなら社員食堂で弁当を食べればいいではないかと言われそうだけれど、私は社食のがやがやした雰囲気が苦手だ。


 あちこちで飛び交う雑談、愚痴や噂、近況報告。聞きたくもない情報が嫌でも耳に入る。だから、やっぱり自席で弁当を食べるのが一番だ。


 でも、やっぱり割に合わない。



 ∪


 今日も私は自席で弁当を広げる。ふりかけご飯に卵焼き、冷凍食品のブロッコリーと唐揚げを詰めた簡単なもの。ブロッコリーを箸で摘んだ時に電話が鳴った。

 パブロフの犬のような反射で受話器を取る。


「お電話ありがとうございます。日野商事です」


 得意先の企業からの日程確認の電話だった。担当者がたまたま自席にいたので電話を繋ぐ。

「ふぅ」と浅く息を吐きブロッコリーを口に入れた。マヨネーズかけるのを忘れていた。


 その後もご飯を咀嚼中に電話が鳴り、卵焼きを飲み込んだところで電話が鳴った。もともと味気ない弁当なのに、余計に味がしない。

 もやもやしながらナプキンで弁当箱を包んだ。



 ∪


 弁当を鞄にしまった時、背後からぽん、と軽く肩を叩かれた。振り向くと直属の上司である瀬川さんが立っていた。四十代後半の男性、若干メタボ気味の体型。仕事はよくでき、部下からの信頼も厚い人だ。


 うちの会社と別にある同じ系列の事業所の兼務をしていて、なかなか顔を合わせる機会がない。今日はうちにきていたんだ、と思い出した。


「どうかしましたか?」と言葉を発するより先に瀬川さんが口を開いた。


「よかったら、これ。個人的に好きでデスクにストックしてるんだ」


 目を細めて笑いながら、カフェラテスティックを渡された。その朗らかな笑顔からも瀬川さんの人のよさが滲み出ている。

「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。


「自席で弁当食べてたら休憩できないんじゃない? さっきも電話出てくれてたし。取ろうと思ったら三井さんの方が早くて取れなかったよ。申し訳ない」


 そう言って後頭部に手を当てる。毎日、顔を合わせているわけじゃないのに、きちんと部下である私のことを把握してくれている。そのことがとても嬉しかった。


「条件反射みたいになっていて……」

「たまには席を離れてカフェスペースでゆっくりしてきな」


 瀬川さんはそう言った。それでこの上の階の一角に、ちょっとしたカフェスペースがあるのを思い出した。壁につけられたカウンターテーブルと、五つのスツールがある。自販機と小さなシンクと電気ケトルもあったはず。

 そこなら静かだろうし、ゆっくりできるかもしれない。


「後、二十分休憩時間残ってるからさ。行っておいでよ」

「ありがとうございます。早速行ってきます」


 私は席を立った。



 ∪


 幸いカフェスペースには誰もいなかった。人気がないというのは、こんなにも静かなんだなと思う。

 電気ケトルに水を入れスイッチを押す。しばらくすると、こぽこぽとお湯が沸く音が聞こえた。その音が耳に心地よく届く。


 小さなシンクの下にある紙コップを取り出し、スティックの中身を注ぐ。お湯を注ぐとブラウンに近い色の液体がコップを満たし、コーヒーの香りが立つ。

 中身が空になったスティックをゴミ箱に捨てようとした時、それに気がついた。メッセージが書いてあることに。


〝休憩も仕事のうち〟



 休憩も仕事のうち――なんて素敵な言葉だろう。

 瀬川さんは、もしかしてわざわざこのメッセージが書かれたスティックを選んで渡してくれたのだろうか。それとも、たまたま?

 でも、瀬川さんなら前者の気がする。頬が緩んだ。

 瀬川さんの言葉に甘えて、休憩という仕事をひととき満喫しよう。

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