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第三話

「あーっ! くそっ! 何だよ!」


 そう毒づく。

 俺が働くのは中堅の食品会社。入社五年目。数人後輩もでき、仕事もある程度のクオリティーを求められるようになった。

 今日は新しい企画書の提出日だった。同僚の露木つゆきとともに、たった今、課長のところへそれを報告件、提出に行った。

 若い世代が活躍できるようにと、我が社では、今回の〝世界を旅する〟という企画に二年目から五年目までの社員が参加することになった。各年代から一つずつ候補を出し、最終的に四つ上がった候補の中から一つを選ぶということだった。


 今日までの日々の中で、俺はできる限りの調査と努力をした。海外の料理を供するレストランに赴き、スーパーでもサンラータンとかパクチー増し増しフォーとか普段、手に取らないような商品を購入し食した。

 サンラータンは意外と美味しいと思ったが、パクチーは全く受け付けなかった。一口食べた途端、カメムシが口に入ったのかと思った。飲み込めず吐き出した。パクチー好きの人がいたら、怒り狂うだろう。

 もちろん食べたものの写真を撮り、料理名や特徴、感想などをスマホに入力した。図書館でも料理本の本を読んだ。そう、できるだけのことはした。


 そして、俺が考えたのは、日本人受けしそうな海外の料理のミールキットだった。近年ミールキットは人気だし、日本人受けしそうな料理なら売れるんじゃないか、と思った。

 その考えがまとまってからは、ひたすら企画書に向き合った。そして、ついに完成させたのだった。



 ∪


「何かさぁ、ありきたりだよね。新鮮味がない」


 俺の企画書に一通り目を通してから課長が、つまらなさそうに言った。


「それにOフーズから既にそういうミールキット発売されてるから」


 課長は呆れた口調で付け足す。そこでしまった、と思った。肝心の他企業のミールキット事情について調査していなかったと思った。ツメが甘い。それは俺の弱点だ。


「ミールキット企画しといて、他社のそれは調査してなかったの?」

 散々、嫌味を言われ久々にどん底まで落ち込んだ。


 そんな俺を横目に露木が企画したのは、現在人気沸騰中の旅行ガイドブックとコラボして全世界の麺料理を即席麺に改良する、というものだった。


「鍋にお湯を沸かすだけで作れますし、出版社の方は現地に取材に行かれていますし、その方たちにも商品開発を協力依頼すれば、本場の味に近いものが作れると思うんです!」


 露木は生き生きと目を輝かせながら言った。悔しいが、コイツは先の展望をきちんと見据えている。背筋を伸ばしはきはきと話す露木と「なるほどな。ガイドブックとのコラボなんておもしろいじゃないか!」と盛り上がる課長の横で、俺はがっくりと項垂れていた。



 ∪


「失礼します」


 と会議室を出たところで露木は俺の肩をぽん、と叩き「まぁそんな落ち込むなよ」と笑顔で言った。本人は励ましているつもりらしいが、こちらからしたら屈辱以外の何ものでもない。

 一緒にフロアまで戻りたくなくて「トイレ行くから」と言ってその場で別れた。露木がその場を去るのを待って、「あーっ! くそっ! 何だよ!」と毒づいたのだった。


 各部署のフロアがある五階に着き、廊下を歩いていると、エレベーターの左側にある給湯室から女性が出てきた。ハーフアップした髪にオフホワイトのニットに黒パンツ。女性にしては身長が高く、確か170㎝ある、ときいたことがある。

 新人の頃からお世話になっている三つ上の日浦ひうら先輩だ。


「お、坂口君! お疲れ」


 口調もサバサバしていてユーモアがあって、話していて楽しい先輩だ。


「企画書ぼろくそ言われました……」


 先輩が声をかけてくれてほっとしたのか、弱音を吐いていた。


「そうか。……ちょっと待ってて」


 先輩はそう言うと給湯室に引き返した。そして、一本のカフェラテスティックを持ってきた。社員からお茶代を集め、購入しているものだ。


「君には今、これだね」


 とそれを渡される。そこにはメッセージが書かれていた。


〝しっかり切り替えていこう〟


「それ飲んでから席に戻ってきなよ」


 先輩は笑顔でひらひら手をふりながら廊下を歩いて行った。

 先輩の姿を見送った後、給湯室に入る。電気ケトルで早速お湯を沸かす。瞼を閉じるとその裏側がじんと熱くなった。鼻を啜りながらお湯をマグカップに注ぐ。優しい香りのする湯気が俺の頰を撫でた。

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