第五章 昼休み
昼休みになった。さあ、昼ごはんだ。机を移動させるのは女子で、男子は席は変わるが、列のままの机について弁当を開く。「パン買ってこい」のようなことはない。県立の普通科だから。購買部に売ってるパンは、速い者から順番にゲットする。教室でうだうだ言ってる暇があるなら、さっさと走り出すべきなのである。
ルイ女に移って、まず変わったのはカブ高の女子の弁当だった。それ以前から男子からは小さすぎると言われていたが、ルイ女はもっと小さかったのだ。さらに長方形や楕円形の長細い容器がスタンダードらしかった。カブ高の女子は、小さいタッパみたいなの二三個をベルトのようなものでくくっていた。それらはすぐに取って代わられた。
生徒数の増加に、ルイ女の購買部で販売していた量では追いつかないということで、カブ高に商品を卸していた業者の参入も認められた。
カブ高名物、でかメロンパンは女子高生たちの笑いの的となった。しかし、高校周辺に販路開拓できたパン屋はなお喜んだ。
ルイ女には、ソーセージの代わりにホイップクリームがずいーっと入った長細いホットドッグのようなパンがあった。クリームの下にはジャムが隠されている。ごはんと言うより、おやつだった。「スイーツ!」とカブ高では弁当を食べ終えたひとも買って食べるくらい人気になった。
カブ高では、牛乳のパック飲料のほかは、水を飲む。
ルイ女は、牛乳、乳酸菌飲料の四角いパック、豆乳の細長いパック、そしてお茶があった。
中等部も買いに来る。女子は後輩たちに譲ってやるから争奪戦にはならない。
まさかそこに男が割って入ることはできない。それでカブ高の殺気立った昼休みも平和になった。
治郎は弁当派ではあるが、ルイ女の甘いパンが密かに気に入っていた。それでここしばらくはパンにしていた。売り切れてもルイ女の正門はいつも開いていて、外に買出しにもいけるから、いろいろ食べられる。お菓子なども。
ポン、と肩を叩かれて、治郎はハッと振り向いた。
笑顔のマイコは「来てよね」と言った。でかいメロンパンを両手に抱えている。
「待ってるよ」透る声で言った。
ざわっと一瞬でまわりの空気が変わる。
しかし、デートの約束の確認なら「来てよね」とは言わない。場所や時間を告げるだろうし、そうなると「待ってるよ」もわざわざ付け加えない。このような微妙な表現の使い分け、嗅ぎ分けは、なにもSNS世代のコミュニケーション特有の繊細さとは限らない。むしろ、あらゆる世代の青春とは、まさにそういうものであろう。
周囲のざわざわとした疑惑、緊迫の雰囲気はすぐに収まった。そのようにおおげさに受け取ってしまうのも若さゆえであり、そして、微妙な感受性は解決の方向にも発揮され、さらに食欲というもうひとつの青春の欲望、特にアイドルを大いに悩ませるそれとあいまって、昼どきの購買部の喧騒がもどってきた。
カブ高側にマイコが広くアイドルとして認識されたのはこのときからと言ってよい。
ルイ女のハーフの女子高生が、カブ高の購買の焼きそばパンを不思議な目をして見つめている。
野球部の一年のふたりが、列に横入りされたと騒ぎ出した。できた行列には、女子も後ろに回ってつけ。これも至極当然のようだが、
「ブスにゆずるかよ」
と、また身もふたもないことを言ってる。
おまえらさっき見なかったのかよ、あれがアイドルだよ、治郎はまだそんなことを思っていた。
みんなが思っているようなことなら誰が言っても同じだから、さっさと言ってしまえばいい。そうすれば、次には誰かがもっといいことを思いついて言うかもしれない。しかし、ブスは悪口だ。趣味の問題だから、他人の意見に同意する必要はない。それはそうだが、ブスと言ったやつにも正義はない。誰にも正義がないなら、何も言えないかというと、そうでもない。
「ユー、マザーファッカー」
治郎が後輩を注意する前に、別のルイ女の列からするどい声がした。どのひとが言ったのか、治郎にはわからなかったが、背の低い、顔は日本人の生徒が、つかつかっと歩いてきて、一年の片方の鼻先に人差し指を突き刺すように構えると、
「オマエノ母チャンぶすッテ言ッタンダヨ」
と、少し変な日本語で言った。一年たちはめんくらってだまった。顔の造作は和風だが、表情の押し出しの強さというか、仕草もだが、迫力があった。帰国子女のそれがずうずうしく尊大にすら見えるのは根拠のなさ、つまり日本人の見た目が外人風の所作を裏切ってるからだが、この人の場合はただ自分が正しいと主張してるだけではなさそうだったから、こっちも単純に押し返せばいいというものでもない。最初に啖呵のように言った四文字言葉とはちがうことを日本語では吹っかけているらしい、と治郎も思った。あれやこれやふくめ日本語なのにカタカナにしか聞こえないのもしかたがない、と納得しそうになったが、まあこんなのは幼稚な言い合いにはちがいない。
「おい。香坂、酒井」
「ぱいせーん」
まだふざけてるということは、ふざけてやってるんであって、行列もブスもそう問題ではないんだろう。
おもしろいことがあって、テンションがあがるのはわかる。だが、こいつらは、人数が集まったりがやがやしてるだけで盛り上がってると思ってるふしがある。
一学年でも、世代の差のようなものはあると思う。使うツール、たとえばアプリがちがう。テレビなんか見ないと広言するのはこの世代からで、治郎は見ないほうだとしてもそれをわざわざ言いはしない。ゆとり、さとりの次のこの小うるさい連中を何と呼ぶのだろう。
しかし、ブスと言われた人はだまったままなのに、
「フザケンナ、ジャップノクソガキ。並ンデタ子ニ頼ンデタダケダロ。ずるハシテナイ。ヨソノ学校ニ来テンダロウガ。オマエラノ考エヲ押シ付ケテンジャネエヨ。ココニハ、外人ノしすたーモイルダロ、アッチニハ言ワナイノカ。白人ニハ文句イエネエヨウニナッテルノカ。操ラレテテ惨メダナア、クソジャップ。ワカンネエノカ」
アクセントはおかしいが、内容はわかる。だいたい良いが、でも、この小さい人もずいぶんな言い草じゃないか。言い方ってものがあるだろう。これが本場のフェミとかいうやつだろうか。
「コンナトコデ偉ソウニ言ッテルダケカ。こっぷノ中ノ嵐ミタイナモンニ勝ッタダケノヤツガソレ以上ノコトデキルノカ。女ニ文句言ウコトシカデキナインダロ。日本デシカ通用シナイコトヲココデヤッテル愚カサヲ知レヨ、ジャッープ」
治郎は言われ放題になってるふたりの一年のすぐ後ろまで来た。すると治郎にも向かってくる。人差し指を胸の中心に突きつけるようにして「オマエモぐるカ」と言ってくる。
治郎まで巻き込んだようになって、一年が割って入って逆に向かっていこうとするが、肩をつかんでそれは引き止めた。
一か八かの賭けだった。だが、治郎は言うことにした。
「ウエイト、ウエイト。アイム、ソーリー。ヒゲ、ソーリー」
「ハーン?」色っぽい要素など、この場面では皆無。
「オウ、ノー。ユー、ドンマーター。
イッツ、ナンオブユアビジネス」
賭けは負けだ。ノー、だって。早口でわからないが、ビジネスなんてドライな言葉を返された。ヒー、ゲット、とかまちがって取ってくれたら、ひげのないつるつるのこいつらの顔面を軽くぺちぺち叩いたりして、ガキだからとかなんとか言ってやろうと思ったのだが……。
二〇二〇年夏だったら「アイム、ベリー、ソーリー」と言っておけば、史上もっとも軽蔑されている当代の総理大臣はアメリカでこそ軽侮されているだろうから、相手もあのギャグで返したかもしれない。
「もういいから、ルイーザ」ルドヴィカ・アルメイダ。それがただいまお怒り中の彼女の名で、愛称がルイーザ。イにアクセントがあるから、英語の文の中では愛称にしては長いとはならない。
ブスがなだめようとしてると思って、また
「ノー!」
と、ブスって言うな、のさっきからの怒りと、謝らなくていいのに謝るな、のいまこの瞬間の感情の双方向の意味がかさなって、さらに語勢が強くなる。
しかし、治郎の一か八かの賭けにこのブスも乗ったのだ。ルイーザは引かないかもしれないが、あえて無視してでも、ともかくこの場を収めようとしている。
「オタクサン、我慢スルナ。アンタモ言イナヨ」
「え? ヲタクさん? なにそれ?」
「マジ? ヲタクさん? ヤバッ、なにそのキモキモネーム」
また、一年がいらないところに引っかかって笑う。箸が転がってもおかしいかよ。軽すぎる。わかれよ。
「あの、一城紫陽花です。アジサイと書いて、オタクサと読みます」
ブスは、かわいくちょこんとお辞儀した。
これは矛盾か。しかし、ブスの語は文章に何回も出てくるが、会話の中で本人は一回しか言われていない。
ブスをブスと書くのは写実主義ではない。描写を省略している。特筆するようなブスの造形がないから書かないのなら、それは普通のブスであり、カテゴリー以上のブスではない。厳密にいうとブス以外にもなりうる。
それにこの場合は、一年生が女子をからかうために意地悪で言っている面も否めない。二年遅れの中二病。もはや小学生からの持病か。三人がまとめて文句を言われてるような状況になって、先輩に悪いと思ってふたりは止めようとした。これは、自分たちふたりに対して反撃があるのは承知の上で、また自分に攻撃を向けさせることによって先輩からは回避させるということも知っているから、もしひとりだったら言わなかったかもしれないということにもなるだろう。これはとりもなおさず、ブスの認識は場面によるあやふやなものでしかないということである。
もうひとつ大きな問題は、ブスと言われた本人が自分をブスだと気付いていない点だ。怒り狂ってるのは別の人だったのだ。これは一種の相貌盲であるが、さりとてイデアの如くブスがあって、全員が看取するものでもあるまい。一回言われたくらいでは、そんなものだろう。かわいいしぐさ一回と相殺できないものだろうか。
紫陽花は……これも言い換えよう。
おたくさんは「もう行こう」と言ったが、
「ノー。アイ、ジャスト、ウオントゥ、キックゼアアス」
と、ルイーザはてこでも動かないという格好だ。
治郎は賭けに負けた。こうなったら自分が一年たちの分までもう一度ちゃんと謝ろうと思った瞬間、ズボンのうしろポケットのスマホが震え出した。電話を取り出し、出ようとすると、ルイーザもそれを待つような雰囲気になっている。
「何言ッテンノ。ばかジャナイノ」
電話からはまた変な日本語が聞こえてきた。この子の味方? でも、なんでそんな人が電話してくるのか。どうやって? とまどっていると、
「うしろ、うしろ」
と、今度は普通のアクセントで聞こえた。振り向くと、人だかりから離れたところにあの三人が立っている。マイコが真ん中で、左右にミクとルーミン。ホームページで見た画像と同じ並びだ。
ルーミンはあのバッキバキのスマホを耳に笑っていた。
「冗談は顔だけにしろって言って、けんかが収まるの?」
「いや、それは……」
「アメリカンジョークは世界で一番レベルが低いのよ。アメリカでやってるおもしろいことは全部移民が作ってるの。それ以外は成金の世迷言か田舎から出て来た一発屋みたいなもんなの」
「いや、いま説教はいらないって」
「治郎君、蹴られるよ。わかってんの」
「え? なんで、おれが」
はー、と耳に溜め息が聞こえ、そして目でも確認できた。ルーミンは指示を与えると電話を切った。
治郎は言われたとおり、スマホを耳から少し離すと、顔の前にもっていって、
「ヘイ、シリ。ストップ、トラッシュトーキン」と言った。
「フゥム……ウエル。ビー、スマート。セイム、オブユー」
「オーケー」
「アンド。ユーシュッド、オールソー、セイザットトゥ、ジーズ、シリーボーイズ」
「オフコース。ソーリー、フォー、ワッツ、ゼイセイド」治郎はすかさず続けた。
「オタクサン、謝ルッテサ、イイ?」
「オフコースよ、ルイーザ。オフコース、サヨナラよ、ねえ」おたくさんは最後、こっちを向いてそう言った。
治郎はちょっと考えて、
「オフコース」と、繰り返した。おたくさん、なかなかいい回収をしてくれた。
映画『風と共に去りぬ』に出てくるくらい、ホワイトトラッシュは古い言い方だ。言葉にうるさいくらいだから、ルイーザも反応する。
やっと謝罪をどうにか受け入れた。
ルイーザとおたくさんは、まだ並んでいる買い物の列の生徒になにか言い置いて去っていった。
一年ふたりは「さーせん」と治郎に言った。本当にすまなそうだったし、何か言いたそうにしてたが、
「いいよ、行けよ」と言われて、購買では何も買わないまま去った。
治郎が振り向いてみると、あの三人ももういなかった。