第二章 登校・1
きのうは大変だった。
でも、ショックで景色が灰色になったわけでもなく、いつもの登校の風景だ。いや、間借りしてる別の高校に行ってるんだから、自転車ではなくバスになったが。でも、前と変わらない。公団住宅の我が家には庭と呼べるような土地はない。でも、どんな隙間も見逃すまいってくらいの気合いで、大小さまざまな鉢やプラスチック容器に植物を配置している。小学生のときは、自分が植えたものを育てること、観察はやっていた。そのときもほかの花の名前など知らなかった。きょうの気分でも覚えようとは思わない。そんなのは、水族館に行って泳いでる魚を見て「うまそう」としか思わないのと同じだろう。普通の十七歳の感覚だ。スマホにつないだイヤホンから流れてくる曲もいつもと同じだ。イヤホンしてるみんなもたぶんそうだ。
併設になっておどろいたのは、ルイ女のほうが女子のスカートが短いことだった。でも、すぐにカブ高の女子も同じになって、話題としては消えた。茶髪も普通にいるのは、ルイ女のシスターに外国人がいるからだから、カブ高まで許されるということはない。
登下校のときに男女並んで歩いてるのは、カブ高のカップルだけなのは当然だ。通学路が変わって電車に乗るようになった連中にくっつくやつが増えたのは浮かれてるだけだといわれたが、なぜか女子カップルまで増えて「圧を感じる」という話も男子の間では出ていた。
ただし、聖ルイ女学院は、変なうわさが立つような学校ではない。
県内でも屈指の進学率を誇る、偏差値の高い、中高一貫のミッション・スクール。また、自由な校風でも知られ、もとから盛んなボランティア活動の救世軍の募金集めでは、賛美歌だけでなくJ-POPの演奏で耳目を引くなどし、地域に親しまれている。
少子化の現在、校舎の一棟が空いてしまうくらいまで生徒数は減っていた。が、学童保育や老人会の場所に提供するなど、ふさわしい活用はされていた。今回の災害では、避難所としての用意もしていた。ルイ女の立地は市内でも海の近くだったが、豪雨災害は夜、干潮のときだったので無事だったのである。
各学年五クラスの冠崎高校がまるごと移動するのに適う条件は大変そうではあるが、すぐに夏休みに入るので、復旧は学業に支障なく進められる。そこで官民の壁を越え、また校長同士が旧知の間柄だったため事態はスムーズに進み、カブ高はルイ女の空き校舎に入ることとなった。
別棟にあった追加の図書室や映像の機械を設置した部屋は共用となった。中等部も同様である。AVルームという呼び方は女子高ならではだとカブ高の男子は全員思った。ただ、部活動の部室だけは区別された。
カブ高の生徒たちの大半は、新たに電車を乗り継いで通うこととなった。最寄り駅からはしばらく歩く。ガードレールのない広い道なので二校分に人数が増えても混雑はしない。
ルイ女の生徒が自転車で軽快に追いこして行く。
きょうの治郎はただ漫然と歩いていた。人波に押されはしないが、合わせているだけ。
イヤホンは有線で切り替えのボタンも付いているが、やはりただ聴き流していた。聴いているのはサブスクではないから選曲も自由にできる。クラスにたいてい音楽好きはいるし、野球部の連中からもその友達の友達のファイルとか回ってくるし、たくさん音楽ファイルは入っているので、いつもシャッフル再生している。それで、流れが悪いときには聞きたい曲が出てくるまで<次>を連打したりする。しかし、きょうはポケットに入れた手はそのままだった。
何日も快晴が続くなか、珍しく涼しい朝なのも感じない。というか、気にもならない。冷房の効いたバスを降りて歩いても、いつもと同じコースと思うだけ。きのうからバズり始めた曲があっても魅かれないし、気分にあった音楽という意識もない。気持ちいい空気がすべて押し流してくれそうとも、音楽がそういうものだとも思わない。
きのうの夜もグループのネットコミュニケーション・ツール上では普通にやり取りしていた。学校が変わって最近話題にのぼる口裂け女の話、人面犬の話。そんなものもリバイバルと思わないで、むかしの時系列に関係なくネタになるのは、インターネットでさまざまな情報を関連性でひっぱって次々に取得して行く、ディジタル世代ならではであろう。
冗談めかしてではあるがローカル・ニュースのスポーツコーナーの動画も上げられていた。
豪雨災害に遭った不運な野球部、しかし間借りした先の女子高の吹奏楽部が応援に参加、チアガールまで登場した。地元では大きな話題になっていた。しかもあんな結末に終わった悲劇の試合である。マスコミが取り上げないほうがおかしいし、それを本人たちが無視もできない。治郎はテレビは見なかったが、アップされたもので報道は目にしていた。
よくよく冷静に考えれば地方予選でよくある大味な試合のひとつにすぎなかった。マスコミは美談は好きだがえこひいきはしない建前、ほかの試合結果と共に扱っていて、さらにほかの試合で1イニング二十九点取ったという、これまた地方大会らしいやられたほうは悲惨でも笑うしかないようなゲームもあって、カブ高は大きなトピックにはならなかったのだった。
全国ニュースでも、話題になったのは二十九点のほうで、ネット上も同じだった。ほかの県の強豪校のニュースも続々と伝えられ、うるさいネット掲示板でもカブ高についての書き込みはなかった。それを治郎は確かめたわけではなかったが、やってくるメッセージが二十九点をめぐってクジ運が悪いだの来年はだのの話になっていたので、そう思ったのである。
ネットを使っていたのは夜のことで、それ以前、家族は普通に接してくれていた。それだけでも十分だった。
市役所に勤める父、天石史明はいつも定時には帰らないのに、きょうは早くて、風呂を終え、もうビールを飲んでいた。夕食のときひとことだけ「残念だったな」と言って、あとはいつものプロ野球の話題になった。巨人ファンなのが小市民的だが、選手が好きなのであり、球団の方針にはアンチと変わらず一家言あるタイプ。ドラフトが不平等とも思わない。それならテストを受けるなり、育成から上がってくるなりして目当ての球団に行け、と裏金の噂も承知の上で言う。擁護しかしないなら、それはアンチの裏返しの自称の何かで、父はプロという立場を認めているのだと治郎は理解していた。たとえば、巨人に数年前いた中継ぎのサイドスローの投手。勝ち試合でも負け試合でも出てくるようなレベルの選手でも、社会人野球時代は狙って三振がとれたが、プロでは無理、などと語っていたと言う。三振の数に意味があるとは思えないようなプロの二線級でもそのくらいちがうのだと、つい最近、現エースが打たれた試合でしゃべっていた。きょうと同じくらいビールが進んでいた。
東京の大学に行ってる兄からは、帰宅前にメールが来ていた。父に似て堅実な性格だからか、試合のことは短く一行だけ。あとは親への連絡事項で、その返事は親が電話ですることになる。如才のないのがありがたかった。
中学生の弟と妹は相変わらず野球に興味はなくて、さっさと食べ終わってゲームをしに行った。
母は、夏休みだし負けたけどがんばったし打ったしそのご褒美だし、などとくどくど言って、治郎の好物を出してくれた。
そういえば野球部の練習への食料の差し入れは、今年はなかった。丸一日のような長時間練習が取れなかったからだ。学校併設で練習時間がほかの部活との兼ね合いに加え、ルイ女の女子の部活とも調整されなければならなかった。
被災したカブ高校舎の後片付けの作業に野球部もユニフォームで参加したが、そのときは父兄から食事の差し入れがあった。母親たちが作る恒例のバカでかいおにぎりに、ボランティアに来てくれた周辺の住民、中学生もびっくりして笑っていた。
きょうも夕飯はたらふく食べた。好物ばかりだったし、当然だ。そのあと風呂に入って、自分の部屋へ行った。
ひとしきり、スマホでやり取りしたあとも、ネットにはまだつないだままでいた。
でも、つまらない動画などは見たくなかった。音楽も今は聴きたい気分じゃない。
MVなら、それも洋楽なら、歌詞もわかんないし何も考えなくてもノリだけにふわふわ合わせとけばいいかと思ったが、どこか険のある音や歌い方が、なぜかきょうは気にさわる。ドヤ顔の黒人が多すぎる。急上昇から上がってくるままに、ぶつ切りになった歌唱シーンが連続するアイドルの動画を再生してみると、まとまりの無さが流し見るのにちょうどいい。でも、動画を作ったヲタクは推しのいいところを抽出して切り張りしてるつもりなんだろうけど、何も伝わってこない。ヲタクにはヲタクなりのコンテキストがあって並べてるんだろうが、わけのわからないスタッツや新しい指標のデータ、パラメータと同じ。野球をやってる人間にもなんだかわからない。何のスキルをどう計ったのかが見えなくて、結果なんの数字かって話になる。だれだよ、としか思わない。
また洋楽が上がってきた。いや、韓国? いつもはなに聴いてたっけ。スクロールする。
今度はおすすめに昔のテレビのバラエティが来た。治郎はテレビを見ない人と思われたくてそのように言う人ではなく、実際あまり見ない。でも、友達との会話についていけるぐらいには、リアルタイムのものも上がってくる範囲でだがチェックはしていた。一年生が昔のお笑い芸人などを掘ってきて部室で話題にしたりする。すすめられれば治郎も拒否しないし、見てみておもしろくないものは、おもしろくないと言う。三年が見つけてきたとしても同じだ。だいたいコンテンツに熱心なのは一年生で、年齢が低いほうが古いものが好きという、そのギャップのほうがおもしろかったりする。
きのうは試合の話しか出ないのはしかたないが、今朝もメッセージは上がってない。
そういえば、試合の前日のおとといの三年生たちは「あした負けたら絶対おまえ泣くだろ」「いやおまえだろ」などと笑い合っていた。練習の最後、キャプテンの締めの挨拶のときも、へたなツッコミのようにほかの三年たちはまだそんなことを言っていた。ふだんはだまって話を聞くのに。キャプテンもそれをあえて放っといたのは、相手にして感傷的になると泣いてしまうと思ったのかだろうか。笑顔のまま、試合前日なのにいつもよりあっさりと挨拶は終わった。
そして、きのうの試合後、三年生はみんな泣いていた。英語の先生が頼まれてやってるだけの監督もだった。一年はしょんぼりしてたが、笑顔を見せようとしていた。
試合後はあっさりと解散したので、キャプテンからのまとまった話というのは、実際あれが最後になってしまったわけだが、あんな負け方したら物足りなく思ったりするのだろうか。
それでも、治郎にも「気にすんな」という短い言葉がかけられた。キャプテンからだけでなく、三年生からもみんなからもだった。
思い出すと、恥ずかしいとか悲しいとかの自分の感情よりも、先輩たちに後悔がなければいいなとは思う。
すると突然、肩を叩かれて治郎ははっとした。
「危ないよ、馬が来るよ」
「は? 馬?」イヤホン越しにも聞こえたが、訊き返した。
白い馬にまたがり軽野校長が颯爽と通り過ぎていった。
「なんだ、あれ?」カブ高の生徒からも驚きの声が上がる。
治郎は思った。変わった校長でテレビに取り上げられそうだな……。