第十二章 シスターの授業・1
「わたしは思うのだけど……」
シスター了子はいたずらっぽい目になった。
「神は存在するか?
そう問われたら、答えはひとつしかありません。
イエスだ、と」
生徒たちはだまって聞いている。
「うふふ」
と、めげないシスターである。
しかし、教室のなかはシーンとしたまま。
あわてる様子もなく、
「じゃあ、少し飛躍しますけど、われわれは孤独なのか。
宇宙人は存在するか?
という質問だったら、どうかしら」
今度は、ひとりの生徒が「アン……」と手を挙げた。ルイーザだった。
「エクスキューズミー、シスター。いまは聖書の時間で、聖書にそんなものは出てきません」
「グーッド。そのとおりね、ルイーザ。
われわれが孤独で、地球は宇宙の無人島なら神もこの星だけ見てればいいわね。
でも、もし、そうでなかったら。
布教にゆかなくてはならないわ。たぶん、地球までたどりつけない、まだ神を知らぬ人々に、たとえ宇宙の涯までも」
「ナンセンス。
天職の概念がまちがってます」
シスターは、ちょっと顔をめぐらせて思案ののち、
「そうか、だいたい宇宙人ってアメリカと秘密の取引きしてるものだしね。そういう場合ね」
ルイーザは、いやいやとかぶりを振って、
「日本人だけですよ、そんなSFでもない、ファンタジーでもない、フェイクストーリーを信じてるの」
地球よりはるかに進んだ文明を持つ存在が、地球の基準での一番手となる文明国を相手にするかと言えば、疑問である。地球のレベルではまだ知ることもできない、彼らにとってのお宝を地球で探すであろうから、それを持っている相手が選ばれることになるだろう。あるいは、そのものについては内緒のまま。
「それに、プロテスタントだから教会組織はないんですよ。宇宙人と交渉するとしたら教皇なんでしょうけど、彼ではアメリカの一部の教会の代表にしかならない。政府も関係ないです」
と、思ったら、ルイーザはちがうことを考えていたようだ。
「アメリカが交渉相手だったとしたら、もう来てると言ってるのと変わらないと思います」
「来てるってなあに?」シスターは小首をかしげた。
「だから、宇宙人がすでに来ているってことです、この地球に。アメリカ文化が世界的に浸透してるのは、宇宙人によって地球にもたらされたより進んだ文明だったからってことになる」
「ふうん、でも、そうなるとその前にもうキリストが宇宙人だった、と言ってもいいわね。それまでよりも、より進んだ宗教だった。宇宙の神だから全太陽系に布教を目指すし、まず火星人。次は地球に……」途中でシスターは笑っていたので、ルイーザは肩をすくめた。
「私は神だ、と叫びながら、長い髪振り乱して、長いマントをなびかせて、長い杖を持った、長いヒゲのおじいさんが……」シスターが身振りを加え芝居がかって言うので、修道服の頭のベールが長い何かに見えて、教室じゅうにさざなみのように小さな笑いが広がった。
ただ、マイコだけは、そうか、ヒゲ追加か、と妙に納得していた。今度教えてあげよう。
シスターはひと息おいて、教師の顔にもどって、
「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を求める。
いずれも神におよぶべきものはないとしても……。
では、アメリカ人は何を求めるかしら、ルイーザさん?」
ルイーザもまじめな顔にもどると、
「チカラ、ですか」
「それを求めるのは、ネイティブアメリカン? それとも、白人中産階級?」
ルイーザは考え込んで、
「フォーマー……。自然の力を信じているのは……。ノー、ラター? 都市の現代人は孤独であり、孤立することをパワーエリートの宿命と受け止めている。あるいは、ビジネスライクな希薄な関係性がスタンダードになっている」
「うん、プロテスタントのひとたちは神との一対一の関係を重視しすぎだと思うわ」
「いや、でも、教会の組織としての勢力を強さと呼んでいいのでしょうか。個人の信仰心が左右されることでしょうか」
「逆ね。弱いひとを求めよ、イエスは弱きものだから。
弱さを知るゆえ強さを求めるとしたら、神は否定はされない。
弱さこそが強さとは思ってないから、アメリカは弱さを否定したい。
だから、異教を警戒しすぎている。
イスラムを弱い、遅れたものにしたい。そう思っていたい。野蛮な強さを怖れていながら」
日本も同じく、野蛮だと思われているしなあ。野蛮であることは、エネルギーでもあるとマイコは思うのだが、それを例えばミクに言ってもほめ言葉とは思わないだろう。
エネルギッシュなダンス。それは原始的な情熱に近い。学校の体育でやるダサいダンスさえ、かっこよく見せる。大人が介入して形骸化、陳腐化したダンスに、もう一度初期衝動を思い出させるくらいの力がある。そんなミクを見て、ルーミンはグループに誘ったのだったし。
「アメリカが弱いんですか?」ルーミンは不思議そうに尋ねた。
「だって、アイデンティティーなんて考え出す国だし。認識することが信じることにまさることはないのは、プロテスタントこそ信じてるでしょうに。知性はいつも心情にあざむかれる。フランス人だって知ってるわ」
「アイデンティティーって、たしかモラトリアムとセットで語れって校長先生が言ってたと思うんですけど、いつかの朝のミサで。青春の悩みに苦しむのはいい、でも、青春の段階の答えしか出ないことを悩んじゃいけないって。
子供を独立した存在として扱うのはステイツでは古くからやってるってだけで、理論から来てるものじゃないんですけど。基礎的な概念でもないと思います」
「まあ、そんなことを? そうですか、さすが、かおり校長。ときどきそういうこと言う……」
「ときどき?」
「いやいや、まあねえ、そんなあちらからすると日本も野蛮な別世界なわけだけど。だったら、幼稚、青臭い、どっちも程度の差にすぎないんだけど……」
えっ、とマイコは思った。やっぱり野蛮なのか。ルイーザもそんな見方をどこかでしてるのかなあ、あるのかな、わかんないけど。
「イスラムがやってることって自爆ですよ。それも強制して。それが強いのかと言うと……」
「一過性のことはやめましょう。いまは宇宙人と比べてるんだから」
「ええっ」
マイコもそう思った。
「喩えが悪かったわ。たとえば、レコンキスタの前までは、ヨーロッパはイスラム圏だったでしょ。支配してたのはイスラム世界。再占領するのに何百年もかかったわけで」
「ふうむ。プロテスタントのアメリカでもなく、ローマ時代のそんな話になりますか」
「あのねえ、タマちゃんが前、言ってたじゃない? あのスーパーマリオの話。地と図の話」
急に名前が出たタマちゃんが、はっと反応した。うしろのほうの席なのに、反応のそのすばやさと、びっくりして戦闘体勢のような表情になった、でも、いつもの丸い顔のうえでそうなっても、逆にみんなはほっこりする。
ルイーザの噛みつくような感じは、外人ならではの表情がオーバーなだけと、みんなわかってる。
フェミニズムとか、ジェンダーとか、型にはまったことでもとにかく主張して、嫌われ役をやってる。
アメリカ的な信念と言うより、まさにアイデンティティーといったものであり、それが無さ過ぎる日本で、自分の意見を持つことは大事と身をもって示している。それはわかるんだけど、タマちゃんの素直なリアクションのほうが、理解されやすい。
「カブ高の国語の先生と話しててね、アスペクトの話をされて、似てるなあって思ったのよ。あれ、なんだったかしら、タマちゃん?」
「ええと、なんですか?」
「ほら、価値の転換とか、主題と背景の逆転みたいな。図が地に取って代わるって言ってたでしょ、小さいときには立ちはだかる壁で、手出しできないものが、大きくなると足場にしたり、利用できるものに変わるって……」
「えっ? スーパーマリオの初代の話ですか? ポリゴンの表と裏とかじゃなくて」
マイコも覚えていた。
クラスには、テレビゲームをやったことのない人もいて、タマちゃんがネットから落として全員のタブレットにコピーして送ってくれた。テレビに映し出してやるものと思っていたら、表示されるゲーム画面があまりにも小さくて、技術の進歩の隔絶のさまに、価値観がどうとかよりみんなおどろいていた。ゲームウインドウの拡大もタッチパネルでの遊び方もタマちゃんが教えてくれたのだが、ゲーム自体は意外にもタマちゃんはへたくそで、ルイーザがうまかった。ルイーザがプレイしながらいちいち、イエス! ヤッホー! などと叫ぶのがいかにもでおもしろくて、みんなもワーワー言いながらやるようになり、宇宙ロケット発射成功の映画のシーンみたいに全員笑っていた。マイコもテレビゲームをそのとき初めてやったのだった。
小さいマリオがキノコのアイテムをとると大きくなる。
それまでは、壁や立体的な通路だったレンガのブロックが大きなスーパーマリオだと破壊できるようになる。
行き止まりの道で、ジャンプしてブロックを頭で叩いても揺れるだけで、閉じ込められ死ぬしかなかったような情況でも、スーパーマリオになるとブロックを吹き飛ばし四散させ、壁の外へ脱出できる。階層になった通路をところどころ破壊して、上層への抜け道を自ら形成するようなことも可能になる。
地であった背景が、干渉や操作ができる図になる。
あの突破してゆく感じ。それまで何もできなかった小さな存在が、大きく成長して、デッドエンドを打開する手段をえて、道を切り開いてゆく。
イスラームの版図を塗り替える長い戦いの比喩にふさわしいだろう。
しかし、マイコは考えていたのは、何が主で、何が従かだった。つまり、だれがエースなのか。
もともとは楽器メンだったマイコを、アイドルグループに引き入れたのはルーミンだった。
中等部のときまで、ママが東京からもどってくる前までは、マイコは学校でピアノの練習をしていた。佐藤のほら話はやはりウソで、父は当時もいまも東京でミュージシャンをやっていた。ほそぼそと、それこそドラッグを買うカネなどないくらいの地道なスタジオミュージシャンだった。しかし、売れなかったことが最大の問題で、歌手の妻は可能性を求めて離れていった。何を求めるかが、小さいながらも拠点を作りたかった父と道を分けさせた。
マイコは、父の面影を追ってではなく、ママの歌が好きだったからピアノを練習していた。父の新しい家族は写真でしか知らなかった。
ルイ女には良家の子が多く通っていたが、ルーミンもそのひとりなのは、マイコにはたたずまいでそれと知れた。クラスがちがってもマイコの友達も彼女のことは知っていた。地元では有名な資産家らしかった。ルーミンは家にピアノがあるのに、いつも音楽室に残っていて、でも弾きたがりはしない。替わるよ、とマイコが言っても、だまって見ていて、何も言わずいつのまにか帰っている、そんな日がしばらくつづいた。そして、やっと訊いてきたのが、
「なんでマルクス兄弟を知ってるの?」だった。
クラシックでもなくジャズでもなく、そう尋ねられた。魅せるためのプレイであるチコ・マルクスのピストルショットテクニックをルーミンが知ってるのは当然だったのだが、そのあとの説明がふるっていた。
マルクス兄弟の映画はおもしろい。良い監督に当たったと言えそう。
でも、兄弟以外のほかの作品では田舎をバカにするような陳腐な笑いの取り方で、それは彼らとは方向性がちがうと思う。まず、映画に出てるひとが田舎もんに見えるはずがない。みんな、しゅっとしている。プラダを着た悪魔で、最初は野暮ったい役のはずのアン・ハサウェイが最初からきれいなのと同じ。ルーミンはその監督の有名なメロドラマも引き合いにして、一貫性のなさをも指摘した。
田舎くさいのも、貧乏くさいのも、舞台で表現するとどぎつくなるしかない。だから、シュールになりようがない。
この程度の映画だったせいで、マルクス兄弟は大成功はできなかった。クイズ番組の司会なんて、やるようなタマじゃないのに。その番組というのはラジオのクイズ番組だそうで、ネットにもなかったが、ルーミンの口ぶりで想像はできた。
その上で、ルーミンはカワイイを求めていた。いや、たぶん、歌もダンスもそれ以上も。
アイドルって自分で思ってるほどかわいくないひとがいる。お笑いタレントって、自分で思ってるほどおもしろくないやつがいる。
それは確かにそうだった。
ピアノだけやってていいのか、とマイコは言われた。
マイコが「歌手はママがやってるから」と言うと、ジャズ歌手は歌がうまいのは当たり前で発音がきれいでないとダメだろう、と確認された。マイコがうなずくと、じゃあ、若くてきれいなのも武器になるだろう、と言われた。
ママは売れるためなら何でもやった。ピストルショットも、ママが言ってパパにやらせたことだった。
あんたが横で歌ってると、ママは自分とのギャップをどんなふうに使うだろうね。ルーミンは話の流れを作るのがうまかった。
マイコは、歌っているママが好きだった。子供のころのふとんのなかで聴く子守唄、お風呂で聴く流行歌も。たまに会ういまも、一緒に歩いてるときの鼻歌やひとりでマイクをにぎってはなさないカラオケ。ずっとママの歌が好きだった。
音楽自体が、マイコももちろん好きだった。ピアノもジャズに限らず弾いたし、友達が聴いている流行のポップスも普通に聴いた。だから、自分の歌いたい気持ちを押し殺しているつもりは全然なかった。が、ルーミンに「歌心のある演奏をしてるのはなぜか」と問われると言い返せなかった。
だれかジャズ・ピアニストにあこがれていたわけではなかった。
オスカーの速弾き、バドの華麗さ、モンクの無骨さ、印象派といわれることもあるエヴァンスの静謐、そのどれでもない。
レジャーダマンなプレイをしてるってことは、あんたも武器がほしいんでしょ。あんたも舞台に立ちたいってことじゃん。あらゆる形を欲しがりながらね。
ピアニストの名前のようだが、レジャーダマンとは、手先の早業といった意味の形容詞である。
つまり、魅せるプレイ。
歌も行けるならやるべきだし、もっと欲しがっていいよ。
「ところで、あんた、名前なんて言うの?」最後にルーミンは訊いた。
「あたし、帯刀舞子」
「ふーん。マイコね。あたし、ルーミン」あだ名なの、と思ったが、この時点でアイドルっぽかったわけだ。
次の日には、ルーミンはミクと一緒に音楽室にきた。
マイコもミクのダンスは知っていたが、ルーミンの意図はわからなかった。
弾いて、と言われて迷っていると、ストライドピアノで、と注文がついた。そのジャンルももちろんマイコのレパートリーにあった。ブギ・ウギだ。
しかし、ミクはそんな古い音楽は知らなかった。
うきうき、わくわく。てかてかでなく、ピコピコでもなく。
ミクも舞台に上がるひとだった。だからルーミンが目をつけてたのだし、そうなるとじっとしてない。
ときをおかず、音にあわせ、リズムを取り始めた。ただ、身体をゆすってるだけのようなムーブですら、ミクはやはりかっこよかった。
あとでミクに訊いたら、古くさい音楽がマイコのアドリブでまるで新しく聴こえるのにとてもおどろいたと言ってた。ミクはダンスメンだった。でも、型通りに踊るのは退屈で、かと言っておかしな体技を良しとするストリートゆえの基準の無さもゆるいと思っていた。その割りに、ちょっとだけ先輩のやつが勝手に点数をつけるような歴史が無いことから来る窮屈さは理不尽だった。一番くだらないと思っていたのが、男っぽくガラが悪く踊るか、女っぽいと言っても露骨に性的に踊るしかないタブロイド的低俗さだった。ひととかぶると文句を言うし、テレビでアイドルがやってそうな振り付けに見えると韓国も日本も問わずうるさいのに、アメリカの外人の真似は無批判で、手や足の長さや頭の小ささや、何より身長がまるでちがうのに、小ぢんまりとコピー。教則本でもあれば、レベルや適性も知れるだろう。が、それではストリートではないし、それだからとタブロイドでしかもポルノのページとまちがえたようなチョイスに同意できるわけもなかった。
もろもろ、いやになってたけど、シンプルで誰にでも愛されるような音楽とダンスに、目を覚まされたようだったと語った。マイコも、葬式の曲でも明るくやるタイプのアドリブにまでついてくるミクをかっこいいだけでなく、おもしろいと思った。
それもこれもルーミンの作戦通りだった。
マイコに話しかけてくる前、すでにルーミンは佐藤をライブハウスで見て知っていたらしい。
そんな事情を知ったのは、また新しくジャズをやろうとしていたときだったので、すんなり話は進んだのだが。
三人のグループは、とにかくそんなふうに始った。
そう言えば、エミュレーターは著作権に引っかからないが、ソフトウエア、つまりゲームタイトルは、ダウンロードするのも違法である。二〇二〇年以降、また厳しくなっているので要注意。
「被造物なんだから、地も図もないですよ。人間の作ったものだけでなく、この地上のすべてがそうなんですから」ルイーザは、あのときゲームに納得しなかったのと同じくらい不満げだ。
「その世界のなかでさえ、別世界と思ってるけど、こっちから見るととなりの世界でしょ。超越してると考えるのが、すでに差別で、それもキルケゴールの意味ではないし」
また古い名前が出てきて、しかも地理的物理的な超越ではなく、意味的なことなので、生徒は先生に逆らうようなことでも言っていいとあらかじめ許されてるような気持ちになって、逆にルイーザはだまった。
「となりの宇宙という考えもあるそうだけど、いやいや、もちろんSFでいいのよ。でもね、世界像というものがあるから、たとえ別世界であってもわかるって、これもカブ高の北条先生が話してたのよ」
「やっぱりSFでしょ。世界線とかいう、むしろタマちゃんのほうがくわしいでしょ」
「えっ」と、またタマちゃんはびっくりして顔を上げた。
「そうだった。あの三位一体の話。なんだったかしら」シスターはタマちゃんに話しかけた。
「父と子と精霊と、ええと三が二になって……」
「まず四です。同次座標がないと移動ができない」タマちゃんは立ち上がると答えた。
「ええと、そうよね、wよね。wがあるから拡大したり回転したりだけじゃなくて、座標系に対しての動きが可能になるのよね」
「はい。それで神の位置も動きも、同時に知ることができます。左手系か右手系かはありますが」
「なに言ってるのよ、タマちゃん。ゲームじゃないのよ」
「でもバーチャルでしょ、超越って。じゃあ、いいじゃん。ええと、それからマザーネイチャーの父親だから、さっきの父と子と精霊の三分割がまず二になってたのが、四の世界なら世代があってその親だから一から二が生まれて……」
「なんなのよ、いったい。先生、いいんですか?」
「だって神は完全なる知性で、同時に神は完全なる野性なんだから」と、シスター了子は微笑して言った。
「世界そのものであり、自然そのものでしょ。だから、ええと、その一は完全なる存在だから、有りて在るものといいながら分けることができないもので、でも人間は神の似姿として創られたから、三が一から生まれる前に二になって、ええと、なんだっけ。前にこの話になったときは二で終わった気がするけど」
「二です。この地上で考えるかぎり」タマちゃんは、単に二進法の意味で言ったのだが、ルイーザは、
「ナンセンス、おかしいです。アメリカではそんな考え方はしません。アメリカでは……」
こうなると、話はややこしくなるばかりで、シスターは結論を求めるような授業はしないし、タマちゃんもルイーザも話をゆずらない。
マイコは髪をなおす振りをして、イヤホンを耳につけた。アイドルによくある顔の輪郭を隠すためではない、耳をおおう髪型になった。
タブレットを操作して、付箋と同じ大きさのミュージックプレイヤーを立ち上げた。
そういえば、二〇二〇年でもまだ問題になってるらしいが、学校の備品のスペックの低さとは別の悩みをマイコは持っていた。コンピューターは高価だった。
しかし、価格に見合う性能のものが出回ってるわけではないと、タマちゃんが教えてくれた。
見栄えのために、シェアの低いメーカーのマシンを使うのも、なんでも手に入るようなふたりが歯牙にもかけてなかったので、気にしなくなった。
学校でも型落ちの不用品になっていた、ノートなのに分厚くてバッテリは保たないマシンに、OSから何からフリーのものを入れて、授業でもちゃんと使えるように再生してくれた。これには佐藤や、ほかの孤児院の仲間たちもよろこんだ。中古品の再生でかせぐ子まで出てくる始末だった。
でも、ソフトの入手の仕方については内緒だ。
たいていの精密機器がブラックボックスなのは二〇二〇年に始ったことではない。




