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『ライトゴロ』  作者: なかがわはじめ
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第十一章 DD ダビデズ・ドーターズ

 土曜日が来た。そして治郎も会場に来た。

 企業名が入っていろいろ呼び名が変わるが、この街の高校生に初めてコンサートに行った場所を訊けば、このホールは、一番目か二番目に挙がるだろう。

 治郎も、学校の行事や遊園地のショー以外で音楽のコンサートを見たのは、父親にチケットをもらって友達と見た、この会場でおこなわれた市の催しが初めてだった。それは、父親が若いころに流行った歌手が何人かが出る文化事業的なもので、去年のことだった。ステージにはバンドがいて、何人かのおじさんとおばさんが、たぶんフォークを歌った。そのうちのふたりぐらいの名前は聞いたことがあったから、友達も誘って、教科書にのってる歌もやったし、まあ、こんなもんかと思ったし、友達もそんな感じでとくに盛り上がりもしなかったが不満もなかったようだった。

 それ以外、いわゆる若者が観るような、あるいは女子に人気で話を合わせるのに便利なようなミュージシャンのライブなどは行ったことがない。音楽は好きで聴くが、それ以上ではない。見ても動画まで。むかしのカセットテープがいままた流行っていると言われても、ふーん、くらいのそんな世代だった。

 それでも一応、おしゃれな格好はしてきたつもりだった。短パンやジーパンではなくTシャツでもないというだけだったが、中学生の妹はめずらしいものを見る目で玄関までついてきた。いんじゃね、と革靴まで履いたところで言ったが、本心じゃないような気もした。でも、それはどうでもよかった。もしものときのための、自分は一般人だ、普通におしゃれに気を使うくらいに社会性があり、日常から離れておしゃれをする感覚も世間につかず離れずで持っているいう予防線だったからだ。

 ホールの入り口の門には、簡素な立て看板だけ。のぼりや垂れ幕、ポスターすらない。ひとが集まってるから何かやってるのだろうと思うが、前を通りかかってもそれが何かはわからなそうだ。

 ホールの建物の前はけっこうな広場になっていて、タイルのような、レンガのような、繁華街や中心部の通りにだけされる、きれいな舗装がされている。くすんだ色だが、掃除も行き届いてその意味でもきれいだった。

 集まっていたのは、これまた小奇麗な人たちだった。黒づくめだの、ステージ衣装のコスプレだの、暴走族っぽいチンピラはいなくて、だが、若いひとも多い。老若男女、と心のなかで言うのも噛みそうになるが、普通のひとばかりだ。治郎はちょっとほっとした。

 ホールの建物の正面玄関の上部には横断幕がかかっていた。第一六二回、地上の音楽の感謝祭、とある。

 その下にはフェスとあるが、たくさんの出演者がいるからのフェスではなく、もともとの意味なんだろう。カーニバル的な? でも、チャリティーは無料だとしても、プロビデンシャルとか、エヴァンゲリオンみたいなことがカタカナで書かれてて、迷いを英語の無知や外来語の変化と取り違えるようになってる気がする。

 建物の入り口はドアが開放され、四つの通路があった。ドアのガラス部分にそれぞれポスターが貼られ、ここに来てようやくコンサートのくわしい情報が得られる。

 ポスターには、タイトルの下に、やはり<無料>の文字が大きくカラフルに描かれている。そしてその下に、小さな字で<宇宙の精神>だの<人類の垂直的拡張と進化>などといった怪しいワードがやっと見つかった。

 小さい字で中央揃えの段落のになっているその下には、また原色の大きな字体になって、音楽による普及イベント、レッツ・ダンスなどの、楽しげなお知らせ。コール・アンド・レスポンスとあるが、音楽のことを言ってるとしか思えない。それよりも大きな字で、ポスターの一番下には、ポスター、チェキ、CD、DVDなど、無料のおみやげ多数とある。またカラフルで大きな字体になっている。

 ネットによると、アイドルの場合、CDに握手券が入っていて、買ってそれを会場に持ってくると握手ができる。チェキはその場で現金を出す代わりにツーショット写真が撮れるとなってたはずだが、それにしてはマイコたちの名前がない。握手にしろチェキにしろ、アイドルグループだと<誰と>が大問題で、抽選の倍率が上がったり、売り切れたりで、転売に回されると価格が高騰するらしい。不人気のメンバーを引いてしまうと、人気と価格の格差で交換も転売もできなくて、怒り狂ったような書き込みもあった。どうなるのだろう。ただより高いものはないという、むかしながらの警句が頭に浮かぶ。プレゼントなのに、いまなら、とか、何々した方に差し上げます、などの条件設定もない。ひっかけのような追加料金どころか、その下につづく文字もない。それがかえって信用ならない。

 でも、これくらいなら、入るのを躊躇するほどではないのではないかと治郎は自分に言い聞かせた。たしかにマイコたちのグループ名はない。だが、何かの選択を迫られたとしても、マイコたちを選ぶという道はあるのではないか。

 あるいは、そんな小さな問題ではなく、音楽はショーと一体で、個々の名前などいちいち挙げないってことだろうか。イベントが主であると。集まったひとたちこそがメインである、とか。それが一番ありそうだ。

 入り口はいくつかあるが、チケットを渡したり、スマホを見せたりするのはふたつだけ。つまり、ふたりしか係のひとはいない。ほかのドアから素通りで入って行くひとが多い。さも、慣れたように。

 治郎は一応、担当者がいるドアから入り、スマホの認証画面を出して見せたが、相手のスーツの男はただ目線を落としただけで何のチェックもなく入場できた。

 中に入ると、ロビーになっている。ここもひとで混雑している。順番も何もなく入ったが、席を取ったりはしないのだろうか。

 広いロビーの左右、奥のほうには上の階へ続く大きな階段があって、その三角に広くなっていく手すりの壁にそって寄贈された花がいくつも並んでいる。正面奥の大きな観音開きのとびらへ向かうと、花道のようになって自然と目に入るようになっている。しかし、見たことない量でいろんな花が積み重ねられたようなたぶん華道のやつが皿に乗ってたり、見たことない変な形の花が上下左右にそろった高そうなやつが花瓶に差さってたり、そんなのばかりで、どれも普通の花束になどならないだろうし、もちろん道ばたに咲いてるとこなんか見たことない。花を送ったひとの名前がカードになって貼られてて、いろんな企業名がのってるが、よくわかんない花がかもし出す怪しさに対して、この地方では有名な会社の名前という俗なものが不釣合いだった。治郎はガラパゴス感をおぼえたが、しかしそれは世間知らずですむ話でもあった。

 このホールは、客席が三階まである。

 前に来たときは一階は八割がた埋まっていたが、二三階はほとんど空席だった。上の階にも行ってみたい、とちょっと思ったが、ただそれだけの気持ちだったから一階の席でじっとしてたが、きょうの場合、二階の最前列からのほうがステージはよく見えるのではないか。マイコたちは踊るから、一階の低い座席からの目線よりも、上から全体を見たほうがいいんじゃないか。眺めがよさそう。でも、これだけの人数がロビーでうろうろしてるってことは、いい席はもう埋まってるのかもしれない。だとしたら、やっぱり近くで見たい。

 迷ったが、治郎は一階への大きなとびらに向かった。そして、表面はピンク色で、ソファのような厚みとボタンのへこみが規則的に並んでいるとびらを両手で引き開けた。

 客席はなかった。

 一階の席は取り払われ、何もないフロアになっていた。だだっ広い空間に、中央をのぞいて、かなりのひとがいる。

 群集がなんとなく壁のほうに寄っているのは、ステージ中央から細い通路のような、エクストラステージといったようなものが突き出ていたためだ。フロアの真ん中より少し手前まで突き出て、先が丸く少し広くなっている。コンサートが始まれば、その周囲を客がすずなりに埋めるのだろう。まだ近づくひとはいない。

 メインステージはまだ幕が降りたままだ。

 前は一階に少し空席があって、それでも千人近く客はいたと聞いたが、信じられなかった。でも、いま席が取り払われた空間は、学校の体育館くらいの広さはありそうに思えた。着席で満員が千二三百人だとしたら、きょうはもうそのくらいはいるだろうか。

 ドア付近にいるわけにもいかないので、とりあえず右側の壁のほうへ行く。偶然でかみてへゆく。

 どんなコンサートになるんだろう。

 予想できるのは、一階はダンスフロアってこと。バンドで言うとボーカルがあの突き出た丸いとっ先まで行って、囲んでいる客をあおるってことだろう。マイコたち三人だとちょっと狭そうだが、でも、フロアの混雑に対してあんまりスカスカで踊るのも変だろうし、ボーカルもやるし、行けるか、と会場に入ってすぐに訳知りというか、後方彼氏面である。

 客にはここでも若いひとだけでなく、年配のひともいる。知り合いはいないようだ。学校の制服を探しても、見えない。コンサートに制服で来るのはおかしいが、きょうの場合はまず探してみた。グループもいれば、個人で来たらしい、ずっとスマホをいじってるひともいる。

 それにしても、このひとたち、みんなダンスするのだろうか。ステージ近くに集まっているわけでもないから、いまからでも前のほうへ行けそうだ。だが、客席の中まで丸い小ステージが突き出しているから、そこに演者が行くと、もとのメインステージ近くにいたら背中を見ることになりはしないか。

 あそこで客に囲まれて、三人組のアイドルが、何かあおるのだろうか? 踊りであおるって、なんかそういうバトルみたいなものはあったような気がする。動画で見たことあると思うが、ねらって見たのでなくおすすめに上がってたのを流して見たような感じで、はっきりしない。ヒップホップのやつで、集団からひとりずつ出て行く、はないちもんめ方式でやってたような……。その方面の世界大会で勝ったとかいう、でもヤンキーの不良という意味でなく成長不良で具合が悪い感じのチビが、服はぶかぶかで原色だけど子供なのかオッサンなのかよくわからないような地味な顔をして、アクロバットみたいな振り付けをやってたような……。バトルだったとしても、優劣や決着の付け方もわからなかったし、断片的にしか画が浮かばない。

 少なくとも三人でバトルではないよな。

 では、三人でコール・アンド・レスポンス? 普通だが、それだと客が曲を知ってないといけない。でも、自分が知らないだけでここのひとたちには有名とか? ありうる。

 ポスターにはほかにもカタカナでなんやかんや書いてあった。それも関係あるとか? スマホで調べてみようにもカタカナで単語が並べられるとまぎらわしくておぼえにくい。それも策略か。

 それとも、ラッパーとかがやるみたいな、あおりか? ラップなら即興だから、ネットに曲がアップされないのもわかるが、逆に日替わりで曲が変化するから多くないとおかしいとも言える。その日の音源がどうとか、マイコが言ってたような。マイコよりルーミンならラップは行けそうだが、でも、魚市場でせりに負けそうな若いやつが思わず両手でアピールしてしまったような、変な指の形にして手の甲を前に出してゆらゆらさせるだけの変な動きを、ダンスもやってる彼女たちがやるだろうか。いや、やるまい。親に感謝マジ感謝、みたいな変な文句に絶対ひっかかる。ルーミンならギャグにしそう。

 いや、あおりだから、一個ツンデレの要素が入ってる。そして馴れあいもある。先にアメリカで流行ったジャンルで、決まってることをやる甘えがある。ジャンルまるごとパクるような。

 そういうのも動画で見たことある。でも、客席のなかにステージを作ったりしないで、客の上にダイブするんじゃなかったか。いや、あれはバンドがやるのか。DJが機械の前でこちょこちょやってて、前にいるやつだけ客に突っ込んでいくんじゃ、あとの置いてけぼり感がすごいだろうから無いな。

 でも、なんにしても、なんかやらないと持ち歌二曲でステージはもたないよな。

 場内の小さな音量のBGMが、そういうリズムだけを強調したような、メロディー的なものの聴こえないインストだったからか、治郎はとりとめもなくそんなことを考えしまう。

 右へ動いていっての壁の近くまでくると、二階の壁際にそって細く出っぱった席の部分の陰になる。群集はそこでも、かたまってはいない。二〇二〇年夏のように密をさけるまでもなく、ひとびとは場所取りに躍起になっていない。

 ちょっと上の階の様子も見てみようと、治郎は前のほうへ移動した。

 見ると、なんと二階も三階までも客はかなり入ってる。

 これはマイコたちの人気じゃないよな。ほかの出演者が人気とか? だが、それも名前が出てないからわからない。見当のつけようがない。

 ところで、二階三階のひとも踊るのだろうか。見る限り、じっとしてるし、椅子はある。上の階で踊ると危ないのかも。しかし、こんなに客入るか? スマホの電源はロビーに入ってすぐ切ったけど、ちょっと検索してみるか。こんなローカルな怪しいコンサートでも実況ってあるんだろうか。スマホ持ってるひとが怪しく見えてきた。おれもか。

 BGMが急に変わった。

 まだビートをきざんでいるが、音も大きくなった。

 いや、ちがう。ステージから鳴ってる。幕が上がる前に、もう演奏は始まっている。

 ドラムの乾いた音がしばらく鳴りつづけて、群集から三々五々ステージに近づいて行くひとがあり、またその場で身体を揺らしてるひともいた。

 治郎は迷った。まだステージは見えない。姿を確かめてから動こう。

 次にベースが鳴りはじめた。ベースだよな、シンセっぽいけど、あんなシンセがあるわけない。電気で合成して、六つも八つもトラックを重ねてわざわざベースと似たような音にするはずがない。マンガにも名称が引用された、チョッパーとか、あとスラップとかいうテクニックがあったはずだが、それだろう。リズム隊がビートを作るんだろ、まずは。

 幕が上がりはじめた。

 バンドがいるのは見えた。でも、照明が暗い。いや、ちがう、客席が暗くなってない。ダンスフロアなんだから、それもそうか。バンドはかなり人数いそう。

 幕が上がるにつれ、ステージに設置されてる電飾付きのセットのお尻のほうが見えてきた。見えはじめた時点で、派手な色彩がほどこされているのがわかる。テレビのバラエティー番組のけばけばしく派手なセットを思わせるくらいに、電球の丸い形がふちどりだけでなく一面に散りばめられている。バンドのひとたちの前にかぶさるように吊られてて、顔がよく見えないくらい影になって、それでステージが暗いと感じたのだろう。そんなことにかまうことなく、装置は怪しくかがやきはじめている。

 やがて、リズムに合わせ、めまぐるしく点滅しているその舞台装置が、ある文字を形作っているのがわかってきた。

 そして、UPRの三文字があらわれた。

 まちがいない。新興宗教<宇宙パワーレボリューション>のここは集会だったのだ。

 それほど暗くなってない場内では、派手な照明の効果といっても、子供に悪い影響を与えてしまうアニメの変な演出ほどでもないはずだ。それでも、そのステージの幅ほぼいっぱいの巨大さで、原色を多用しまた多数の電飾を擁した構造物は、見るものを圧倒するような迫力を持っていた。UPRが、音楽と一緒にじわじわと押し寄せてくる……。いや、そうでもないか。安っぽい、それこそテレビっぽい演出にも見える。

 しかし、えらいところへ誘ってくれたもんだ。

 でも、勘違いしてはいけない。治郎は警戒しながらも、冷静であろうとした。音楽は本物だ。まだ、あの三文字があらわになっただけだ。ステージにいるのはミュージシャンたちだけで、変なやつは誰も出てきてない。

 うしろにドラムふたつ? ドラムセットのなかで一番でかい丸い形を正面に向けて床に置かれてる太鼓がふたつあるようだ。ひとが座っているかは暗くてよくわからないが、でっかい白い丸がふたつ並んでる。ひとりでいっぱい叩く形式のドラムもあるのか? だんだんとベースの音が複雑になり、ブラス隊も鳴らし始めた。非常にノリがいい。それは認めざるをえない。

 出て来た。

 中年のやせた男だ。髪が長い。でも汚い。白装束だよ。むかしのSFの動画で、なぜか古代ギリシアみたいな白い布をワンショルダーで身体に巻きつけたような恰好をしてるのがよくあるが、あれに似てる。あれもネタとして扱われてるんだが。怪しいというか、なにを連想させようとしてるか丸わかりなんだが、いいのか?

 なんか持ってる。杖? 木の枝が曲がったような魔法使いが持ってるようなのじゃなくて、白い金属でできてそうな、きれいなまっすぐな棒だ。いや、マイクスタンド? 杖の頭についてるのは、マイクじゃなくて宝石みたいなクリスタル系の飾りだ。そこからビームが出そうな。いや、ビームじゃSFだな、奇跡の光的な? おや、マイクはもうステージ中央にあった。ゆっくりと近づいていく。

 まわりのひとたちの反応も、熱狂的どころか、バンドのボーカルが遅れて登場したのと同じくらいの、いや、それより少ないくらいの拍手だ。信者でなく、自分と同じような客たちなんだろうか?

 誰かが「教祖だ!」と言った。やっぱりか。あれ、さっきまでスマホいじってたやつだ。音が鳴ってもまだいじってて、いま気が付いたのかよ。

 ピンスポットが、教祖に当たる。白い衣装なので、照明がついてるなかでもある程度の効果はある。でも、やっぱり、ある程度ってほどだが。ステージを歩くのを追っている。歌うのか? 教祖が?




  すべての出家信徒よ

  在家の信徒よ

  下界の衆生は

  まだ集まらぬか

  惰眠をむさぼり

  我欲で身を滅ぼす

  世間の言い分が怖いなら

  愚者に迷わされたまま


  私怨は逃げられぬ

  誰も無常と看過

  善なるトラウマ

  世間が作ったものと縁を切れ



  すべての衆生に示せ

  我は福音に反し

  ブッダに遠く隔たる

  穢土はただの悲観

  帰依にすがる堕落と

  帰依の傲慢さ

  憂国の裏に成心

  浄土は迷信


  私怨がカルマなら

  誰にも清算不可

  真なるトラウマ

  宗教が作ったものと縁を切れ



  すべての信徒よ 聞け

  何者も味方とせよ

  すべての衆生よ 聞け

  デビルも洋の違い

  猜疑心はついに

  我欲の因と化す

  世間の言い分が怖いなら

  偶像で代替も許そう


  私怨がスティグマなら

  誰にも洗浄不可

  天なるカリスマ

  宗教が作ったものと縁を切れ




 治郎には歌詞はよく聞き取れない。耳なじみのない単語が入ってこない。

 迷信という言葉が聞こえたあと、サビがまた来て、教祖がシャウトしたときには、しかし、ちょっと心をつかまれてしまった。

 生バンドの迫力と、それに呼応したようなシャウト。即興でやってる、いまここで生まれたノリに誘発されて出ているのが伝わってきて、ライブ感に自分もつつまれる。

 教祖が雄叫びのような、と言っても宗教的にとち狂ったようなところはない単に高い声で叫ぶと、四人のコーラスもめいめいのタイミング、それぞれの掛け声で叫んでいて、一体感と共に自由さもある。コーラス隊がいつのまにかステージの右後方に出てきていたのも気付かないほど、音楽に魅きつけられていた。

 教祖に魅かれてるのではない、と思いたかったが、会場のいろんな方向から聴こえる音響よりも、ステージからかたまりで飛んでくるような音に圧倒された。思わず身体が動きそうになる。

 でも、まわりを見ると、みんな音楽に乗っているだけで、一緒に歌ったりしていない。いつものノリといった雰囲気でリズムを取ってるくらいのひともいるし、身体を左右に揺らしてるだけのひともいる。大きめに踊ってるひとは自分のダンスに集中してるようで、教祖など見てない。教祖はだんだんうまくなるなあ、なんてのんきに話しているひとたちもいた。はたからは、上から目線で言ってるようにも取れる。宗教感はあまり無いと思うのも無理からぬことであった。

 自分が乗ってしまうのも当然のように思えたし、好きに乗れそうだった。

 でも、まだあんまり前に出ないほうがいいかな、と自重はしていた。

 それにしても気にかかっていたのは、マイコたちのことだった。

 これが、おれを元気づける、あるいは応援してもらうのを良いことと思えるようになる、とマイコが考えることなのか。

 教祖が元気を与える人なのか。

 それとも、自分たちの出番が本番で、そのほかは前座のような別物なのか。出てるのは教祖だが。

 もちろん治郎は、マイコたちが出てくるまで待つつもりではいた。趣向はともかく、音楽はすばらしかった。

 教祖の歌は終わっても、ドラムはずっとリズムを刻み続けている。

 たまにブラス隊が息の合ったフレーズを吹いたり、ギターのアドリブのような音がかわるがわる鳴る。

 そして、コーラス隊の四人がさっきの歌のサビの最後のフレーズをときおり繰り返す。コーラスは英語でこれまたよくわからないが、男ひとり女三人で、なぜかきれいな女性コーラスのように聴こえるのが、どういう……。

 ! いた。あのコーラスがそうだ。

 三人だけのステージを予想してたから、わからなかった。

 頭上のデカイUPRの照明のせいで逆光になってて、よく顔が見えなかった。いつものマイコが真ん中にいる並びじゃなくて、タキシードでだいぶガタイがよくて髪をぺったりと昔風に撫でつけた中年の男が左端の教祖に近い側にいて、それからマイコ、ルーミン、ミクと大きい順になってる。男との対比で三人が小さく見えたし、三人のバランスも見誤ってしまった。

 何よりも、その衣装だった。露出が激しい。

 へそを出して上下に分かれた白いきらきら光る素材の服。きらきらよりも、上は肩を出してるし、下は超短い半ズボンというか、足が全部出てて、そのほうが目立ってる。頭も、学校で見かけるかわいいポニーテールではなく、水泳の、あれ、がに股で立ち泳ぎして、もぐったり水面に飛び出したり、あれ、オリンピックでもやるあれの選手がやるような、超ひっつめにしてる。

 タキシードのおとなも一緒にいるし、音自体がやっぱりプロだったし、おとなのコーラス隊だと思ってた。

 そのおどろきで、もう治郎は元気になりかけていた。いまの曲にぴったりはまって、ノリノリの美しいコーラスを誰とも悟らせないで聴かせてくれたおかげで、音楽を正当に評価できたと思う。本質にとどいたのである。が、自分のことよりも治郎はステージが気になってしょうがない。思わず前のほうへの移動をはじめていた。

 するとステージのマイコたちも、マイクスタンドを持って中央へと移動して行く。

 マイコ、足長っ。白っ。

 いや、三人ともやっぱかわいい。

 教祖はステージから突き出している細い通り道へ、怖ろしいほどゆっくりと歩いて行く。何かに向かってる感じ、怖れながらも、それに立ち向かっていく感じは出ている。が、感じが出ているってことは、演技っぽいと思われているということだが、治郎はマイコたちの行く手の確認の意味でチラッと見ただけで、衝突しないとわかると、とりあえず立ち止まって次の曲を待っている。

 鳴りつづけるドラムをさえぎるように、これはシンセとわかる音がガーンと響いた。

 そこから、いくぶんテンポが速くなり、ギターのちゃかちゃかとした音が加わった。今度はロックっぽい? ブチュッ、ギュイーンのような、電気的に合成されたとはっきりわかる音もする。八十年代の洋楽でよく使われてたシンセドラムのしゃんしゃんと軽い音色も混じってるようだ。さっきよりも新しめの音になったと思うが、ディスコミュージックとファンク、ソウル、そこらへんの区別など治郎にはつかない。マイコがファンクと言ってたから、動画サイトで検索して上のほうにあるのをつまみ食いのように聴いたが、調べようという気持ちより、聴いたことがある曲や、興味をもった関連の動画を見つづけていたから、わからない。いくら掘っても、マイコたちがやってるのを見られるわけではないし、知識を得たいわけではなかった。

 それでも、さっきのほうがファンクっぽいとは思うが、まだバックコーラスにいる段階で、先にやっちゃってるけどいいんだろうか。マイコがメインになってやるステージはどうなるのだろうか。

 また、長いイントロだ。この単純なリズムの繰り返しが、宗教的な盛り上がりに必要なんだろう。そのような陶酔感と区別のないようなダンスフロアの熱気が保たれたままなのは、狙いどおりなのか、そのおまけに過ぎないのか。

 でも、教祖はまだ、客席の中の丸い小ステージにわたってる途中だ。右手に例の杖、左腕ではマイクスタンドをかいこんで、ゆっくりと進んで行く。ファンタジーの、ていうかゲームに出てくる二刀流の剣士がHPが少なくなって動きがにぶくなってるように見える。逆風に負けない姿というより、負けに見えるが、これでいいのだろうか。

 教祖は小ステージにたどりついてないのに、次の曲が始まった。

 マイコたち四人がメインステージの中央に立っている。四人がボーカルだ。




  愛は無償なら 神に従う義務もない

  教祖は正しい


  愛の契約を取り消しても 片務ではない

  ストーカーは悩ましい


   どういう過去のせいで

   どういういまがある?

   教祖は正しい


   教祖は正しい

   教祖は正しい




  不意の雨のように 不幸がおまえを襲ったら

  教祖は悲しい


  問いに答えるために 水の上を歩く彼は

  教祖は正しい


   さまよう民のための

   なぜ星はないのか?

   教祖は正しい


   教祖は正しい

   教祖は正しい



   どういう過去のせいで

   どういういまがある?


   サイを投げる神に

   われはなにを賭ける?


   来世にはない星で

   だれが墓に眠る?


   どういう未来?




 ここでラップが始まった? いや、セリフか? 朝がたの鳩が鳴くような二音だけの抑揚がない。ほっほーほ、どーどー、という子供のころは鳩のような小さな鳥ではなく、何かの動物のうなり声と思っていた、あれである。だいたいふたつくらいの近い音程で、ときどきテレビ番組の観覧のはがきが当たった客のように声を合わせて決まったフレーズを叫ぶのをアクセントにしながら、だらだらとつづくのが、一般的なラップのイメージである。治郎も世間一般と同じように、そのほかの言い分の言葉のおもしろさだのチョイスだの一九八〇年代とはちがうツッパリだのは、なんにも感じていない。

 ファーザー? とか何とか言ってる。英語だからよくわからない。教祖がファーザーなのか、ここにいるひとたちにとっての? でも、キリスト教にも神父はいるんだが。世界中に派遣するくらいたくさん……。

 その教祖は、丸い小ステージまでの通路にまだいるのだが、進むスピードがさっきよりだいぶ遅い。

 しずしずと? いや、重々しく? いやに歩みが遅くて、演出にしてもちょっとどうかと治郎は思った。なんだか息も絶え絶えといった様子で……。

 倒れた。

 かかげていた杖を通路の床に突いて、体重を支えるひまもなく、どうっとばかりに倒れてしまった。通路の途中で伏せてしまって動かない。いや、身体を動かそうともがいてるようだが、うまくいかないようだ。体の自由がきかないほど、衰弱してる? たった二曲で? 杖は放してないが、マイクスタンドは一緒に横になって床に長々と寝ている。杖と同じくらい長くて邪魔だが、マイクより杖のほうが大事なのかと、治郎は余計なことを考えてしまう。それくらい唐突な展開でで、さまざまな疑問がもたげてくる。

 しかし、観客たちは、ダンスもやめ、手拍子もやめ、呆然としている。教祖の演技ではなさそうなのは、その様子でわかる。

 そのあいだも、音楽は鳴りやまない。

 コーラスがむなしく響く。いや、これはプロ意識が高いというべきなのだろう。信者たちに、教祖が倒れたまま終わることはないと示している? 音で信ずべきものを伝えている?




  教祖は正しい


  教祖は悲しい


  教祖は正しい


  教祖は悲しい


  教祖は正しい


  教祖は正しい




 何回か繰り返したところで、マイコが後ろのバンドのいるあたり、UPRのセットの陰になってるところまで一度行ってから、通路へ走り出した。手にバスタオルのような大きな布を持っている。

 大またに走る姿が、こんなときになんだが美しい。

 教祖に駆け寄ると、その背に大きな布をマントかシーツのようにかけ、何か話しかけてるようだ。教祖も、うんうんと反応はしている。意識はあるようだ。

 ぱっと見は、女子高生が倒れてる汚いオッサンに声をかけてる形だ。だが、緊急事態であること、オッサンの恰好がある種の儀式の礼服のようであること、そしてマイコの目を奪われる刺激的な衣装。それらが合わさって、俗な考えを拒否する、劇的な場面になっていた。

 その間も、メインステージに残った三人は歌い続けている。

 宗教的、感動的、と言えなくもない。

 しかし、観客たちはステージの教祖がいるあたりに駆け寄るでもなく、ただ固唾をのんで見守っている。

 そして、今度は本当にラップが始まった。いままでの同じフレーズの繰り返しは予定通りなのか、アクシデントのためループしてたのか、ファンクがそういうものだからまだ続けられそうだったが、ここに来て変わった。

 それも、ラップというまだ日本にはなじんでないものに変わった。若い世代にしか受け入れられてないようなこんなジャンルでは、会場の全員が同じ気持ちになって、教祖を心配することはできなくなる。そんな演出があるだろうか。

 こうなるとマイコたちは利用されてるんじゃないかという治郎が当初思っていたことは、杞憂ですみそうだ。

 では、この集会に参加する、歌の舞台として以外の、それなりのもっと深い意味、なにか計り知れぬ考えがあるというのだろうか。




  やせたソクラテス ふとったマルクス

  富めるゲッペルス やせるアイヒマン


  偽の自由 悪の野放図

  無為の契約 恣意の法律


  愛の不自由 恋の不可避

  つかのまの祝福 平和の忘却



   どういう過去のせいで

   どういういまがある?


   サイを投げる神に

   われはなにを賭ける?


   神の住まぬ星に

   われは願いを懸ける


   教祖は正しい


   教祖は悲しい


   教祖は正しい




 マイコは立ち上がり、うしろを振り返ると首を振った。

 そしてすぐにしゃがみこみ、教祖の背をやさしくさすっていた。何かを話しかけているようだ。

 飛び出すようにメインステージから男性コーラスが教祖のもとへ走っていった。ふたりのもとに着くとマイコに合図し、マントのようなもので包みこまれた教祖を立たせ、身体を支えながら一緒にまた通路をもどって行く。マイコもやさしく背をなでながら付いていっている。教祖は老人のようにたどたどしい足取りで運ばれていく。三人はメインステージまでもどると、そのまま左へまがって、そして舞台袖に消えた。

 まだドラムは鳴りつづけている。

 今度はミクとルーミンがふたりで、小ステージへの通路に進み出る。

 ミクだけスタンドを片手に、教祖が杖をそうしていたごとくこころもち肩よりも上へ、しかし軽々と差し出しながら歩く。

 ルーミンは通路の途中で、床に転がっていた教祖のマイクスタンドをひろいあげた。くるくるっと、ロック歌手がやるように、なぎなたの名手のように長い棒をあやつると、両手に持ち直し、すばやくミクのあとを追う。

 丸い小ステージに立つと、その直径を三等分した位置に並んでマイクを立て、静かに目を閉じ、うつむいた。ふたりともが、計ったように同じタイミングだった。

 ドラムがリズムを変える前に、一瞬の静寂がおとずれた。しかしすぐに、さっきまでよりもゆっくりとしてリズムでまた始まった。いままでのずっと低音で鳴りつづける単純なビートではなく、泣きのギターが激しくかき鳴らされて、こまかく刻まれるパーカッションやピアノが複雑に絡んでゆく。厚みのあるアレンジが、まるでふたりきりになったルーミンとミクをはげますかのようだ。




  誰のせいで彼は

  夜も眠れないのか

  罪は集まり 彼を殺す


  悲しいか

  悲しくもないか



  誰よりも傷ついて

  起こることを予期しながら

  あえて おまえたちに答え続ける


  善と悪

  いずれを負わすのか



   はかりしれない痛みさ

   荒野をゆく孤独


   めぐりめぐる時のなか

   めぐる罪 また いつかの迷妄


   めぐりつづける時代に

   しきりに再生される


   背徳と虚栄にまた


   楯となり さからう


   ウイ アー ダビデ・ガールズ




 ふたりは妖艶に腕を振りながら歌う。治郎はメインと小ステージの中間あたりにまだいたのだが、ふたりの息が合っていて、後ろ姿を見ているだけでも美しい。真っ白な二の腕が目を射る。陳腐な表現ながら、背中の羽をはばたかせながら歌っているような錯覚におちいる。

 ツーコーラスめからは、ルーミンがソロでボーカルをとった。こうなると正面からも見たくなってくる。

 ミクは前に出て、踊りだした。かと思うと、渡ってきたほそい通路にもどって行って、走りながらステップをまじえて踊る。通路をたてに使って、移動しながらひろく全方向に向けて踊っている。トンボを切りそうなくらいのいきおいで跳ね、あるいは下で踊ってるひとも真似できそうなお手本を示して、さらにできそうもないくらいに高く足を上げすばやく回転し、すべての客の視線を自分に集めようとするかのような躍動だ。

 場所を移動するのも忘れて、次郎は目をみはる。それにしても、ミクの動きよ。

 なんという、しなやかさ。激しい動きをしてるんだが、ごつごつした印象は微塵もない。黒人のサッカー選手がゴールを決めたあと連続でバク転するパフォーマンスが思い起こされて、たぶんミクならあの通路をはしからはしまでやるだろうってくらいの勢いなんだが、ぴたっと止まってちまちまとしたダンスになると、客と目線を会わせ、これくらいならおじさんたちにもできるでしょというような、挑発とも愛想とも取れるなんとも言えない笑顔を浮かべて、アスリート感など忘れてしまう。

 流線形。そんな言葉が浮かんでくる。最新型の新幹線の空力性能を上げるための先頭の造形が、子供のおもちゃのデフォルメのように見える目的と結果の乖離。

 ダンスは肉体的表現で、それによって音楽や舞台感情をあらわすためにやってるんだけど、結局、女性の身体の曲線美が一番強く伝わってしまうような。

 ミクは三人のうちで一番大きくもないから目立たず、一番小さくもないからアイドルっぽさでも引けをとると思っていたし、それはほかのふたりが強すぎるからと同情のようなものすら持っていたのだが、アイドルにほとんど興味がなかったとはいえ、自分の不明を恥じなければならないと治郎は素直に思う。さっきの歌も悪くなかった。コーラスのときも、一体感があり、目立ちはしなかったが邪魔にもなっていなかった。これもわかってなかったってことか、コーラスがメインボーカルより目立ってどうするって話だ。顔面的にも、モデル感とかそういうものはなくても、第一印象から普通にかわいかった。自分の直観も信じられないとは、やはりメディアやネットに毒されていたのだろうか。普通といっても、かわいいカテゴリーの中の普通であって、いまのダンスと歌の加点要素で、いまなら真価がわかるとも言える。が、それも言いわけか。ごちゃごちゃ言うまでもなく、かわいいとは思っていたのだ。流線形という言葉から、ひっつめた髪型も空気抵抗をなくすためのもので、なんとなくエジプトから出土した黒くて美しい女性の頭部の像を連想してしまう。エジプト人のように首だけを左右に揺らして両手のひらを耳の横で上に固定して歩き回るのとは、まるでちがう動きでダンスしてるわけだが。そう思ってみると、顔の前面、鼻も高く見えてくる。歴史は変わらなくても、治郎の印象はもうそこまで変わっていた。

 さっきまでは、そこはただの通路だった。いや、さっきの教祖のジジイの様子では、あの世とこの世の渡り廊下と思われてもしょうがなかった。

 それがいまは花道だ。

 晴れ舞台だ。

 また走り出した。それもいまは長い助走とは思わない。そうではなく、走ることそれ自体がダンスだった。前座のように、治郎はついさっきまで思っていた。バックコーラスなのがちょっと不満だった。いや、もったいないと思っていた。だが、いま一番輝いているのは、ミクだ。ソロ担当のルーミンには悪いが、いや、悪いって感情は誰に対してで、誰目線だろう。

 ふと、ミクの足元を見て、とても高いヒールの靴を履いているのに気付く。

 あの動きを、こんなヒールでやってたのか。少しぞっとする。いまにも足首をぐにっとやりそう。しかし、不安感とは別のものに胸をかきむしられるような気がするのはなぜだろう。

 なんか、あったな。桟橋効果とかいうやつ。カップルが波に揺られる不安定な桟橋にいると、その危険のドキドキを恋のドキドキと勘違いしてしまうとかいうやつ。しかも、さっきのジジイの退場を見たあとだと、ミクがいるのはあの世とこの世の浮橋かと思ってしまう。浮橋効果……なんか甘そう、いや、すごそう。

 いやいや、冷静になれ、あの靴はバッシュのハイカットみたいに足首まであるから、安定してるはずだろ、よく見ろ、むき出しの足は筋肉質ではない、二の腕と同じくらい白くて、やわらかそう。そうだよ、ここはどこかを思い出せ。と、治郎はまるで改宗寸前で、自分まで気絶寸前のような気持ちになっている。

 サビにかかるとミクはマイクの前にもどってきて、そしてふたりは並び、聴衆に向かって高らかに自分たちのグループ名を名乗った。

 治郎もやっと自分はDDだ、ダビデが大好きなんだと、躊躇なく言えると思った。




   さっきまでここに立っていた

   ひとは倒れ伏した

   油断したゴリアテよりもたやすく

   どうして……




 二番だ。Aメロに行った。次もまた、ミクが踊ってこっちに来るんだろうな。いや待てよ、ルーミンがおとなしくいつまでもそんなことをさせておくだろうか? これは来るな。

 と、治郎が思っているのを知ってか知らずか、誰かが、

「来た」

と、叫んだ。

「え?」と、思わず治郎は声を出してしまった。

 ほかの観客たちも、

「おお」

「ああ、来たか」

と、うれしそうな声を次々とあげる。信者というよりも、アンコールに普通に喜んでいる客のようで、治郎も自然とみんなが向いてるほうを見た。

 教祖がふたたび、ステージに現れたのだった。今度はしっかりとした足取りでひとりで歩いている。

 マイコもあとを付いてきている。タキシードの男は、袖から出てセンターの通路のあたりを通り過ぎ、コーラスの位置についてメインステージにとどまった。マイコは教祖と一緒に花道を渡ってくる。

 場内の雰囲気で察したのか、ルーミンもミクも一瞬歌うのに詰まったが、振り返りもせず、すぐに英語になってまた歌いだした。演奏はそのまま続いている。教祖とマイコが小ステージに到着すると、日本語にもどってサビへ行った。そういうことなのはファンクをやるってことからわかっていた。さっきから、日本語の歌詞もなんなのかよくわかってなかったが、ビートとダンス、それだけで洋楽はいいと思うひとと同じような気持ちに治郎はなっていた。それは聖典は特定の言語でなければならないなどという考えとは程遠いものだった。それも無理はない。彼はダンスにも歌にも、エジプトを思わせる美にも、ゲームとはちがうがバスケットボールのスリルにも、あの世の恐怖にも、この場のグルーブにも、あらゆることに魅了されていたのだ。




   はかりしれない痛みさ

   荒野をゆく孤独


   めぐりめぐる時のなか

   めぐる罪 また いつかの迷妄


   めぐりつづける時代に

   しきりに再生される


   背徳と虚栄にまた


   楯となり さからう


   ウイ アー ダビデ・ガールズ




 そして、自分のマイクに教祖は向かう。三人は少し場所を下げて、つまりメインステージとの中間のフロアにいる治郎にとっては自分のほうへ近寄って来て、一本のマイクについた。マイコが真ん中、左右のふたりはちょっと身体を斜めにして、一本のマイクに全員の声を集中させるような態勢。治郎はやっぱり三人はこの形態のほうがいいなと思った。無論ちがう景色として、ミクやルーミンの魅力が更新された上での話だ。 




   はかりしれない痛みさ

   荒野をゆく孤独


   めぐりめぐる時のなか

   めぐる罪 また いつかの迷妄


   めぐりつづける時代に

   しきりに再生される


   背徳と虚栄にまた


   楯となり さからう


   アイガッタ ダビデ クラウン




 三人は歌いだす前に、ちょっと打ち合わせのような会話をした。

 もう少しあとになったら、そのときにマイコが苦笑いしていた理由を語ろう。

 いまのポジションではほとんど後姿しか見えないので、治郎は踊り続けるひとたちをぬって正面のほうへ移動中だ。盛況ではあるが、いわゆるロックコンサートの押し合いへし合いはないし、丸いステージに押し寄せてもいない。宗教の集会のように泣いてるひとや、ひきつけを起こしてるひともいない。ステージ上の約一名以外。




   アイガッタ ダビデ クラウン


   ウイアー ダビデ・ガールズ


   アイガッタ ダビデ クラウン


   ウイ アー ダビデ・ガールズ




 掛け合いのようになっているが、論争ではない。言い争いではないし、説教でもない。

 この歌の少し前、ルーミンとミクだけでステージをつないでいたとき。

 舞台裏では、倒れた教祖役を床に寝かせて、マイコがうちわであおいで風を当ててやっていた。

「きょうはどこまでもったんですか?」

と、マイコはさほど心配してないような普通の声で尋ねる。

「あっと思って杖を突いて倒れないようにしたんだけどなあ、あそこからまだ立ち直って歌えると思ったんだよ」

と、教祖役は強がったことを小さな声で言う。まわりのコンサートスタッフたちは、曲目の変更を確認しあい、さっそく動き回っていて、教祖役の碓井陽介にはよけて通る以上の気を払わない。タキシードの男は水分補給をしている。

 マイコともうひとり、黒いスーツ姿の精悍なアラフォー男だけが、碓井のそばにしゃがみこんでいる。

「その杖をずっと持ってて、マイク放してましたよ」

「え?」

 碓井は自分の右手を見た。

「そうだよな。マイクを捨てて杖を持ってちゃしょうがないな。地震のときにあわてて枕持って飛び出すおばあちゃんじゃないんだから。まだ意識はあったつもりなんだが、あの時点でもうダメだったんか……」

 あおむけに寝てるのに、まだあごを上げて、残念そうに天をあおぐ動作の一部をやっていた。

「あんたも懲りねえな」

 ぶっきらぼうに谷口が言った。

 谷口の下の名前も、苗字が本当かどうかも、だれも知らない。

 しかし、現場責任者として信頼は厚かった。事前の準備は周到。設営はいつも完璧。本番でトラブルが起こっても臨機応変。いまもステージのふたりに何かあったらと、次の出番のものがすぐに飛び出せるようにタキシードのゴスペル隊四人がそろって待っていた。あまりの辣腕ぶりに背景は探らないほうがいいという暗黙の了解があった。

 もちろん、本当の教祖の信頼も得ていた。だからこその自由な働きであった。

 このコンサートのような大きな集会にもわざわざ代役を立てるくらいだから、教祖はなかなか姿を現さない。

 代役のごとく、いんちきなのではない。

 教祖はその能力で、すべての相手をしてしまうのだ。それが能力を持ったものの義務ではあったが、神ではないのだから、すべてに応じていては疲弊してしまう。

 マイコも会ったことある。目カッでおどろおどろしい声でお告げをくだして、なんてことはまったくなくて、小柄で上品な白髪のただのおばあさんだった。

 それはステージに立つ上での面接で、曲は自由だし、ギャラは高いし、条件は日本語以外の歌もうたうことのみ。それでいて、信者に強制的にされるわけでもない。ゴスペル隊がいるように、既成の宗教の関連でも音楽であれば許可される。地道に活動してる歌手に、こんないいバイトがあるだろうか。マイコたち、ゴスペル愛好会、声明や謡曲の団体、アンダーグラウンドなバンド、ひきこもりのDTM、たくさんのグループやさまざまな個人が毎回応募する。

 全員採用のようなものだったが、ただ教祖の能力に反するような心の人間は落選した。

 教祖の予言は、当たることもあれば当たらないこともある。神からの預言でなく、信者の迷いや相談に対して先んじて与える言葉は、信者の心がけ次第で現実にもなれば結果は大きく変わる。ただ、教祖に言われたという担保は必ずあるが。

 教祖の治療は効くこともあれば効かないこともある。満足して死出の旅にゆくことだけは確実だが。

 この集会も、コンサートの形の集団療法であり、グループカウンセリングであった。

 もちろん正式なものではない、現に碓井には効果がない。

 医学的、科学的な根拠はない。ただ、教祖の前に来た時点で、ほかの効くか効かないかわからないのに期待だけはさせるようなことは捨てていいのである。

 マイコは面接のとき、教祖に、逆境に負けてはいけないと言われた。履歴書には綿津見ホームのことは省略し、当たりさわりないよう、しかし矛盾はないよう適当に書いていたのだ。加えて、バックコーラスもやらなくてはならない、男性とのハーモニーに挑戦する必要がある、歌だけで行け、と言われた。ルーミンには、マネージメント、営業でなくグループマネージメントについて条件が出された。そして、ミクはそのまま伸ばせと言われた。それぞれ、ルーミンがグループのキャラに設定していたことと見事に合致していた。三人は、本物だと認めざるをえなかった。そして、合格し、ステージに出演できることになった。

「またオレオレにもどればいいんだよ、オッサン」谷口は普通にしゃべっても重々しいが、

「ライブなんですよ、芝居ってのは。このくらいの人数、このくらいの時間も魅きつけられないんじゃ舞台じゃ通用しません。オリジナルの役なんか書けないし、やれませんよ」碓井は頑固だった。

「だから、あんたがひきつけ起こしてんだろ。まったくよ」谷口はめずらしく自分で言って自分で笑った。

 マイコがうちわを動かすのを止めず、

「照明のせいもあったかもですよ。明りが強すぎてチカチカうるさかったんで目がくらんだんじゃないですか。UPRの下、だいぶ逆光になってましたし。ちょっとやりすぎなんじゃ」

と、話をもどした。

「そうか? 借金のかたに工場を社員も丸ごと手に入れてな、そこが工作なら得意だから照明つきの装置やらせてくれって言ってきてな。すごい熱心だったんだがな」

「創作てのは、追いつめられると良いもの作る。工場が人手にわたった時点でそのひとら、やる気なくなってるんですよ。新しい社長にいい顔しようとしただけの、そんな媚びたような根性じゃエンターテイメントは無理です。そんなんでできるのは舞台装置じゃなくて、ただの電飾。それショーじゃなくて見世物です」

「へえ、そんなもんかい」

「そうですよ、追いつめられてこそです」

「碓井さんは自分を追い込みすぎ」

と、マイコはうちわで蚊を叩くかのように寝ている碓井の胸を叩く。

 倒れた碓井には、医師の治療はもちろん、ここUPRの治療もない。教団では念を入れた水なども売っている。タキシードの男が飲んでいるのはミネラルウォーターだったが。

 物販はライブ後にロビーでされるので、その水も売店も治郎はまだ見てない。たぶん、何も買わないだろうと思ってるだろうけど、一応、説明。

 それらは拒否し、碓井がなにを欲したかというと、うちわで顔をあおぐことだけである。

 薬や、その念のこもった水などというものは、どこででも手に入るものではない。しかし、風はどこでも起こせる。それで治そうとしているのである。

 小劇団の役者の貧乏くささなどと思ってはいけない。どんな情況にも対応しようという役者の心構えであり、思い込むことにおいては、芝居の一環なのである。

 この教祖は役者である。小劇団の代表と言っても名ばかりの、やせた頭もさびしくなりかけの中年の売れない役者である。ちなみに、かつらはUPRからの支給だった。

 彼は実力、才能、そして自信もあると自負していた。それは倒れる前まで、いや、稽古の段階でも皆が認めるだけのものを示していた。あとは度胸だけと言っていた。教祖にも言われた。

 マイコも、自分は才能があると確信していた。思い上がりではない。見てわかる才能が与えられたと思うからだ。もちろん、それで満足しているわけではなかった。やりたいのは、音楽だったから。

 歌、ダンス、楽器、それに碓井さんと通じる、ステージング。

 それらの観点でミクとルーミンは、相手にとって不足のない存在だった。そう言うと敵みたいだが、現にエースカラーの赤は、ミクが担当していた。名前が美紅だからしょうがないことだとは思う。そうしないとファンが覚えにくい。美紅なのに別の色だと、混乱は残りの二人にもおよぶだろう。容易に想像できることだ。そんなことはわかっている。

 だが、くやしいのだ、マイコは。彼女はエースなのだから。

 だから、なんでも吸収しようとしていた。ステージに関することはすべて。

 目の前でぶっ倒れてる、この売れない舞台役者は、やってることはむちゃくちゃだが、それはどんなおかしなことでも効果があって、そして演技に支障が出ないならなんでもやるという一貫した姿勢において、マイコにも共感できた。

 むちゃくちゃな治療法でも、即効性があり、すぐに舞台にもどれるなら採用する。怪しげなドリンクも何種類も見た。他人には決してふれさせなかったが。変な体操や瞑想もやってた。本物の教祖に鼻で笑われてやめたが。舞台で倒れるまでの時間がのびるなら、先にそれをやるし、逆に効かないとなったら、医者が勧めようが業界では定説となっていようがネットで評判がよかろうが関係ない。

 精神的なことなら、それですむ場合もある。医師との信頼関係がほかの治療と同等だったり、それが築かれた瞬間から治療が始まることがあるように、実効性の問題である。しかし、自己療法は、民間療法と同じくらいあやふやで、危険をともなうこともあるから注意が必要である。くれぐれも小説などというおもしろければ何を書いてもかまわない前提で作られているものを鵜呑みにしてはいけないのである。

 よって、教祖の指示で、コンサート以外の行事でも何でも、いつも彼は一番の大役をつとめていた。

 彼は役者である。別人格になるのが仕事でもある。それが賃労働と呼ぶことができない種類のものなら、資本主義について回る、ただ働きの問題はどうなったのか。

 役作りは、台本に従うことにおいて労働との区切りもなく、本番でも稽古でもないなら日常との区切りもない。日常をなくしてまで演じ続ければ、元の人格の一部が適用される作業ではなくなり、つまり、人格が区分される。区分された時点で交換は可能になっている。まだ貨幣は登場しなくとも、証券化は始まっていると考えたほうがよい。されど、人格はひとりである。人間はひとりである。ということは、彼がやっていることは人間と地続きではなくなっている。そうであるなら、地主の領域をはずれて、資本家の段階の問題に関わっていると言っていいのではないか。

 マイコは有名か無名かではなく、名士について語り、資本主義のことは何も話してなかった。ここでも、碓井を助けようと思ったのは、彼の考えではなく会話からだった。

 深夜のテレビで放送されたある映画をふたりは偶然見ていて、その話になったことがあった。

 小さいころ子供が誘拐された。何年も行方不明だった。しかし、最近引っ越してきた家の子がどうも弟じゃないかと、兄が気付く。そのとおりで、兄がトラウマのように抱えていた、誘拐されていなくなったので癒えない傷になっていた過去のことが、むかしを思い出すきっかけとなり、その子は家にもどり、兄弟も家族も再生される、ハートウォーミングなストーリー。

 誘拐したのは、引っ越してくるときにはすでに亡くなっている母。頭のおかしいひとという設定。その夫である父は、無口な頑固者。無愛想、不器用。

 この誘拐した側の家族が、いまいち描ききれてないと碓井は言った。

 母は死んでいるので、物語からさっさと退場している。誘拐する場面も、雑踏のなか、子供がひとりで消えるか誰かとふたりで消えるか関係ないような、短さ。

 父は無口だから、さらってきたとき、子供が慣れてきたとき、母である妻が死んだとき、どの変化も影響も出てこないし、描かれない。誘拐されたとわかっても元の家にもどるのに葛藤するくらい子供がなついてるのが、わからないくらい親子の会話がない。

 父の不器用さ、無愛想さから来る正体のない怖さもはっきりしない。宗教のこだわりからとか、反抗期だからとか、仕事柄などの原因がわからない。むしろ、昭和の日本の理不尽な頑固親父みたいに、不機嫌なだけに見える。

 邦画によくあるようなお涙頂戴になってこそ、ふさわしい人物像で、それなら父の配置が逆である。

 誘拐された子だけがちゃんとしてるくらいおかしい、と碓井は言った。マイコは家族像について、はっきりとしたことは自分は何も言えないと思っていたから、作る側からの批評に可能性を感じた。

 もし、誘拐した母が女優だったら、と碓井は論じた。その子が元の家に帰りたくなくなるのは、そうなるのもしかたないくらいの理想の母だったからだろう。それほど、良い女優だったのだろう。では、なぜ誘拐なんかしたのか? 子供がいる役をやるためだろう。

 父は無口になったろう。子供がいない責任は、自分にもあったから。女優の妻を持ったことは、突然現れた子供とどう付き合うかも規定するだろう。

 そうなるとこれは、誘拐された家族の再生ではなく、誘拐した家族の創造の物語になっていただろう。

 そして、元の家族がひとり欠けても成立していたのはなぜかを解き明かすスリリングなプロットになっただろう。

 マイコは、碓井の想像に新鮮なおどろきを感じた。

 自分の過去がどう見られるか、どう受け取られるか気になっていたのが、少し軽くなった。

 よく、先生をお母さんと呼んでしまった、という小学校のときの思い出話のような失敗談があるが、マイコにはその感覚がまったくわからなかった。でも、もういいと思うようになった。

 親が原因で子供がおかしくなる、毒親、モンスターペアレント、いろいろなニュースを見るたび、その原因さえないとしたらどうなるのかと、マイコはいつも思っていた。どうしようもないことからは逃げられないのか。逃げられないと思い込まされてる情況をどうすればいいのか。おかしくなる土台さえないのと、どっちがつらいのか。

 マイコから、碓井さんに舞台で失神してしまう原因を探ったほうがいいんじゃないかと助言したことはあった。

 でも、BTTFじゃないんだから、と彼は一笑に付した。

 原因がどうしようもないことだったら、もうどうしようもない。あいまいなことでしかなかったら、ぶれたことしかできない。そもそも、過去の解釈を変えようとするから、事実は動かせないとなる。過去から積み重ねられたことが、分厚い壁のように思えてくる。肝腎なのはいまなんだから、いまの解釈をするんでなく、事実をどうにかすればいい。どうすればいいかは、いろんな解釈を物語が示してくれるから。

 それをやるのが、おれたちだ。碓井は自信たっぷりに言った。

 くたびれたジジイをちょっとかっこいいと、マイコは思ってしまった。

 あとでルーミンに話したら、エースがそんなことじゃ困ると怒られた。ファザコンはダメ、親父ころがしは自分がやると言われた。独身のオッサンが家族像、父親像についてしゃべってるのもおかしいし、B級映画ならいくらでも改変するところはある。B級でもせめて、サイダーハウスルールで語れないと、とダメ出しはつづいた。

 ルーミンは冗談は嫌いだといつも言っていたが、本当に嫌いなのはSFとオカルトだった。

 ただし、舞台度胸をつけることにおいては碓井に協力的だった。

「よし、もう大丈夫」

 碓井はすっくと立ち上がった。

「へえ、回復早いな。オッサン、進歩してるの?」

「いや、回復は前からこんなもんです。問題はもっと前」

「出ましょう、碓井さん」

「よし、曲はどうなってるんだ、ファンクの途中までは覚えてるが……」

「それじゃあ、きょうはファンクをつづけてみましょう」

「え? でも、このあと君たちがやるんだろ」

「あたしたちは別の曲でも行けるんで、バンドさんもきょうのホーン隊ならどんなでもついてきてくれます」

「そうなのか。……でもマイコちゃん、なんかきょう、はりきってない?」

「ステージ裏で教祖はやらなくていいんで」

「はいはい。じゃあ、いっちょ踊るか」

「はい、行きましょう。気をつけて」

「よっしゃ、行こう」

 そんな会話を聞いている谷口もほかの人たちも、もう動き出している。舞台とはそういうものである。




  我欲に振り回される

  私有の無理

  我欲を離れられない

  失神の意味

  もちろん 大丈夫

  終末はまだ来てない



  仏教に救いはあるか まだ?

  キリストにマホメット

  ほかの宗教で幸せって マジ?

  聞いたことある

  うそっぱち

  本当には救われていない



  われは何度倒れても

  われは帰って来る

  われは何度死んでも

  われは何度も帰って来る

  埋葬は気が早い 土葬もダメ

  現状をなぞるのではない


  ノー へーレム



  遠い宇宙のダークパワー

  誰も見たことない

  遠い宇宙のダークマター

  まだ誰も知らない

  どういう事実があるかならば

  あのハデスには水がある



  うそっぱち

  ダークと呼んで

  足をひっぱる

  どういう罠か知ろう

  ビューティフル・アース(宇宙船地球号)

  もう古いし 眠い

  妄想だし 宇宙に涯はない

  行く場所は ない




 教祖がふたたび現れ、ふたりで歌っていた曲よりテンポを上げて、その曲は始まった。仕切りなおしのようにフロアの客は盛り上がる。再登場が待望だったのはわかるが、いきなり曲が速くなるのは大丈夫なのかと、治郎は心配になる。しかし、三人のコーラスは振り付けもされてて、そろったダンスを見せている。ひとりひとりの向きや手の動きなどは同じではないが、順ぐりに一連のムーブを交換し受け渡しながら踊ってるようだ。すべてが予定通りなのか? でも、さっきのマイコのあわてっぷっりや、ふたりの歌が英語になったりしたのからすると、ハプニングとしか思えなかったが。間奏では、教祖も同じ振り付けで、なんと四人チームのダンスみたいになった。

 それを見て、また客はヒートアップする。

 治郎は丸いステージのななめ前方までは移動できた。

 だが、ど正面ではオッサンたちが踊り狂っていて、迂回しようにもよけいに遠ざかってしまい、たぶんあのうしろに行ったら踊るオッサンの手が視界に入ってしまう。教祖をセンターにとらえる必要はないし、ちょっと三人はかさなって見えるけど、その場にいることにした。そうなると、周辺はダンサーばかりのような様相となっているので、治郎も少し身体を揺らす。

 というより、さっきのミクのダンスは、見るものに推進力のようなもの伝えていた。観衆はミクに心を魅かれただけでなく、身体も引っぱられたようになっている。足踏みや、左右に扇風機の首振り程度に動くのや、花道を走るのを目で追うだけでも、みんな何らかの動きを始めていた。

 そして、ノリノリなひとも増えている。会場のあちらこちらに、ハムスターを二匹足首に飼ってるような細かいステップで、足元の地面が掘れそうなダンスのオッサンがいれば、オリンピックのウサイン・ボルトの腕の構えで、ウンウンとうなづく頭の動きに連動させてしきりに指を鳴らしつづけるオッサンもいる。

 治郎はなんとなく揺れながらも、誰も笑わないがいいんだろうか、なんて思っている。

「ここで。ここで生きるのだ。ここも宇宙なのだから。カモン!」

 教祖がシャウトした。

 倒れてたジジイが、カモンて。

 でも、演奏のテンポはさらに速くなり、客は一気に高まっていく。波状攻撃のようにはげしい音が次々にやってくる。




  二度目の  宇宙パワー

  ゲストで登場  宇宙パワー

  ウオーニングアップ  宇宙パワー

  けっこう大事  宇宙パワー

  気絶とか  宇宙パワー

  なってしまっても  宇宙パワー

  さあ 元気になる  宇宙パワー



  何度でも    宇宙パワー

  解脱だ ヘル    宇宙パワー

  グッドモーニング    宇宙パワー

  離脱だ ベッド    宇宙パワー

  気絶とか    宇宙パワー

  寝れば    宇宙パワー

  また 元気になる    宇宙パワー



  宇宙パワー 二十回



  あんな げんなりして あんな失態で

  またしても みんなに心配させた

  いいんだ それでも 教祖といえども

  そんなこともある

  でも また 復活する



  これが教祖だ みんなはどうだろう

  みんなが信じるなら みんなにだってそうなる


  ごちゃごちゃ言ってないで われを信じよ

  ちょっと力は弱いが みんなが信じるなら


  世界は変わる だんだん だんだん だんだん だんだん



  ライブなんだ いま見たろう

  逆境の中でも 団結しよう


  ライブなんだ いま見たろう

  逆境の中でも 団結しよう


  ライブなんだ いま見たろう

  逆境の中でも 団結しよう



  欠員が出ても

  再登場 それでいい


  そのフォローがあれば

  世界は変わる だんだん だんだん だんだん だんだん



  宇宙パワー ×二十回




 ファンクなんだろうけどさ、全員で唱和してるし、客観的になると、なんだこりゃ。祭りじゃん。

 ハムスターのジジイや、ボルトのジジイがますます調子に乗ってる。

 ゲロンラップ。そんな変な言葉をときどき挟む。ヒッーーって言ってる。またひきつけ起こすぞ。ゲロッパ。ゲリじゃなくてよかったぜ。

 へんな言葉も、女の声だとそんなにきつくない。マイコたちって、こういうのもできるんだよな。

 熱狂。興奮。うずまく喧騒。しかし、怒号はない。音楽だから、叫ぶとしても関係ないことは言わない。悲鳴、阿鼻叫喚、と治郎には聴こえることもあったが、この麻薬的なリズムの繰り返しはそうならざるをえない空気を持っていた。もちろん、音楽としてノリつづける自由もあったし。

 ブラスが最後、盛大に音を合わせて長く鳴り、そして終わった。教祖はていねいにお辞儀した。

 杖もないのに、なんか片手をあげている。そのまま、花道をもどってゆく。

 客も満足げだ。拍手喝采。手を振るのにいつまでもこたえる。

 まだ、マイコたちは小ステージに残っている。

 教祖がいたマイクにマイコがついた。もう一本のマイクの下がった位置は同じまま、ふたりは残る。もう一本持ってきたりしないのか。ふたりの歌も良かったんだが。

 教祖がステージから消えても、拍手は余韻のようにつづいていたが、タタン、というドラムのブレイクから、ピアノ、それもガンガンげんこで叩くような音で、なんともポップな演奏が始まった。

 ピアノは表拍で鳴ってる。ンパ、ンパ、ではなく、ガーン、ガーン。サックスも前だ。日本人でも乗りやすそうで、みんなの踊りが変わった。いや、ダンスよりも拍手になった。

 黒人の太ったオバサンのような声量たっぷりの歌い方でマイコがメインボーカルをとる。なんてパワフルなんだ。やっぱマイコだな、エースだ。

 イェイ、イェイイェイ、イェーイ。間奏だ。

 イェーイという頭悪い陽キャの女の挨拶が、本場のというか、もともとのというか、陽気な黒人のイメージにもどってこんなにあからさまに大声で言われると笑ってしまうが、ポリコレなんかでごちゃごちゃ言うやつはここにはいない。

 ルーミンとミク、ふたりでハモってる。これが、ふたつの音だけとは思えないコーラスの厚みだ。

 衣装もいいし、歌もいい。この曲もむかしの古きよきって感じに、純粋にポップだ。

 バーニン、バーニン、言ってる。ハードロックのあれじゃないし、ファンクでもないよな。ポップだし。

 イェイイェイ、また言ってるが似合うのがおかしいな、などとと思ってる間にフェードアウトして一曲終わってしまった。

 ちゅいーん、ギターがテンポを変えた。そのカッティングと、ドラムだけでイントロが終わって、マイコが今度は透る高い声で歌いだす。いや、ギターとドラムと、ベースもいるな。

 ギターがシンプルなリフを繰り返すから、なつかしいロックみたいだ。始まったころのやつ。シンプルな音なので、コーラスの絡み方が今度は凝ってるんじゃないか。

 途中からサックスのソロ、これもなつかしい感じ。すぐに引っ込んで、やっぱりこれはギターの曲だ。コーラスまでが追っかけてるサブの音って言うより、自由に歌ってるみたい。

 まだまだつづく。怒濤のメドレーか。

 ギターはつづいているが、イントロにもぶりぶり鳴るサックスがかぶさってきて、さっきとは対照的。リードして行くから、ブラックミュージックの野太さのような、泥臭さのようなにおいがする。あくまでいい意味だから、と言いわけするまでもなく、さらに鉄琴みたいなコーンとかキーンとかの軽快で澄んだ音が加わってくる。金属質で、でも冷たいというより、さわやかな音。マイコたちのさわやかな……。ん? この手拍子。さっきの曲にもあったはずだが、前拍の音がなくなると、普通に後ノリの洋楽だな。

 それにしても、全部英語だな。

 ディスコかな? ディスコはもっと単純か。歌詞の単語はいくつか聞き取ることはできて、たぶん、単純なラブソングだと思う。全部はわかんないが、むかしっぽいポップだし、当たらずとも遠からずじゃないか。

 むかしはディスコで洋楽がかかってた。いまはクラブでDJが切り貼りした洋楽をかける。どっちも、治郎は行ったことない。だが、この巨大ディスコ状態のライブを、誰かに説明するとしたら、アイドルという語も、教祖という呼称とともにはぶかれそうではあるが、なんと表現すればいいのだろう。ハムスターやボルトはともかく。

 さらにさらに曲は続く。今度はブラスが前面に出たアレンジ。

 フー、と合いの手のように、ミクとルーミンがフェイクを加える。かわいいな、おい。

 これ、ファンクにもどったか? いや、ピアノの奔放な飛び跳ね方がちがうか。ファンクはこんな気まぐれな音じゃなかったな。

 男の声もコーラスに加わってる。見ると、メインステージに四人組の男たちがいて、コーラス隊になっている。全員タキシードで、ひとりでコーラスに加わってたひとのこれがグループっぽいな。

 それで感じたファンクみだったのか。

 それと気になるのが歌詞だ。モーターって言ってないか?

 モーター、ベイビーって聴こえるんだが、そんな言葉あるのか? モーターの赤ちゃん? いや、ベイビーはいわゆる歌詞で使われる彼女の意味で、じゃあ、エンジン的な彼女? いや、わからん。モータルがゾンビ的な意味で、イモータルが否定の冠詞で不死身って意味だったはずだから、そんなことを歌ってる? でも、そんな宗教色が急に出るか。いや、まあ、そういう曲もやるだろうけど。

 フー、かん高い声。ハモるのも男女混声になって、さっきまでとちょっとちがう。メインのマイコを追いかける声もモータリング、て言ってるようだが。

 モルタルってなんだっけ。食べ物じゃなかったような。

 そんなことを考えてる間に、また次の曲へ。展開が速い。これがシングル曲の長さで、さっきまでのファンクが長すぎたと思い当たる。テンポはいい。

 ちょっとリズムは遅くなった。

 でも、ビートはいままで一番強く感じる。

 ドラム二台鳴ってる、これはわかる。力強さ。男たちが加わって、いっそうの。

 美しいコーラスワークだ。男女混声を感じさせない透明感。

 この曲は知ってる。前に聴いたことがある。たぶん、テレビで何かのドキュメンタリー番組のオープニングテーマになってた。何回かのシリーズのオープニングすべてに使われてたから、おぼえてる。

 途中の歌詞で、アメリカのいろんな都市を並べて歌う。フィラデルフィアって言ったな。でも、なんかワシントンDCみたいになんか付いてるみたいに言ったけど、そんなのあるのか。ボルチモアも言ってるな。オリオールズは知ってる。ん? DCって言ったな。ロサンジェルスがLAは略だから、またちがった何か言い方があるのだろうか。今度ルイーザに訊いてみるか、いや、またなんか絡まられるだろうからやめとこう。あとで検索してみよう。

 でも歌詞よりも、あーー、ふーー、というコーラスを一緒に言いたい気持ちになる。

 スイートミュージック、そんなジャンルもあるのか?

 これがマイコたちに一番似合ってると思うが、ファンクじゃないんだよな。やりたい音楽とはちがうのか。そう言えば、オフィシャルサイトにもあったシングル曲はどうしたんだろう。でも、最近の売れ線の量産型より、こっちをやってくれたほうが、うれしいのはまちがいない。

 あ、終わった。早くね。でも、五曲ぐらいやったか、こんなもんなのか。

 三人並んで深く礼をしてる。終わりか。

 いまのがラストナンバーだったのか。ノリノリで終わって、次のひとはやりやすいだろうけど。

 でも、マイコはすばらしいんだが、なんかもったいない、ものたりないと思ってしまうのは、ミクとルーミンの歌を聴いてみたかったのと、あのダンス。ルーミンも、マイコもソロで見たい。マイコも歌だけで充分ってわけじゃなく、もっと見たい。

 いや、教祖は一回引っ込んでまた出てきたが。

 でも、あれはちがうだろうな。

 いや、でも、あとできょうの出演者全員で一曲最後にやるとか、ありそうじゃないか。

 どうしようか、治郎が迷っているうちに、男だけの四人組がメインステージで歌い始めた。

 治郎はアカペラはわかるが、ゴスペルはわからない。

 まだ、マイコたちのうしろでコーラスやってた男たちに、マイコたちはコーラスやらないのか、などといじましく考えている。教祖にマイコたちがコーラスで付いて、マイコたちに男四人が付いて、交代で順ぐりにコーラスをやって行ったら、教祖はただのトップバッターで、偉くもなんともなくなってしまうことにすら、気が回らない

 しかし、なんか急にくさくなった。曲が、というか。

 男臭いというか、洋楽なのは同じらしいが、なんか乗れない。テンポが遅くなったわけでもないが、なんとなくだが、宗教くさい? マイコたちのあとだけに、男だらけになった落差がそう思わせるのか。

 宗教的と言えば賛美歌だが、子供が歌ってるイメージがあるから、急にそう感じてしまったのか。

 ジェリコ? そんな単語を繰り返してるが、なんだろう、お菓子の名前じゃなさそうだが。

 都市の名前? ちがうな、さっきの曲に引っぱられて思ってるだけだな。同じ言葉の繰り返しなのがちがう。

 なんか、いそがしい歌だな。と思ってるうちに終わって、今度はのんびりというか、おそろしくもっさりとしたイントロが始った。オルガンかな。これこそ宗教音楽っぽい。

 マザーレス、チャイルド。

 そういうレスもあるのか。母がないのを、レスって付けるだけで単語にしてしまうのか。

 バンドは同じなんだよな。音も良かったのが、急にこんなに宗教っぽくなるものなのか。まったりしてるし、なんか男の合唱も粘着質に思えてきた。

 一回出ようかな。マイコたちがまた出るかもわからないのに、このまま待つのか。

 落ち着こう。まだ出番あるかも、という気持ちは捨てられない。だが、一組が五曲やるとしたら、それも教祖の歌のときみたいに、たっぷりやるのがまだ何曲か残ってるとしたら……。

 どうしよう。

 と、ズボンのうしろポケットのスマホが震え出した。

 あわてて移動する。スマホの電源は切ったつもりだったが入ったままだったようだ。いや、切ったはずだがな、おかしいな。とりあえず、壁の近くまで下がった。出口はうしろだけでなく、左右にも扉があった。フロアの端のほうは、めちゃくちゃに踊るひとと、ただつっ立ってるひとで、かなりスペースがが空いている。会場の外まで行かなくてもいいか、と治郎はスマホを出した。

 前もなんか、こんなことあったな。もしかして、ルーミンからだったりして。でも、さっきまで歌ってたしな。

 ずばりだ、ルーミンからのメールだ。

 セットリスト? ああプレイリストか。よし、あとで聴いてみよう。

 なんだ、やっぱり終了なのか。じゃあ、出るか。さすがにうさん臭いし、と正直になっている。

 すぐそばの扉から会場を出て、ひとのいない廊下をロビーのほうへ見当をつけ、出て右へ歩く。ロビーにはたくさんひとがいた。花が飾られていた一方の壁際にいまは机が並べられ、その前で列を作っている。

 なんだろう。教祖の歌終わりで出てきたひとたちかな。

 横目に治郎が通り過ぎ、建物の出口に行こうとすると、入るときにはいなかったスーツの係員がたくさんいて、

「あっ、お帰りですか。おみやげをあちらでお配りしてますので。どうぞ」

と、数人がわらわらと寄ってきた。

 どうぞ、どうぞ、と肩をつかみ、背を押して、もどらされる。

 おみやげって、悪い意味なら……。いや、ここはルーミンを信じて、

「ぼく、DDなんですけど」

「ああ、はいはい、DDの方ですね。じゃあ最後までごらんになれば、きょうのステージも動画にできるんですけどね」

 通じたな。でも、動画って、おみやげにまでなってるのにネットには上がらないのか。統制なのか、タブーなのか、それとも……。

「いえ、もうきょうは」

「では前回のコンサートのぶんはお持ちですか。あちらでUSBメモリをお渡ししますし、初回の方は並べてあるものすべて無料でお持ち帰りいただけますから、どうぞ、どうぞ」

 机にあるもの全部無料って、たくさんあるぞ。でかいぬいぐるみから、ポスターから、本やパンフレットみたいな印刷物、それにCDやDVDっぽいパッケージも山積みになってる。そういえば、みんな紙袋をさげているが、詰め放題ってことか。すごいな。

「さあ、どうぞ。ご自由にお選びください」

 何人かに囲まれて、そんな話をされて、そして机の向こうの若い女性に笑顔でうながされて、まあ持って帰って冷静になって見てみれば、変な勧誘にうかうかと乗りはしまい、という心とは裏腹に、治郎の目は選別を始めていた。

 マイコたちのDVDか。いや、ブルーレイだ。見れない。残念。友達の家で見るわけにもいかないしな。

 でも、メモリにデータで入ってるなら移して見られるな。小さい箱がそうか。日付と名前が書いてあるだけで、問題が起きたチョコレートの回収品みたいだが、まあ、いいか。サイトにあったマイコたちのグループ名は使ってないか。なるほど。

 ここの物販を取り仕切っているのは谷口で、面子には強面をさけ、販売用の物品はあるが天照大御神はグッズにしないなどの見識はあり、また神がかりの品は言えば出てくる形にして表には置かないなど、集会の怪しさは慎重に取り除かれ、優先的に勧めるべきグッズの個人リサーチも済んでいる。もちろん、治郎には知る由もないことだが。

 ほかのグループのグッズもたくさんある。あの男四人組のDVDはいらないな。冗談みたいなグループ名だ。アイドルっぽいガールズグループもまだ何組かいるな。バンドもいる。このひとたちがやってるのも持ち歌じゃなくて、このステージのための曲なんだろうか。なんか年寄りの旅行の記念写真みたいになってるわけわからん集団もいるな。カラオケ大会かな。全然わからん。

 待てよ、マイコたちのあと、これ全部出るのか? あの四人組のあと、ここらへんが続けてステージやるはずだった? とてもじゃないが待てない。マイコたちの出番を見たら終わりでいいな。連絡きてよかった。

 とりあえず、データだけ、いただこうかな。

「これだけで? そうですか。あ、もちろんそのメモリはそのあと自由にお使いください」

 なるほど、返せってことで、つながりを持つこともできたのか。えさを与えて、まさに釣ろうって魂胆か。いや、それがないのか、ここは。ふうん。

「では、きょうは来てくれてありがとうございました」

 がっちりと握手された。

 係員のうち、一番年長のいいおじさんだった。握った手には強すぎない力がこもっていたし、誠実な笑顔だった。

 このひとがUPRを信じているのはわかった。勧誘のためでなく、勢力拡大が自分の成績になるからといったわけでもなく、本当に自分の信じているものを純粋に勧めているのは伝わってきた。

 とはいえ、自分は信じはしないし、いざとなったら、マイコたちを脱けさせるほうになるが。


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