憎まれっ子、討伐に行く。
――カルミア 冒険者ギルド前――
そういえば、冒険者証でステータスが見られるってレイナさんが言ってたな。試してみるか。
「ステータスオープン」と唱えると冒険者証の裏に文字が浮かび上がる。
Lv43 HP1150/1150 MP210/210 攻撃130(+0) 防御125(+5) 速度90(+0)
E――
E――
E布の服(+3)
E布のズボン(+2)
E――
これって高いのか…?防御率の横にあるのは防具で上がってるステータス補正か。普通の服でも防御力ってあるんだな。MPは何に使えるんだろうか?無事に帰れたらレイナさんに聞いてみよう。よし、出発だ!
俺は意気揚々とカランの森へ向かう。ちなみに昨日から何も食べていないから空腹の空元気だ。
――カランの森――
森というくらいだから、薄暗いのかと思っていたが、程よく木漏れ日が入り幻想的な風景が眼前に広がる。
「こんな広い森て熊を1頭探すなんて…本当に見つかるのか?」などとつぶやきながら、森の奥へ奥へと進んでいく。
2時間ほど進んだ辺りで池を見つけ、畔にある岩に腰掛けた。それにしてものどかだ。池には大きな魚も泳いでいる。「はぇ〜。こりゃ立派なお魚さんだ。ん?」
水面を覗き込む俺とは別の影が背後に見える。赤い。
いや、紅い。そして毛深い。「ははは、まさかな!」
俺は魚から目を離して振り返った!居るじゃん。紅熊。
「ゴアァァァァァ!!」立ち上がれば体調2mはあろうかという紅熊の咆哮が森に響く。あちらさんはやる気のようだ。もちろん俺は抵抗するで?「拳で!!!」紅熊の左頬に右フックを打ち込む。紅熊は大きくよろけた。かなり効いているようだ。
すかさずもう1発ストレートを入れようと間合いを詰めた途端、紅熊の鮭を獲るような斜め下からのアッパーが直撃した。「うぐぅ!?」衝撃と共に俺の身体は宙に浮き、木に激突。だが不思議な事に痛みはさほど感じない。「前の世界では死んでただろこれ…どうして平気なんだ…?防御力が関係しているのか?」今すぐ冒険者証で残りHPを確認したいが、眼前には敵。ステータスオープンしている場合じゃない。
「こいつの攻撃が効かないとなると…もっと攻めていいって事だよなァ!」紅熊に間合いを詰める。するとまた斜め下からのアッパーの構えが。
「2回も同じ技は当たらんよ!」アッパーが振り切られる前に右ハンマーナックルで止める。そのまま左アッパーと右フックを続け様に顎に。よろけた紅熊の腹に蹴りを入れ、突き飛ばす。突き飛ばした先で力無く項垂れる紅熊に「すまない…チェリヤアァァ!!」と言いながら首にチョップを落とす。さながら虎を狩った愚○独歩の様に。
激闘――というまでではなかったが、初戦闘にしては上出来じゃないか?さて、胸の魔石を剥ぎ取る前にHPの確認だ。「ステータスオープン」
Lv43 HP920/1150 MP210/210 攻撃130(+0) 防御125(+5) 速度90(+0)
E――
E――
E布の服(+3)
E布のズボン(+2)
E――
強敵だと思ったのにレベルは上がっていないな。HPは…あの一撃だけで130も減ってる!?10発も食らってたら御陀仏だったのかと考えると急に背筋が寒くなった。よし、暗くなる前に魔石を剥ぎ取ってギルドに戻ろう。剥ぎ取り…?あっ、ナイフが無いや…。
「チェリヤアァァ!!!」気合いで取り出した。
魔石を素手で取り出した際に手が血塗れになったが、幸い隣には池がある。手を洗って帰ろう。
――カルミアの冒険者ギルド――
夕刻、カルミアに戻ってこれた。手は洗えたが、俺の布の服には若干の血が着いたままで、すれ違う人が若干ざわざわとしていた。少しだけ経験値が入ってくる感覚がする。これなら手も洗わなかった方が良かったかな!なんてな(涙)。
受付に行くと、レイナさんが「えっ、もう帰って来れたんですか?紅熊は遭遇率がかなり低いので、3日はかかると思ってたんですが…」そういう事は先に言ってくれ。「運が良かっただけだよ。それよりはいこれ、魔石。これで問題ないか?」一応池でピカピカにした魔石を手渡す。「はい!これで問題ありません!では今回の紅熊1頭の討伐クエスト、クリアです!報酬をご用意致しますので少々お待ち下さい!」
報酬…一体いくらなんだろうか。この世界のお金の価値は分からないが、レイナさんへ返せるだけの額があると助かるんだが…
「お待たせしました!では報酬の50000Gになります!」「ファッ!?」「どうしましたか!?紅熊1頭でこの額ではやっぱり少ないですか…?」
「いやいや!高くない!?」「そうですね…他のクエストと比べると確かに高いですが、紅熊の討伐はかなり危険を伴います。なので妥当な金額だと思います。ギルドも討伐された紅熊の素材を使用させていただきますので、50000G以上は儲かりますね。紅の毛皮は貴族にとても人気なんですよ〜」あっ、そういう裏事情もしれっと教えてくれちゃうんだ。
「ですので、魔物を倒した際に他の部位を持ち帰るとその分、減額されたり、最悪罪に問われる可能性があるので十分にご注意ください。」うわ危な。先に言ってくれ。
「と、とにかくレイナさんにお金返します…借りたのと迷惑かけたので1000Gお渡しします…」
「そういうの嫌いなので、500Gだけで結構です。」
「あっ、はい。すみませんでした。では今度ご飯でもご馳走させてください。」
「結構です。」
「あっ、はい。すみませんでした。」
心に致命ダメージを受けたが、経験値も少し入ったからヨシとしよう(涙目)。
――カルミア 街中――
昨日から何も食べてないから腹ペコだ。
この世界で食べ物を見た事すらないが、食堂らしき物は何軒かあったので、入るとしよう。美味しいとまでは言わない。せめて食べられる物であってくれ…。
――カルミアの酒場 バッケス――
カランカラン、とドアのベルが鳴るとカウンターに居るおばちゃんが「いらっしゃい、見ない顔だね。ご注文は?」と言う。メニュー表すら貰っていないのだが…かくなる上は!「この店の看板メニューを。」
決まった。1度言ってみたかったんだこのセリフ。
「はいよ。ちょいと待っとくれ。」おばちゃんは鍋の蓋を開け、木の深皿に野菜と肉が入った茶色の液を入れ始めた。
俺はギョッとしたが、鍋の蓋を開けた瞬間からとてもいい匂いがした。
「はいお待ち。カルミアシチューだよ」
シチュー。この世界でもシチューがある事に驚愕した。そういえば言語も俺と同じ日本語だし、冒険者証の文字も普通に読める。こういうところはご都合主義だな。助かるけども。
「い、いただきます。」1日ぶりの食事だ。しかし別世界の飯。恐る恐る匙を口に運ぶ。
「美味い美味い!!」今までこんなに美味いシチューを食べた事がない。大きく切られた野菜は青臭くなく、全てがホクホク。肉は何肉かは分からないが臭みも筋も無くやわらかであっさりしている。俺は夢中でシチューをかきこんだ。
「いやぁ嬉しいねぇ。そんなに美味しそうに食べてくれて、料理人冥利に尽きるってもんよ。」
「あぁ!腹が減ってると何でも美味く感じる!」
おばちゃんの顔が少し曇った。やってしまったかもしれない。
「ま、気に入ったならまた来るといいさね。」
経験値が入った感じはしない。セーフだったようだ。
すっかり綺麗に食べ終えた俺はおばちゃんにお会計を頼んだ。「ご馳走様でした。」「シチュー1杯で400Gだよ」「やっ…ありがとうございました。」思わず安いと言ってしまいそうだったが、寸前で踏みとどまり、支払いを済ませバッケスを後にした。
――カルミア 街中――
シチューだけでは腹八分目だから、食べ歩き出来そうなものでもないか探してみようかと思い、街を歩いていると風上から少し獣の臭いがした。この世界でもペットとか居るのかと思い、俺はその臭いを辿っていく。
――カルミア 路地裏――
臭いの元を辿ると、そこは路地裏だった。怪しい格好の者が何かを売っているようだが、客は1人も居ない。
「おや、お兄さん。その身なり冒険者ですか?服に血がついてますよ。ふふっ。」灰のフードを被った男に声を掛けられた。「あぁ、とはいえ昨日冒険者になったばかりの初心者だ。まだ紅熊1頭しか倒せていない。」と言うと男は目を丸くして「初心者で紅熊を?お兄さん、一体何者ですか?ふふっ、興味がありますねぇ…」珍しい。俺が興味を持たれるなんて。嬉しいじゃないか。「ところで、ここでは何を売っているんだ?獣の匂いがしたから立ち寄ったんだが…」と言いながら目線を奥にやると、獣耳の生えた小汚い少女が。まさかと思っていると「ふふっ、私はですね、奴隷商でして。忌み子の獣人を扱うので、こうして路地裏で商いをさせていただいてます。お兄さんもどうですかぁ?荷物持ちにもなりますし、いざという時には盾にしていただいても構いませんよ。うふふっ。」
酷いな。この獣臭さはろくに風呂にも入れてやってないんだろう。「そこの獣人の少女はいくらだ?」「おや?興味がおありですか?その子は口数が少なく、こちらの考えが読めているかのように行動する賢しい奴隷でして…値は張りますが40000Gになります。どうですか?ふふっ。」
オイオイオイ、足りてしまうじゃないか。残金が9100Gにはなるが、何とかなるだろう。
「よし、買った。」俺は商人に40000Gを払う。
「ふふっ、確かに頂きました。ではこちらの獣人は貴方様の物です。直ぐに死んでも責任は取りませんので、悪しからず…では逃げられはしないように契約の印を結びますので、手の甲をお借りしても?」
「痛いのは嫌だぞ」としぶしぶ手を差し出す。
奴隷商の男が何やら怪しい呪文を唱えると、俺の手の甲と獣人の少女の手の甲が一瞬光った。痛みはないし、痕もない。良かった。
「これで契約完了です。この奴隷が貴方様から逃げようとしたり、危害を加えようとすると奴隷に耐え難いほどの激痛が走ります。ふふっ。気絶しちゃう程痛いんですって。ふふっ。」なにわろとんねん。
「わかった。世話になったな。じゃあこの子は貰っていくぞ。」俺は「ではまたご贔屓に〜」と言いながら手を振る奴隷商を背に、少女の手を引きながら路地裏を去った。