憎まれっ子、クエストを受ける。
――カルミア 冒険者ギルド――
冒険者登録やら何やらで日が暮れてきた。そろそろ宿を探さないと…と思ったがお金が無い。無一文で泊まれる宿は…流石にないよな?ダメ元で聞いてみようか。
「レイナさん、この辺で無料で泊まれる宿ってあったりしないですかね?」
「ありますよ?」「あるんですか!?」渡りに船だ。
「ギルドで管理している厩舎ででしたら寝泊まりしていただいて構いません。毛布の貸出なら無料ですし、牧草の寝心地も案外悪くないと利用者さんからお聞きしていますよ!」
厩舎か…でもお金が無いから泊まるにはそこしかないな。贅沢は言っていられない。
「ぜひ厩舎で寝泊まりさせてください。」
「それではこちらの毛布をお使いください。明日の朝、また受付に返却をお願いしますね。厩舎はギルドの裏にあります。そこで厩舎を管理されているグリースという方を尋ねてください。陽気な良い方ですよ!」
制度とはいえ、レイナさんの優しさ(?)が身に染みる。
「ありがとうございます!それではまた明日!」
俺は裏に行けそうな扉を開けようとした。
「ユウさん、そこはスタッフルームです。関係者以外の立ち入りは御遠慮頂いています。」
「すみませんでした。」
普通に入口から出て裏に回るとしよう…。
――厩舎――
「こんにちはー…」恐る恐る挨拶をしてみるが、帰ってくるのは馬の鳴き声だけ。どうしようかと途方に暮れていると背後から声がする。「お?どうした兄ちゃん!新しい働き手か?」
この人がグリースさんか……見たところ40代って感じだな。うん、レイナさんの言ってた通り良い人そうだ。
「突然押しかけてすみません。今日から冒険者になったユウといいます。お金が無いので厩舎で寝泊まりを…」
「ガハハ!そうかそうか!金がねぇんなら仕方もねぇわな!ウチの牧草は評判が良いんだ!若干馬の臭いや音が気になるって人はいるがな!そんじゃまぁ、ゆっくりしてってくれや!」
「ありがとうございます!」
仕事に戻るグリースさんと別れ、俺は早速牧草の上に寝転がった。柔らかさと草の香り、そして擦れる音が確かに心地いい。今日は色々あったなぁ…突然この世界に落とされたけど、何だかんだでやっていけそうだ。明日はクエストを受けに行こう…どんなクエストがいいかな…などと考えていたら気付いたら寝てしまっていた。それほどまでにこの牧草は心地いい。
この世界での初めての朝が来た。
ふと目が覚める。体感的には6時くらいか?
厩舎ではグリースさんがもう馬に飼葉を与えている。
「グリースさん、おはようございます。」
「おぉ!兄ちゃん、昨夜はよく眠れたか?」
「えぇ、ここの牧草はとても寝心地が良かったです!」
「それは良かった。ところで兄ちゃん、向こうから来たけど昨夜はどこで寝たんだ?」
「向こうに置いてあった牧草の上で寝ましたけど…」
あれ?俺また何かやっちゃいました?
「あぁ…兄ちゃん、それは馬たちにやる飼葉だ…ここの馬はふかふかの牧草しか食べねぇから向こうに保管してたんだ。」
また何かやっちゃったみたいですね。
「でもすまん。ちゃんと案内しなかった俺が悪いわな!まぁ気にしないでくれよな!」
「すみませんでした…多分今日もお世話になると思います…」
「ガハハ!おう!気張ってこいよ!」
グリースさんは良い人だ。俺のやらかしにも嫌う事なく送り出してくれた。経験値こそ入らなかったが、俺は晴れやかな気持ちでギルドへ向かった。
――カルミア 冒険者ギルド――
「あっ、ユウさんおはようございます。」
「おはようございますレイナさん。何か俺でも受けられそうなクエストはありますか?」
会話をしながら昨日の毛布を返却する。
「ユウさんのレベルならカルミアのクエストでしたら何でも受けられるので…紅熊1頭の討伐でいいんじゃないですかね?」
「ん?クエストの左上にAって書いてあるんですけど、これは…?」
「クエストの難易度ですね!難易度はSSSからFまであり、Aは一般的に高難度クエストとされています!」
「え?いきなり高難度クエストはちょっとこわ」
「500G。早く稼いで返してください。」
「あっ、はい。かしこまりました。」
「紅熊討伐のクエスト受注でよろしいですね?紅熊の生息場所はカルミアの北に位置する《カランの森》です!明るい所なので迷う事はないはずです!紅熊はその名の通り、体毛が真っ赤なのでエンカウントすれば分かるはずですよ!」
「わかりました。ところで倒した証明はどうすればいいんですか?まさか生首を…」
「いえいえ!魔物の胸には魔石が2つあるので、それの片方を剥ぎ取ってお持ちください!魔物の死後も魔石は共鳴しますので、魔石回収後、ギルド職員が現地に行って確認と素材の回収を致します!」
なるほど…ところで俺は武器も何も無いが…剥ぎ取りはどうやってするんだろうか…
「剥ぎ取る為のナイフの貸出とかってあるんですかね…へへ…」
「無いです。ユウさんのレベルなら素手で剥ぎ取れます。」
何を言われようと無一文の俺には拒否権はない。
「わかりました…じゃあクエストの受注でお願いします…」
「はい!紅熊1頭の討伐、行ってらっしゃーい!」
半ば強制的に決まった討伐クエスト、そもそも武器の無い俺に熊を倒せるのか…?不安しかないがやるしかない。自分にそう言い聞かせながら俺はカランの森に向かった。