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海の体温、君の温度  作者: 結紀ユウリ
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第十一話 焦燥感

 今日は夕飯何にすっかなー。


 中華とか……ちょっと油重たいか?うーん。


 「……はら」


 丼ぶりご飯系か、野菜たっぷり炒め物か。

 

 「……ねはら」


 スーパーで値引き商品見てからでもいいかなー。

 

 「金原っ!」


 「先生、青椒肉絲と天津飯だとどっちが良いすかね?」


 「……私は回鍋肉が好きだ」


 「あっ、それもいいなー」


 静まり返った教室の窓から見える空は、雲ひとつない晴天だった。


 おっ。今日も良く晴れてんなー。

 こりゃ洗濯日和だ。




 ガラッ!

 

 「あー!疲れた……」


 「お帰り、夏樹」


 「何で佐伯はいつもいつも話がなげえんだよ……」


 体を動かしたわけでもないのに体力と気力を根こそぎ奪われ、教室の机にバタッと倒れ伏す。

 

 「僕は結果が分かっているのに同じことを繰り返す夏樹に感心する」


 「うるへー……」


 「あ、ごめん夏樹。今日は先に帰るね」


 読んでいた本を閉じると冬夜は立ち上がり、帰り支度をし始めた。

 

 「ん?おー。何か用事か?」


 「ん……。ちょっと母さんがさ……」


 あー……。

 冬夜の両親、特に母親の方はちょっと……を取り越して過保護過ぎてる気がする。


 帰りが遅いとかよく言われてるもんな、冬夜。

 そんなに遅いか?


 男子高校生なんだからそれくらい多めに見てくれても良いのに。

 

 「そっか、分かった。気を付けてな。待っててくれてありがとな」


 「うん、じゃあ。また明日」


 「おー。またなー」


 じゃ、俺も帰るとするかー。


 今日は一人寂しくとぼとぼと家路についた。



 


 

 ガチャ。と玄関のドアを開ける。

 

 「ただいまー」

 

 「父さん?」


 あれ?今日は病院に行く日だから起きてると思うんだけど……。


 「父さん?居る?」


 もうこの時間だったら病院からは帰って来てるはずだし……。


 キッチンを見る。

 誰も居ない、換気扇がカタカタと音を立てて回っている。

 

 そのままリビングへ向かう。

 見当たらない、テレビが付けっぱなしになっている。

 

 父さんの寝室へと足早に向かう。

 ガラッ。と勢いよく開けたが中には誰も居らず、普段閉まっているはずのカーテンが風にたなびいていた。

 

 念の為に二階も見に来たが、俺の部屋にも父さんは居なかった。



 じゃあ、どこに?


 

 ふと、あの人の部屋が目に入った。

 扉が開いている。


 一歩一歩確かめるように歩を進める。


 いつもは閉ざされたままの部屋の扉が、口を開けて待ち構えているかのようだ。


 意を決して部屋を覗く。



 だが、誰も居ない。



 何だ……。

 ほっと息をつくような時ではないが、何故だかひどく安心した。

 

 部屋の中へ足を踏み入れそこで気が付いた。

 机の上に裏返された写真と手紙が置いてある。

 


 心臓の音がうるさい。

 頭の中がジリジリする。

 静まり返った部屋の中で耳鳴りが聞こえる。


 

 震える指で写真をめくる。


 そこには、かつて幸せそのものだった家族三人の姿が写されていた。


 

 写真に重なるように置いてあった手紙には


 「愛している」


 とだけ書かれていた。



 手紙と写真を放り投げ、部屋の外へと駆け出す。


 途中、階段から転び落ちそうになったが何とか持ち堪えた。

 

 玄関から勢い良く飛び出し、だが立ち止まる。

 どこだ?どこを探したら良い?


 父さん。父さん。

 

 ぐるぐると思考は駆け巡るが定まらず、途方に暮れそうしていると霧島家の方角から歩いてくる冬夜と鉢合わせした。

 

 「夏樹?」 

 

 「どうしたの?」


 ただならぬ様子の俺を見て、冬夜が心配そうに声をかけてきた。


 「父さんが!父さんがっ!」


 取り乱したように同じ言葉を繰り返す。


 「夏樹、落ち着いて……!おじさんに何かあったの?」


 「父さんが……何処にも居ないんだ」


 そう、言葉に出して少しだけ落ち着きを取り戻す。

 冬夜の言葉を聞くと冷静になれる自分が居る。


 「思い当たる所はある?」


 「分からない……何にも」


 父さんが行きそうな所が思い付かない。


 「分かった。僕も探すの手伝う」


 「っでも!お前は、また、親に……」


 「僕の事は大丈夫だから。今は、おじさんを探そう」


 「っ、ありがとう……!」


 「僕は路地側の方を探すから、夏樹は大通りの方を見て来て」


 今は自分では何も判断出来なくなっている。

 冬夜からの指示がありがたい。

 俺一人ではこのまま思考も停止していたかもしれない。


 「ああ……分かった!」


 俺達は二手に分かれ、父さんを探しに走り出した。


 キョロキョロと周囲を注意深く見回しながら大通りをひた走る。

 

 父さん……!父さん!

 

 焦りと、ずっと走り続けていることで呼吸が上手く出来なくなっている。

 

 足がもつれて転びそうになる。

 それでも足を止める訳にはいかない。


 お願いだから、置いて行かないで。

 

 俺をひとりにしないで。

 

 約束したじゃないか。


 ずっと一緒に居てくれるって。


 おとうさん。



 辺りを燃え尽くすような真っ赤な夕焼けに照らされ、何処までも伸びる影だけが俺の背を見つめていた。

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