熾天使軍
実際の宗教とか全く関係ないよ、ほんとだよ
「熾天使軍」
ある日、空から天使が降りてきた。
世界中で人々は高らかに鳴り響くファンファーレを耳にした気がした。
天使は神話に謳われるとおりの姿を持ち、彫像のように完璧な肉体と、背中に備わった鮮やかな三対の羽は動きに合わせて燃えさかるように煌いた。空を突く威容は遥か遠くからもくっきりと窺える。圧倒的な神々しさを放つ光景に誰もが息を飲む。その下で、人間は文字通り矮小な存在でしかなかった。
そして天使達は世界を壊し始めた。
高層ビルは空高く放られ粉々にされた。ドームは断ち切られ押し潰される。かつての大都市は次々と消滅していく。
ありとあらゆる場所で戦闘行為が行われた。人類はその全てを用いて天使の進軍を阻もうと試みた。
空で、地上で、海底で。
ありとあらゆる兵器が用いられ、最終戦争が始まった。
だが、それらは終末の時を僅かに先延ばしたに過ぎないと誰もが理解する。どれ程の抵抗も、やがては無慈悲な天使の歩みに蹴散らされた。
天は裂け、地は砕かれ、海は逆巻く。
人類は追い詰められていった。
聖地と呼ばれた場所、逃げ続けた人々の最後に辿りついた地では日夜祈りが捧げられていた。
地震と見紛うほどの地響きを立てて天使が近づいて来る。状況を理解出来ない子供たちは、それでも不安に駆られ、手を合わせ祈りを唱える母の元にしがみつく。
審判の時が迫っていた。
全員が大聖堂に集まり一心不乱に礼拝を捧げる。恭順を示すために、慈悲を乞うために。一人一人の声が合わさり大きな波となって広がっていく。
やがて辿りついた大天使は聖堂の前で歩みを止めた。ゆっくりと手を広げると建物を包み込む。それはまるで慈しむように見えた。手を合わせる人々を守るように手を合わせる天使。安堵による温もりが堂内を満たしていく。各々の口々に感謝の言葉が突いて出る。
そのままベシャっと圧壊した。
7昼夜を経て世界を更地に戻すと天使達は帰っていった。空から光が降り注ぎ昇天していく。
最早、地上に動くものの姿はなかった。
暫くすると、地面が少し動いた。そうして開いた穴から一人の男が出てくる。一見すると何もないようだが、そこは地下シェルターの入り口だったのだ。男は安全を確認すると下にいる仲間達にその意を伝える。恐る恐る地上に這い出した生存者達は、目の前に広がる光景にある者は嗚咽を漏らし、ある者は呆然自失とした。
此処は、幾つかあった同様の施設の中で運良く残ったものの一つである。彼らだけでも僥倖と言う他無く、他の生存者については望み薄だろう。
先程、地上に出た男は科学者だった。彼は変わり果てた世界を見て瞬時に理解した。シェルターには当面の間生存していけるだけの資源があり、やがて世界を復興させていくことも可能だろう。だが、早晩かつての文明の痕跡は失われる。再び一から人類は築いていくのだ。
また、彼は一つの結論に辿り着いていた。
“これは今までもずっと繰り返されてきた事なのだ。”
天使にとってこんな事はルーチンワークなのだという理解。それは予感で直感、だがそれ故にきっと正しい。全てを受け入れ尚も踏み止まった時、彼の唇が持ち上がり笑みがこぼれる。
“だが、まだ終わっていない。”
自然と生存者達が彼の周りに集まり始めた。誰もが生きる為の指標を求めているのだ。確固としたものを。
これ程の苦難を前にして、それでも、生命への欲求が燃え盛る数多の眼を見て彼は確信した。
“次は負けない”
[完]
僕はゴッドサイダーですよ