【Side:鬼灯】 夏宮と言う一族
「―――篝、かわいすぎるだろう」
「大丈夫か、鬼灯」
先ほどの湯上りの篝を思う存分愛でていれば、そろそろと氷菓が般若の笑みを向けてきたので執務室に戻ってきたのだが。
執務室に入ってくるなり砂月が呆れ顔で俺を見降ろしていた。
「もっと篝と一緒にいたい」
「諦めろ、仕事しろ」
「うぐっ」
まぁ、砂月が言うことも正論だ。今は春宮家の膿を一気に出せるかどうかの瀬戸際だ。
「それで、どうした」
「あぁ、実は夏宮を名乗る退魔師が冬宮に保護を求めてきた」
「―――夏宮、か。凜さんの実家だな」
「そうだ」
昔は春宮家の他にも大きな退魔師の一族がいた。それが夏宮家。だがここ近年では強い霊力を持つ人間が減り、春宮家に吸収されたと聞いたが。
「今、冬宮の当主と氷月が応対しているというが、行くか?」
「あぁ、もちろんだ」
かつて夏宮家に帰ると置手紙を残して、身重の身体で消えた凜さん。
「何か知っているかもしれないからな」
俺は早速砂月を連れて冬宮の屋敷へ向かった。
***
冬宮の屋敷は俺の家の敷地内にある。だから行こうと思えばすぐに行くことができる。
早速冬宮の屋敷を訪れれば、俺の顔を知る冬宮の者たちは何も言わずに俺を通す。
「当主は」
「こちらです」
現在夏宮のものが来ているというが、俺が来ることは予想もできていたのだろう。冬宮の家のものはすんなりと俺と砂月を当主が待つ間へと通す。
「お待ちしておりました、鬼灯さま」
「あぁ、相変わらずだな。氷扇」
この親父は色々と食えない。氷扇は冬宮の当主。グレーの髪にアイスブルーの瞳、青い鬼角を持つ男だ。そしてその傍らに控えるのが氷月。当主と同じ髪と瞳の色、青い鬼角を持つ青年で、氷扇の息子で砂月とは幼馴染みだ。
そのほかに、14歳の妹と同い年くらいの少年がいた。水色の髪に、見覚えのある青い瞳。
「それが夏宮のものか?」
氷扇がどうぞと案内した席に座す。元々上座が空いていたのは、やはり俺が来ることを予想していたのだろう。全く。
「えぇ」
「子どもだろう」
「ふふ、そうですね」
俺の言葉に氷扇はにこやかに笑む。この食えない親父のこういった笑みはぶっちゃけ苦手である。
「空くんでしたね。こちらの方は我らが鬼の長の後継者の鬼灯さまです」
そう、氷扇が俺を紹介すれば、空と呼ばれた少年がハッと息を呑む。
「君の話を、鬼灯さまにお話してくれるかな?」
「は、はい」
空は緊張した面持ちで頷いた。
「我々夏宮家は、現在は春宮家に吸収された分家のものです。でも、真実は違います」
「ほう?」
「これは父から受け継いだ話ですが、春宮家は16年前、俺の叔母ーー凜を人質に取り、夏宮家を春宮家の中に取り込んだのです」
叔母ーー凜さんが、叔母。ということは、空の父親と言うのはーー
「夏宮家は長らく強い霊力を持つ者が産まれないと言われていましたが、真実は違います。夏宮家の霊力は衰えておりません。夏宮家の霊力を手に入れるために、父たちを人質にして叔母を呼び出し、更に叔母を人質に父たちを取り込んだのです」
それが、凜さんが置手紙を残して姿を消した理由か。
「夏宮家のものは、伴侶や子どもを人質に取られ、長らく春宮家の支配下にあり、結界で自由に動くこともできませんでした。けれど先日春宮家の結界が解かれました。春宮家の当主は夏宮家のものたちの霊力を使い、再び春宮家の結界を張り直すと命じました。その前に俺だけでもと、一族のものたちが俺を逃がしたんです」
それで、少年がひとり鬼の居住区までやって来たのか。
「それで、お前の両親はどうした」
「母は俺が産まれた時に他界しております。霊力を持たぬ母だったので、治療すら受けられず俺を産んで暫くして衰弱死したと聞きます。父はーー結界の礎にされるため、一族の者たちを守るための生贄になりました」
「―――っ!?」
やれやれ、篝の次はその伯父を生贄に、か。それに篝とは違い、伯父のほうは人間だ。春宮家を覆う結界の礎などにされれば、身体も精神もただではすまない。
「どうか、我らをお助けください」
そう言うと、空は俺に懇願するように平伏した。
人間が、わざわざ鬼に。元々夏宮家は春宮家とは違い、鬼の術家を一方的にライバル視はしてこなかった。どちらかと言えば、歩み寄っていた。だからこそ、凜さんはーー
「俺たちは、今回の件、春宮を許す気はない。城からも何らかの沙汰が下る」
「―――っはい」
「春宮を潰す気で行くが、お前たちはそれでいいのか?」
「構いません。何よりあれは親や叔母、一族の仇です」
妹と歳もそう変わらないだろうに、空は淡々とそう告げた。そうならざるを得ない環境に、空もいたのだろう。
「では、夏宮は我らに協力するということでいいのか?」
「はい、それが一族の総意です」
「ふぅん」
まぁ、全てを壊滅させれば退魔師の勢力図がぐちゃぐちゃになる。夏宮ならば冬宮の邪魔になることもないからな。
「では氷扇、そちらはそちらで準備を進めてくれ。陛下との交渉は父上が勧めている。数日中に動くことになる」
「はい。鬼灯さま」
「この者のことはお前たちに任せるから」
「えぇ、お任せください」
相変わらず食えない笑みを浮かべる氷扇、そして呆然と俺を見つめる空を、氷月がくすくすと苦笑しながら眺めている。
全くこの父子は。と、思いながらも俺は砂月と共に父上への報告のため屋敷へと急いだ。