篝とたくさんの初めて
※因みにこの世界にドライヤーがあるのは、よくある異世界あるあるです
―――初めて、湯船と言うものに浸かってしまった。
脱衣所まで鬼灯が抱っこして運んでくれた後、鬼灯は渋々ながら脱衣所を後にし、その後は氷菓に手伝ってもらい寝巻を脱ぐと、ゆっくりと湯殿へと足を踏み入れた。その湯殿は、春宮家で使っていた使用人用の湯殿とは広さも造りも段違いだった。
「ここを、使っていいのですか?」
「えぇ、もちろんですよ。鬼灯さまからもそのようにお伺いしておりますから」
そう言えば、ここに私を運んでくれたのは鬼灯自身だったと思い出す。それにしても鬼灯も“さま”を付けられて呼ばれている。こんな素敵な湯殿を使わせてくれる鬼灯は何者なのだろうか。未だにそれを聞けていない。
白を基調とした広々とした湯殿は、洗い場も広々としていて、お湯の出るシャワーで氷菓が丁寧に髪と身体を洗ってくれた。
特に髪には3種類もの洗髪用品を使用したのだ。シャンプー、コンディショナー、トリートメントーーだったっけ。春宮家の使用人用の湯殿にもシャンプーは置いてあったが、元々少ない湯での使用しか許されていなかった私にはシャンプーを使う余裕などなかったから、頭皮まで揉んでもらいながら入念に洗ってもらったのは新鮮だった。
そして身体も泡立てたボディーソープを氷菓が丁寧に伸ばして、洗ってくれた。ひとに洗われたこともなければ、こんなに丁寧に汚れを落としたこともなかった。
氷菓によってすっかりキレイさっぱり洗われた私は、氷菓に付き添われながらゆっくりと湯船につま先を付けた。
「あ、」
「まぁ、熱かったですか!?」
「あ、い、いえ。あ、温かくて、びっくりして」
何と言うか、適温であった。氷菓が調整してくれたのだろうか?―――と考えると、何でもできる氷菓はやはりすごいと感心する。
「まぁ、それはようございました。さぁ、もう一度」
「は、はい」
緊張しながらも再び湯船につま先をつけ、ゆっくりと中に浸かっていく。
湯船の中に座り、ほっと一息つけば。
「いかがですか?」
「と、とても気持ちいいです」
湯船がこんなにも気持ちの良いものだったなんて。
「軽くマッサージいたしますね」
そして氷菓が腕をマッサージしてくれて、何だか信じられないような感動の中、入浴を終えたのだ。
入浴を終えて身体を拭いてもらい、新しい寝巻に着替えると、次は氷菓がドライヤーで髪を乾かしてくれる。今までは古いタオルで拭くので精いっぱいだったから、ドライヤーなど使わせてもらえなかった。だからドライヤーで丁寧に乾かしてもらった後、更にヘアオイルも塗ってもらい、初めてのことばかりで何だか混乱しそうだった。
脱衣所を出れば、そこには本当に鬼灯が待っていた。
「あの」
思わず声を掛ければ、ばふっと抱きしめられたのがわかった。
「あ、あのっ」
「うん、篝。いい匂いがする」
「いや、変態ですか。鬼灯さま」
へんたいって、何だろう?
「何を言うか、氷菓」
氷菓と鬼灯の会話はよくわからなかったが、次の瞬間には鬼灯に横抱きにされており、そのままベッドまで運ばれてしまった。
「あ、ありがとう」
ベッドに運んでもらい、掛け布団をふんわりと被せてもらい声を掛ければ、鬼灯が優しく微笑んでくれる。
「気にするな。何かあればいつでも俺を頼っていい」
「ど、どうして?」
勇気を出して鬼灯に問うてみれば、鬼灯は一瞬驚いたような表情をしつつもふんわりと微笑んでくれる。
「俺にとって篝が、とても大切な存在だからだ」
そう答えた鬼灯が、私を再び優しく抱きしめる。
鬼灯にとって私が?けれど何故かあの、男の子の声が聞こえた夢を思い出した。