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氷菓と篝


氷菓ひょうかは、毎日私のために世話を焼いてくれる。声が出るようになって、“氷菓さん”と呼んでみたら、不思議な顔をされた後、“どうぞ呼び捨てで呼んでくださいませ”と言われてしまったので、今は“氷菓”と呼んでいる。年上のひとを呼び捨てで呼ぶのは最初は抵抗があったのだが、今ではだいぶ慣れた。


鬼灯も度々見舞いに来てくれて、何故かその度に贈り物を持ってくるのだ。お花、髪飾り、そしてかわいらしい着物。そんなにもらっては申し訳ないとは伝えたが、鬼灯に「ダメか?」と首を傾げられるとどうしても断りづらい。


氷菓に相談してみたら、もらえるものはもらっておいて損はないと言われ、まぁ衣も貸してもらっている寝巻だけしかない。最初に来ていた衣は、さすがに着られる状態ではなかったとのことで、既に手元にはない。だからこそ鬼灯は代わりの着物をプレゼントしてくれたのだろうか。


何から何まで、どうしてこんなに優しくしてもらえるのかはわからない。


けれど鬼灯や氷菓が側にいてくれると安心するのも事実なのだ。


そう言えば、春宮家は今頃どうなっているだろうか。役立たずの私がいなくなって、みんな清々しているだろうか。それとも光子が鬱憤を晴らす対象がいなくて怒り狂っているだろうか。でも、あそこにはもう戻りたくないと思う自分もいる。


私はここにいても、いいのだろうか。鬼灯や氷菓の優しさに甘えていても、いいのだろうか。


「篝さま」

氷菓の声に振り向けば、いつものように優しく微笑んでくれる。最初は“お嬢さま”と呼ばれるのに慣れなくて、言葉が放せるようになってから、名前で呼んで欲しいと伝えれば、氷菓がそう呼んでくれるようになった。


その後来てくれた鬼灯も何故か私の名前を知っていたけれど、氷菓に聞いたのだろうか?いずれにしても、以前は“役立たず”としか呼ばれなかったからか、名前で呼んでもらえるのがとても嬉しい。


「今日はお湯を張りましたよ」


「お湯?」


「入浴です」

にこりと氷菓が微笑む。


入浴ーー春宮家にいた頃は使用人が使った後の残り湯を使っていた。しかし湯船につかることなど許されてはおらず、故意に栓を抜かれて足首程の水位しか残っていないすっかり冷えたお湯を身体に掛けて身体を洗っていた。


私が入浴を許可されるのは深夜。その時間にお湯を足したり、シャワーを使えば自ずと屋敷内に音が響き、役立たずが無駄遣いをするなと殴られるのだ。


「まだ、時間が」


「大丈夫ですよ。張りたてですし、せっかくですから磨きたいのです」


「磨く?」

よくわからず首を傾げれば。


「まぁまぁ、全て私にお任せを」

そう、氷菓が優しく手を取ってくれる。よくわからないが、氷菓がそう言うのならな大丈夫だと感じた。


氷菓は私に酷いことは決してしない。痛いこともしない。とても優しくしてくれるひとだから。


まだ慣れないながらも、氷菓の肩を借りながら少しずつ歩を進めていれば。


「どうした、何かあったのか」

鬼灯の声が、彼の訪れを告げた。


「これから、湯殿を使っていただこうかと」

と、氷菓が答えれば、鬼灯がまっすぐに私の方へ歩を進めてくる。


「なら、俺が運ぼう」

そう言うと、身体がひょいっと宙に浮く。


「まだまだ軽いな。ちゃんと食べているか?」

「は、はい」

最初の頃は果物のすりおろしくらいしか食べられなかったが、現在はかゆも食べられるようになったのだが。


「ご心配なく。だんだんと元気になられていますよ」

と、氷菓。


「そうか。なら良かった」

鬼灯が私に微笑みかけてくれて、思わず頬が紅潮するのがわかった。


「お手伝いいただくのはいいですが、脱衣所までですからね」

氷菓の言葉の意図することを察した私は、更にドキっとしてしまう。


「む、分かっている。脱衣所まで運んだら、俺は外で待つ」

「うふふふふ」

何故それで鬼灯がむっとするのかはわからなかったが、氷菓はただただ優しく微笑むだけだった。


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