【Side:春宮家】 光子の真実
※第3者視点でお送りします
※暴力描写あり
一方の春宮家では、光子がいつものように侍女たちに傅かれながら悠々と屋敷内を闊歩していたのだが、不意にどすどすと言う足音が聞こえ、何事かと足を止める。
やがて現れたのは、憤怒の表情を浮かべた紫の髪に深緑色の瞳を持つ春宮家の当主、つまりは光子の父・輝行であった。
「ま、まぁ、お父さま。どうなさったの?もしかしてあの役立たずがまた何か?」
いつも光子に目一杯甘い父親が、憤怒の表情を浮かべる理由など、それくらいしか考えられなかった。
「このバカ娘がっ!」
しかし、次の瞬間、怒号と共に頬に走った激痛と共に光子はぶっ飛ばされてしまった。
「ごほっ、がはっ、な、なに、を」
いきなりのことで何が起こったのかわからない光子は驚愕の表情を浮かべて父親を見上げた。今まで殴られたことなど一度もなかった。いつも光子のお願いなら何でも聞き、何でも買ってくれた父。それが何故、自分が殴られなければならないのかと、光子にはまるで意味がわからなかった。
「貴様、篝はどうした!」
は?父はいつも光子だけを見てくれる。篝のことなど目を向けない。なのに、何故今日は篝のことなど気にするのだろう?
「昨日、貴様は篝に浄化の炎を浴びせた挙句、腹いせに窓を壊したそうだな」
「え、そ、それは」
「口答えはいい!使用人を拷問したら吐いたからな」
「なっ」
自分に優しく、何でもしてくれる父が拷問だなんて、光子は信じられないという目を向ける。
「そのせいだ!あの娘が屋敷のどこにもおらん!逃げたのだ!この春宮家から!」
「へ、へぇ、そ、それはよう、ございました。役立たずが、いなくなっ」
「良いものかっ!」
ぐごっ
「ぶへぇっ」
次の瞬間、光子の頬を輝行が思いっきり踏みつけた。
「そのせいで、王城と春宮家を覆っていた結界が全て消失してしまったのだ!」
「は、はぁ?結界は、全て私が」
一族の中で最も力を持った光子が、その全ての結界を張っているはずだ。何故そこに篝が出てくるのか。光子は訳が分からないと言った様子で父親を見る。
「バカ者が!あの結界は篝の霊力を使って張っていたものだ!あの結界にお前の霊力を表面上だけ乗せていたにすぎん!そんなことも気が付かなかったのか!」
「は?」
嘘、嘘、嘘。光子は頭の中がごっちゃになっていた。今まで、春宮家だけではなく、城の結界をも張れる自分を特別な霊力を持つ特別な存在だと信じて疑わなかった光子にとってそれは信じがたいものであった。
「貴様の霊力など、篝の10分の1にすぎん!」
「そ、そんな、あの、役立たずが?」
「バカ者が!あの娘の霊力を全て結界やその他の術に回しているから役立たずなのだ!」
何てこと。光子はその事実と、そして自分の霊力が篝の10分の1にも満たないという事実に、怒り震えていた。
篝の役立たずの意味が、まさかそんな理由だったなんて。
「その件で、今朝陛下から呼び出しを受けた」
「えっ」
今朝、父親が朝早く出発したことは知っている。それが陛下からの呼び出しだったなんて。光子にとってはいつもの変わらぬ優雅な朝だったはずなのに。
「城の結界が消失し、王太子殿下が妖怪の襲撃で負傷されたそうだ」
「なっ」
その時光子の脳裏をよぎったのは、自身の婚約者の身を心配する言葉ではなかった。
(あの、役立たずの王太子めっ!)
光子の怒りは、いつの間にか王太子に向かっていた。
「姫さまの護衛についていた鬼どもが結界の消失に気が付き、襲われた王太子殿下を間一髪で守ったそうだ」
「我が家のものは?」
「負傷し、役に立たん」
そんな、バカな。天下一の春宮家の退魔師が、そんなっ。光子はそう思っていたが、長い間盤石な結界の中で慢心しきっていた春宮家の退魔師はいつの間にか堕落していたのだ。彼女たちは鬼の冬宮家と同じく1年交代で城の結界を張ることができるという事実からいつの間にか冬宮家と同等の実力を持つと誤解し、そのことにも気が付かなかった。
「王城の、結界は」
「既に冬宮が張り直した」
「今年は我らの番ではないですか!」
「あの娘がいない限り、我が春宮に城の結界まで張る力はない」
「んなっ」
光子はその事実に愕然とした。
「陛下からも、結界の消失にも気が付かぬ我ら一族の結界はもういらんと匙を投げられた」
「では、我らはっ」
それは陛下から見捨てられたということではないのか。光子は狼狽える。
「お前は、こちらに来い!」
輝行が乱暴に光子の腕を引っ張り上げる。
「い、痛い!痛いわお父さま!」
「五月蠅い!早くこちらに来るんだ!お前には春宮家の結界を張ってもらう!そうしなければ春宮家に恨みを持つ妖怪どもに総攻撃を受けかねん!」
「そんなっ、でも何で私がっ!篝を探せばいいじゃない!」
「探しているが、見つからんから言っている!さぁ、早く来い!貴様は曲がりなりにも、今の春宮で一番霊力が高いのだからな!!」
「ひっ」
余りの父親の剣幕に、光子は黙って父親に引っ張られていくしかなかった。
そして結界をはる準備をしている部屋に押し込まれた光子は。
「さぁ、結界を張れ!」
「うぅっ」
でも、光子には自信があった。今までの結界は全て自分の功績であり、篝の霊力が結界を張っていただなんて嘘だと。
そして結界を張るための水晶に手をかざせば。
「がはっ」
光子は身体中の力が一気に抜け、そして血を吐いて倒れた。しかし光子の身体を支えてくれる腕はどこにもない。そればかりか、自分を見降ろす父親の表情がかつて篝に向けていた侮蔑の表情だと気が付き硬直した。
「はっ、この分では数時間もつか持たないか。もっと霊力を持つ退魔師を集めろ!ったく、この役立たずめ!」
父親が使用人に命じた後に放ったひと言に、光子は目を瞠った。
(バカな、役立たずはあの子のはずじゃない。何で、私がーー役立たずなの?)