縹花お姉さまと
「お初にお目にかかります、篝ちゃん。わたくしは縹花。海の国の縹鬼ですわ」
そう、にこやかに挨拶をしてくれたのは、私や鬼灯よりも年上だと思われる、縹色の長い髪に水色の印象的な眼差し、群青色の鬼角を持つ美女だった。
「あ、私は萌黄と申します。えと、月鬼です」
続いて名乗ったのは、私と同じくらいの年ごろで、金色の長い髪を低い位置でツインテールにしており、イエローグリーンのかわいらしい瞳に黄色い鬼角を持つ女性だ。月鬼と言えば、咲の国の南に位置する月の国の鬼の長の一族である。
「何の用だ。あと、勝手に俺の篝の名を呼ぶな」
私が口を開こうとすれば、鬼灯が不機嫌な様子でぴしゃりと告げる。
「あら、鬼灯さまに挨拶したのではありませんわ。篝ちゃんに挨拶しましたの」
「篝は俺の運命の伴侶だ。俺の許可を取れ」
「独占欲の強い男は嫌われますわよ?」
「何?」
「あ、でも、そう言うジャンルもありますよね」
「萌黄さんったら、いけませんわ。騙されてはなりません。将来鬼灯さまのような男鬼に捕まったらどうされるのですか」
「ええぇぇっっ!?」
「どう言う意味だ」
鬼灯の眼差しが険しくなる。
「篝ちゃん。どうぞ仲良くしましょうね。縹花お姉さまとお呼びになって」
縹花さまがそう言って微笑む。
「わ、私は萌黄で」
「えっと、縹花お姉さまと、萌黄ちゃん?」
「まぁ、かわいらしい!」
「は、はい。お姉さま」
「篝!騙されるな、ダメだ!」
しかし、鬼灯が肩に両手を添えて私を引き寄せる。
「え、えっと?」
「鬼灯さま!そうやって独り占めするのはいけませんわ!」
「俺が独り占めするのは公然の権利だ!口を挟むな!」
「いいえ、ここは引けませんわ!」
ど、どうしたら、いいのだろう?縹花お姉さまの後ろでは萌黄ちゃんがあたふたしている。
「縹花お姉さまは男嫌いなんだよ。いつものことだから放っておいていいよ?」
そう、杏子ちゃんが告げてくる。その陰からひょっこりと顔を出したのは、紫色の前髪をぱっつんにし、後ろの髪をまっすぐ伸ばした少女だ。銀色の瞳に濃い紫の鬼角を持っている。
「この子は菫ちゃん。私より1歳年下で、13歳。紫鬼だよ」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って菫ちゃんがぺこりと頭を下げる。たしか紫鬼は雲の国で暮らす鬼の長の一族だったはず。
「よ、よろしくね。菫ちゃん」
「あ、あの。その、篝お姉さまと呼んでもいいですか?」
お、お姉さまっ!?
「え、えぇと」
「ダメ、ですか?」
悲し気な表情を浮かべる菫ちゃんに慌てて首を振る。
「ううん、いいよ!もちろんっ!」
「嬉しいです!」
わぁ、かわいいっ!
妹がもうひとり増えたみたいだ。
「ジュースで乾杯しようよ」
杏子ちゃんの言葉に、いつの間にか萌黄ちゃんも加わって、よにんで乾杯する。
ちらりと後ろを見れば、お義父さんの座っていた場所は空席で、どこかへ挨拶に行っているのだろうか。そして縹花お姉さまと鬼灯が睨み合っていた。
「あの、あのふたりはーー」
「そのうちおさまるから大丈夫だって」
そう言って杏子ちゃんが笑う。
そ、それなら。
ジュースに口を付ける。
「まぁ、縹花お姉さまは男嫌いだけど、あの女とは雲泥の差だから心配いらないから」
そう、杏子ちゃんが言う“あの女”と言うのは。
「えぇと、角を折られたって、本当なのでしょうか」
と、萌黄ちゃん。
「派手にやらかしたからね。多分謹慎されられたと思うよ」
と、杏子ちゃん。
「あの方、恐かったです」
菫ちゃんがふるふると震える。
「まぁ、縹花お姉さまがいれば自重してたけどね。それ以外ではあからさまだったから」
そう言われて、ふとそれが翠姫さんのことだと気が付く。
「あの、そのーー角を折られたって言うのはどう言う?」
「あの、鬼にとって角を折られるというのは、許される罪を犯したと言うことなのです」
萌黄ちゃんに説明され、ハッとする。
「わ、私の、せい?」
私と、翠姫さんが言い合ってしまったから。
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。総合的に、だろうね」
と、杏子ちゃん。
「私たちにも、きつく接して来られる、方でしたし」
「むしろ、私たち女の敵的な?」
杏子ちゃんが告げれば、菫ちゃんがこくこくと頷く。
「あれは当然の処罰ですわ。それに関しては、鬼灯さまを褒めて差し上げてもよいですわね」
「どれだけ上から目線だ、貴様」
縹花お姉さまがいつの間にか鬼灯との言い争いを終えて、自然な所作でこちらの輪に入ってくる。そして鬼灯が不満げに口を尖らせる。
「まぁまぁ、いいじゃないの」
そう言って浅緋さんがやってきて、更に白夜さんも一緒に来ており、鬼灯の傍らに腰をおろす。
「だから、篝が気にすることはない。謹慎は妥当だ」
「(本当は幽閉だがな)」
鬼灯の言葉に対し、浅緋さんが何か囁いたが、こちらには聞こえてこない。だが、鬼灯に軽く小突かれていた。
「だから、わたくしたちは仲良くいたしましょう?」
「は、はい!」
鬼灯は何だか不満げだったが、縹花お姉さまはとても穏やかで優しそうな方だった。




