手合わせ
「ほう?その程度か」
「御見それいたしましたああぁぁぁ―――っっ!!!」
広々とした道場で、砂鬼の陽春さんが鬼灯の目の前で平伏していた。
「その程度で俺に挑むとは片腹痛いな」
「うぐぐっ、一切容赦なしとか酷くないっ!?」
涙目の陽春さん。
「あの、手当てを」
「やめとけやめとけ篝ちゃん。その優しさが、逆に陽春さんを追い詰める」
と、浅緋さんが告げる。それは、どういう?
「篝さん、鬼は丈夫だからあの程度で怪我しないから大丈夫。てか、本気だったら陽春が形状を保っていないから」
そう、夕緋くんが告げ、杏子ちゃんがとなりで頷いている。
「形状を保っていないって、どういう状態なの?えっと、鬼の特有の、何か?」
首を傾げれば、鬼灯と目が合う。
「あぁ、篝。見たいか」
そう、告げてくる鬼灯は、とても爽やかな笑みを浮かべていた。
「いや、やめてっ!鬼にそんな状態ないから!」
陽春さんが慌てて両手を振っている。
「そ、そうなの?」
「だが、篝が望むのなら」
鬼灯がギロッと陽春さんを見降ろせば、
「望まないでお願いだから!!」
慌てて陽春さんが叫ぶ。
「いや、の、望まない、けど」
そう言わなければならないという予感がした。
「ならば、いいか」
ふいっと鬼灯が陽春さんから視線を外し、陽春さんが猛ダッシュでその場から逃げた。そして道場の陰で、何やら縮こまっている。
「あの、陽春さんは大丈夫?」
「あぁ、振られた後はいつもあんな感じなので放っておいてください」
と、氷菓が教えてくれる。
「振られちゃったの?」
「えぇ」
「気が付いていないところを見ると、やっぱ最強だな」
「当たり前じゃん。鬼灯さんの嫁だぞ、兄ちゃん」
そう、浅緋さんと夕緋くんの会話が聴こえたのだが。
私の、話?でも、最強っていうのはーーやはり鬼灯のことだろうか。
「あ、鬼灯。次は俺。鬼術使っていい?」
そう、白鬼の白夜さんが木刀を持って鬼灯に近づく。
「あぁ、かまわない」
「いや、使っていいならはよ言ってえええぇぇぇっっ!!」
そう、陽春さんがいつの間にか復活しており、叫んでいたが。
「行くよ、鬼灯」
構わず白夜さんが冷気を纏って鬼灯に突進し、木刀を横に払っていく。
「ふんっ」
放たれた氷の刃を、鬼灯が木刀だけで次々と叩き落としているさまは、圧巻であった。
「ね?お兄ちゃん強いでしょ」
と、杏子ちゃんが私の袖をちょんちょんとつまみながら告げてくる。
「うん、鬼灯、すごい」
こくんと頷いた瞬間。
カーンッと音が響き、顔を上げれば。白夜さんの手から木刀が離れ、カランと床に落ちていた。
「終わり。次は浅緋」
「えぇ、俺ぇ~?」
そう言いながら浅緋さんが落ちた木刀を拾い、白夜さんと交代する。
何だかけだるそうに鬼灯の前に立つ浅緋さんだがーー
カンッッ
鋭い音が響き、その打ち合いの音が続いていく。
「浅緋はすごいよね。黒の次は白って言われてるけど、赤鬼の浅緋は多分俺より強いよ。昔から武術とか得意だから。俺、文系なんだよね」
そう、白夜さんが呟く。
「色が全てってわけじゃ、ないんですね」
「ん、多分霊力は、強いかな?でもそれ以上に俺戦闘向きじゃないし」
「え、でもさっきの氷の刃みたいなのは」
「んー、さすがに全く使えないと一族からメシ抜かれたり、納屋に閉じ込められたりしたから」
「えっ」
そんなことってっ。―――でも、春宮家にいた頃は、私もーー
「そんな顔しないで。後で鬼灯に怒られる」
「へっ!?」
「今は、違うし。鬼灯と浅緋がいたから、俺は大丈夫。そろそろ、俺も継がないとなーー」
継ぐって、どういう?
そう、思った時。
ドゴンッッ
大きな音が聞こえたかと思えば、鬼灯に浅緋さんが押し倒されるような体勢になっており、浅緋さんのこめかみすれすれの床に鬼灯が木刀を突き立てていた。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴を上げれば。
「あぁ、大丈夫大丈夫~。何ともないから」
「コイツとやる時は、本気で抑え込まないと決着がつかない」
そう言って、浅緋さんと鬼灯が何事もなかったかのように立ち上がる。
「いつものことだ。お互い怪我をしないようにはしている」
「そうそう、大丈夫」
「あ、う、うん。びっくりしてっ」
そして鬼灯がいつものように頭をぽふっとしてくれる。
「いや、毎回あんな感じじゃないよ?木刀を弾き飛ばしたり、折れたりして終わることもおおいしさ。今日はちょっと張り切り過ぎたんじゃないか?鬼灯が」
「は?」
「(篝ちゃんの前だから)」
浅緋さんが鬼灯に何かを囁くが、聞き取れない。だけど、何だか鬼灯が照れているような気がした。




