部屋割りと砂鬼
「やだ!私はお姉ちゃんと一緒がいい!」
「何を言っている。俺と篝は魂の伴侶。決して分かつことなどできない!杏子、お前は父上と寝ろ!」
「いや―――っ!」
「うぐっ」
咲の国の黒鬼の一族のために用意された客室は、私と杏子ちゃん、鬼灯とお義父さんに2部屋、そして氷菓や砂月さんたち護衛として付いて来てくれたひとたちのためのお部屋がいくつか。氷菓や砂月さんたちは荷物を搬入したり、整理したりで一旦席を外している。
しかしながら現在、鬼灯と杏子ちゃんが部屋割りを巡って言い争っていた。そしてその争いによって何だかお義父さんがまたダメージを受けているのだけど。
「あ、あの!ふたりとも落ち着いて!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃんは私と一緒がいいよね!?お兄ちゃんこそお父さんと寝ればいいじゃん!ねっ!?」
「篝!篝は俺と一緒がいいだろう!?」
杏子ちゃんと鬼灯ふたりに迫られ、どうしようかとお義父さんを見やれば。
「私はこっちの部屋を使うから、子どもはさんにんでそちらを使いなさい」
『んなっ』
杏子ちゃんと鬼灯は驚愕する。
「俺はもう子どもでは」
鬼灯は20歳である。
「私の、という点においてはかわらない」
「確かに、そうですが」
「あ、あのっ!私もさんにんの方がいいと思う!」
それなら、ふたりが争うこともないのだし!
「か、篝がそう言うのなら」
「お姉ちゃんがそう言うんなら」
『でも、篝(お姉ちゃん)の隣は俺(私)だ(よ)!』
「じゃ、じゃぁ、私が真ん中に、寝るね?」
「まぁ、いいだろう」「妥協点かも」
う、うん。何とか納得してくれたみたい。
「では、各自部屋へ」
お義父さんに促され、私たちさんにんも部屋に入る。広めのその部屋は、さんにんでお布団を敷いたとしても余裕がある。早速荷物の整理に移る。
「早速旅装から着替えようよ、お姉ちゃん」
「うん、そうだね。杏子ちゃん」
「何だ、着替えるのか?」
そう、鬼灯が呟いたことで、完璧な解決方法だと思われたこの部屋割りの欠点に気が付いてしまった。
「き、着替える間はお兄ちゃんは出てて!」
「うぐっ」
「そ、その。鬼灯」
思えば鬼灯と暮らしている別邸では、着付け部屋でそれぞれ着替えていたから、着替えは別々だったのだ。
だが、ここでは与えられた客室で着替えることになる。
「う、うぐっ」
「お兄ちゃん?叔父さまに、顔向けできるの?」
杏子ちゃんが鬼灯をじーっと見上げる。
「わ、わかった。では俺は父上のところで着替えてくる」
すとん。―――と襖が閉じ、鬼灯は隣のお義父さんのお部屋で着替えることにした。
その後は杏子ちゃんとふたりで帯を結び合っていれば、氷菓が来てくれて手伝ってくれた。
―――着替え終われば。
「よっしゃー!じゃぁ、探検に行こうよ!」
と、杏子ちゃんが元気に切り出す。
「でも、勝手に出歩いて大丈夫?」
以前緑鬼の翠姫さんが来た時は、客室のある区画を使い、私たちが過ごす居住区画に来た時、鬼灯がとても怒っていた。
※あくまでも篝視点の所見です
「客室の区画なら大丈夫です。他に滞在している鬼の長の一族の方々と交流することもあります。私たち付き人同士も情報交換などをいたしますし。そして浅緋さまたちに頼めば、他の区画を見て回ることもできますよ」
と、氷菓。
「そうなんだ」
「私は遊びに来たら、いつも夕緋と遊んでるよ」
と、杏子ちゃん。従兄妹だし、同じくらいの年ごろだからやっぱり仲良しなのかな。
「では、客室の区画でも回ってみましょうか」
「うん」
氷菓の提案で、早速客室を出てみる。黒鬼の長の本邸でも準備の際に見て回ったが、やはりこちらも客室がたくさん並んでいて、広々としているようだ。
それに今回は鬼の長の一族の長やその子女が集まるとあって、以前本邸で準備をした時と比べれば桁違いなのだろう。
「鬼灯さまも着替え終わったか確認いたしましょうか」
「うん」
早速隣の部屋に行こうとすれば。
「あ、氷菓ちゃんじゃん」
不意に氷菓の名前を呼ぶ声に一同振り向けば、そこには知らない鬼の青年がいた。黒鬼の長の一族の付き人でもない。
銅色の髪に茶色い瞳、ダークブラウンの鬼角を持っている。年齢としては鬼灯よりも少し年上だろうか。ニカッと人懐っこそうな笑みを浮かべて手を振っている。
「相変わらず美人だね~」
「陽春さまもお元気そうでなによりです」
どうやら、陽春さんと言うらしい。
「ちょっと、私にはないの?いきなり氷菓をナンパするとか非常識!」
と、杏子ちゃんが不満げに告げれば、陽春さんがにやっとしながら杏子ちゃんを見降ろす。
「ん~、お嬢ちゃんはあと3~4年したらな!きっと紅葉さんみたいな美人になるからさ。そん時に声かけてやるからさっ!」
「はーっ!?何それ!あとお母さんに声かけたらお父さんに消されるよ?」
杏子ちゃん?それってどういうーー
「あぁ、それは勘弁。絶対しねぇって。紅蓮さまの角バキボキ伝説は恐ろしいから」
お義父さんの角バキボキ伝説って、何だろう?こてんと首を傾げていれば。
「あっれ、何でこんなところに人間の女の子が?くんくん、あ、君ってもしやミックスかな?何こんなかわいい子~!初めましてだねっ!氷菓ちゃんとこの新人ちゃん?」
そう言って陽春さんがずいっと顔を近づけてきて、私の手を両手で握ってきたのだ!しかしその瞬間、氷菓が陽春さんの手首を掴む。
「その手をお放しいただけますか?いくら陽春さまでも、命がありませんよ」
「えぇ~、何か恐い~。後輩ちゃんがそんなに大事~?」
「いえ、篝さまは後輩ではなくっ」
氷菓が説明しようとすればーー
「篝ちゃん、かわいい名前だねっ!」
何故かウィンクをされたのだが。な、何なんだろう、このひと。
「ほう?貴様、俺の篝をナンパしようとするとはいい度胸だな」
やけに低いが聞きなれた声と共に肩を引き寄せられれば。
「ヒィ―――ッッ!!!」
慌てて陽春さんが私の手を放して距離をとり、何故か目の前で土下座をしていた。
どうしたのだろうと戸惑いつつ、後ろを見やれば。
「篝、大事ないか」
いつもの鬼灯の優しい微笑みがあった。
「う、うん。なんともない」
「そうか。陽春。貴様、命拾いしたな」
「ははぁっ!!大変失礼しやしたああぁぁぁ―――っ!!」
陽春さんの方が年上なようなのに、これは?やっぱり鬼灯が黒鬼だからだろうか。
「思わず角に手が伸びかけたぞ」
「いやあああぁぁぁぁっっ!氷菓ちゃん助けてええぇぇぇっっ!!」
そして陽春さんは今度は氷菓に縋りつくように拝みだした。
それにしても、角に手が伸びかけたというのはどう言う意味なのだろう?鬼の社会特有の表現なのだろうか。
「嫌です。篝さまに手を出したのも、3~4年後杏子さまに手を出すようなことを公言したことも含めて」
「ぐっは」
「そうか。そのことは朱月伯父上にチクろう。あの母上溺愛症の伯父上が知ったら、恐らくはーー」
確か、朱月さまはいわゆる“シスコン”?というものなのだっけ。そしてお義母さんの娘である杏子ちゃんは、お義母さんにとても似ているのだ。瞳の色はお義父さん似だけれど、髪や角の色、そして顔立ちはお義母さんに似ている。
「や、やめてくれええぇぇぇっっ!!あのシスコンに沈められるわっ!!」
朱月さまのシスコンはやっぱり有名なのだろうか。
「では、少し自重しろ。陽春」
「わ、わかりましたでございます~」
何か語尾がおかしくなっているような気がするけど。
「篝、気にするな。これは陽の国の鬼の長の一族“砂鬼”のナンパヤロウだ」
「せめて名前で紹介してえええぇぇぇぇぇっっ!!!」
陽春さんの絶叫が響き渡った。




