紅の国の赤鬼
咲の国から西へ、花の国を経由し、馬車に揺られて2泊3日。お義母さんの祖国・紅の国にやってきた。
馬車の中では、隣に杏子ちゃん、向かいに鬼灯、そして鬼灯の隣にお義父さんが座っている。氷菓は砂月さんたちと一緒に外で護衛をつとめてくれている。
「やはり馬車は3台。篝と俺、あとその他で分かれるべきだった」
それって、つまり私と鬼灯、杏子ちゃんとお義父さんで分かれて乗るってこと?因みに実際の馬車は2台。私たちが乗る馬車ともう一つは荷物車である。
「お父さんとふたりなんてやだよー!それならお兄ちゃんがお父さんと乗ればいいじゃんっ!」
と、杏子ちゃんが私の腕に抱き着き口を尖らせる。
「うぐっ」
「んなっ。だいたい、何故お前が篝の隣だ!本来であれば婚約者の俺が座るべきだ!」
「やだー!お父さんの隣なんてやだっ!」
「ぐぐっ」
「あ、杏子ちゃん。お義父さんがっ!」
先ほどからダメージを受けているみたいなんだけど!
「そ、そうか。お、お父さんは、―――ダメか」
お義父さんががくんと項垂れている。
「じゃ、じゃぁ、私がお義父さんとふたりで乗るから!」
『それはダメ(だ)っ!』
杏子ちゃんと鬼灯が声を合わせる。
「な、何故だっ!」
そしてふたり以上に驚愕しているのがお義父さんであった。
「父上。篝は俺の婚約者です。母上にチクりますよ!」
鬼灯がくわっと目を見開く。
「な、何故そうなる!篝は、義娘であり、姪っ子だ。私にも権利がある」
「叔父上にもチクります」
「何故そうなる!」
「あ、あの!やっぱりみんなで一緒に仲良く!」
「お姉ちゃん。お兄ちゃんとお父さんのことなんて気にしないで、私とお菓子食べようよ~」
杏子ちゃんはふたりの言い争いを気にせず、お菓子を差し出してくる。ケンカするほど仲がいいって、やつなのかな?
杏子ちゃんが差し出してきたのは、来る途中で寄った花の国で買った花を象った砂糖菓子である。
「お姉ちゃん、あ~んっ!」
「は、はむっ。んっ、美味しぃ」
「でしょ?」
口の中で蕩ける砂糖菓子は一度食べたら病みつきになりそう。鬼灯たちにも食べさせてあげたい。そう思ったからーー
だから、ついつい。
「鬼灯も、あ~んっ」
「か、篝っ!そ、そうだな」
鬼灯はお義父さんから視線を外し、はむっと口にする。
「ん、旨いな」
「うん」
「お、お義父さんには」
そう、お義父さんが呟く。じゃぁ、お義父さんにも。
「ほら、父上」
ひょいっと鬼灯が砂糖菓子をつまみ、お義父さんの口に放り込む。
「旨いでしょう?」
「お前、―――これくらいいいだろうに!」
「では、母上のあ~んを杏子に独占させます」
「んなっ、鬼灯!それはずるいぞ!」
またまた、仲良く言い合いを始めるふたり。
「いや、さすがにお母さんにあ~んはされないけど。普通に食べるけど」
杏子ちゃんにはその気はないようだけどーーお義父さんが本気で焦っていた。
***
紅の国の鬼の長は赤鬼と呼ばれる。今回の訪問では、赤鬼の長のお屋敷にお世話になる予定である。予定通り長のお屋敷の本邸前に到着すれば、お義父さんと鬼灯に続いて、私も杏子ちゃんと一緒に馬車を降りる。降りるときは鬼灯が私と杏子ちゃんに手を貸してくれた。悪態をつきつつも、妹思いな鬼灯をみると何だかほっこりしてしまう。
私たちを出迎えてくれたのは赤鬼の長の一家のひとびとであった。
「良く来たな、紅蓮!会いたくなかったぞ!」
え、は、はい?赤鬼の長と思われる赤紫色の髪に瞳、赤い鬼角の男性は開口一番にそう述べた。因みに“紅蓮”とはお義父さんの名前である。
「あぁ、私もお前には会いたくなかった。朱月。それともお義兄さまとおちょくりを込めて呼べばいいだろうか」
お、お義父さんまで!?そう言えば、赤鬼の長さんはお義母さんのお兄さんって話だったから、お義父さんにとっては義兄にあたるのか。だけど、ふたりは仲がーー
「やめろ。ウチのかわいい妹を連れ去った鬼め」
「先代夫婦了承の上でだ」
「うぐぅっ」
そう、ふたりが笑顔で言い合っていれば。
「朱月さん。いい加減になさいな。みっともないですよ」
朱月さんの隣で微笑んでいた薄紫色の髪に桜色の瞳と角を持つ女性がのやんわりと告げる。けれどその雰囲気は、何となくお父さんに似ているかも。
「しかしっ、この黒鬼ヤロウは俺のっ、俺のたったひとりの妹をおおおぉぉぉぉ~~~~っっ!!!」
朱月さんが項垂れて地面に両手の拳を打ち付けていた。
「お姉ちゃん、気にしなくていいよ。これはね、伯父さまとお父さんの恒例行事なの」
と、杏子ちゃん。
「他の鬼の長の一族とならあり得ないが、伯父上と父上は仲がいいからな」
『良くないっ!』
鬼灯の言葉に、朱月さんとお義父さんが口を揃えて叫ぶ。
「こ~らっ!」
しかし、桜色の角の女性の言葉に再びふたりは静かになる。
「篝、彼女が伯父上の夫人で白梅伯母上。伯母上、俺の妻の篝です」
と、鬼灯。
いや、まだ結婚はしていないのだけど。言い直した方がいいのだろうか?
「あらあら、よろしくねぇ」
白梅さんがにこにこしながら答えてくれる。何だかほんわかしているところもお父さんに似てるかも?何だか安心するなぁ。
「で、後は」
鬼灯が示した先には、鬼灯と同い年くらいの青年と、杏子ちゃんと同い年くらいの少年がいる。どちらも赤紫色の髪と瞳、赤い鬼角の持ち主である。青年の方は人懐っこそうな笑みを浮かべていて、少年の方はかわいらしい顔立ちをしている。
「従兄弟だ。兄の方が朝緋、弟の方が夕緋。特に気にしなくていい」
「うん、いいよ」
やけに鬼灯と杏子ちゃんの息が合っていた。
『いや、ひどくねぇっ!?』
あ、あっちの兄弟も息ぴったりであった。
「まぁまぁ、とにかくお入りくださいな~」
白梅さんに背中を押され、ひとまず休戦とばかりにお屋敷に上がらせてもらった。そしてお屋敷の侍女たちが私たちを客間へと案内してくれたのだった。
のんびり2泊3日の移動。因みに緑鬼の長さんは急ピッチで来たので割と早く着きました。




