【Side:鬼灯】 運命の再会
※和風テイストですがベッドは普通にあります※
※そこら辺ゆるふわです※
彼女を拾ったのは、偶然だった。人間の商家とのやり取りを終えて、春宮家の側を通った時、不意に御者が馬車を止めたのだ。
「何事だ」
俺が馬車の小窓を上げれば、外で馬に乗り追従していた侍従の砂月の姿が目に入る。砂月はブリックレッドの髪に、翡翠色の瞳、そして茶色い鬼角を持つガタイのいい青年だ。いわゆるマッチョ群である。
「いえ、それが、人間が倒れているようです」
「は?まぁ、確認する」
「いえ、我々が」
「いや、いい」
何故か唐突に自分が行かなくてはいけない気がしたのだ。
さっと馬車の扉を開き飛び降りれば、またかという視線を砂月から向けられつつも俺は構わず馬車の進行方向へ駆けた。
そしてその姿を捉えた時、脳裏にビビッと電撃が走ったように感じた。
「おい、大丈夫か」
虚ろな青い瞳が、俺を捉える。そして力尽きたかのように瞼を閉じれば、急いで彼女を抱き上げる。
「―――篝」
目の前で倒れている少女は、“篝”だとわかった。
「え、その名は、まさか」
砂月が驚愕しつつも後ろから呟く。
「篝」
ぐったりと俺の腕の中に身を預ける篝を抱え、俺は馬車に乗り込んだ。
「鬼灯、連れて行くのか」
「当たり前だ。急げ。篝に治療を」
「ーーわかった」
砂月が頷けば馬車の扉が閉められ、速度を上げて鬼の居住区へと出発する。
***
鬼の居住区に入り、屋敷へ着くなり侍医を呼びつけ篝の身体を診させた。予想通り、篝の身体は限界に近いほどに弱っていた。
治癒の術をかけ、傷口を癒し、ふかふかのベッドに横たえる。今はすやすやと眠っているが、快癒するまでには暫くかかるだろうというのが侍医の見解だった。
呼びに来た砂月に暫くここから動かないと言えば、呆れられつつも仕方がないと父への報告などを代行してくれた。
そして自身の手首に嵌めていた腕輪を外し、己の霊力を込める。その後眠る篝のアッシュブラウンの髪を優しく梳いてていれば、うっすらと篝が瞼を開けた。
しかし、篝は声を出せないようで口をぱくぱくさせている。酷く疲弊していた上に、何か術を使われた形跡があった。恐らく、その後遺症のせいだろう。暫くすれば喉の腫れもおさまるということだったが、篝の声を聞けないのは辛いな。
「無理にしゃべらなくていい」
篝の声を早く聞きたいという気持ちを抑えて、優しく告げる。
そして篝の手首に俺の霊力が込められた腕輪を嵌める。そうして優しく額を撫でてやれば、篝はうとうととし始め、再び眠りに落ちていく。
「氷菓、いるか」
俺が侍女の氷菓を呼びつければ、すぐさま氷菓が駆けつける。
「俺はやることがある。暫く篝を頼む」
「お任せくださいませ」
氷菓の答えに頷くと、報告から帰ってきた砂月と合流する。
「春宮家に何か動きは?」
「冬宮がもたらした情報によれば」
冬宮は咲の国で一番大きな鬼の術家である。
「今朝、王城の結界が消失していたそうですが、王城には特にその件を奏上もしていないそうです」
「は?」
何だそれは。あり得ないだろう。十何年か前までは、冬宮を中心とした鬼の一族が城の結界を維持していた。それが十何年か前から人間側でも結界を張ると主張してきたのは春宮家である。以来1年交代で鬼と人間が交互に城の結界を維持してきた。鬼としてはたいした負担ではないが、それでも霊力の節約になるのならと快諾したのだが。
普通、国の中枢である城の結界を消失するなどあってはならないのだ。春宮家だってそれは十二分に分かっているはずだが。
しかも消失したままそのままとは、笑えぬ冗談だ。
「急いで冬宮の術士が結界を張り直しましたが、運悪くその直前に王太子殿下が妖怪の襲撃に遭われたそうです」
「あぁ、確か春宮の長女の婚約者だったか」
「えぇ、それで冬宮の術士を呼びつけ苦情を言っているそうなのですが」
「バカバカしい。王太子の担当は春宮家だろう?春宮家が自ら人間の王太子は人間が守ると意地を張ってきたからこちらが譲歩したのだ。冬宮は姫さまの担当だ」
「えぇ、ですから陛下が王太子殿下をお止めになり、冬宮も結界を張り直した後は再び姫さまの護衛に戻っております」
「それならいい。それで、春宮家の方は」
「密偵に調べさせましたが、ここ十何年かで張り始めた結界が消失しておりました」
「ほう?気になるな。それにーーもともと春宮家の結界には、篝の意識を感じていた」
「それはーー」
一部のものしか知らない事実だが、俺は砂月にもそのことを話している。だが、それに春宮家の長女の霊力も混じっていて気持ちが悪い。
もしかしたら春宮家が篝の行方を知っていたかもしれないが、何の証拠もなしに探りを入れるわけにはいかない。もしかしたら鬼側の弱みになるかもしれない。
だからと言って鬼側が春宮家に強引に乗り込めば、恐らく人間VS鬼の戦いに発展してしまうだろう。戦は避けたい。
ーーだが。
「篝があのような状態になったのにも、春宮家が何か関わっているかもしれない」
現に、篝を保護したのは春宮家のすぐ側だった。目と鼻の先には春宮家の土地全体を覆う高い塀が延々と続いていたのだから。
「今回の件、結界の消失についての責任を春宮家は問われるだろう」
「あぁ、確実にな」
「となれば、春宮家への王城の調査も入る可能性がある」
「その際に、我々も便乗するということか」
「そうだ。うまく潜り込めと冬宮に伝えろ。俺も潜り込めれば同行する」
「また無茶を」
「いつものことだ」
「わかった」
砂月はやれたれと頷くと、早速手配に向かった。