【Side:鬼灯】 緑鬼と罰
※ざまぁ回
※残虐描写あり
―――
翌日、隣国から縁の国の鬼の長が到着した。
篝は既に俺の屋敷に帰っている。今は叔父上のところで杏子や氷菓と一緒に過ごしていることだろう。俺も何もなければそちらに行きたいが、だがこの問題をどうにかせねば、篝も安心して過ごせまい。
俺と父上が並んで座った目の前では、緑鬼の長ーー翠姫の父親が額を床につけて平伏していた。
「本当に、バカ娘が申し訳ないことをした!なんとお詫びをしたらいいものかっ!」
「では、今回の騒動は緑鬼として仕組んだことではないと?」
淡々と問う父上だが、その圧は長年の付き合いだという緑鬼の長さえも震えるほどだ。
「決してそのようなことはない!―――ただ」
「ただ、何だ」
「娘が、鬼灯さまを長年恋い慕っていたことは、―――知っていた」
「それを知っていながら、今回の訪問を許可したのならお前の責任でもあるぞ」
「もちろんだ。父親として、長としての罰は背負う。だが、誤解しないでくれ」
「何を」
「今回の訪問で、鬼灯さまに世話役を務めてもらうのを最後に鬼灯さまへの恋慕は断ち切り、そして婚約者候補との見合いをするという約束だった。それを信じて送り出したのは、紛れもなく私の失態だ」
「なるほど。ではあの娘は、最初から篝を害するつもりでお前を騙してこちらへやって来たということか」
「そう、だな。そして騙される私も、長として失格だ。最悪、長の座を辞することになったとしても、私は受け入れる。それで詫びとなるのなら」
俺としては角の1本、2本は折ってやりたいところだが。
父上は暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「お前の甘いところは元からだ」
「あぁ、そうだ」
「だがお前が長の座を今退けば、あの女がしゃしゃり出てくるぞ。長男は長を継ぐにはまだ若すぎる」
あの女?確か長には姉がいたと聞いたことがある。同じ一族の分家に嫁がされたとか。長の一族の女が分家に嫁がされるなんて相当なことをしでかしたのだろうとは思っていたが。
「た、確かにそうだ」
「あの女が、かつて黒鬼に手を出したことを忘れたか?紅葉が嫁ぐときに妨害工作をし、更に紅葉が私の正妻の座に収まれば、今まで霊力が低いとコケにしてきた灯可の妻の座を狙ったな。まぁ、いずれの企みも失敗に終わったが。片角を折ったうえで生涯アレを監視し、二度と悪さをしないようにするのが、与えた罰だったと思うが?命があるだけましだろう」
あぁ、それで分家に嫁がせたのか。まさか母上だけではなく叔父上にも手を出していたとは。
それでよく片角を折っただけで父上が許したな。まぁ、鬼にとって角を折られることは屈辱でもあるし、更には“逸れ鬼”となることを意味する。
―――ただ、緑鬼の直系だからこそ外に出すのは逆に危険だと一族の中で幽閉と言う形なったのだろうが。そのような存在は一族の恥として一生過ごさねばならない。そんな状況で、甥が後を継いだらしゃしゃり出てくる可能性があるとは、未だに影響力が強いのだろう。
「今回の件、責任をとる気があるのなら、お前が抑え込め。三度目はない」
「わ、わかった」
その他、賠償金を緑鬼に、そしてこの咲の国に有利な条約を縁の国に要求するに違いない。恐らくその旨をしたためた書状を父上が長に手渡し、長はそれを丁寧に受け取る。
「だが、お前の娘にも罰は受けてもらうぞ」
「それはっ、―――わかった」
長も苦渋の表情を浮かべながら、頷いた。
「では、連れてこい」
父上が命じると、ウチの者たちが拘束された翠姫を連れてきた。
「お父さまっ!お助け下さい、私は鬼の姫として正しいことをしました!」
よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだ。
「翠!この大バカ者が!」
「お、お父さまっ!?そんな、だっておかしいでしょう?」
父親に一喝されてもなお、翠姫は続ける。
「鬼の宗主たる黒鬼の、鬼灯さまの伴侶があんな人間の血を半分引いた小娘だなんて!」
「お前はどなたの伴侶を害そうとしたのかもわからないのか!」
「だって、人間のっ」
「関係ない。人間の血を引いていようが何だろうが、鬼にとって大切なのは魂の伴侶と呼ばれる存在。それ以上に優先される存在はない」
「そんなっ、そんなの間違ってる!血統こそがっ」
血統第一主義か。そう言う考えの奴らは少なからずいる。長の一族に産まれただけで自分を特別だと思い込み、鬼の本能を忘れた愚かな鬼。血統を重視したからと言ってそれが鬼の一族の繁栄につながるとは限らない。
「もういい」
俺が立ち上がると、翠姫はぱあぁぁっと顔を輝かせた。何を勘違いしている?父上も止めないということは、そろそろ潮時と言うことか。
ゆっくりと翠姫の前まで進み出れば。
「鬼灯さま!あなたに相応しいのはこの私なのです!緑鬼の直系の姫である、この私がっ!」
「貴様のようなものが、この俺に?笑わせるな」
この女を前にすると反吐しか出ない。篝とは何もかも違う。あの安心する優しく穏やかな心地になど決して辿り着けない。
俺はがしりと翠姫の角を掴む。
「ひっ」
翠姫が目を見開いてビクンと肩を震わせる。愚かな鬼でも、これから何が起こるかくらいはわかったか?ニヤリ、と口角をあげれば。
「や、やめっ、何をっ」
「これがお前への罰だ。俺の最愛に二度と手を出さないよう、徹底的にわからせてやる」
がしっ
そしてもう1本の角を掴む。
「やっ」
翠姫が短い悲鳴を上げる。最早この覇気に相対して抵抗することもできない翠姫は、ふるふると震えながらそんな悲鳴を上げることが精一杯と見える。
「鬼灯さまっ、そ、それはあんまりですっ!」
俺がしようとしていることを悟ったのか、長が慌てて腰を上げるが。
「緑嵐、よく見ておけ」
父上が長の名を呼んで威圧を放つ。
「うっ」
そして長が力なくへたり込む。
バキンッ
ボキンッ
霊力の波動を込めた握力が、その角を容赦なくへし折る。角を折られた鬼と言うのは、罪を犯した鬼ー逸れ鬼ーの証。そしてその角を折ることができるのは、一族の中でも特に強大な力を持つ鬼のみだ。黒鬼で言えば、俺と父上がそれにあたる。
そして角を折られた鬼は、折られた直後、壮絶な痛みに襲われる。通常なら1本だけでも酷くもだえ苦しむのだが、2本ともとなれば。
翠姫の頭には折られた角の土台が2つだけ、哀れにも残っているのが分かる。
「両角を折られた鬼など、歴史上に見ても稀有なものだと思わないか?」
そう、ニヤリとほくそ笑めば、次の瞬間。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――っっ!!!」
翠姫が獣のように絶叫しながら、床に倒れてもがき苦しむが、手足を拘束されているためそれすらもままならない。
「1本の場合は15分程度、だったか。2本の場合は、どのくらいだろうな?まぁ、後学のためにお前がもだえ苦しむのを見ながら記録でも取らせてもらおうか?」
「あぁ、うぅっ」
翠姫がもだえ苦しむ様子に、長が頭を抱えて項垂れる。
「よく見ておけ。緑嵐。私の息子は、私程甘くはないぞ」
父上の場合は怒りが方々に分散していたから各1本で済んだんじゃないのか?俺の場合はこいつだけだったからな。2本まとめて折ってやるくらいでなければ俺の気が済まない。
「お前は運が悪かったな」
他の鬼の一族は父上の怒りを受けてちゃんと学習したようだからーー手を出さなかった。だから今回はお前だけがその咎を負うことになる。それ故に、ひとりだけでこれだけの苦しみを味わうことになった。
「だが、同時に運もいい。長の一族に生まれたからこそ、逸れ鬼のように姿を隠しながら行く当てもなく放浪の旅に出されることもない。生涯長の一族に幽閉してもらえるのだからな」
逸れ鬼は鬼の一族から追放された鬼。それを受け入れる鬼の一族はどこにもいない。結束が強いからこそ、その輪から外された者の末路は悲惨だ。
世界のどこの国にも鬼が暮らしており、その国の中で大きな権力を持っている。だからこそ、見つかれば即追い出される。この世のどこにも安住の場所などあるまい。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っっ、あ、あっ」
あぁ、痛みが強すぎたのか、翠姫が目を開けたままぱたりと気絶して動かなくなってしまった。
「うん、今度は同時じゃなく1本ずつにするとしよう」
ニヤリと長にほくそ笑んでやれば、ビクンと肩を震わせる。
「息子に次の被検体を提供するのが、お前の一族から出ないことを願おう」
そう、父上が告げる。
「しっかりと、後継者ともども一族のものたちにも再教育を施そう」
そうして、動かなくなった翠姫を連れ、緑鬼の長一行は翠姫の付き鬼を連れて帰国して行った。なお、付き鬼はそのまま翠姫の幽閉先で一生世話をすることになるそうだ。
―――何はともあれ。
「早く篝のところに帰りたい。俺は先に帰る」
「あぁ」
父上は何事もなかったかのように短く答えるが、多分俺が去った瞬間、大好きな母上のところに駆けていくに違いない。
すとん、と襖を閉じれば、俺は早速篝を迎えに行くのだった。




