翠姫と宴
歓迎の宴はつつがなく進行した。歓待される翠姫さま御一行。ただ気がかりなのはーー
「お久しぶりです、鬼灯さま」
そう、鬼灯の傍らにやって来てにこりと微笑む翠姫さま。
「あぁ、おととし縁の国を訪れて以来か」
「はい。ずっとお会いできる日をお待ちしておりました」
ほんのり頬を赤らめる翠姫さま。
「そうか」
鬼灯は淡々としているけれど。何故か気になってしまう。
「あの、鬼灯さま。もしよければこの宴のあと」
翠姫さまの手がそっと鬼灯の腕に触れる。
「済まないが、宴の後は婚約者の篝と過ごす」
「その、私の知らぬ間に、婚約者を決められたとか」
「それがどうした」
「な、何故」
「篝は魂の伴侶だ」
「そんなっ」
「鬼ならば、その意味が分からぬお前ではないだろう?」
ビクンと翠姫さまの肩が震える。
「少なくとも、長の娘であるお前が」
「うぐっ。わ、分かりました」
翠姫さまはきりっと私を睨んだあと、静かに席に戻って行った。その後は冬宮家の当主さまたちと話していたけれど。
「その、鬼灯」
「どうした、篝」
その微笑みは、いつも通りではあるけれど。
「顔色が悪い。少し早めに休むか?」
「その、だ、大丈夫」
何故かとても胸騒ぎがするとは、言い出せない。大切な席だから。
「それなら、杏子に付き添ってくれる?眠たくなっちゃったみたいだから」
「うん、私眠い!」
お義母さんについてやってきた杏子ちゃんはーー全く眠そうに見えないのだけど。
「ほら、お姉ちゃん。行こう?」
「う、うん」
「暫く休むといい」
そう、鬼灯も勧めてくれる。私のために、杏子ちゃんとお義母さんもーー
私は杏子ちゃんと一緒に、ひとまず別室にて休むことになった。お義母さんは一度宴会場に戻るそうだ。
「ごめんね、杏子ちゃん」
「いいのいいの!それにしても翠姫だっけ?お兄ちゃんに色目使いすぎだよ!」
「い、色目って」
「お兄ちゃんにベタベタ触って!お姉ちゃんとお兄ちゃんは魂の伴侶なのに!」
「う、うん。そうだね。だけど私は半分しか、鬼じゃないから」
鬼の角すらない。
「関係ないよ。篝」
すとんと襖が開けば、お父さんが優しく微笑んでいた。
「あんなあからさまな子も珍しいねぇ。兄さんに聞いた話ではそう言う話は出てなかったのだけど。何を思ったのか」
クスリと微笑みながら私の隣に腰掛けたお父さんが、優しく髪を撫でてくれる。
「ぼくは長の一族に産まれながらも、兄さんや鬼灯ほど強い鬼じゃないからね。魂の伴侶と言う感覚ははっきりとは分からないけど。それでもぼくにとっての最愛は凜だけだ。今でもね」
「お父さん」
「だからね、人間も鬼も関係ないと思うよ。惹かれ合うのも、好きになるのもね」
「っ!!」
惹かれ合うのも、好きになるのも。お父さんの言葉に、何だか心が温かくなる気がする。
「うん」
「まぁ、あとは兄さんたちに任せて、篝は杏子ちゃんと一緒に先にお風呂に入っていてもいいよ」
「そうそう、こういう時はリラックスだよ!ね、お姉ちゃん。行こう?」
杏子ちゃんに手を引かれ、私もこくんと頷いた。
「お父さん、ありがとう!」
「どういたしまして。篝は笑顔が一番似合っているよ」
「うん」
何だか気恥しくも、自然に笑みが漏れる。
私はお父さんに手を振って、杏子ちゃんと一緒に本邸の大浴場に向かったのだった。
***
その日の夜のことである。
「鬼灯は、もう少しかかるんだね」
翠姫さまの訪問の期間は、私も鬼灯の本邸の寝室で休むことになっていた。お風呂から上がり杏子ちゃんと別れて寝室に向かえば、氷菓がその旨を伝えてくれた。
「えぇ、ですから先に休んでいていいとのことです。ゆっくりとお休みくださいね」
「―――うん。ありがとう。氷菓」
いつの間にか隣に鬼灯が一緒に眠ってくれていた布団に、ひとりで入るのは、何だか少し物寂しいと感じた。




