デートに行こう
「そうだ、篝。デートに行こう」
「へっ!?」
その日の晩ご飯の場で、突然鬼灯にそう誘われて、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「明日は休みだからな。デートにしよう」
「う、うん!」
鬼灯とデートか。初めてのデート。何だかほっこりしていれば。
「何でいきなりなんだ」
「それで納得してしまう篝さまが心配ですわ。後で灯可さまにチクっておきましょう」
「えっと、氷菓?」
その傍らで氷菓と砂月さんがこそこそと話していたので目を向ければ。
「篝ちゃん、嫌なら嫌って言っていいんだぞ。鬼灯が撃沈するだけだからな」
と、砂月さんがぼそりと告げてくる。
「いえ、そんなこと!う、嬉しいです!」
鬼灯と外にお出かけするのは初めてだから。
「黙って聞いていれば、お前はっ」
「ひっ、本気で覇気出すなよぉっ!」
鬼灯がぎろりと砂月さんに目を向ければ、砂月さんがビクンと肩を震わせる。
「氷菓のほうはどうなんだっ!?」
「うぐっ」
「灯可さまには逆らえませんものね。うふふふふ。砂月はまだまだです」
「ぐはっ」
何故か鬼灯と砂月さんが撃沈している。なでなで、してみようかな?そっと鬼灯の頭に手を伸ばし、ぽふぽふと撫でてみれば。
「あぁ、篝」
鬼灯がぎゅむっと抱きしめてくる。
「―――お前が充実しているようで何よりだ」
「ふふふ、ですねぇ」
そしてふたりがくすくすと苦笑しているのに気が付き、急に恥ずかしくなってしまう。
「鬼灯、ふたりもいるんだから」
「問題ない」
いや、そ、そう言う問題じゃっ!!
「とにかく明日はデートだ」
「う、うん!お父さんにお小遣いもらってくるね」
「あ、いや。お金は俺がもつから」
「だ、だけど」
「まぁまぁ、篝さま。ここは鬼灯さまに華を持たせてあげてくださいな」
「そ、そう言うものなの?」
「そうですよ。それがデートと言うものです。ここは遠慮なく」
「う、うん」
それがデートと言うもの、なのか。デートと言うのは初めてでまだまだ知らないことがたくさんある。
「その、あの、よろしくお願いしますっ!」
そう、鬼灯に向き直ってぺこりとすれば。
「あぁ、任せろ」
鬼灯が満足げに微笑んでくれた。
***
「では、私や護衛は少し離れたところにいつでもおりますから」
「う、うん」
今回はデートと言うことで、氷菓や砂月さんたちは離れたところから見守ってくれることになった。
「俺と一緒なのだから、そう厳重にすることはない」
と、鬼灯が吐き捨てたのだが。
「いえ、鬼灯さまがいけないことなどをした時のために」
「んなっ」
くわっと鬼灯が氷菓を見やれば、いつものようにくすくすと微笑んでいるだけだった。
いけないことって、どんなことだろう?
「とにかく、行こうか」
「う、うん!」
鬼灯に差し出された手に緊張しつつも手を重ねる。
「冷えているな」
ぽつりと鬼灯が呟く。
「あ、もうすぐ、冬だから」
「確かにな。―――そうだ。手袋でも買いに行くか」
「う、うん!」
ドキドキしながらも、服飾や小物を置いている店に入れば、季節ものの手袋売り場が目に入る。
「何か気に入ったものはあったか?」
「えぇと」
色々な色の手袋、柄のバリエーションも多くて迷ってしまう。そんな中でーー
「あ、ねこ!」
手の甲に白いねこのもこもこアップリケがついた手袋を見つけた。
「それがいいのか?」
「うん!」
「では、それにしよう」
お会計は鬼灯がしてくれたのだが。
「ウチにつけておけ」
「はい、鬼灯さま」
手袋を鬼灯が示せば、お店のひとがぺこりと頭をさげ、タグを外して手袋を渡してくれる。そしてそれを鬼灯が私に渡してくれる。
「あの、お金は?」
「後でウチに請求がいく」
へ?
「鬼の居住区ではだいたいこうだな。露店などでは直接支払うこともあるが。篝も欲しいものがあれば遠慮なくウチにつけていいぞ」
「それは、そのっ。よく、わからなくて」
「では、次も俺と来よう。それなら安心だろう?」
「う、うん」
つけ、という支払い方法もあるんだ。まだまだ知らないことがたくさんある。けれどそのつけ、というのはよくわからないから、やっぱり鬼灯に付いて来てもらった方が安心だ。
お店を出て、再び手を繋いで街を歩けば。
「寒くなってきたけれど、まだまだ活気があって」
「そうだな。ここは中心街のようなものだから、年末年始でもなければこんな感じだな。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「う、うん」
とはいっても、多すぎて目移りしてしまいそうだ。
そんな時。柱の陰に何かがいた気がしたのだ。
何だろう?と首を傾げれば。
「どうかしたか?」
「あ、あの。そこに何か」
「あぁ、小モノの妖怪だろう」
「よ、ようかっ」
妖怪、という存在から国を守っている退魔師と鬼の一族。けれど妖怪と言う存在を実際に目にしたことはなかった。
「心配するな。国が警戒するような大妖怪は、鬼がいればほとんどの場合入ってこない。鬼の強さをよく知っているからな。あぁいうのは大抵害はない。少し、待っていろ」
と、鬼灯が柱の陰に向かえば、手招きをしてくれる。恐る恐る近づけば。
足元にふるふると震える丸っこい生き物たちがいた。
「かわいい」
「ま、かわいいがこういう小モノは悪戯好きだから気を付けろ。ま、俺の篝に手を出したらただじゃ済まさないがな」
『ぎょぇ―――っ』
丸っこい生き物たちがふるふる震えながら悲鳴を上げる。
「ほ、鬼灯、脅えちゃってるから!」
「ふん、本能で俺の方が上だとしっかりと認識しているようだな」
そ、そうみたいだけど。何だかかわいそう。
「わかったのなら、早くどこかへ行け」
しっしと鬼灯が手をはらえば、小モノ妖怪たちがひぇ―――っと駆けていった。
「大丈夫、かな?」
「さぁ、鬼の居住区で暮らしている以上、肝は据わっているさ」
ふふっと鬼灯が微笑む。
「すぐにいつも通り遊び始める」
「そ、そうなんだ」
恐がっていたようだから、良かった。
「妖怪って、初めてみたから驚いた」
「そうか?叔父上のところには猫又もいるだろう?」
「え?」
猫又ーーねこの妖怪?
「しっぽが2本あるねこだ。探してみればいると思うぞ」
「う、うん!」
今度お父さんのところに行ったら、早速探してみよう。
また楽しみが増えてしまった。
「楽しそうだな」
「うん」
鬼灯とこうして街を歩くだけでも、とても楽しい。ドキドキも、するけれど。
「最後に菓子でも買っていくか」
「うん!」
鬼灯が示したのは、いろいろなかわいい菓子を扱うお店でみんなのお土産にいくつか購入したのだった。




