突然の訪問者
その方は、突然現れた。
鬼灯と共に、お茶をしていた穏やかな午後だった。鬼灯にお茶のお代わりを淹れてあげて、そうしてお菓子をつまんでーー
「あの、鬼灯」
そんな時、砂月さんが申し訳なさそうな感じで覗いてきたのだ。
「何だ砂月。今忙しい」
そう、鬼灯が容赦なくズゲシッと告げる。
「いや、明らかに和やかなティータイム中に見えるぞ」
その通りではあるのだけど。ひょっとしてお仕事が忙しかったのだろうか?
「篝を楽しむので忙しい」
「?」
それはどう言う意味だろう?お茶を楽しんでくれているということだろうか。
「相変わらずだなぁ、お前は」
「でも、砂月がそうまでしてくるなんて、急用かしら?」
と、氷菓の言葉を聞いて砂月さんが「実はーー」と口を開きかけた時。
「よぅ、鬼灯!元気か?」
と、砂月さんの影からひとりの青年が現れたのだ。群青色の髪に金色の瞳。何だか人懐っこい笑みを浮かべている。彼は、一体?
「今たいそう不機嫌になった。帰れ」
と、鬼灯が覇気をあらわにする。
「酷いなぁ。俺、こう見えても第2王子なんだけど」
彼が放った言葉に、私はビクンと肩を震わせる。お、王族?王族にはあまりいい思い出がない。
「あぁ、君が噂の篝ちゃんだね。俺は第2王子の鴇。鴇くんって呼んでね~っ」
ひらひらと手を振ってくる第2王子は屈託のない笑みを向けてくるが、ふるふると身体が震えるのは、長年にわたり刷り込まれた恐怖だろうか。
その時、温かな腕に抱き寄せられる。鬼灯の優しい腕が、急激に冷えていくように震える身体をゆっくりと温めていく。
「篝、大丈夫か」
「あ、えっと、そのっ」
「コイツは単なる幼馴染みだ。扱いは適当でいい」
「いや、ちょっと俺の扱い雑過ぎない?一応王子なんだけど。篝ちゃんもそんな硬く捉えないで。俺はあのバカ兄とは違うからさ」
―――兄。第2王子が言う兄とはひとりしかいない。第1王子。王太子の桃矢。かつて光子の婚約者だった男。その薄ら笑みを思い出すだけでも恐ろしくて、しょうがない。恐らく鬼灯が支えてくれなければとっくに倒れていただろう。
「勝手に篝の名を呼ぶな。嫌われてるのが分からないのか?帰れ」
「き、嫌っ」
そんなことはっ
感じるのは、むしろ恐怖で。
「嫌われてるのは慣れてるって。なんせ俺は側妃の子。毎日毎日正妃にもバカ兄にもゴミを見る目で見られてたからねー。幼い頃なんて王族の男児だったから命が危なくて鬼の冬宮家に預けられるほどだったしー。ま、そのおかげで鬼灯と幼馴染みになったんだけど」
なっ。その言葉に、思わず顔を上げれば。屈託のない笑みを浮かべ続ける鴇の顔があって。
「ご、ごめんなさっ」
何故か、その言葉がするりと出てきて、目尻に涙が浮かぶ。
「篝!?」
その瞬間、鬼灯が驚いたように目を見開く。
「殿下?いくら何でも篝さまを脅えさせて泣かせるなどと、殿方のすることですか」
氷菓が私の身体を支えてくれるのと同時に、鬼灯の腕がすっと離れていく。
「ほおずっ」
ハッとして名前を呼びかけたその時。鬼灯の手がぐわしっと鴇の顔面を捕らえていた。
「貴様ぁ―――っ」
地を這うような低い声と共に、鬼灯の身体の周りで毒々しいものが渦巻く。
「ひぇ―――っ!?ほんとごめんって!何でこうなるの―――っ!?」
「お、おい。鬼灯っ、落ち着けって。これでも一応殿下なんだから」
「お前も大概酷いぞ、砂月め。てか、助けて~~~~っ」
ひいぃっと小さな悲鳴を上げる第2王子は薄い笑みを浮かべ続けてはいるものの、ガクガクと震えて顔面蒼白である。
「ほ、鬼灯!や、やめてあげて!」
必死に声を絞り上げれば、鬼灯の手がパッと第2王子の顔面から外れ、第2王子がふらりと崩れ落ちる。
「篝さまを泣かせた罰ですよ~」
氷菓は飄々とそう告げるのだが。砂月さんは冷や汗を浮かべている。
「いや、氷菓も少しは止めろよ!」
「え、何故?」
にっこりと微笑む氷菓に、砂月さんが口ごもる。
「あ、あの。そのひと大丈夫?」
私が身を乗り出して告げれば、鬼灯がいつもの柔らかな表情を浮かべながらこちらに来てくれる。今までのアレはいったいどこに?と感じつつも、ふわりと優しい腕が私の身体を包む。
「もう大丈夫だ、篝」
いや、それよりも第2王子は。
「うぅ、篝ちゃんは優しいのぉ~」
何だかしゃべり方が古風になっているのだが。ずるずると身を引きずりながら座卓に辿り着く。私がお茶を淹れようとすれば、氷菓が代わってくれる。やっぱり王族だからお茶を淹れるのが上手な氷菓の方がいいのだろうか。
コポコポ
「えー、篝ちゃんが淹れてくれるんじゃないの?」
「篝さまのお茶を飲もうだなんて、片腹痛うございます」
え?それはどう言う意味だろう?
「厳しい。鬼灯のお宅での扱いがめちゃくちゃ厳しくなってるんだけど、何で?」
「昔からこんなだったろ」
「そうですわ。私の実家でも」
氷菓の実家ーーそう言えば、第2王子は氷菓の実家である冬宮家で預けられたと言っていたっけ。
「そ、その、そう言うことじゃなくて」
私は必死に弁解しようと口を開く。
「ご、ごめんなさい」
ついしゅんとしながら謝れば。
「貴様」
「殿下」
「俺もさすがに、なぁ?」
鬼灯と氷菓だけではなく、砂月さんまで口ごもりつつ第2王子をじっと見つめる。
「酷い~~~っ!俺の扱いが酷すぎる~~~~っ!!」
第2王子は悔しそうに額を座卓に打ち付けた。




