篝と鬼灯の朝
朝、柔らかな温もりを感じながら、すっと瞳を開ければ。
目の前にある男性物の着物にビクッとしつつも、そうだ、昨日は鬼灯と一緒に床に入ったのだったと思い出す。そっと顔を上げれば、そこにはキレイな顔ですやすやと眠る鬼灯が目に入る。
「―――っ」
じーっと見つめていれば、不意にすっと瞼が開き、思わず目を逸らせば。
「起きていたのか、篝」
優しく自身の名を呼ぶ声に、今日も今日とてドキッとしてしまう。
「お、おはよう」
「おはよう、篝」
朝の挨拶をするようになったのは、ここに来てからだ。何故かここに来てからは毎日が穏やかで初めてのことばかりだったが、ようやく慣れて、ーーきたのかな。
「もう少し、こうしていようか」
そう言うと、鬼灯がそっと腕の抱擁を強める。
「へっ!?」
びっくりして声を出せば、優しく髪を梳いてくれる鬼灯の指に身を委ねていれば。
「さ、そろそろ起きてくださいな。ーー変なことしてないでしょうね」
と、氷菓の声が聞こえ、鬼灯がムッとしているだろうなと思い思わず頬がほころんだ。
「もう少し堪能させろ」
「朝のお支度と朝食の時間が迫っておりますので、ほら、鬼灯さま」
「むっ」
不満げに口をとがらせているだろう鬼灯。だが、氷菓の言葉に渋々抱擁を緩め、むくりと身体を起こせば、私もそれに続く。
「さぁ、篝さま。朝のお支度をしましょうか」
「うん、氷菓」
「鬼灯さまには変なことされてませんか?」
「へ、変なこと?」
普通に、ふたりで寝ていただけなのだけど。
「そんなことはしない。まだ」
まだ?
「ならようございました。まだ嫁入り前なのですから御身は大事にしなくては」
「?」
「ささ、参りましょう」
氷菓に連れられ、顔を洗い、着付けをしてもらい髪を整えてもらえば。
「はい、完成ですね。とてもかわいらしいですよ」
「う、うん」
着付けてもらったのは鬼灯からたくさん贈られている着物のひとつ。
「あ、あの、本当にこんなにステキなお着物、着てもいいの?」
「えぇ、もちろんです。むしろ着てあげないとお着物がかわいそうですよ」
「う、うん」
春宮家にいた頃は考えられなかった、肌触りの良いステキなお着物。色は薄い黄色で袂や裾にはオレンジ色の鬼灯の模様がちりばめられている。
「まぁ、全力で所有欲を主張したお着物ではありますけどねぇ」
所有欲って、どういう?首を傾げていれば。
「まぁ、篝さまは気にされなくていいのですよ」
「う、うん」
氷菓がそう言うのならば。
朝食の席に案内されれば、既に鬼灯が準備を終えていた。いつもの落ち着いた色合いの着物。鬼灯の着物は無地が多いけど、きっと華やかな着物も似合いそうだと感じる。
「あぁ、篝。着てくれたのか」
「うん。氷菓が着付けてくれて」
そっと鬼灯の隣のお膳の前に腰をおろす。
「へ、変じゃない?」
「いいや、最高だ」
「えぇ、えぇ。所有欲満載の柄ですものね」
と、氷菓がそっと告げれば。
「悪いか」
「いいえ、別に」
氷菓がにっこりと鬼灯に笑みを向ける。
「あ、あのっ」
それはどういうーー
「篝はそのままでいい」
「篝さまはお気になさらず」
と、ふたりに言われてしまう。
「その、あ、ありがとう。鬼灯」
「構わない。他にも欲しいものがあれば何でも言うといい」
何でもってーー
「何かあるか?」
「そ、その、よくわからなくて」
ここでは、たくさんのものをもらいすぎて、本当にいいのかと戸惑ってしまうほどなのだ。これ以上だなんて。
「では、思いついた時に教えてくれ」
「う、うん」
そう頷き、お膳の料理に箸を伸ばす。
ご飯にしても、今までと全く違う。ふわふわで温かいお米に、温かくておいしいお味噌汁。サトイモの煮物や、焼き魚。
「美味いか」
「うん」
鬼灯の問いにこくんと頷けば、鬼灯がふわりと笑みを浮かべてくれる。本当に、夢のようだとまで感じてしまう毎日である。
 




