篝と鬼灯と寝室
本邸での夕食を終え、いつでも遊びに来ていいという言葉をもらって恐縮しつつ、本邸から帰ってきた私は、鬼灯にある場所に案内された。
「あの、ここは」
「あぁ、ここはな」
鬼灯が襖を開け放つ。そこはとても広い部屋で、大きなベッドが置かれていた。その他にもソファーテーブルが置かれたスペースまである。こんな豪華な寝室は、一体?
「俺たちの寝室だ」
「―――“たち”?」
聞き間違えかと思い、きょとんとしていれば。
「俺たち夫婦の寝室だ」
「ふうっ」
「いえ、まだ婚約中でしょう」
「しれっと持ってくな、お前」
後ろから氷菓と砂月の呆れたような声が響く。
「いずれ夫婦となるのだから、構わない。それに俺は、篝とくっついていたい」
「く、くっついて、いたい?」
それは一体どういう?
「―――安心するから」
不意にぎゅむっと鬼灯に抱きしめられれば、頬が紅潮するのと同時に、何だか安心する温もりが広がっていく。
「あ、あのっ」
「篝は、嫌か?」
「そ、そんなっ」
そんなこと、ないけれど。
「嫌ならいいんですよ。今までの寝室に帰りましょ」
「そうだぞ鬼灯。また灯可さまに頬つねられるぞー」
そ、それは、何だか容易に想像できてしまうのだが。
「い、嫌じゃ、ないけど。い、いいの?」
私で、いいのだろうか。
「篝以外にはいない」
「―――っ」
「いいか?」
「っうん」
こくりとゆっくり頷けば。
「では、早速湯あみにいたしますか。ほら、鬼灯さま。寝る準備をしますから離れて」
「む」
氷菓が急かせば、鬼灯がむっとするが、腕の抱擁を緩めてくれた。
「それでは待っている」
「う、うん」
こくりと頷き、私はひとまず氷菓に連れられて湯あみに向かうことにした。
***
湯あみを済ませて寝巻に着替え、先ほどの寝室に向かえば。
「あぁ、篝。待っていた」
襖を開ければ、早速鬼灯にぽふっと抱き寄せられる。この温もりが、段々と心地よく感じるのは気のせい、ではなさそうだけど。
「では、鬼灯さまが何かいけないことをした時は遠慮なくお申し付けくださいませ」
そう、氷菓がしれっと微笑めば。
「何だそれは」
「ふふふ、では私はこれで」
すでに砂月は上がっており、氷菓も一礼してその場を後にした。
「その」
どうしようかと迷っていれば。
「おいで」
鬼灯に手を差し伸べられ、自然とその手に私も手を重ねる。
ベッドは元のベッドよりも更に大きい。このベッドに、一体何人寝られるのだろう?
鬼灯に促されてベッドに身を預ければ。
「どうだ」
「ふ、ふかふかです。あ、あの部屋のベッドも」
「あぁ、篝を寝かせるんだ。全てにおいて最高のものを用意するのは当然だ」
さ、最高って。
「お、お金はっ」
「そのようなこと、心配するな。ほら」
鬼灯に抱き寄せるようにして腕を回される。そしてそのまま、髪を優しく梳いてくる。何だかその指触りが心地よくて、緊張していたはずなのにだんだんと眠気を誘ってくる。
「ほおずき」
ふと、鬼灯の名を呟けば。
「篝、俺の篝」
愛しそうに名前を呼ばれ、何ともいえない高揚感に包まれる。
ぬくぬくと身体が温まって、うとうとと眠気が襲ってくる。けれどやはり、この温もりは例えようもない安堵感を運んでくる。
いつしか私は、鬼灯の腕の中で眠りに落ちていたのだった。




