鬼灯の家族
本邸の回廊を進み、通された部屋にはふたりの男女とひとりの女の子が待っていた。
「来たか、鬼灯。掛けなさい」
そう、抑揚のない声で告げたのは鬼灯によく似た、いや瓜二つと言ってもいい男性だった。黒い髪に赤い瞳、そして黒い2本の鬼角。その表情は妙にすましていて、あまり表情筋が動いていない。ふとお父さんの言葉を思い出した。
「はい、父上」
そう、鬼灯が小さく頷く。やっぱり、この方が鬼灯のお父さんなのだ。そして私のお父さんのお兄さん。印象としては雰囲気がまるで違って、少し驚いた。
鬼灯に促されて、彼らの正面に並んで座る。
「―――」
「?」
そして鬼灯のお父さんーー私にとっては伯父さんは、じっと私を見つめてくる。な、何だろう?
「篝、か」
「は、はい」
「―――そうか。凜によく似ている」
お母さんにっ!そう言えば、昔はここで暮らしていたのだっけ。
「篝も、よく来た」
「は、はい」
つい、俯いてしまえば。のほほんとした女性の声が響いて思わず視線を上げる。
「まぁまぁ、緊張しないで。このひと、この通りむっつりで表情筋が死んでいるけれど、悪気はないのよ~。鬼灯もそっくりでしょう?」
表情筋が死んでいるって、確かお父さんも言っていたような気が。そう語った女性は赤紫色の髪に橙色の瞳、赤い鬼角を持つ女性だ。
「ほらほら、鬼灯。ちゃんと紹介しなさいな」
「―――わかっている、母上」
やっぱり、鬼灯のお母さん。私にとっては伯母にあたる方だ。
「俺の魂の伴侶である篝だ。今すぐ婚姻を結びたいが、叔父上からは婚約からだと言われた」
「―――そうか」
淡々と伯父が頷くが。
「まぁ、そりゃそうでしょうね。篝ちゃんも嫌になったらいつでも私に言って頂戴ね~。いつでもこっちに来てもいいのよ~?」
え、ここに来てもいいって?
「そんなことはあり得ない」
と、鬼灯がきっぱり言うものの、
「女心ですもの」
と、頬に手を添えて伯母がほほほと微笑む。確か氷菓も同じことを言っていたような。
「まぁ、とにかく篝。父上は鬼の長、そしてその夫人である母上、あと妹の杏子だ」
と、鬼灯が順番に紹介してくれる。最後に紹介してくれた杏子ちゃんは、赤紫色の髪を低い位置でツインテールにしたかわいらしい女の子だった。年齢は13、4歳だろうか。赤い瞳に、赤い鬼角を持っている。
「ちょっとお兄ちゃん。紹介が適当すぎない!?」
杏子ちゃんが不満げに口を開くが。
「は?悪いか」
鬼灯ったら、そんなぶっきらぼうにーー
「まぁまぁ、本当に父子そっくり」
伯母の言葉の意図することも分からなくはないのだが、鬼灯はいつも優しく微笑んでくれるしーーということは伯父も伯母には優しく微笑むのだろうか。何だか想像すると妙にほっこりとするなぁ。
「篝ちゃんも、遠慮なく“お義母さん”って呼んでね♡」
「えっ」
「だっていずれは義理の母娘になるんだもの。ねー、鬼灯」
「当たり前だ!」
お義母さんは鬼灯を乗せるのが上手い気がする。
「さ、篝ちゃんも」
「お、お義母さん?」
「きゃっ、かわいい♡」
私からしてみれば、お義母さんの方がかわいらしい気がするのだが。
「じゃぁ、私も“お姉ちゃん”って呼ぶ!私、こんなむっつりなお兄ちゃんじゃなくってお姉ちゃんが欲しかったの!」
と、杏子ちゃんが手を挙げる。
「あ゛?」
何故か鬼灯が圧を放っていた気がするが、杏子ちゃんが席を立って私の隣に来てくれて、にこりと微笑んでくれる。
「うん、よろしくね」
妹ができるというのは、こういう感じなのだろうか。何だか嬉しいな。
杏子ちゃんと微笑み合っていれば、やがて料理が運ばれてきた。
「さぁ、篝ちゃん。たくさん食べてね」
「篝、取り分けてやる。何が食べたい」
「あの、それを」
「わかった」
美味しそうなサラダを鬼灯に取り分けてもらい、口に含めば、想像通りみずみずしくて食感も楽しくてとてもおいしい。
「お姉ちゃん、これもおいしいよ」
杏子ちゃんに果物をとってもらい口に含めば、甘酸っぱくてとてもおいしい。
「杏子、あまり篝を独占するな」
「お兄ちゃんったら、これくらいいいじゃない~っ!」
杏子ちゃんは不満げに口を尖らせる。
「あの、私大丈夫だから」
「いや、むしろ大丈夫じゃないのはお兄ちゃん?」
それはどう言う意味なのだろう?首を傾げていれば。
「篝」
「は、はい」
鬼灯のお父さんに呼ばれてハッと顔を上げる。まずいことでもしてしまっただろうか。
「―――お義父さんでいい」
え??
「あらあら、その話題、もう結構前に過ぎたわよね」
と、お義母さん。
ま、まさかの呼んでもらいたかっただけ??
「お、お義父さん」
そう呼べば、何となくお義父さんの頬が桃色に染まった気がした。
それにしても、最近は鬼灯のお屋敷でふたりで食べているし、今まではひとりで食べていたから、みんなで食卓を囲むのは初めてで、何だか少し嬉しかった。




