叔父と甥の攻防
「こうして篝と一緒にお茶を飲めるなんて夢のようだね」
「―――うん。お父さん」
お父さんとの会話は最初は緊張したものの、のんびりとした穏やかなその風貌はゆっくりと緊張をほぐしていく。
「俺もいるが」
反対に何故かムッとしている鬼灯の頬を、何故かお父さんがまたビッと引っ張る。
「全く誰に似たんだか」
「いひゃい」
「お、お父さん、痛いかもっ」
と、止めようとしたのだが。
「大丈夫だよ。鬼って丈夫だから」
そう言う問題なのだろうか。でも、頬を引っ張っていた指は放してくれた。
「もしこの子とケンカした時は、いつでもここに来ていいからね」
「えっ」
「俺と篝はケンカなどしない」
「女心は分かりませんわよ?おほほっ」
「うっ」
氷菓がニコニコと告げれば、鬼灯の肩がビクンとなる。
私も、ケンカはせずに仲良く過ごしたいーーと思うのだけど。
どう声を掛けようか迷って黙っていれば、不意にお父さんの手が私の頭にぽふっと乗っける。
「ここは篝の実家なんだから」
「私の、実家?」
春宮家にいた頃は、“実家”と言う認識はなかった。ただ、生かされている場所。それだけ。だから実家と言う響きはとても羨ましかった。
「そうそう。にゃんこもいるし、癒されるでしょう?」
「う、うん。ねこ、かわいい」
暫く座っていれば、自然と集まってくるねこたちは確かにかわいい。ふわふわしていて気持ちよさそうで、仕草もかわいらしい。
「だから篝はいつでもここに帰ってきていいからね」
私の、帰る場所。帰る場所ができるというのは、何だか温かくて、嬉しい。
「うん、お父さん」
「む。俺の屋敷だって篝の帰る場所だ」
「いいじゃない。ぼくは篝の父親なんだし。親の特権のようなものかなぁ?ね?」
「ぐっ」
鬼灯が悔しそうに拳を畳に打ち付ける。
「ほ、鬼灯!?」
「篝さまは放っておいていいですよ?全くもう」
氷菓がそう言うなら、いいのかな?
「あぁ、そうだ。篝さまは文字は読めましたよね」
「うん」
春宮家は使用人も最低限の読み書きが必要とされたから、それだけは教えてもらえたのだ。だからこそか、時間のある時に氷菓が持ってきてくれた本などを読むことができた。
「灯可さまにお勉強を教えていただいたらどうでしょう?霊力の使い方なども一緒に学べますでしょう?」
“灯可”というのが、お父さんの名前らしい。
「それは」
私がハッとしてお父さんを見れば。
「うん、もちろんだよ。それじゃ、日中はウチにお勉強しにおいでね。鬼灯は日中お仕事あるでしょ?篝のことはぼくに任せてね?」
「うぐっ、断りづらいっ」
鬼灯が悔しそうな表情をする。一方で氷菓は涼しい顔で微笑んでいる。
「灯可さまは鬼灯さまの子どもの頃にも、お勉強を教えていらっしゃったのですよ」
そう言うことは、お父さんは鬼灯にとっても先生なのか。
「ふふふ」
「うふふふふ」
「わかった。わかったから。明日から日中は、任せる。だが、俺が仕事の時だけだ」
「はいはい」
くすくすとお父さんが苦笑する。お父さんにお勉強を教えてもらうのは、楽しみだ。それに今までないと言われていた霊力も、正直どうすればいいかわからない。お父さんに教えてもらえるのなら安心できる。鬼灯も納得してくれたし。
明日から楽しみである。
『鬼灯』
みんなで話をしていたら、不意に襖の奥から鬼灯を呼ぶ声がした。
「砂月か。入れ」
さづき、さん?襖が開くと、そこにはガタイのいい煉瓦色の髪の青年が跪いていた。
「篝、あれは俺の従者の砂月。小間使いだと思えばいい」
「えっ」
「ひでぇ言い草だな!変なこと吹き込むな!」
途端に威勢よく鬼灯に言い返した砂月にビクンとなれば、不意に氷菓が何だか恐い笑みを浮かべているのが見えた。
「そ、その。驚かせる気はなくてだな」
「い、いえっ」
ガタイのいい鬼だけれど、纏う雰囲気は柔らかいひとだと感じた。
「それで、砂月。何の用だ」
「つっめたっ!もう少し篝ちゃんと話したっていいだろうが」
「ダメ」
「ケチ!」
「ふんっ」
何だろう、この争い。
「篝さまは気にしなくていいのですよ?」
「そうそう」
氷菓とお父さんがそう言うなら?
「鬼灯、長が呼んでる」
「―――ったく。わかった。行く。篝、少し外すが、ここでゆっくりしていてくれ。叔父上もその気だろう」
「うん、もちろん」
お父さんが頷く。
「それじゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振れば、鬼灯が振り返してくれる。いつの間にかそう言える存在ができていたことに驚きつつも、何だか満たされるものを感じた。




