篝とお父さん
「まず、ここから見える母屋が鬼の長が暮らす本邸だ。俺はもう成人しているから、父上にこの別邸をもらって暮らしている」
「うん」
鬼灯と移動しながら、敷地内の説明を受ける。しかしこの区画だけでも広大な鬼の長の一族の土地のごく一部と言うのだから、迷子になったらどうしようと今からでも不安である。
後ろからは氷菓が目を光らせながら付いて来てくれるので安心ではあるのだけど。
「そしてこの屋敷の隣の邸に叔父上が住んでいる」
「私の、お父さん」
「そうだ」
どうしよう。急に緊張してきた。
「どうした、篝。恐いか?」
「お父さんは、私のことをどう思っているかなって」
もし、私が春宮家で暮らしていたころのようにいらない子だったら、役立たずと言われたらどうしよう。
「叔父上は、篝にとても会いたがっている」
「私、に?」
「俺と篝が魂の伴侶であることは知っているから、表面上は俺の意思を尊重してくれたが、実際は早く会わせろと無言の圧を笑顔でかけてくるひとだ」
―――む、無言の圧って。
お父さんは、コワモテなひと、なのだろうか。
「だから大丈夫だ。叔父上にとっては、篝は大事な娘だよ」
「私が」
お父さんにとっての大事な、娘。何だかそれを聞くと少し安心してきた。
「ここは本邸を中心に移動がスムーズになるよう、回廊で繋がっている。このまま行こう」
「うん」
「疲れたら俺が抱っこするから言ってくれ」
「えっ!?」
それって、湯殿に行ったときのような、お姫さま抱っこだろうか。
「鬼灯さま。あまり調子に乗ると叔父上に怒られますよ」
「調子になど乗っていない」
氷菓の苦言に鬼灯がムッとしながら私の腰を抱き寄せる。
「あ、あのっ」
「ほら、調子に乗ってすぐイチャイチャしようとするでしょう」
「い、イチャっ!?」
氷菓の言葉に、思わず頬が紅潮する。い、イチャイチャだなんてっ。面と向かって言われたら恥ずかしくなる。
「少しくらいいいだろうが。ほら、篝。行こう」
「う、うん」
「全く」
氷菓の仕方がないというため息が聞こえる中、私は鬼灯にエスコートされるようにして、お父さんの邸にやってきた。
「にゃーぉ」
「ねこ?」
不意に鳴き声が聞こえて足元を見れば、そこにはふわふわのにゃんこが1匹、2匹、3匹ーーもっといる。
「叔父上は猫好きだからな。凜さんも好きだった」
「お父さんと、お母さんも」
それでこんなににゃんこがいるんだ。触ってみたいという衝動にかられながらも我慢し、鬼灯と共にお父さんがいるという部屋に通された。氷菓ももちろん後ろから付いて来てくれる。
通された部屋には、鬼の男性がいた。
アッシュブラウンの髪に橙色の瞳、そして黒い角を持つ優しそうな男性。
「叔父上、篝を連れてきました」
そう、鬼灯が告げると、男性がすっくと立ちあがり、こちらに歩いてくる。
「篝、ずっと会いたかった」
そして男性ーーお父さんが私を抱きしめてくれた。
「お、父さん?」
「そうだよ。よく会いに来てくれた。本当はもっと早く会いに行きたかったのだけど」
そう言うとお父さんはそっと抱擁を緩め、鬼灯の方を見やり指を伸ばす。
むにっ
次の瞬間、お父さんの指が鬼灯のほっぺたをむにっとつまんでいた。
「いひゃい」
「あ、あの、お、お父さん」
「いいの、いいの。全くこの甥は溺愛症が過ぎて、全く会いに来させないのだから」
そう言ってにこにこと微笑みかけるお父さんに、鬼灯が微妙な視線を向ける。ようやくほっぺたを放してもらった鬼灯は、ひりひりとしてそうな頬を掌で撫でながら不満げにお父さんを見上げる。
「まぁ、とにかく座って」
そう、お父さんに促され、渋々鬼灯が腰掛け、私と氷菓も続いた。




