魂の伴侶
「春宮家は、長年にわたり篝の霊力を無断で使用し、虐げ、そして春宮家と城の結界維持のために利用してきた」
「わ、私の霊力?私は、霊力なんて」
ない、役立たずのはず。
「篝には霊力がある。今はこの腕輪で抑えているが、確実に」
そう言うと、鬼灯は私の手首に嵌められた腕輪に手を伸ばす。鬼灯からもらった腕輪が私の霊力を抑えている?そして、私は霊力がない役立たずじゃなかった?
更にはその霊力を春宮家が無断で使用してきただなんて。
「更に春宮家は陛下をたばかり、王城の結界が消失したことを奏上せず、王太子に怪我を負わせた罪もある」
王太子ーーいつも光子の隣で、苦しむ私をせせら嗤ってきた、嫌なひと。
それにーー
「結界が消失って」
「篝が、春宮から脱出したからこそ、結界が消失した。それにより、篝の霊力を利用できなくなったからだ」
「私の、霊力」
あの日、あの時、脱出を決意した。私は春宮家を脱出して、鬼灯に助けられた。
「どうして、私を助けてくれたの?」
「偶然だった。けれど、それは魂が導いてくれた奇跡だと俺は思っている」
「魂?」
「あぁ、その話は、おいおいな」
そう告げれば、鬼灯は続きを話し始める。
「その他にも、篝の母である凜さんを脅し、夏宮家を脅して不当に夏宮家を吸収し、篝を産み落とした凜さんを亡き者にした挙句、夏宮家やその他の分家を違法に虐げ、酷使した」
―――私のお母さんは春宮家によって殺されたのか。
春宮家は、あのひとたちは私の霊力を勝手に利用して奪い、そしてお母さんまで奪っていた。使用人よりも酷い扱いを受けていたが、そんなひとたちが私を娘としてあの場所で生かしていた。何だかぞっとする。
「更には霊力の高い平民を攫い、金で買い、違法に春宮家に監禁した罪もある。彼らは全て解放したが、霊力が強い以上元の土地に戻せばたちまち妖怪たちの餌食となる。だから彼らを故郷に戻すことはかなわない。彼らは夏宮家の管轄の元、引き続き退魔師の一族として暮らしていくことになる」
私の他にも、たくさんのひとたちが春宮家に人生を狂わされてきたんだ。
「だからこそ、春宮家の当主夫妻、長女の光子は即日処刑が決まった。朝一と言っていたから今頃執行されていることとだろう」
あのひとたちが、光子が、処刑。
「そのほかの春宮家の退魔師、使用人たちもみな裁きを受ける。牢から出ることは一生ない。篝、篝を脅かすものはない」
まるで、私のためにやったかのような言い方。でも、そんなわけはない。どうしても自分が鬼灯にとって特別なように感じてしまう。でも、違う。鬼灯はきっと、誰に対しても優しいのだと思い直す。
「篝」
ふわりと、鬼灯が私を抱きしめる。
この温もりを感じる度に、何故か妙に安心してしまう。
「もう何も心配することはない。篝は、俺の特別なのだから」
ーー特別。鬼灯の?
「どうして?」
「魂の伴侶と言うのを知っているか」
鬼灯が抱擁を緩めて、私の瞳をまっすぐに見据える。“魂の”って、さっきの話?
「ううん」
「力の強い鬼は、その力故に番う伴侶を選ぶ。誰でもいいというわけではない。魂が、波長が合うものとしか番うことができない。自らが安らげる存在、それが魂の伴侶と呼ばれている。力の強い鬼はそれを察知し、そして魂の伴侶は引き合う。俺と篝がこうして再会したようにな」
「私と鬼灯の出会いが」
ーー運命、だったっていうことなのだろうか。
そして鬼灯は、
「力の強い、鬼、なの?」
「まぁ、これでも長の息子だからな。この国の鬼の中では父上に継いで2番目だろう」
「えっ」
まさか、鬼灯が鬼の中でも最も力が強く、高貴であると言われる鬼の長の一族だったなんて。
「だから、俺の魂の伴侶は篝、お前だ」
「どうして、どうして私なの?」
何故、私が選ばれたのか。
「俺にとっては篝の全てが心地よい。声も、身体も、篝の温もりも、笑顔も、全てが」
そう言って、鬼灯が私の頬にそっと手を添える。
「それが魂の伴侶と言うものだ。篝は俺といて、不満か?」
「そ、そんなことはっ」
思わずドキンと来てしまう。不思議と、鬼灯と一緒にいると心がドキドキするのに落ち着くような奇妙な感覚に襲われる。けれどそれは不快なものではなかった。
「わ、私と鬼灯は、昔会ったことがあるの?」
ここへきて、いつも見る夢。幼い鬼灯が私を呼ぶ声。
「あぁ、凜さんは、昔ここに、鬼の長の屋敷に住んでいたからな」
「えっ」
どうしてお母さんが?
「篝、篝は父親に会いたいか?」
「お父さん」
お父さんに、会えるの?
「生きてーー」
「もちろんだ。篝の父親は鬼の長のーー弟だ」
なっ。ということは、私は鬼灯のーー
「従兄妹?」
「そうなる。そして篝は、人間と鬼の混血だ。鬼にとっては平均より上の霊力だが、だからこそ人間たちが羨む霊力でもある」
それを春宮家がお母さんやその家族を脅して利用していた。
そして私の中に、鬼の血が流れている。
「そして凜さんは、家族を人質に脅されてこの屋敷を自ら去ってしまった。身重の身体でな」
それはつまり、私を妊娠している時に。
「凜さんがこの屋敷を去るまでは、俺はいつも篝に会いに来ていた。篝が凜さんのお腹に宿った時、俺は既に篝が魂の伴侶だと気が付いていたから」
「鬼灯、が」
あの夢は、私がお母さんのお腹の中にいる時に、鬼灯が呼びかけていた時のものだったのだ。何故そんな夢を見たのかはわからなかったが、何故かそれを聞いて、じんわりと心が熱を帯びるのがわかった。
「篝、再び会えて良かった」
「うん」
私も、鬼灯に会えて良かった。
「無理はしなくていい。だが、篝は父親に会いたいか?」
鬼灯が再び私に問うてくる。
「―――会って、みたい」
お父さんが私をどう思うかはわからないけれど、鬼灯が一緒なら何故か大丈夫、そんな気がしたから。




