篝と朝の衝撃
「―――り」
誰かが呼んでいる。
また、この夢。
「篝、早く篝に会いたい」
幼い声。でもこれは鬼灯のーー
「俺の大切なーー」
大切な、何?
―――
そしてハッとして目を開ければ、何か温かいものに包まれている。これって、ひ、ひと肌!?
驚いて顔を上げれば。
すやすやと寝息を立てる鬼灯の寝顔がある。
なっ、ど、どうして!?何で鬼灯に抱きしめられているの!?訳が分からずパニくっていれば。
「ん、う~ん」
鬼灯がゆっくりと瞼を開ける。
「あぁ、篝。起きたのか」
「―――う、うん」
ど、どうしてこんなことに。
「おはよう、篝」
ごく普通に挨拶をしてくる鬼灯に、思わずきょとんとしていれば。
「どうした。まだどこか傷むか?具合が悪いのか?」
と、真剣な眼差しを向けられてしまう。
「う、ううん」
むしろ最近はすこぶる体調がいい気がする。今までは物凄い疲労感に襲われているのが普通だったのに、今では毎日すっきりとした気分で目覚めるのだ。
「なら、良かった」
バクバクと早まる鼓動を抑えようと必死な私に対し、鬼灯の言葉には余裕すら感じられる。そしていつもの変わらぬ優しい微笑みをくれるのだ。
「鬼灯、な、何で私の隣で」
さすがに抱き着いているの、とは聞けまい。
「うん、やはりここが一番落ち着く」
ここって、このベッドの上ってこと?やはりこのベッドは使ってはいけないものだったのだろうか。
「わ、私、すぐにおります」
「何故?もうしばらくこうしていたい。篝とくっついていたい」
わ、私と、く、く、くっついていたいって、一体どういう意味!?
頭の中が完全にごちゃまぜになってぐるぐると視界が歪む。こ、この状況は、一体どうしたらーー
何が何だか分からずあくせくしていれば、思わぬ救世主の声が響いた。
「鬼灯さま。何をしておいでですか?」
「氷菓!」
氷菓が来てくれたことが嬉しくて思わず振り返れば、笑顔なのに何故か迫力のある氷菓の顔があった。
「鬼灯さま。朝から何をしておいでで?いつの間に潜り込んだのですか」
「別にいいだろう。ひとつことが片付いたのだから」
片付いたって、一体何のこと?
「だからって」
「だから俺は、遠慮なく篝を愛でる」
め、愛で、愛でる!?何故!?
「何故篝さまの隣で、しかも抱き着いて寝ていらっしゃるんですか!」
うぅっ。それは真実で、私も疑問に思っていた。鬼灯から聞こえてきた答えもよくわからないしーーでもその事実をはっきり言われるとそれはそれで恥ずかしい。
「いいだろう。篝は俺のーー」
鬼灯の、何?
そこまで言うと、氷菓がぐっと押し黙る。
「とにかく、篝に話しておかなければいけないことがある」
そう言うと、鬼灯は私を抱きしめる腕の力を緩め、むくりと上体を起こした。私ものそのそと上体を起こせば、氷菓が仕方がないと、溜息をつく。
「では、私は朝食の準備をしてまいります。ですが、くれぐれも変なことはなさいませんよう」
「す、するかっ!」
鬼灯は何故か頬を赤く染めて氷菓に告げるが、
「いいえ、もうやっちゃってますでしょ」
もうやっちゃってるって、明らかにーー
私の隣で、だ、抱きしめて寝ていたことだよね。
「忠告は、しましたからね」
「う」
氷菓の強い言葉に、鬼灯が押し黙る。
「篝さまも、変なことをされたら遠慮なくお呼びくださいませね」
そう、氷菓がにっこりと微笑めば、自然とこくりと頷きを返してしまった。
氷菓が朝食の準備に向かえば、再び寝室に沈黙が降りる。
ど、どうしたら、いいのだろう。
「篝」
考えあぐねていれば、頭上から優しい声が私の名前を呼ぶ。
「ほ、鬼灯」
「あぁ、篝。篝に話しておかないといけないことがあるんだ」
さっきも、そう言っていた。一体、何だろう。
「篝は、本当の両親のことをどれだけ知っている」
本当の、両親??
今まで感じていた、奇妙な違和感。私のこの髪の色は、瞳の色は、一体どこから来たのか。その答えと、鬼灯の言葉が示すものはーー
「もちろん、春宮家のゲスどものことではない」
「あ、は、春宮の、こと」
鬼灯は、知っていたのか。
そりゃぁ、身元の分からぬ私を、無条件でここに置くわけがない。きっと調べたのだろう。
「俺は篝のことならば、何でも知っている。そう、不安がることはない」
「う、うん?」
私のことを、何でも?どうして鬼灯が?
「何か、聞いているか」
「い、いいえ」
ずっとずっと感じてきたこと。そして、知りたかったこと。鬼灯はどうしてその答えを知っているのかわからない。けれど、聞いてみたい。
「そうか。まず、これを」
鬼灯が手渡してきたのは、青い宝石のついたネックレスだった。
「これは?」
「篝の産みの母親の遺品だ」
母の、遺品。心の中では何となくわかっていた。私の母は、もうこの世にはいないこと。
「篝の母親の名は、凜さんと言った。彼女は夏宮家の生まれで、現当主の妹にあたる」
「夏宮ーー春宮家の分家?」
だと、聞いたことがある。
「あぁ、だがもう分家ではない。あの家は春宮家に理不尽に吸収された分家たちを纏めて、この国の退魔師の一族を引っ張っていくことになる」
「じゃぁ、春宮家は?」
どうなるのだろう。とてもではないがあの強欲な当主夫妻と光子がそれを許すとは思えない。
「春宮家は、もうこの世には存在しない。全て壊滅した」
「え」
それって一体、どういうこと!?




