真実の愛を見つけたので君との婚約は破棄させてもら……あれ、おかしいぞ?
初投稿です。
婚約破棄物を読むのが好きで、書いてみたくなりました。
タイトル詐欺です。
エイル国立高等学園は、毎年恒例の卒業パーティーの真っ只中であった。
今年は王位継承権第一位のアルフレッド・エル・エイル王子と、そのご学友である騎士団長の子息ブラボレイ・バートン、宰相の子息チャールストン・クリス、宮廷魔術師長の子息デルタロイ・デイ、王家専属医術士長の子息エコーレリア・アーリィの五人が卒業するとあって、例年よりも盛大に、豪華に、豪奢に祝われている。
隣国の王族が留学生として勉学に励んでいたこともあり、招待客の中には他国の重鎮が見受けられる。
卒業後にアルフレッド王子の王位継承が確定するとの噂もあり、招待客の歓談のタネは第二王子アグレシオ派閥の今後と乗り換えに終始していた。
しかし、卒業生の中では別の話題が占めていた。すなわち、五人の婚約者との不仲説である。
それぞれ婚約者がいるにも関わらず、位の低いグローリア・ゴルフ男爵家令嬢と親密な関係を築いていると噂になるほどであった。
かの令嬢はゴルフ男爵が妾に産ませた子で再婚の際に引き取った、元平民の少女であった。貴族らしくなく活発で、お淑やかさとは真逆に位置する彼女は、エイル国立高等学園に入園してもそのあり方を変えなかった。
そこに惹かれたのだろうと、ある者は言う。豊満な彼女の肉体に溺れたのだとある者は言う。
曰く、裏庭で抱き合っていた、空き教室でキスしていた、果ては連れ込み宿で一夜を明かした、など。
王族やその側近ともなれば醜聞など以ての外、優秀であると評判の彼らがそのようなことをするはずがないと、誰もが思っていた。
しかし、婚約者らが誰のエスコートも受けず入場したころから、噂は事実であったのではないか、婚約を解消しゴルフ男爵令嬢が次期王妃になるのではないかと、そこかしこで話されていた。
何も証拠も証言もないただの予想ですらない妄言の類が、パーティーが進むにつれもはや知らない人はいない状況になっていた。
居た堪れないのは婚約者達である。晴れの舞台でエスコートされないだけならまだしも、根も葉もない噂の的となり、好奇の目にさらされているのだ。
気丈にも胸を張り、毅然とした態度を崩さないのは淑女の鑑と評された彼女らの最後の意地であったのかもしれない。
アグレシオ第二王子や留学生の他国の王子らが気遣うも、無理をして笑顔を浮かべているのは明白だった。
だが、それもアルフレッド王子らが入場するまでの間。
「アルフレッド第一王子、ご入場!」
本来はパーティーの始めからいなければおかしい王子のあまりにも遅い入場。そろそろダンスが始まろうという時に現れた第一王子と側近らは、予想外の、あるいは予想通りの女性を連れていた。
すなわち、グローリア・ゴルフ男爵令嬢である。
招待客は訝しげに、卒業生は何かが起こると確信し、頭を下げた。
アルフレッド第一王子は、本来のパートナーではないゴルフ男爵令嬢を完璧にエスコートし、式場の中央に向かった。
ため息をつくアルフレッドの婚約者アルシェイラ・アレン、兄のまさかの行動に天を仰いだアグレシオ第二王子の口は人知れず弧を描いていた。
側近の四人の婚約者も動揺し目眩を起こす者もおり、介抱する留学生もまた、笑みを浮かべていた。
「我が学友たちよ、卒業おめでとう。この記念すべき日を皆と祝えること、本当に嬉しく思う」
アルフレッド第一王子の声は威厳に溢れ、式場の隅々まで届いた。その様は次期国王に相応しいと評判通りだが、しかし、現在の彼の行いは紳士として、王族としての行動とは言えず目を細めて見てしまう。
「招待客の方々、遠路はるばる我らの門出に祝福に駆けつけていただき感謝申し上げる」
これは本当に同一人物なのか。
ざわめきが広がる中、意に介さず第一王子は言葉を続ける。
「さて、私がこのような登場をしたのにはわけがある。皆にその証人となってもらおう。アルシェイラ・アレン公爵令嬢、前へ」
来場客全員へ語りかけていた第一王子は、入場して初めて婚約者へと視線を向けた。
だが、その冷たい視線は婚約者へ向けるものではない。例えるなら仇敵への視線。
毅然とした態度を崩さぬアルシェイラは、いつの間にやら空間となっていた会場の中央に歩み出る。その後ろにアグレシオ第二王子が付き添う。
「お呼びでしょうか、アルフレッド様」
「うむ。アルシェイラ、貴様と取り巻きの者どもが我が友人グローリア嬢へと行った嫌がらせの数々、すでに明白である。申し開きはあるか?」
実に堂々と、私こそが主役であると言わんばかりの問いかけ。まるで演劇のクライマックスかのよう。
誰もアルフレッドの左手の小指が痙攣するのに気づかない。
卒業生、招待客の視線が集まる中、やはりアルシェイラは胸を張り、堂々と応じた。
「覚えがありません。嫌がらせとは、具体的にどのようなことでしょう」
「知らぬと、そう言うのだな」
「一向に」
「正直に答えれば猶予を与えるところだったが、仕方ない」
アルフレッドの左手が痙攣する。
アルフレッドが手を挙げると、後ろに控えていたチャールストンが前に出て、懐から取り出した紙を読み上げる。
「一つ、グローリア嬢のテキストへの損壊。一つ、グローリア嬢の母の形見であるネックレスの盗難。一つ、歩いているグローリア嬢へ大量の水を落とす。一つ、グローリア嬢のみ茶会の場へ誘わない。そして、グローリア嬢を階段から突き落とす。これらが調べで判明したことです」
シンと会場が静まり返る。
それが確かであれば問題ではあるが、チャールストンの言のみではアルシェイラが関与しているかは判明しない。
グローリアの級友である卒業生たちは、それらが実際に起こったことであることを知っている。しかし、どれも証拠、証言ともに見つからなかったものだ。
それがアルシェイラ、もしくは彼女の友人らが関与したと証拠が現れたというのか。
全員が固唾を呑んで見守る中、アルシェイラは気丈に反論した。
「それらが起こったことは知っていますが、そのどれにも私や友人は関わっておりません。また、お茶会はごく親しい人のみの場です。私とゴルフ男爵令嬢はさして親しくはありません」
「恍けるのだな。お前や取り巻きどもが犯行を犯しているところを見た者がいるのだぞ?」
「取り巻きではなく友人です。私も友人も、誰一人としてそのようなことは行っておりません」
「父祖にかけてか」
「国祖にかけて」
アルフレッドの左手は力強く握られている。
エイル国において、祖先にかけて誓うことは最上級の宣誓である。ましてやアルシェイラの様に国祖に誓うのは、国家転覆を企てた犯罪者が裁判で宣誓するレベルである。
仮に破ればいかなる立場の者であっても、いかなる理由があったとしても爵位を剥奪され、国外追放となるか死刑のいずれかと法で決められている。
それほどまでにアルシェイラは無実を主張した。
裁判ならば司法が調べて証拠固めをするのが通常であるが、この場では行われることはなかった。
「ならば仕方ない。優しいグローリアは謝れば水に流すと言っているのだが」
「アルシェイラ様、私はただ、一言謝ってほしいだけなのです」
「ゴルフ男爵令嬢。私はあなたに名前で呼ばせることを許可した覚えはありません。そして、あなたに謝るようなことをした覚えもありません」
アルフレッドは左手を目に見えて震わせているが側近の者は誰も気づかない。ゴルフ男爵令嬢もアルシェイラへの糾弾に夢中であった。
対面するアルシェイラや友人ら、さらには聴衆もその異様な様に気づく。
しかし、アルフレッド本人が意に介さず、大げさに、演技のようにアルシェイラに指を突きつける。
「他の者も同意見か? 我が友人らの婚約者である。今ならばさして罪には問わぬと約束しよう」
「バレリア・ベイ、私はゴルフ男爵令嬢への嫌がらせをしておりません」
「バレリア、さっぱりした女だと思っていたが、他の女と同じか」
「クリエラスタ・クーリ、同じく。法に触れることもモラルに反することも行っておりません」
「クリエラ、あなたが平気で嘘をつける女だとは思いませんでした」
「ディアレイシス・ドナ。真実看破の魔法をかけてもらって構いません」
「ディー、あなたならば誤魔化せることはわかっています」
「エリーメイア・イラ、医神にかけて否認します」
「エリー、なにがあなたをそこまで変えてしまったのですか」
よくよく見れば、アルフレッドの友人四人も左手を震わせていた。しかし、本人たちはそれに気づいていない。
これは何かがおかしいと、誰もが思っていた。気づいていないのは式場の中心にいる六人のみ。
勝ち誇ってアルフレッドの腕にしがみついたゴルフ男爵令嬢は、そこで初めてアルフレッドの左腕が震えているのに気づく。
そして、アルシェイラと友人も気づく。左手の意味を。
「よく言った。ならばアルシェイラ・アレン公爵令嬢。そして取り巻きの令嬢どもよ。父王の許しはいらぬ。この場で沙汰を申し付ける。貴様らはっ」
今まさに指を突きつけようとしたアルフレッドの動きが止まる。アルシェイラが左手の小指を見せたからだ。
左手の小指。エイル国に住まう者は貴族平民問わず、幼い頃に誰もが聞かされたおとぎ話。その愛の物語に登場する約束の証。
友人の令嬢らも左手の小指を突きつける。それは聖印をもって悪魔を祓う仕草にも見えた。
「きさ、まらは……国外つい、ほぐっ!」
「アルフレッド様!?」
何かを告げようとしたアルフレッドの口を、アルフレッド自身の左手が押さえる。がちんと歯が噛み合う音が式場中に聞こえるほどの強さで、力いっぱいに。
まるで左手がアルフレッドの意思に反するようであり、右手で左手を剥がそうとする様は奇行そのもの。
だが、誰もが笑いはしなかった。異様なことが起きているのは誰の目にも明らかだ。
同時に、アルフレッドの友人らの左手にも異変が起きていた。
ブラボレイは右手を、チャールストンは首を、デルタロイは頭に向けようとする左手を右手で抑え、エコーレリアは床に左手を付き右手で引っ張っていた。
「ブラボレイ、負けないで!」
「チャーリー、首は息が詰まるわ。もうちょっと下になさい!」
「デリー、魔力を集中させて!」
「エコー、斬新な土下座ね」
心配しているのだかよくわからない声援もあったが、何かに抗う彼らはその声援に力をもらったようだった。
「アルフレッド様、左手を離して! そして言ってやるのよ、あいつらに!」
「アルフレッド様、信じております。あなたを、誰よりも聡明で正しくあろうとしたあなたを!」
ゴルフ男爵令嬢がアルフレッドの左手を引き剥がそうとし、アルシェイラが祈る。そして、
「ぐ、がっ……ごぶぁっ!」
「アルフレッド様!?」
アルフレッドの左手が力の限り顔面を打ち抜いた。
「っぐ、いってえ、けど! デルタロイ、ドナ嬢、広域解呪を!」
「ぐ、ぬぅ……了解、です」
「行くわよデルタロイ、ディスペル!」
デルタロイとディアレイシスが魔力を放出。式場中に魔力が行き渡る。
そして、誰もが頭から霧が晴れるのを感じていた。
「あ、あれ? なんで俺は面白い見世物だなんて思っていたんだ?」
「あの人たちがそんなことをするわけないのに。そんなことを喜ぶ私じゃないのに」
解呪の魔法を受けた卒業生も招待客も、面白い見世物が始まったなどと考えていた自分に気づく。全く以て笑い事ではないのに楽しんでいたことに違和感を覚えた。
「よし、動ける。ブラボレイ、ベイ嬢と共に式場封鎖。蟻の子一匹通すな!」
「お、おう。バレリア、来い!」
「偉そうに、あんたが付いて来なさい!」
「チャールストン、クーリ嬢と他国の客人に事情説明」
「了解です。クリエラ、不甲斐ない僕に力を貸して下さい」
「いつものことよ」
「エコーレリア、イラ嬢、会場の飲食物の検査を」
「わかりました。エリー、カバンは?」
「持ってきてるわ。あなたの分もね」
アルフレッドは正気に戻ったと同時に指示を出す。さらに先程まで自身にしがみついていたグローリア・ゴルフ男爵令嬢の腕を捻り上げ、拘束する。
紳士的とは言い難いが、事は一刻を争うのだ。
「痛っ、痛いですアルフレッド様!」
「すまないが、緊急事態だよゴルフ男爵令嬢」
「アルフレッド様」
「シェイラ」
アルシェイラがハンカチを持って歩み寄り、そこで初めてアルフレッドは自身が鼻血を出していることに気づいた。
「ごめんな、シェイラ。かっこ悪いな、俺」
「いいえ。あなたは誰よりもかっこいいです」
「そうか?」
「ええ。誰がなんと言おうと」
優しく鼻血を拭うアルシェイラに、最悪の状況は回避できたかと、撫で下ろせる腕は埋まっているが、安堵するアルフレッド。
そんな二人を、グローリアは憎々しげに睨みつけるのだった。
激動の卒業パーティーから明けて翌日。
アルフレッドとアルシェイラは王城のテラスでお茶を飲んでいた。
「あー、久々にシェイラのお茶が飲める」
「本当に久々ですわよ? 半年前にはもうゴルフ男爵令嬢と一緒に行動なさってましたもの」
「そんなにか。ごめんな、シェイラ」
アルフレッドらが正気に戻ってすぐに、父にして現エイル国王が騎士団長や宰相、宮廷魔術師長、王家専属医術士長を伴い式場に現れた。
これはどうしたことかと問い詰める国王に、アルフレッドは集約した情報を報告した。
すなわち、
・ゴルフ男爵令嬢が先天的に素養を持っていた魔術を用いてアルフレッドらを魅了していた。
・同様に魅了したメイドを利用して飲食物に薬を混ぜ、卒業生や招待客の判断力を低下させていた。
これらは男爵令嬢だけで行えるような計画ではない。
さらに調べを続け、
・アルフレッドに司法を経ず婚約破棄、国外追放を命じさせるところを国王に目撃させ、王位継承権を剥奪させようとしたアグレシオの策略であること。
・同時に主要な役職の子息たちにも婚約破棄をさせ、傷心の婚約者を留学生の他国の王子が引き抜く魂胆があったこと。
これらが判明した。
とはいえ、他国の要人である王子をエイル国の法律で裁くわけにはいかない。さらに言えば、王子らは便乗しただけで実際に事に及んだわけでもないので、そもそも罪人とも言いづらい。
短時間で調べたとは思えないほどの情報量は、さすがに優秀と名高いアルフレッドの手腕である。
「アグレシオが俺を陥れるほど王位を欲していたとはなぁ」
「昔は三人で仲良く遊んでいたのに、私がアルフレッド様の婚約者になったころから素っ気なくなりましたものね」
「昔からシェイラのこと好きだったもんな、あいつ」
アルフレッドはアグレシオを弟として愛していたが、アグレシオは兄を邪魔者としか見ていなかったのだろう。
辛いが、本人から生まれた順番が違うだけでうんちゃらかんちゃら罵られれば認めざるを得ない。
「フォー嬢だっていい子なのに。公爵家も継げるし」
「多分、そういう問題ではないのでしょうね」
フォクストリア・フォーは、現在沙汰を待ち城の一室に待機させられているアグレシオの元へ赴いていると聞いている。アルフレッドの目には仲の良い婚約者のように見えたし、フォクストリアもアグレシオを愛しているように見えていた。今、何を話しているだろうか。
「どうなってしまうのかな」
王位継承していないのだから簒奪とは言えないが、目撃者が多数いる。このまま何もなかったとはできまい。
「陛下や司法の方々の判断を待つしかありませんわ」
「そうなんだけどさ」
事件の主要な人物であるアルフレッドには、アグレシオの処遇に口を挟むことは許されない。
同様にゴルフ男爵令嬢の行末についてもだ。魔力の暴走ならば封印措置を施した上で修道院送りになった可能性もあったが、自覚して使用した上に国家転覆になりかねない事件となっている。さらには他国の要人に毒を盛った疑いもあることから、極刑は免れないだろうと予想はつく。
ゴルフ男爵は令嬢の籍を抜いて知らぬ存ぜぬを突き通すつもりらしいが、どうなるやら。
「ベイ嬢にクーリ嬢、ドナ嬢にイラ嬢にも迷惑をかけてしまったな」
「みんな、事が収まって安堵こそすれ、迷惑だなんて思いませんよ」
「だといいけど」
それぞれ別の部屋で婚約者との空白を埋めているはずだ。アルフレッドは自分たちと同じように和解(?)できていればいいなと思った。
「それに、ほら」
「ん、はい」
アルシェイラが左手の小指を出し、アルフレッドが自身の左手の小指を絡める。
悪い魔女に騙され連れ去られそうになった王子が、幼い頃姫と結んだ結婚の約束を思い出し魔女をやっつけるエイル国のおとぎ話。
アルフレッドも、ブラボレイもチャールストンもデルタロイもエコーレリアも、幼い頃に結んだ結婚の約束を覚えていた。歳を重ねるにつれやらなくなった約束を覚えていた。
だから、口では情けないだのしっかりしろだのと言いつつ、みんな許しているのだ。
だから、大丈夫なのだと言うアルシェイラに、俺たちは婚約者に恵まれたなと、アルフレッドは思うのだった。
「ところで、アルフレッド様。魅了されていた時期の話なのですが」
「なんだい? 正直、俺も他の四人も当時のことはあまり覚えてないんだけど」
「本当に、その……彼女とは何もなかったのですか?」
「はい?」
「ゴルフ男爵令嬢は、同性から見ても豊満な身体をしていましたし、その……アルフレッド様も彼女のような身体の方が好みなのかもと思いまして」
モジモジと上目遣いで尋ねる婚約者の姿に、アルフレッドは結婚するまではと我慢していた交渉をしてしまおうかと、湧き出る欲情を抑えるのに大変な苦労をした。
たまにはちゃんとヒーローに頑張って欲しい。