プロローグ 未知との遭遇
[シミュレーションを開始します。テスターの感覚を仮想領域へリンク。認識加速開始。テスターは行動を開始してください]
奇妙な声と同時に、視界が開ける。
無機質な白い壁と白い床。
そして、無数のモニタに照らされる薄暗い部屋の中に、俺はいた。
「……なんだここは?」
[仮想領域00番、テスター用戦闘領域となります。]
背後から聞こえた機械音声に従って振り返ると、そこにはこれまた白い球体が浮いていた。
大きさは1mくらいで、50cmほどの高さに浮いている。
「……なんだこれ?」
[こちらは『ナビゲーターユニット』です。これから貴方の行動をサポートしていきます。よろしくお願いします。]
「おぉ!喋った!?」
[はい。サポート用『ナビゲーターユニット』なので。サポートする以上、意思伝達手段は必要です。]
「そうか……。あぁ、こちらこそよろしく頼むよ。えーっと……俺も名乗った方がいいか?」
[テスターの個体名称は把握しています。『津和島 明』。A大学3年。21歳。間違いありませんか?」
「何で知ってるんだよ」
正確に告げてくる『ナビゲーターユニット』に、正直なところビビッてしまう。
[脳内をスキャンし、情報を取得しました。同時に、身体状況も観測済みです。負傷箇所、特に致命的であった頭部の損傷も完全に治癒しています。]
負傷? 頭部の損傷? そんなものに記憶はない。
そこまで考えて思い出した。
俺は、夏休みを利用して富士山の5合目の駐車場までツーリングに来ていたのだ。
山頂まで登る気は無かったから、駐車場でそのまま折り返しの予定だった。
とは言え折角来たんだし景色を楽しもうとして、辺りを見回して……そう、そこで近くの斜面に『穴』が開いているのを発見したんだ。
何だろうと思って近づいたら、周囲の斜面が崩れて俺も巻き込まれて……で、気が付いたらここにいる。
[テスターは、汎用指向性粒子散布用の噴出口に落ち、頭部他を損傷しました。汎銀河知性体保護法により、初期文明への干渉時の現地生命体への傷害は認められていません。よって指向性粒子の緊急注入及び活性化により治療を行いました。現在は半覚醒状態にあります。]
ああ、なるほど治療してくれたのか、この訳の分からない声は。
それはそれとして、突っ込み処の多いセリフだったぞ今のは。汎銀河知性体保護法ってなんだよ。まるで宇宙人と喋ってるみたいじゃないか。
[『ナビゲーターユニット』は生命体ではありませんが、その認識は真実に近似しています。私は貴方方が宇宙人と表現する存在により作成された存在です]
……まじかよ。
という事は、本当にここは地球じゃないのか? 夢にしては妙にリアルな気がするが……。
[こちらは、貴方の脳内の汎用指向性粒子に働きかけて見せている仮想空間です。ほぼ現実と同じ感覚を得られるように調整されています。]
凄いな、どんだけだよ。
あと思考だけで会話成立してるな。
感覚を確かめるように手足を動かしてみる。
やけに軽い。試しにジャンプしてみたら、軽くのつもりが2m近く飛び上がってしまった。
着地の時によろめいてしまった程だ。
何か体力上がってないか?
[治癒に使用した汎用指向性粒子の効果により、身体能力が細胞単位で上昇しています。貴方は、現状で倍の筋力、瞬発力、持久力、耐久度を得ていることになります。]
お手軽に超人になってるな!?
何だよその汎用指向性粒子って。
[汎銀河知性統合体が広く使用を推奨する生体強化粒子です。生体に取り込む事により、貴方方が意志と呼ぶ指向性信号に反応し、またその強度を高める効果があります。]
つまり、全身治療の副作用で、俺は超人になったのか。
[現状の増幅率は最低限です。テスターの細胞内の粒子蓄積量ならば、数十倍の増幅も可能でしょう]
何それ怖い。
で、そんな超人に何をさせるつもりなんだ?
こんな白い部屋に連れてきて何をしたいんだ?
[まずは基本動作の訓練が必要と判断します。その為に訓練メニューを作成しました。まずはそれに従ってください。それが終わり次第、テスターには次の段階に移ってもらいます。]
「次があるのか……」
[はい。テスターには現状を把握してもらい、その後の依頼を判断してもらいます。]
ナビゲーションユニットのセリフが終わると同時に、目の前に何かが現れた。
「ゲッゲッゲ」
子供のような体格に、不潔そうな肌、ギョロリとした目。
素手のようだが、手の爪や半空きの口から覗く乱杭歯は危険を感じるには十分だ。
それはゲームで見た事があるような奴。
そう所謂ゴブリンという…
[はい。テスターの記憶を参照しました。始まりのエネミーはゴブリンが定番だと。現地文明の流儀には合わせる必要があります。]
何言ってんだこの宇宙人。
つまりはアレか? 俺にコイツを倒せって?
[肯定します。これは仮想再現されたエネミーですので、生体殺害の忌避に抵触しないとお伝えします。]
「おいおい、待てよ! 幾ら筋力が超人化したからって、いきなり戦えとか無茶だろ!? せめて武器は無いのか、武器は!?」
[身体能力確認用の訓練メニューですので、このままで開始します。]
「マジかよ!?」
幾らなんでもと更に文句を言おうとして、慌ててその場を飛びのく。
目の前のゴブリンが掴みかかってきたのだ。
「ゲゲッ」
上がった身体能力で想定外に大きく飛びのいた俺を捕まえそこねたゴブリンが、何やらわめく。
全く、ふざけるなよ。こんな訳の分からない状況で、訳の分からない相手と素手で殺し合いとか!
「人を舐めるのもいい加減にしろっ!!」
腹が立ってきたその憤りを、目の前のゴブリンにぶつけてやる!
全力で踏み込むと、10m近く離れた間合いが一気に縮まる。
その踏み込みの速さに、ゴブリンは反応できずにいる。
そのまま、踏み込んだ勢いを足に乗せて突き出す。
矢のような飛び蹴りが、ゴブリンの顔面に突き刺さり、そして。
パァン!!と弾け飛んだ。
まるで風船であったかのように、ゴブリンが弾け飛んだのだ。
後に残るのは、空中でクルクルと回転する金属板。
[訓練終了を確認しました。お疲れ様です、テスター。ゴブリン討伐数1体達成です。おめでとうございます。]
ナビの声を聞きながら、俺はその場にへたり込んでしまった。
まさか本当に蹴っただけで死ぬとは思わなかった。
蹴った感触からすると、あのゴブリンは普通の人間程度の頑強さは在ったはずだ。
だが、今の俺ならこれが当然と言う事なのだろう。
どこかの仮面のバイカーみたいなキック力を身につける日が来るとは思いもよらなかった。
となると、だ。
この宇宙人は、俺にこんな能力を身に付けさせて何がしたいんだ?
あと、のこクルクル回ってる金属の板みたいなのは何なんだ?
[そのプレートは、感応性反重力金属のサンプルです。その説明も併せ次の段階に移行します。]
どうやら、まだまだこの宇宙人の話を聞かないといけないらしい。
俺は観念して、腰砕けなへたりこみから、胡坐をかいて長話にそなえた。
人類が是まで成し遂げた偉業を一つ上げろと問われたら、何と答えるだろうか?
ある人は所謂文字、火、等の文明の発展の大元となる発明を挙げるかも知れない。
荒野を沃野へと変えた農業耕作の技術を挙げる者も居るだろう。
アフリカ大陸から始まり南米の南端に至るまでの人類到達…大いなる旅路またその一つとも言えるだろう。
もしくは空に浮かぶ月への到達を代表例とする空への探索の数々もまた、多くの人が挙げる偉業。
その一つ、外宇宙へ今も航行を続ける探査船は、大いなる偉業を更新し続けていた。
既に故郷を遠く離れ、太陽圏外に踏み入れた大いなる旅人。
積まれた電池は既に尽き、最早行くに任せるしかなくなった其れ。
この先無限の孤独が待ち受けているはずのソレをとある存在が補足したのは偶然ではなかった。
『対象を補足。通信断絶より規定期間の経過を確認。汎銀河知生体規約に則り、対象物の解析調査を開始』
地球のいかなる言語にも該当せず、初期文明では知覚するのもこの先数世紀必要と思われる何らかの通信が、航海者の傍らの存在から発せられている。
『解析の結果用途不明部品を確認。情報を初期文明調査機構へ送信。分析を依頼』
いかなる方法か、航海者に一切の干渉ももたらさないままに通信を続けるそれは、航海者が積む彼方へのメッセージを望む相手へと届けることになる。
汎銀河知生統合体は、一定以上の知性と宙間航行技術を持つ有資格知生体の数々が属する、地球人が天の川銀河と呼称する銀河の相互意思機関である。
初期文明調査機構はその一部署であり、主に宙間航行技術を持つに至らない初期文明の発見調査及び保護観察を主な活動としている。
また初期文明が一定以上の宙間航行技術を得た場合には無数の支援も行い、有資格知性体への発展を促すのも重要な役割であった。
その初期文明調査機構にとある知らせと分析依頼が持ち込まれ、大きく沸き立つことになる。
初期宙間航行技術を得た初期文明が、友好的接触を求めている。
初期文明の生成の兆しを見せた星系域へ自動派遣される統合探査体よりもたらされた情報は、その分析結果を導き出したのだ。
統合体本部はこれを受け、初期文明支援政策の実行を決定。第一段階として地球知性体への接触と初期文明用技術支援を決定した。
[決定は、すぐさま私の本体である、初期知性体文明調査機構、その太陽系担当ユニットに伝えられました。そして、支援の第一段階として汎用指向性粒子と感応性反重力金属等の供与を決定したのです。]
随分と長い話だった。
つまり、アレか?
宇宙レベルの後進国への技術援助活動か何かか?
[概念は近似しています。特に初期文明であれば、汎用指向性粒子と感応性反重力金属の供与は、宙間航行能力を飛躍的に高める効果がある為、供与は推奨されます。]
宇宙人にとっては、この俺を超人化させた粒子や、如何にも宇宙船でも作れとでも言いたげな金属は、医薬品の供与や橋を造るレベルの代物だと言う事だ。
まぁ実際、こんなものが地球にもたらされたら、色々と発展しそうな気がしないでもない。
でも待ってくれ。
何でそんなことに俺は巻き込まれてるんだ?
[それに関しては、完全な事故です。初期段階として、指向性粒子の生成と散布を地下資源の供給の観点から各地の火山に打ち込んだユニットにより行うはずでした。その散布の第一段階を行おうとした瞬間、貴方が噴出口に落下してきたのです。]
……あの穴を覗き込んだ俺が悪いのか?
[同様の事故が起きないよう、各地の散布穴は一旦縮小しています。これにより散布量は目標値に達していません。また、呼称『富士山』地下で生成した指向性粒子は、全てテスターの治療に使用しました。再散布に必要な量生成まで、1自転時間必要となります。]
俺への治療でそこそこ手間取らせてしまったらしい。
……謝った方がいいだろうか?
[不要です。テスターの記憶のスキャンにより、効率的な技術供与方法を算出しました。これにより、全体としての支援速度は上昇しています。]
何だその効率的技術供与方法って?
[ダンジョンです。]
「はぁ!? あのゲームとかのダンジョン? 何でまたそんな方法を?」
俺は思わず叫んでしまう。
何だよ技術供与でダンジョンって。
[汎用指向性粒子による身体上昇は、段階を踏んで慣れる必要があります。それは限定空間内で行われることが望ましい。これと、エネミー撃破による報酬に反重力金属などのマテリアルの供与を両立させます。限定空間内に指向性粒子を散布すれば、効率的な生体蓄積も可能となるでしょう。]
まさか、と周囲を見回す。
この白い空間。これはもしかして、そのダンジョンを再現しているのか?
[肯定します。このシュミュレーションはテスターの訓練と同時に、運用テストも兼ねています。既に、テスターの記憶を参考に、各地でダンジョン生成が始まっています。]
「行動早いな!?」
それに何だよ、各地って。
[惑星各地の火山に打ち込んだユニットは、汎用粒子の生成後に、ダンジョンも生成しています。30自転時間後には生成を完了する事でしょう。]
すると何か? 世界中の火山にダンジョンが併設されるのか?
[肯定します。ダンジョン完成及び汎用指向性粒子の一定散布後に、ダンジョンへの侵入穴を開放します。]
マジかよ。凄い事になるな、地球。でも待ってくれ、俺ってその片棒をかつがされることになるんじゃないか?
その出来上がるダンジョンで犠牲者が出たら俺のせいにもなるんじゃないか?
[汎銀河知性体保護法により、初期文明への干渉時の現地生命体への傷害は認められていません。ダンジョン内での負傷は、指向性粒子により治療されます。生体活動は維持され、多少の時間はかかりますが、治癒されます。ダンジョン解放までの時間は、散布する汎用指向性粒子が、全知性体の細胞内で治療に必要となる細胞内留置蓄積量を満たすのにかかる想定期間でもあります。]
ダンジョン内でなら死なないって事か?
とんでもないな…
というか、それだともう地球じゃ外傷でみんな死ななくなるのか?
[汎銀河知性体保護法では、初期文明内には関知しないため、ダンジョン外の負傷は逆に干渉できません。]
割と面倒な線引きしてるな……ところで、俺は何でこんなことを聞かされてるんだ?
ただの普通の大学生だぞ?
宇宙スケールの話とかどうしたらいいんだか。
「テスターには、ダンジョン運営のアドバイザーを依頼します」
「はぁ? アドバイザー?」
思わず口に出る。
どういう事だよ、アドバイザーって。
ここまで好き勝手出来る奴に、何のアドバイスが必要だっていうんだ?
[現地には現地の流儀があり、テスターの認識におけるAIである私では足りない場合があります。そこで、現地接触知性体の第一号である貴方の協力を要請します。テスターの記憶をスキャンしましたが、その知識を活用するにも、テスターの意見が最適と判断しました。そして、汎銀河知性体保護法により、接触する現地知性体は最低限である必要があります。]
いやまぁ、ダンジョン物とか好きだし、その手は古典RPGとかも含めて色々知識だけはあるけどさ。
でも俺も大学生やってるし、夏休み終わったらいろいろ忙しいんだぜ?
[アドバイスは、テスターが睡眠中に現状のシュミュレーションを通じて行います。認識速度を加速しているため、現実時間はほんの僅かな時間で可能です]
……でもなぁ、報酬とかも無さそうだし。
[対価は、テスターの認識で言う通貨に換金可能な物質を用意できます。同時に、シュミュレーション内の自由設定権を認めます]
「……換金可能って、例えば?」
[テスターの認識で言う、宝石の原石、希少金属、これらをダンジョン内の指定地点に生成可能です。感応性反重力金属も、価値を認識されれば換金可能になるでしょう。サンプルに、目が覚めた際にテスターの手元に、テスターの認識で言う金の塊を生成しておきます]
「……シュミュレーション内の自由設定権って?」
[例えば、この様な状況を再現可能です]
えっ、何か急に周囲が変わった!? 何だこの豪勢なベッド!? 妙に甘い香り…えっ後ろに誰かいる!?
これって確かあの作品の…わわっ、背中になまめかしい感触が!
「……待った! ちょっと待った! これ以上は不味い!!」
[はい。状況を元に戻します]
慌てて叫んだら、元の白い部屋に戻って来た。
……あぶなかった。ヤバイ。何てことをしやがる。
この宇宙人、エロ作品の世界を再現しやがった!
畜生、神かコイツ! こんな誘惑、逆らえる訳が無いだろう!
今本体が多分富士の駐車場に居るんで無かったら、状況にそのまま乗ってるぐらいヤバかった。
そしたら、帰りの道のりを大惨事の下着のまま帰ることになってたぞ!?
だが、しかしだ。アレを体験し続けられるのは、素晴らしいだろ?
それに、どうも地球人類の為になるお仕事らしい。
これは、乗らない手はないのでは?
[お望みなら、実際のダンジョンでも、エネミーとして生成も可能ですが? 記憶などの状態も要望通りに…]
「謹んで、協力させて下さい。」
ナビの言葉が終わる前に俺は平伏していた。
「ん?……ああ、ここか…」
俺が目が覚めると、富士五合目の駐車場近くの斜面に座りこんでいた。
空いていた筈の穴は無い。
どうやらナビが塞いだらしい。
そもそもあの穴、想定位置とは違う場所に出来たのだとか。
本当に俺は運がいいのか悪いのか……。
何となく頭を掻こうとして、手に何か重い物を握っていることに気付く。
「お、コレは…」
まだ高い日に金色のきらめきを反射するそれ。
一握りはある金塊を、俺は握っていた。
どうやら夢ではなかったようだ。
[当然です。契約は結ばれました。今後とも、宜しくお願いします。アドバイザー。]
脳裏に響く声がそれを裏付ける。
俺はテスター呼びからアドバイザー呼びになっているナビの声に軽く答えた。
(おう、宜しく。)
さて、まずは帰らないとな。
伸びをし立ち上がった俺は、バイクにまたがり帰路を行く。
これから何が待っているかも知らずに。
こうして、俺のアドバイザー生活が始まったのだった。