覚悟を決めた今
【逃げるなら今?】から始まった短編の7作目です
俺には前世の記憶がある。
おかげで、新しい人生は幼少期から魔法や剣に憧れていろいろとやらかし、10歳で家を追い出された。
まあ、子沢山農家で家の手伝いも程々に、鍛錬ばかりしてたからしょーがないかな。
狩りの獲物は献上してたんだけど、気味が悪いって感情の方が上回ったんだろう。
少ない支度金を受け取って、大きな街を目指した。
チートはなかったけど、訓練すればスキルとなるこの世界は楽しかった。
ずっと移動しながら冒険者をした。
雑用から討伐、ダンジョン攻略、楽しかった。
でも、パーティーは組めなかった。
前世の俺は30歳で、今世の同年代とは上手くやれる気がしなかったから。
それでも、臨時パーティーなんかでは活躍して、色んなパーティーに誘われた。
嬉しかったけれど、ずっと一緒にいたらきっと上手く行かないと思って断り続けた。
今世の家族のことを、引き摺ってたんだと思う。
恋も同じで、付き合っても長くは続かなかった。
そんな俺には、冒険者は都合が良かった。
なんかモヤモヤしたら、次の街に行けばいい。
少しだけ、前世の記憶から知識を披露したりして、商人や権力者とも繋がりを作って、ソロ冒険者として生きていた。
魔王と勇者の噂を聞いたのは、俺が34歳の頃だった。
ゲームかよ!とテンションが上がったのは最初だけで、強い魔物はそこらじゅうで出るわ、モンスターパレードもあちこちで起こるわ、最悪だ。
勇者にも偶然会ったが、物語から出てきたような、爽やかな正義感溢れる青年で、白けた笑いがでた。
コイツがこの世界の主人公ってか?
その為にどれだけの人が死んだんだ。
魔王が倒されるまで、後どれだけ死ぬんだよ。
前世の物語やゲームを知ってるからなのか、俺は、負の感情に呑み込まれそうになった。
そこそこ有名だった俺にも、勇者は声をかけたそうだったが、今まで通り次の街に向かって、冒険者として過ごした。勇者パーティーなんて、柄じゃない。
ある日、フラッと元冒険者の知り合いがいる村に寄った。数日ゆっくり過ごしていたら、村人が血相を変えて走ってきて叫んだ。
「魔物だ!巨大な魔物がすぐそこまで来てる!」
俺は、村人に指示を出してから剣を持って村を出た。
「避難しろ!街に行って応援を呼べ!」
ちょうど村にいたらしい他の冒険者パーティーと合流し、魔物を待ち構えた。木の倒される音が近付いてくる。
目の前には、巨大なキマイラが現われた。最悪だ。
Aランクパーティーが複数で討伐する魔物だぞ?
俺はAランクのソロ、一緒にいるのは精々Cランクのパーティーだ。応援を期待するしかない。
「くそっ、逃してはくれねえな。応援が来るまでこいつを足止めする!」
「わかった!指示をくれ!」
残念なことに、本当に足止めしかできなかった。むしろ、遊ばれてるに近い。
魔力切れで回復師と魔術師が潰れると、飽きたのか攻撃が激しくなった。
盾と斥候は吹き飛ばされて、生きてるかもわからねえ。弓も切れた。残りは、満身創痍の俺ともう一人の剣士だけだ。
立ち眩みしたところに攻撃がくる。なんとか避けたが、次の瞬間にはカクンと力が抜けて膝をついていた。
やべぇ、死ぬ。
そう思った時には、目の前には大きな爪が。でも、爪は結界に阻まれて俺まで届かなかった。止まってた息を吐いたら、乾いた笑いが出た。
俺、まだ生きてる。
風魔法でキマイラが吹き飛び、大剣を持った銀髪の男が斬りつける。
「シル!足を固める!獅子の頭を殺せば死ぬわ!」
女の声が聞こえると、キマイラの脚が凍りつき、キマイラは炎を吐いて暴れる。しかし、男は余裕そうに炎を避けながら巨体の上に跳び、獅子の頭に大剣を突き刺した。暫くすると、巨体が倒れた。
嘘だろ、あいつめちゃくちゃ硬くて傷なんてつきませんでしたけど?ほぼ一撃?ハハッ馬鹿じゃねえの!
空から女が降りてきて、男と合流する。俺は一歩も動けなかった。いや、他の奴らもか。
「救いの魔女と魔女の守護者…」
誰かがボソリと呟いた。それは、最近よく聞く有名な冒険者の二つ名だった。
「あら、知ってるなら話が早いわね。怪我も治してあげる。だから、魔法契約を結びましょう?」
まだ少女と言える女の冒険者が、こてんと首を傾げながら言った。
村に戻った俺達は、魔物を倒したことを報告すると、二人にダンジョンへ連れてかれた。
「転移…」
「実在したのか」
「すごい…一瞬で」
唖然としている俺達に、魔女は容赦なかった。
「貴方は剣士だけど、自力で回復魔法を使えるようになってもらうわ。斥候の貴方は、強化するのは隠蔽と毒の調合ね。回復の貴方は、身体強化とメイスで攻撃。弓の貴方は、この魔弓使ってみて。魔術師の貴方は、属性魔法増やして。盾の貴方は剣持ってレベル上げ。ここの30階層で採掘する予定だから、頑張ってね!」
「「「は、はい」」」
連れてこられたパーティーの奴等は、有無を言わせぬ笑顔の魔女に逆らうことはできず、粛々と命令に従った。
魔女に渡された武器は、彼らが購入できないような高そうな武器だったこともあり、結構楽しそうだ。
「ほらほら、スキルが出るまで回復続けて。魔力がなくなったらポーション飲んで。そのエンチャントアイテム使ってたら絶対スキル取れるから」
「はい、そこ。ちゃんと隠れて。気配も魔力も漏れてるわ。それじゃ蛇系の魔物に隠蔽負けてるわよ。これから毒の調合するのに蛇の毒袋が必要なんだから、隠れてる蛇に気付かれない隠蔽にするのよ。頑張って」
「ハイハイ、メイスはこう!まだ非力なんだから、腕だけじゃなくて腰から使う!身体強化は全身に!」
「素材を残したいんだから火はダメ。風で威力を上げるか、雷で麻痺を狙いなさい」
「無駄な魔力は込めないの。足や首、目を狙って。ほら、この程度の魔物なら急所に当てれば初級魔法で倒せるのよ」
「そろそろ盾を持ちながら剣振ってみて。そうそう。身体強化は全身にして。シル、ちょっと稽古してあげて」
魔女のアドバイスを聞いて実戦しながら進む。
魔物を誘引してるのか、彼等はどんどん来る魔物を倒していく。
「なあ、俺は?」
10階層のセーフティーゾーンに来るまで放置されていた俺は、流石に魔女に声をかけた。
「ああ、貴方はこれからよ。ちょっと来なさい」
セーフティーゾーンの前の草原地帯に出て、守護者と少しだけ剣を打ち合った。
「シル、ありがとう。あっちで毒の調合の準備をお願いしていい?」
「ああ。飯の準備もしておく」
去っていく守護者の背中を見てたら、魔女に声をかけられた。
「貴方、名前は?」
「あ、ああ、シュウだ」
「じゃあ、シュウはこの剣を振ってみて」
「おう」
渡された剣は、この世界では初めて見る片刃の大太刀だった。
振ってみると、信じられないくらい手に馴染んだ。身体の一部になったみたいにスイスイ動く。
「シュウは剣道やってたの?」
「ああ、大学までやってた」
「あら、じゃあ長いことしてたのね?」
「8歳からだから14年だ」
「ふーん、何歳まで生きたの?」
「30歳…って、ハッ!?」
剣を振るのが楽しくて無意識に質問に答えてたけど、おかしい!バッとふり返った俺が見たのは、ニヤニヤ笑いをしている魔女だった。
「やっぱり転生者だったか。この世界に片刃の剣なんて滅多にないのよ?私が作った剣、使いやすいでしょ?感謝してよね」
「いや、うぇ、なんで…」
「私も元日本人の転生者よ」
「はぁぁぁ?」
魔女も転生者だった。前世は大学生で、恋人の浮気相手に殺されたって不憫な女の子。
俺は事故だったけど、彼女ほどのドラマはない。
そして、この世界はガチでゲームだったらしい。勇者と魔王の出てくるRPGゲーム。
「マジ?」
「ええ。私とシルは勇者の仲間になる予定のキャラよ」
「…マジか。すげー納得した」
「なにを?」
「ちょっと前に勇者を見た時、こいつが主人公の世界かよってすげー不快になって、腹が立ったんだ」
「まあ、わかるわ。清廉潔白でお優しい、正義の人って感じだものね」
「会ったことあるのか?」
「いいえ?巻き込まれないように、たまに偵察してるだけよ」
おや?勇者の仲間になる予定のキャラって言ってたけど、仲間になるつもりはないのか。
「ゲームだと、最終的に11人が仲間になるの。そこから4人選んでパーティーを組んで魔王に挑む。この世界でそこがどうなるかわからないけど、今の勇者パーティーにはゲームのキャラ以外の仲間が既にいる。私の知ってるゲームと相違があるのだから、私達がわざわざ仲間になんてならないわ」
うわ、仲間多いな。いや、少ないのか?
現実で魔王の討伐って考えたら、軍隊が出てもおかしくないよな?
「魔王と魔族は勇者にしか倒せないの。この星の仕組みが関わってるから、これは変えられない。仲間はオマケ。まあ、強化された魔物を倒してレベルアップするのに仲間は必要なんだけど、多過ぎる仲間はレベルアップの障害にもなる」
確かに、パーティーだとレベルアップは遅れるな。
俺は基本ソロだからそこまで気にしたことなかったけど。
「仲間にはならないけど、必要になりそうなアイテムは融通してあげるつもりよ。だから、数年で倒してくれるわ」
魔女は、同じ転生者なのに、この世界にとても詳しかった。ゲームの知識かと思ったら、守護者に教える為に色々勉強したり研究したりしたらしい。調査と言ってイケナイとこに忍び込んだ話は聞かなかったことにした。
しかしまあ、どう見ても守護者の方が彼女より年上だし、彼女は12歳くらいにしか見えないんだが。違和感ありまくりだな?
魔女は同郷のよしみだと、マジックバッグや装備を融通してくれた。面倒見の良い奴だ。有難く貰っておく。
この世界を憂い無く謳歌してる彼女が羨ましい。
なんとなく、前世の記憶についてどう思ってるか聞いてしまった。
「前世の記憶?まあ、あると多少便利よね。でも魔法メインの世界じゃヒントにしかならないわ。この世界で情報を集めるの本当に大変なんだから!ネット検索が恋しい!スマホ欲しい!」
あっけらかんと言われて、なんだか拍子抜けした。そうか、確かにヒントにしかならないな。
地球でだって、国が違えば常識も言語も価値観も違うんだ。いま俺がこの世界で生きるのに、前世はもう関係ないんだな。
2日後には、俺達は30階層まで降りて、しこたま採掘させられ、村に戻された。
Cランクパーティーが、どう見てもBランクに成長してやがる。魔女のスパルタ半端ねえな。
その後も俺は変わらず、ソロで冒険者をしていた。
魔女に鍛えられてからは以前とは違い、アテもなく進むのではなく、難易度の高いダンジョンを求めて移動した。
それに、ちょこちょこ魔女に誘われて他大陸のダンジョンに一緒に潜ったり、同意なく連れ去られた先で守護者につられて人助けをしたり、魔女と守護者の家に滞在して色々と教わったり、今までの生活と比べればかなりの変化があった。
やっと、心を許せる友ができた。
転生者である魔女にこの世界のことを教わって、やっと今世の自分がしっくりきた気がする。
まあまあ有名なソロ冒険者として、俺は生きていくんだろう。
数年すると勇者に魔王が倒され、リリーとシルが結婚し、子供が産まれた。
甥っ子や姪っ子ってこんな感じかなと思えて、めちゃくちゃ可愛がった。
更に数年後、俺は疑問を口にした。
「なあ、お前ら見た目変わらなくね?」
「シュウも止まってるわよ」
「やっぱり?そんな気はしてた」
「きっかけはレベルと魔力量どっちかしら」
「これさ、テンプレだと不老?」
「不老ねえ。きっかけが魔力量なら物語のエルフみたいに寿命が延びてるかもね。エルフは高魔力がテンプレだもの」
「きっかけがレベルだと?」
「魔物みたいに進化かしら?」
「なんかヤダな、進化」
ハッキリいつ成長が止まったのかわからない。
リリーなんて、二人の子持ちなのに、いつまでも15歳くらいの美少女のままだ。なんかオカシイと思ったんだ。
もし、これが一人だったらすげー不安になっただろう。でも、二人と一緒なら、まだまだ冒険できるって素直に嬉しく思える。
俺、もう40過ぎのおっさんだからな。
出会ってから30年近く経った頃、突然リリーが【学園都市】を作って、講師に誘われた。
そこそこ有名になった俺も、各国からの囲い込みがきて困ってたから渡りに船だ。
「次の家はマンション風にしたから、隣の部屋に住みなさい!子供が産まれるから手伝ってね!」
「お、おう。え、また産まれるの?!」
リリーが作った学園都市は、絶妙に前世とファンタジーとSFが混ざった都市で、郷愁に駆られるような気持ちと最新技術への高揚感がごちゃまぜになって、泣きながら腹を抱えて笑った。
いや、ねーわ!今更チートかよ!
なにあれどこの魔法学校よ?あれは神殿?ここ温泉街?あの塔なに?あの浮いてんのは?
あれが学園で、神殿ぽいのに学生寮、温泉街ぽいのは宿屋と商店で、塔は研究施設、空中庭園はデート用って、どうやっていくの?エレベーター作ったのか!すげーな!
じゃああのオブジェっぽいのは?は?俺らが住むマンション?迎賓館も兼ねてる?ハハッ時代間違えてるわ!
俺は剣術と鍛冶の講師をしながら、学園都市の運営を手伝った。正直、かなりこき使われた。
そして、リリーが新たに産んだ女の子は、ミシェルと名付けられた。
シラン、アイリス、ノエルも可愛かったが、ミシェルは更に可愛かった。
赤ん坊の時から、俺が抱っこしていると常にご機嫌で、離れると泣き出す。動けるようになると、俺が居ないとハイハイして探す。もう可愛くて嬉しくて、でれでれして毎日構いまくってた。
そんな俺達に、リリー達が生温い視線を向けてたことに気づけなかった。
「囲い込みが早いわね。毎日呼ばれるから、シュウの女遊びはもう無理ね」
「リリーの血筋は早熟だね」
自称おじ馬鹿を貫いてた俺は、もう後戻りができなくなるまで、ミシェルの囲い込みに気づくことはなかった。
「しゅーちゃ、あーん」
「しゅーちゃ、ちゅー」
「しゅーちゃ、だっこー」
この位は、幼児のスキンシップとして当たり前に受け入れてた。可愛くて可愛くて、お返しにめっちゃチュッチュッしてた。
「しゅーちゃん、だーいすき」
「みみは、しゅーちゃんとけっこんするの!」
この辺は、噂で聞く「パパと結婚する!」って言う子供の行動だと思っていた。だから、何にも考えず「俺も大好きだぞ〜」って返事してチュッチュッしてた。
「シュウちゃん、浮気はメッよ」
「シュウちゃん、デートしよっ」
この頃には、あれ?と思うこともあったが、可愛いミミに流されて「おう」って返事してチュッチュッしてた。
女に言い寄られても相手にする気にはなれなかったし、しつこい女は、偶然ミミが通りかかって撃退してくれた。
二人で出掛けることをデートと言われて、手を繋ぐ時も指を絡ませてくるようになったが、恋愛小説でも読んで恋人ごっこに憧れたのかとそのまま受け入れてた。
朝起きたら、俺んちのキッチンにミミがいて朝食を作ってた。
「旦那さま、早く帰ってきてね!チュッ」
空耳かな?旦那様って言ったか?
「おかえりなさい、旦那さま!チュッ」
いやいや、待て待て、これはアウトだ!
「おい!リリー!ミミが俺ん家にいるんだが!?」
「え?嫁は一緒に住むものでしょ」
「はあああ?」
「幼児の頃からあれだけ求愛行動してたミミを受け入れてたのに、今更どうしたの?」
「え、は、求愛行動?」
「もう、ミミが生まれてから15年も愛を育んでいたでしょう?」
ドパッと冷や汗が出た。客観的に見ると、俺達の行動は溺愛バカップルだ。全然、恋人ごっこじゃない。モロ恋人だ。
俺の名誉の為に言うけど、チュッチュッしてたのは頭だからな!口にはしたことないぞ!
ミミからもまだほっぺにしかされてないからな!
あー昔、15歳になったら結婚できるってミミに言った。だから誕生日の今日から俺ん家に来てるのね。
あ、これ、完全に外堀埋まってるわ。むしろ、自分で埋めたわ。なにやってんだ俺の馬鹿!
「え?いいの?俺、見た目30代だけど、もうすぐ80歳なんだけど?」
「気にしない、気にしない。たかだか65歳差よ?」
「気にしよう?普通なら老い先短いおじいちゃんだよ?」
「普通じゃないから関係ナイナイ」
「おい!シル!これいいの!?」
「ミシェルが決めたことだ、問題ない」
「あ、そう。そうか。マジか…」
混乱して飛び出した自分の家にトボトボと戻りながら、俺は覚悟を決めた。
「ミミ、愛してる。いつまで生きられるかわからないけど、俺の残りの時間は全部やる。だから、結婚しよう」
「シュウちゃん!私も愛してる!」
胸に飛び込んできたミミを抱き締めた。
はあ、ミミが可愛い。
俺、今世も独身だと思ってたんだけどなあ。
65歳下の幼妻を貰うって、誰が予想できる?
その頃のリリーとシルは。
「シュウが年々若返ってる気がするのよね」
「ミシェルと言動が似てきてるからだな」
「ああ!なるほど!」