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会津遊一 ホラー短編集

思い出はトダナの中に

作者: 会津遊一
掲載日:2009/07/31

僕は思い出のアルバムを、トダナに収めた。

何時もと同じように、何時もと同じ位置に戻す。

雪の様に積もっている白い防腐剤を隅に押し込み、本を真っ直ぐに立てかけられる様にする。

 「それじゃあ、言ってくるよ」

座っている妻に、そう言い残し家を出た。

それが、僕の朝の日課だった。


まだ、水平線から顔を出した程度の日差しだったが、既にアスファルトは熱くなっていた。

輻射熱で生暖かくなった打ち水が、ゆらゆらと蜃気楼を作り上げている。

その光景を見た途端、僕の手は鉛の様に重くなり、会社に向かう足も鈍っていた。

どうしても夏は好きになれなかった。


僕は社内で書類の整理をしていた。

物を片付けるという行為は、心の奥を鎮めてくれる感じがして、とても好きだった。

ふと、同僚に軽く肩を叩かれた。

 「よう、元気か?」

 「……」

 「なんだ、まだダメなのか」

 「……」

 「もうアレから一年だろ。そろそろ、吹っ切って元気出せよ」

そう言い残すと、同僚は何処かに行ってしまった。

 「思い出があるから大丈夫だよ」

僕の呟きは届かなかった様だった。


帰宅後、僕は真っ先にトダナを開けた。

白い薬剤をかき分け、ビニール袋に包まれているアルバムを取り出した。

そして懐かしむ様に、僕は思い出の写真を眺めたのだった。

頭の中に残っている記憶は時間と共に薄れていく。

だが、こうやって一枚でも形に残っていると、その時の情景が手に取る様に思い出せる。

忘れてしまうこともあるが、思い出は何時だって身体の中に残っているのだ。

僕は妻と二人で、夜遅くまで過去を語り合った。


深夜三時を回った辺りで、僕はアルバムを閉じた。

楽しい時間というのは、あっという間だ。

後ろ髪を引かれる思いはあるが、もうすぐ会社に行かなければならない。

僕は妻の灰色の手を握りつつ、仮眠の準備を始めたのだった。


まずアルバムを防菌加工されたビニール袋に入れておいた。

次に、トダナの中から古い防腐剤を取り出し、真新しい布巾で掃除する事にした。

とは言っても、力任せにゴシゴシと拭くと傷が付いてしまうので、ソッと皺に沿って動かしていく。

有機物である以上、直線ということはありえない。

出来る限り、柔らかいタッチで拭いていく。

そうしていくと、徐々に雑巾の白い部分が、薄汚れた茶色に変化していった。


そうだ、忘れてはいけない。

僕は前もって買っておいた防虫剤を鞄から取り出した。

内側はかなり乾燥しているので、この水分量が多い防虫ジェルをわざわざ取り寄せたのだ。

しかし、新製品を使っても、塗り終わるのに手間がかかってしまう事となる。

想像以上に中が乾燥していたらしい。

僕は、こんな事になるなら、次掃除する時にはシールタイプを買っておこうと決めておいた。


僕は新しい防腐剤を詰め直し、最後にアルバムを戻した。

続けて腹部に通してある麻布の紐を、思い出がこぼれない様に堅く締める。

そして、トダナを布団の上に寝かせて、耳元で甘く囁いた。

 「それじゃあ、次は君の身体を拭かないとね」

  

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― 新着の感想 ―
[一言] ホラーはやっぱり苦手です。 オカルト系はむしろピンとこないので平気なんですが、こういう触感のあるヤツは嫌ですねー。怖いというより、気持ち悪いという印象でしょうか。 個人的には好んで読めません…
[一言] 暑い中、読みました。 余計な部分が少なく、描写する対象が絞られている点が優れていると思いました。
[一言] 妻の遺体が戸棚だな、とすぐにわかってしまいました。 その辺りが少しばかり残念ですね。
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