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龍の娘  作者: 久遠ニイナ
8/10

第一章 龍の牙 八

「れん、かこまれておるぞ」


 またたびの一言でしろがねと蓮が咄嗟に刀を抜いた。かんすけが怯えて足にすがりついたのを確認し、辺りを警戒しながら自信に満ちた声で言う。


「かんすけ、俺から離れんなよ」

「うん」


 頼りがいのある始末屋に惚れてしまったかんすけが、蓮の袴をぎゅっと掴んだ。生き延びる唯一の術だ。これを逃すときっと後悔する。蓮にくっついていると不思議と先程までの恐怖感は消え去り、力が湧いてくるような気がした。


「またたび、お前は戻りなさい」

「あいよ」


 銀の命令で式神がポンっ!と消えた。



「来るぞ」


 蓮が柄を握り直した瞬間、四人の男達が木々の影から勢いよく飛び出してきた。忍び装束を身に着けた男達は一斉に躊躇なく、始末屋2人に刀を振り下ろし、両名ともふわりとかわす。


「おいおい、お約束の時間よりも随分早いじゃねえの」


 蓮は左足に絡みついているかんすけをひょいと抱き上げ、後ろに飛び退いた。


「うわあッ!」


 戦闘経験のないかんすけが情けない声を漏らすのを尻目に、

「てめえら俺になんか文句でもあんのか!」

 殺意をあらわにしている敵に向かって吠えた。


「文句などはない。ただ親方様が望んでいる」

 冷静に答えた忍びは四人揃って蓮に向かって走り出す。


「香我美の人間を殺すのみ」


 蓮がチッと大げさに舌打ちをし、かんすけを素早く地面に降ろした。狙いは俺か。


「銀、下がれッ!俺がやる!」

「はっ」


 銀が地面を力強く蹴り上げ2m上空に跳躍し、忍びよりも先に蓮を軽々と飛び越えた。彼女の背後ですくんでいたかんすけの盾となったと同時に、刀がぶつかり合う。耳をつんざく鉄の音が森の中に響いた。


「てめえらが俺に勝てるとでも思ってんのか?」


 敵の攻撃を受け止めた蓮は、深く両膝を折り込んで踏ん張りを利かせる。


「女に負けるはずがないだろう」


「聞いたか銀。ずいぶん舐められてるもんだな」

 蓮はニヤリと満面の笑みを浮かべ、

「――っぉぉぉらっ!!」

 刀を押し返した。


 前のめりに忍びの懐へと飛び込んだ蓮は、刀を外回りに振り回す。忍びが一歩引いた。切っ先が忍びの顎先あごさきぎりぎりの空を切る。


「あんた達は泰孝さんの依頼に背く気か?」

「依頼?知らねえな。ガキを見殺しにしてくれ、つう依頼は受けてねえ」


 空を切った勢いを止め、逆の弧を描きながら左腕で忍びの頬に裏拳を打ち込んでやった。あっけなく忍びが倒れる。


「はい次ぃ!」


 血が騒ぎ出す。楽しい。高揚を抑えきれずに蓮が叫んだ。


「馬鹿にするなあ!」


 逞しい体の持ち主が不安を振り切るかのように突っ込んできたが、蓮は愛刀を天に掲げ、一瞬光を反射させると彼の右腕を斬り落とした。ひいっ!、と恐怖の悲鳴が聞こえた瞬間に口角が吊り上る。鮮やかな血飛沫が顔にかかった。


「おいおい、肩慣らしにもなんねえぞ!」


 すぐさま三人目の獲物の背後にまわり彼の背中を斬り付け、力なく倒れる身体に蹴りを入れる。黒髪を靡かせ、四人目の攻撃を優雅にかわした。そして腹を突き刺す。


「話になんねえほど弱いな、てめえら。ほんとに忍びかよ」


 愉快そうに笑う蓮。襲いかかる敵をわずか四手で全てねじ伏せた。命は取らない。戦闘不能にするだけだ。

 僅かに意識を保っていた黒装束の男が弱々しく手を伸ばし、返り血で染まった蓮の袴を鷲掴んだ。蓮は男の頭を足で踏んづけて、忍びの背中に切っ先を突きたてる。


「ば、化け物め」

「だから」


 蓮が刀を自分の肩に乗せ、ひれ伏す忍びを見下みくだした。


「俺は人間じゃないんだっつうの」





「蓮っ!何してるの!?」


 姉の慌てた声が響き渡り、蓮は髪をなびかせて振り返った。


 蓮の背後、森の奥から蘭が駆け付けた。後ろから武蔵と2人の子ども達が遅れてついてくる。倒れて動けなくなっている忍び衆を見つけ、事の顛末を大方把握した蘭はため息をつく。


「おう、おせえぞ蘭。全部倒しちまったじゃねえか」


 蓮が顔に付着した血糊を袖で拭った。銀は刀を鞘に戻し、おかえりなさいませ、と蘭に一礼する。


「またあんた一人で!」

「戦闘の時くらいちゃんと来いよ。・・・それよりこいつら誰だ?」


 武蔵の影から2人の子ども達が一目散にかんすけに駆け寄り、銀の足元で抱き合った。


「かんちゃん!」

「みんな!!」

「無事で良かった!」


 次々と歓喜の声を上げ、感動の再会だ。


「こういう事よ」

「お、おう・・・」


 少しばかり戸惑った蓮を見て、気を緩めるのはまだ早い、とばかりに蘭が妹に肘鉄砲を食らわせた。


「ちょっと、ぼうっとしないでよ。これで終わると思った?」

「はあ?」

「これは香我美狩りよ」

「だろうな」

「生贄の風習もでっち上げだったわ」

「ああ。またたびから聞いた。ちなみにかんすけは香我美の子どもだ」

「ふうん、だから感知出来なかったのね」


 簡潔に事態を整理している双子に、武蔵が情報を付け足す。


「それと、ここ最近、夜になるとものすごくひんやりするんだとよ」

「・・・ん?それって・・・」

「妖怪が絡んでいるという事ですね」


 銀の言葉に蓮が反応する。


「どういうことだ?」


 黒い影が空を覆った。灰色だった雲が漆黒に変わり、

「・・・なんだ・・?」

 一気に空気が冷たくなる。


「おい、分かりやすく説明しろ!!」


 蓮が刀の血を袖で拭い、次の戦闘に備える。


「香我美狩りを目論んだ泰孝やすたかは、妖怪と契約を交わした。そうですね?」


 銀の問いに蘭が深刻そうにうなずく。蓮が眉間にしわを寄せて舌打ちをした。あの野郎、面倒くせえ事してくれたな・・・


「僕たち、どうなっちゃうの?」


 怯え始めた子ども達を見て、武蔵が両膝に手をついてかがみ込み、優しく微笑んだ。3人の子どもとしっかり目を合わせる。


「大丈夫だ。ちゃんと守ってやるから安心しろ」


 蓮が大きく息を吸い込んで、威勢良く声を張り上げた。


「泰孝ァ!!いるのはわかってんだ!さっさと出てこい!」


「………」


「―って言って出てきてくれたら楽なんだけどなあ・・・」


 かがみ込んだまま武蔵がぼやいていると、かすかだが草を踏みしめる足音が近づいてきた。男達が同時に刀を抜き、子ども達は小声で悲鳴を上げて武蔵の影にすばやく隠れた。銀は先頭に立つべく音の鳴る方へ歩みを進め、双子が後を追う。


「おいクソ坊主!聞いてんのか!」


 足音は止まることなく続き、一同の目の前に貫禄ある男が遂に姿を現した。村を取り仕切っている僧侶、泰孝やすたかだ。正装に身を包んだ男は昨晩対面した時の平静さを保ったまま、どう猛な笑みを口のかすめた。


「聞こえておるぞ、蓮殿。お待たせして申し訳ない」


「あら、ずいぶんもったいぶって登場するじゃないの。どこで油を売ってたのかしら」


 挑発するかのように蘭が余裕の笑みを浮かべて顎を引いた。若い男ならこの程度の上目遣いでイチコロだぞ、と蓮は鼻を鳴らす。


「おやおや。貴女様には興味がない故、下がって頂けますかな、蘭殿。それとも”元”龍の娘、と呼んだ方がよいか」


「んなッ・・・!」


 始末屋一行が揃って息を呑んだ。顔を引きつらせ硬直する。

何故部外者である坊主が一族の秘密を知っている・・・?


「・・・お前・・・その話しどっから仕入れてきた?」

「もちろん、香我美一族の者からですよ蓮殿」


 不気味に口角を吊り上げた泰孝が、両手を広げて声高らかに言った。


「あなた様に用があって参りました。天童家で男として育てられた、真の”龍の娘”」

「!?」


 一族の者しか知らない事実を次々と喋る泰孝に、始末屋が揃って睨みを利かせた。

 蘭は15歳まで確かに”龍の娘”の後継者だった。しかし、妖刀”龍の牙”に拒絶され、その代わりに次女である蓮が先代から力を受け継ぎ、正統な後継者となっている。その事情を知り得る者は、香我美一族の人間だけだ。


「”龍の娘”にどのようなご用件でしょうか。我々はあなたの様な悪党に時間を割けるほど暇ではないのです」


「理を正すため、”龍の娘”を討つ」


「はあ?何ほざいてんだてめえ。意味わかんねえぞ!」

「”龍の娘”の首を差し出せば、あのお方はさぞお喜びになるだろう」

「あのお方・・・?」


 僧侶の後ろから見覚えのある四人衆が現れた。双子は目を大きく見開き、武蔵が強くを歯を食いしばった。


「あいつらは・・・!?」


 銀だけが表情を変えずに三白眼で目の前を見据える。


「西の始末屋・・・アヤメが率いていた、今は亡き始末屋ですね」



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