第一章 龍の牙 参
始末屋が四人横並びに腰を下ろし一息ついていると、五十代ほどの貫禄ある男と、灯りを持った青年二人が室内に入ってきた。男達は髪がなく袈裟を纏っており、見たところ三人とも僧侶のようだった。
「お待たせして申し訳ない。我は泰孝だ。この村を取り仕切っている」
温厚な表情を浮かべた中央の年配坊主が名乗り、始末屋四人組をざっと見渡した。最後に蘭を捉えた彼の視線は、蘭を頭の先から足先までを何度か往復し、青年二人も自然とそれに倣う。
「おお・・・たまげたな。こんなべっぴんさんがいるとは」
蘭の美貌はいつだって男を虜にしてしまう。つややかな黒髪、すっと伸びた鼻筋、赤く色づいた唇、そして何より妖艶な吊り目。彼女は絵に描いたかのような美しさを持ち合わせていた。これもまた、時に武器となる。
「そなたの名は?」
「蘭です。よろしく」
凛とした態度を崩さずに返答した蘭の凛々しさに、男達はほぅ、と息を漏らした。
「そうかそうか。いやあ、もったいない、そなたのような女子が始末屋としてこんな所までくるなんて」
年中旅してますけど何か、と事実を言ってやりたいところだったが、ここで情報提供する必要性がない事をよく理解していた蘭は、出かけた言葉を飲み込んだ。
「今回はあたしと蓮、銀、武蔵の四人で担当するわ」
「うむ。全員・・・?」
「ええ。うちの一族の者よ」
「そうか。ならば安心して任せることができる。よろしく頼むよ」
香我美は下級貴族でありながら陰陽師、忍び、始末屋など様々な仕事を請け負っている一族だった。幼少期から厳しい修行を積んできた彼らは国の戦力として重宝されており、帝直属の部隊とも呼ばれていた。この国では誰もが皆一目置く、由緒正しい家柄である。
「早速ですが、あの依頼の文から説明してもらえませぬか。残念ながら、あれだけでは我々も何をすれば良いのか見当もつかぬもので」
「化け狐ってどういう意味ですか?」
銀と武蔵が矢継ぎ早に尋ねる。情報収集や報酬の交渉は男の役目だ。
「いや、実はどうしても始末屋の皆さんにお越し頂きたくて、そのように記したのだ。妖怪などの名前を出せば始末屋が来てくれると噂で聞いてな。すまない」
泰孝と青年達は始末屋と対面する形で腰を下ろした。威厳たっぷりに咳払いすると、話を本題に移す。
「この村には古くから伝わる神がいて、その神に毎年生贄を差し出すのが慣わしなのだ。しかし、この神を信じていない愚か者が数名いて、今回の儀式を台無しにする計画を企てておるのだという。その事を先日知り、そなた達に依頼の文を送った次第だ」
「では愚か者を阻止してほしい、というご依頼ですね?」
「ご名答。化け狐というのは、そやつらが名乗っている汚らわしい名のことだ」
「妖怪じゃねえのか」
蓮が初めて口を開いた。泰孝が興味深げに蓮を見つめる。
「妖怪なんてもういないだろう?」
まあ、と口を濁す蓮を横目で窺いながら、銀が主の心情を察した。ここで一族の抱えている闇を話す必要性は全くない、との判断である。
「しかし、今も生贄の習慣が残っているというのは驚きですね」
「人々は神に縋らないと生きていけないのだ」
「生贄を差し出さなかったら、この村はどうなるんですか?」
胸糞悪くなった蓮は男衆に対話を任せて、埃くさい部屋から外に出た。
「れん、どこいくんじゃ」
襖を閉め渡り廊下で蓮が一人になった途端、すぐさま「ポンっ!」と音がして背後から式神が現れた。
蓮がため息をつく。
「おい、またたび。召喚してもいないのに出てくんなよ。大人しく寝てろ」
「もうたくさんねたもん。ひまじゃひまじゃ」
蓮の肩に乗っかった猫の式神またたびは、毛づくろいしながら駄々をこねた。銀が陰陽師の仕事を請け負う時に使役している式神の一人だが、まだ生まれて5年ほどの子猫である。一人前の式神が100歳と言われているから、まだまだ我儘盛りの年頃だ。
銀と同じ白い毛並みを持った美しい子猫で、しっぽが二股に割れているのとお喋り好きな点を除けば、普通の猫に見えるだろう。
「むさしのふういんだとぐっすりねむれないのじゃ。あやつはいつになったらつよくなるんじゃろ」
「あいつは妖力あんまりないからなあ、術式はうまくならねえよ。そもそもお前は銀の封印でも起きてくるじゃん」
「あにきとは”ゆるゆるのけいやく”なのでな」
「なんだよ”ゆるゆるの契約”って」
可愛らしいまたたびとの会話に思わず頬が緩んだ。戦闘職種である始末屋のマスコットキャラクターには、こういった癒し系がぴったりである。
「そうだ、またたび。人間の子どもに変化して情報収集しとけ。明日化け狐ってのを狩るぞ」
「ばけぎつね?」
「そういう輩がいるんだって」
「わし、ようかいこわいからいやじゃ」
「お前それでも式神か。がんばれよ」
「むー」
「ほら変化変化」
主の掛け声でポンっ!と男児に変化した。齢は7歳程度、さっそくふくれっ面だ。
「おらがしんでもしらないからな」
「大丈夫だ、そもそもこの世では生きてねえんだからお前」
「ふえええ」
「頼んだぞ。明日の昼までに戻ってこい。詳細は銀の頭の中を覗けばわかるから」
しゅんと頭を垂れた男児は
「れんもこわいからきらいじゃ」
捨て台詞を吐いてからポンっ!と消えた。