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「……や、優しくしてね」


 甘い声が囁き、PCのみの光で照らされる部屋に響き渡っている。


「あ、あやせたんきゃわいいよ」


 目の前には無機物の黒いモニターのみ。だがこの男ーー永夢(えいむ)は、さも現実の女の子にでも話かけているかのようだ。


「きゃっ。もうそんなに触っちゃだめ」


 それはタッチ機能式のポータブルエロゲーム。

 紳士で大きな男の子に大絶賛の最新ゲームーーそのタイトルには、ラブラブタッチと書かれている。

「えへ、えへ、えへへ。あやせたーん。あいしてるよー」

 

 ーー変態である。自他ともに認めるただの変態である。

 いや、待ってくれ淑女諸君。そんな蔑みの目線を浴びせるのはまだ早い。

 そして善良な全国の男子共。君たちなら分かるはずだ。溜まりに溜まった時のソレを満足して抜きたいという儚い願望が。

 若干十七才童貞彼女なし。

 良いではないか。

 誇るべきことにこの男、エロ動画サイトの動画は見尽くした挙句、エロ本にエロ同人ーー見れるだけのものは全て見てきた。

 自重行為の成れの果て。行くとこまで行った男は、並大抵のことではその毒素は吐き出せない。

 故にこのゲーム。ラブラブタッチに手を出したのだ。

 きっと死んだ両親が見たら泣くだろう。

 ーーだからどうした。

 何が悪いのだ。これは「愛」だ。

 日々エロについて考え、エロのことを想い、エロに恋焦がれてきた。

 これを「愛」と呼ばずしてなんと呼ぼうかッ!

 ーー扉に目を向け、おもむろにティッシュを取り出す。


「東西南北異常なし!これから緊急処置に入る。なん人とたりともこの神聖な行為を邪魔することなど出来ないッ!」

 

 そして、彼の右手がーーズボンにかけられーー

 

「ボクだ。失礼する……よ」

 

「うぎゃぁぁぁぁああああ」

 

 扉が開き、澄んだ少女の声が聞こえてきた。

 慌てて床に転がり込み、ティッシュを隠す。


「おやおや一体どうしたんだい?自傷行為の途中で見られちゃったみたいな悲鳴だして」


「的確すぎんだろッ。お前いつからそこに」


「あやせちゃんぺろぺろ。ぐへへ、ここがいいんだろーって所からだね」


「そんなこと言ってねーよバカ」


 そこには新しい玩具でも見つけたかのように楽しそうな笑みを浮かべる可憐な少女ーー沙がいた。


「馬鹿とは心外だよ。君だって知っているだろう?この間の全国模試の結果。まぁああいうのは要領の問題だからね。頭の良さが見れるかは分からないけれど、一つの指標くらいにはなるのではないかな」


「んぐっ」

 

 ーーくそ。言い返せない。

 須藤沙。全国模試ーー一位。

 容姿端麗。成績優秀。大抵の事は頭一つ抜きん出ててできる超人。

 

「それよりお前ーー何しに来たんだ?」

「ん?仕事だよ。君はあやせたんに夢中で気づかなかったのかい?いつもどおりの時間だ」

 そう言いながら永夢が使う机の隣ーー全く同じPCが置かれた同種の机に座る。

 

 俺たちの仕事。

 それはーープロゲーマーだ。

 特にFPSゲームのタイトルに関しては、世界各国で開催される大会で優勝を積み重ねている猛者タッグ。

 

 ーーフルダイブ型VRゲーム機が発売されてからはや五年。FPSゲーマーの人口は激増した。

 圧倒的な臨場感と高揚感が味わえることや、人を銃で打てる事への興奮。これらの要因が人を呼び、今や競技人口最大の王道ジャンルへと昇華した。

 

「茂みポイントC2。敵発見。数8。やれるか?」


「確認。距離400。楽勝だよ」

 

 息を潜めながら潜入してきたのは敵の本軍。

 彼女への報告を完了した瞬間勝ちを確信する。


「風の風向南南西。距離減衰も考えると一発じゃ倒せない。だから安心出来るだなんて……甘々だね」


 ーー一瞬で敵を三人、デッドエフェクトに落とし込む。


「ど、どこからだ」


 銃声が聞こえない範囲でギリギリの射撃。

 それが全てヘッドショット。故に逃げることが出来ず、反撃も出来ない。

 まず400メートルの距離を当てること自体が至難の業だ。さらにヘッドショットに連続して打ち込むことなど、不可能に近い。

 だって見えていないのだから。このゲームの視認限界距離は350メートル。それを永夢の報告と並外れた予測によって起こす正確無比な射撃。

 沙はそれを容易くやってのける。

(チェックメイトだね)

 

 人数が減ったのを機に茂みから出て奇襲。


「こ、こいつ」


 ーー体術。FPSゲームでは無縁のこの技術を永夢は極限まで極めている。


「う、うて!うてー」


「くそっ!全然当たんねぇ」


 木々に隠れながら、玉を避け、避けられない弾丸は手持ちのハンドガンで相殺させる。


「こんなのありかよ」


 敵のリロードのタイミングを見図り、サブマシンガンで掃討する。

 残りの五人全員を撃破。


「よっしゃーーノーダメでワンパ潰し!調子いいな」


「これは相手がマヌケすぎるよ。射線管理の一つも出来ない素人じゃないか」


 倒した敵のログが表示される

 [ランチNY]と書かれたエフェクトが現れ、数秒で消失する。

 

 これがおびただしい程の数を誇るFPSゲームの頂点に君臨する二人の高校生プロゲーマー。


「今日はここで終わっとくか?」


「そうだね……あれ?ログインボタンどこ」


 いつもであれば表示されるログインボタンが表示されない。

 空間に手をかざし、何度も設定ボタンを確かめている。


「何言ってん……ッ」


 確かめようとした時にはもう遅い……

 ーー急に頭に電流のようなものが走った。


「あああだっ、なんだ……これ」


 脳が焼かれるように暑くなっていく。

 痛みが益々強くなってーー

 バタンと同じ刺激を受けたのであろう沙が倒れた。

 脳が焼かれるような痛みは解放されることなく、数分間耐えた後に、俺はあっけなく倒れた。

 

 

 

 ▢▢▢

 

 

 

 目が覚めるとそこは、宇宙のような空間だった。

 よもやここは天国か何かなのか。ついに童貞を捨てることなく、この世を離れてしまったのかーーなどと嘆く男の傍には見慣れた少女がいた。


「沙。大丈夫か。というか、ここはどこだ」


「ボクが聞きたいところだけど……もうそろそろその答えが聞けそうだね」


 そう言うと、宇宙のような空間の中に光が現れる。

 

 そこからは出てきたのはーー男だ。

 金髪にサラサラとした髪。そして顔の整った男。

 イケメンーーだがその服装はハワイヤンなTシャツに短パン。意味もないであろうサングラスを頭にかけ、ピアスやらネックレスやらでジャラジャラだ。

 ーーそして二人の視線がその口に向かれ、おもむろに開かれる。

 

「いいんやーテンションあげてる〜?ふぉぅうふぉぉーう。なになにそこの君〜辛気臭い顔しちゃって。この世の終わりみたいな顔だよ。まあ君たち死んじゃったから終わりなのは終わりなんだけどね。ハハッ」

 

 なんと言えばいいものか……

 この男、ものすごくーーチャラい。

 

「はぁ?何言ってんだコイツ」


「ご高説願おうかしらね。ボクはつまらない冗談は嫌いなんだ。ちなみに永夢の顔は例外だよ」


「今遠回しに俺の顔がつまらない冗談のようだと言われた気がしたんだがッ」


 確かに永夢は平均的な顔立ちであることに間違いはない。

 憎まれ口のひとつでも言ってやりたいところだがーー美人(コイツ)には言えない。


「おいおい君たち。神様を前にしてイチャイチャしないでくれよな〜。せっかく君たちのために転生処置をしてあげようってのに」


 男は前髪をかきあげながら若者のアレなテンションで続ける。


「もう僕がこんな仕事するなんて珍しいだからね」


「ちょっと待てーー俺たちは死んだのか?」


「そーだよ。そーなんだよね〜。君達がゲームしている間に家に雷が直撃しちゃってさw。あぁでも心配しないでいいよ。ボクが親切で君たちを異世界に転生させてあげるから」

 

 ーーへぇ。俺たちは死んだのか。

 

 別段悲しくなることは無い。

 人はいつもどこかで必ず死んでいるし、それが今日俺たちになっただけという話。

 このわけの分からない空間を見れば、頷かなざるをえない。

 あぁ一つだけ後悔があるとするなら、俺のあやせたんによる慰めを未だ果たせていなかったくらいかーーと、その程度の認識。


「へー。面白いことを言うもんだ。その妄言が本当だとしたらボクたちは一体どんな世界に連れていかれるのかな。それ次第では、先程の言葉は撤回するよ」


 このような神秘的な場所を目にしても変わらずいつも通りだ。

 普通の人間ならば、元の世界に帰れないことを危惧するだろうがーー二人は違う。


「そこは、ファンタジーの世界。剣と魔法が飛び交う桃源郷。そそるだろう?……ただ夢のような世界ではなくってね。1000年以上も戦争という戦争を積み重ねていたんだよ。そこで僕達神がルールを決めたのさ」


「ルール?」


「今後一切の全面戦争を禁じ、国家間での代表選抜代行戦争(オールスターウォーゲーム)によって序列を明確にする。序列の高い順に神からの恩恵を受けれるってね〜。それに関しての戦争での死人は全て神々の名のもとに復活させる。どうだい?神って良い奴だろ〜」


 代理人を立てた公平な勝負。これなら国力を賭けて争うようなことはなく、国民にも優しい。


「それに際する代表選抜の時も、死んだ人間を復活をさせるんだから僕達ってばほんと太っ腹だよねーw」


 死人は出ることはない。神々の恩恵がどのようなものかは図ることは出来ないが、死人の蘇生を断言しているところを見ると、そうとうなものなのだろうーーと永夢は思う。


「それは全く泣けてくる話だね。ちなみにその戦争の代理人とやらは一人なのかい?随分と責任が重いようだけど」


「違うよ〜。50人対50人の総力戦。最後の一人になるまで戦ってもらうんだ。おっと。そう言えば申し遅れちゃったね、ボクはヤリ・チンジャだよ。皆からはヤリチンって呼ばれてるから〜いやほんとマジしくよろ〜」


「まんまじゃねえかばかやろう」


 ーーつい突っ込んでしまった。

 こういう奴にはスルーが一番。無闇やたらに突っ込むと嬉しがってしまうからな。

 そんな心理的葛藤を他所に、沙がこちらを見てくる。

 

(……あぁわかってるよ)

 

「それじゃあ〜転生させちゃおっかなーー」

 ニヤリと笑みをこぼした永夢に、自称神は気づかない。

 

「待てよ」

 

 獲物を見つけたかのように二人で、顔を見合わす。

 

「まだこのチュートリアルは終わらせねぇぜーー皮かぶりのペテン師さんよ」


 鋭い眼光に変わり神を睨みつける永夢。


「情報は最大限まで聞き出すもの。君と意見が合うだなんて珍しいこともあるんだね。まずは状況を整理しようか」

 

 眼力が自称神をとらえ、身じろく。

「な、なんだい。言うことは全部言ったつもりなんだけどな〜」


「あぁ素晴らしいもんだったぜ。神々のとやらの活躍ぶり。1000年もの戦争を止めたってなーーでもそれは違うだろ。あんたらは1000年も止めなかったんだよ」


「戦争という歴史は血みどろに塗れているけれど、そこには人間のドラマがあるからね。数々のヒット作品に時代物があるのはそこが要因だ。策略、戦略、共闘、裏切り……戦争は面白いーー戦争を俯瞰して眺めるのが楽しい。親切でだなんて随分と改ざんされた見解だね。違うかな?ペテン師さん」


 チンジャは目を動かさず眉だけをぴくりと動かす。

 この時二人の推測は確信へと変わる。


「そもそも変な話だ。元々止められる力があるのに1000年たって今更変えるとか。その時点でダウトだーーだがなんらかの要因があったんだろう。それで戦争を止めなければならなかった。ああ困った困った、これでは人々の戦いを見ることが出来ないぞと……そこでこの代理戦争だ。コンパクトかつ楽に開催できるな。賭け事なんかにも発展できそうだし、一石二鳥。やったぜ」


「でも、それは根本的におかしい。事の発端は国家間の争いだと言うのにーーこれがまかり通るというのなら、事の発端は人間ではなく、神にある。つまり人々の目的は神の恩恵だ……それでさっきの話に帰結するんだよ。でもでもこの制度は素晴らしいと思うよ。そうだねこれで世界は平和だ」


 リズム良く二人で事実に迫っていく。


「おおっと。でも何だかマンネリ化してきちゃったな。そうだ、どこぞの馬の骨でも連れて面白くさせよう」


 最初とは打って変わって神が固まっている。

 それを見た永夢はさらにニヤリと笑みを浮かべながら続けるーー

 

「つまりさ、あんたらは俺らに、こう言いたいわけだーーこのゲームつまんなくなったから適当に暴れて楽しませてよって」

「ボクたちにゲームで挑むだなんて怖いもの知らずだね」

 

 チンジャはどんどんと顔の色を悪くしていく。

「な……にをいってるのかな?」


「あと、死んだ……なんてのも嘘なんだろう?ボクたちにゲームでコテンパンにされたからってそこまでするとはね」


 そして核心へと迫る。

 同じようにニヤリと笑った沙は続けたーー


「死んだのではなく。殺されたんだ。あなたに……ね」


「な、なぜそう思うんだい?」


「君、さっきゲームで接敵したプレイヤーでしょ。なんとなく会話的に予測はしていたけれど……先程の名前。ヤリチンをローマ字表記に変えたアナグラムがあなたのプレイヤーIDと一致するね。わーおこりゃお姉さんもびっくりだ……ここまで来れば、もうタイミングが合いすぎているよ。雷は落ちたんじゃなくて、落とされたんだってね」

 

 ーーアナグラム。ある言葉を文字の配列を変えることで違う文字に変換する暗号。

「それと、雷で死ぬであろう前、ログインボタンが無くなっていた。それは君が消したんだろう」

 

 ーー唖然。

 全てを看破され、目を丸くする自称神。

 およそ憶測などでは到底行き着くはずがないであろう事実。

 それをいとも容易く紐解いた。


「……ふふふ。ハハハハッ!素晴らしい。素晴らしいよ君達。想像以上だ。認めよう。全て正解だ」


 当たり前だと言わんばかりの自信に満ちた表情を浮かべる二人。


「ただ解せない。何故ここまで分かった?君達は神の力などは全くもって知らないはずだ。包み隠さず言うと、出来ないことだって沢山ある。それでも君たちは断言するように言ったーーなぜ分かったんだい?雷で死んだってこと自体が僕の妄言なのかもしれないし、神が戦争を好んで誘い、戦いの傍観を楽しみにしているだなんて」


 転生の話にせよ。ゲームの話にせよ。全てが今を取り繕うための嘘である可能性だってある。ログインボタンの表記でさえも、それはバグがたまたま発生したという疑いも消すことはできないはずだ。

 

「あぁそりゃ適当だ」

 

 あっけらかんといった。今までの全ては当てずっぽうだと。

 絶句する神をよそに続ける。


「これは技術的なもんだ。慣れれば誰でもできる。ただまあ。推測は幾つかあったんだがーーお前の反応を見て、絞っていったんだよ」


「目の動き、手の動き、表情。色んな情報があるからね。これだけ会話をすれば大抵の思惑は測り取れる。思惑が分かれば推測して事実が分かる」


 説明の中での矛盾点に気づき、知れる限りの情報を揺さぶった。

 そして筋道だてた推論。それを事実に沿うように改変していく。

 全ては自ら彫った墓穴の穴。


「ッッッッ!」


 ーー面白い人間だとチンジャは思った。

 先程までのチャラチャラとした雰囲気はどこかへ行き、いつの間にか本来の神としての風格に変わっていた。


「本当にいいよ君達。気に入った。そうだねーー本当は何もしないつもりだったんだけど、気が変わった。特別に転生特典を授けるよ。これは僕達神の思惑を暴いた見返りだ」


「転生特典?それはなんだ」


「今から転生させる世界に、一つだけ恩恵を授ける。これはものでも才能でも魔法の力でもいい」


 それを聞いた二人は顔を見合わせて、頷き、一斉に声を放つ。


「アサルトライフル!」


「スナイパーライフル!」


 もう二人の頭には元の世界へ戻るという考えは消えている。

 心残りなどはないーー

 今はただ面白いことに夢中なだけのただのゲーマーだ。

「いいだろう。ニンゲン。君たちに恩恵を授けるーー君達に幸福と栄光が与えられんことを願っているよ」

 男の姿をした神が光輝き、その光に銃が現れる。

「君達を送るのは世界ランク100位の島国エルデンーー健闘を祈るよ。僕を楽しませてくれ」

 光が大きくなり、二人を包み込む。

 ーー意識が遠のき、世界が暗転する。

 

 

 

 ▢▢▢

 

 

 

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