Phase3-4 新住居
「兄貴ぃ~~! 心配してたよぉ~~!」
リョウが自宅のドアを開けると、ミヅカが泣きじゃくりながら、リョウに飛びついてきた。
「ぅお!? ……心配させたな。おかえり」
リョウが、飛びついてきてから離れないミヅカの頭を撫でる。
「おーい……上がっていいか……?」
「いつまで外に置いてけぼりにしているのよ」
ドアの外には、ハヤトとアヤカがいる。2人は、早く入れてくれと言わんばかりの表情をしている。
「作り置きだが……まぁ、食べたければ食べてくれ」
そう言ってリョウが差し出したのは、作り置きのクッキー。
「何で作ったんだ?」
「昨日の夜、暇潰しにミヅカと作った。ただ、ミヅカが全ての材料の分量を一桁間違えたから、大量に残ってしまっている」
「いや……あと少しで小麦粉が無くなりそうだったから……全部使ったんだけど……」
「いや、一日に食える分だけ作るのが普通だろ。こうなることは予想外だったしな」
(仲の良い兄妹って素晴らしいよな……やっぱり)
ハヤトは、仲良さげに話し合う双子を見て、3時間前に殺された妹との日々を思い出していた。
「とにかく、ある分全て食べ切る……アヤカ、お前どんだけ食べているんだよ」
話をしている間に、アヤカは全体の5分の1の量のクッキーを食べ切っていた。
「全く持って不本意だけど……このクッキー、美味しいわね」
「不本意とはどういう事だ」
「あなたが作った物だからよ。動物園の時の弁当もそうだけど、気付いたら食べすぎている程においしいわ。本当に不本意だけど」
「感謝するなら、素直に感謝しろよ……」
相変わらずの関係である、リョウとアヤカ。いつものように睨み合いをしていたら……
「まーた睨み合いしてる! いい加減仲直りすればいいのに」
「…………」
「そう…………よね」
睨み合いにミヅカが割って入り、リョウとアヤカが目線を下に向けるこの状況。ハヤトは、自分が放置されているのでは無いかと思うようになった。
「おーい……俺はこの先どうすればいい……?」
「「「あ、忘れてた」」」
「どういうことだよ!?」
そんなこんなで、ハヤトの件についての会議(?)が始まった。
「まずは、住居からだ。この先はどうするつもりだ?」
ハヤトの住居。行橋の自宅は、暴徒化した市民により占領され、そもそも行橋に住む事自体が危険である。そこで、リョウは家にある固定電話の受話器を取り、番号を押す。
「あいつに確認を取る。支援を受けられるかどうかを」
「あいつ……?」
「ミユだ。俺とミヅカは、北原家から支援を受けている。お前も支援を受けられる可能性があると思ってな」
姉が死に、親に捨てられたと言われても過言ではない双子は、引き取った北原家からの支援を受けている。親がいないという点では、ハヤトも同じである。
そして、ミユと電話が繋がり、リョウが会話を始める。その間、ハヤトにミヅカとアヤカが質問をする。
「この件だけど、警察の方にはいつ行くの?」
「警察か。明日までには行く。ただ、行橋には行けないだろうな」
例の事件を受け、警察はハヤトを探している。本来ならば、すぐに警察の方へと向かわなければならないが、リョウ達はハヤトの住居の事を優先している。
「少し地雷を踏むような話になるかもしれないけど……行橋はどうするつもりかしら?」
「行橋は……」
アヤカの質問に、ハヤトが言葉を濁らせる。その回答は……
「どうなろうとも俺の故郷だ。だが……俺は……そこに捨てられた…………」
質問に答えたハヤトは、頭を抱え込み、蹲ってしまった。
「……行橋に住み続けたいとは思うのかしら?」
まるで追い打ちをかけるように、アヤカが質問を続けていく。
「行橋……住み続けたいよ。だけど……行橋は俺を歓迎していない。俺を許していない。俺を……認めない」
「なるほどね。では――――」
「アヤカちゃん! あまり質問攻めは良くないよ!!」
質問を続けようとしたアヤカを、ミヅカが止めさせた。
「……癖が出てしまったようね。申し訳ない」
質問攻めに申し訳なく思ったアヤカは、ハヤトの肩を摩った。
「いいよ……質問されるべきことは色々あるんだ。どうせ、警察にも質問攻めを食らうのだから」
「そう…………」
ハヤトが、何かを諦めている表情でアヤカを見上げ、そう言い放った。と、ここでリョウが戻ってきた。
「朗報だ。北原家の支援を受けられることになった。色々緩い気がするがな。詳しい内容は今から話す」
その一報を聞いたハヤトは、少しだけ嬉しそうだった。
「まだ、救いの手を伸べる人がいるのか。ありがたい……!」
支援の話。リビングにあるテーブルを囲う形で、4人が座る。
「まぁ、紙に書いておいたが、これが大体の内容だ」
リョウが、電話のメモを取り出し、ハヤトに見せる。その内容はこれだ。
1.住居の支援は、光熱費などを含めて行う
2.食費などは仕送りの形で週一回配布する
3.色々考えて、リョウの住む隣室を住居にする
4.しばらくの間、学校やマンションなどに警護の者を配置する
5.気になることがあれば、俺……か
「これは……5番の奴からして、通話しながら書いたな」
「そうだ。だから、書いていることは正確だ」
「兄貴、4番以外は私たちと全く一緒だね」
「言われてみれば……そうだな」
支援内容が、自分のものとほぼ一緒だということに気付かなかったリョウ。それに気付き、ある思いが脳内を駆け巡る。
(そうなら……ハヤトと俺は、境遇が似ているかもしれないな……。家族を殺され、故郷を捨てざるを得ず、家族以外に話す相手がいなかった……。類は友を呼ぶ、か)
リョウがいきなり立ち上がり、ハヤトの横に移動した。
「話がある。ベランダでな。……お前らは来るなよ?」
「やっぱり兄貴はケチ目ケチ科ケチだ」
「まあいいわ。2人で話し合って……何を言っているのよ、私……」
リョウとハヤトがベランダに出た。
「普段、悩み事があったりするとここに出る。夜の静かな海は大好きだ。まるで、俺の心の中を表しているようだからな。暗く、静かで、時に激しく……まさに俺の心だな」
「なに1人で自分の世界に入っているんだ。話って何だ?」
「話というのは……まあ、色々ある。堅い話から行くか、柔らかい話から行くか、選べ」
「堅い話からの方が、精神的負担が緩和される……と思うからそっちで行く」
「分かった」
ハヤトの希望で、『堅い話』から始めることになった。
「それの内容は……『戦い続けるか』だ」
「……ぇ?」
話の内容は、ハヤトにとっては想定外だった。理由は簡単。アヤカの話と関連付けて、行橋の話をしてくると思ったら、いきなり戦うかどうかの話になったのだから。
「どういうことだ……?」
「そのままの意味だ」
それに続けて、リョウが話の中身を切り出していく。
「『非日常』が起きた瞬間に戦う事は不可能に近い。運良く出来る場合もあるが、大抵は遅れてしまう。しかし、行橋の人間はそれを許さなかった。そうして、あの結末へと至った。ここまでは理解出来るだろう。お前は当事者だからな」
「そうだな。行橋は俺を……」
「まだ『捨てた』とか言うのか。故郷は、自分が思う限りは故郷だ。他人が決めつけることじゃない。一応言っておく」
「思う……限り……」
また同じ発言をしかけたハヤトに、リョウが自分の意見を言い放つ。そのまま、話は続く。
「少し脱線したな。とにかくだ。今後も批判を浴びることがあるだろう。今回みたいに、命も狙われかねない。それでも戦い続けるのならば、デバイスを持ち続けろ。それが出来ないのならば、デバイスを置いて俺の前から消え失せろ。選べ」
「俺は……俺は……」
一方で、家の中。
「今、何時かしら」
「あー……8時だね」
時計の短針は、8の数字を通過していた。
「もうそろそろ私は帰らせて貰うわ。あんな奴と泊まるなんて反吐が出るわ」
「ちょ、反吐って……」
「……では、ここで」
アヤカは、荷物をまとめて帰宅した。
「やれやれ……。兄貴とアヤカちゃんの関係は……ずっと前から変わらないね……」
ミヅカは、ソファーに寝そべったまま、テレビを見ていた。