Phase3-2 質問、口論
『自分』とは何か。
ミハヤは、サユリにそう質問した。
「難しいですねぇ……。哲学は得意じゃないですけど……」
「やっぱり……難題ですかね……」
この難題に、3人とも頭を抱える。電車は、気付けば枝光から3駅進んだ、黒崎を発車していた。
「ああ! もう!」
ミハヤが、電車の窓を軽く殴った。少しだけ、窓が振動する。
「ここまで来ると……吹っ切れちゃうよね」
ヒカリも悩み続けていた。
「うーん……どうすれば…………そうだ、この手がありました」
「「何ですか!?」」
何だろうか。2人は、しっかりとした姿勢で、サユリの話を聞こうとする。
「少し、自分を見つめてはどうでしょうか?」
「「自分…………を?」」
自分を見つめる。簡単なことに思えるが、結構難しい。
「まぁ、ゆっくり考えてみてはどうでしょうか。焦らずに。もうすぐ折尾だから、私はここで」
もうすぐ折尾だ。サユリが立ち上がる。
「あ、先輩! 私たちもここで……」
「あら。もしかして、直方の方ですか?」
「あー……本城です」
折尾駅は、北九州市八幡西区にあり、鹿児島本線と筑豊本線の『福北ゆたか線』と『若松線』に乗り換えることが出来る。サユリは福北ゆたか線で7駅目の直方へと帰り、ミハヤとヒカリは若松線で1駅、本城までである。
簡単に言えば、お互い逆方向に帰ることになる。
「あら、残念ですね。話の続きは、また明日にしましょう。では、ここで」
「「ありがとうございました」」
折尾に着き、3人は別れる。サユリは、一旦改札を出て、Aのりば(旧7番のりば)へと向かった。
ミハヤとヒカリは、ダイヤ改正で位置も番号も変わった7番のりばへ。構造が独特な折尾駅で、迷子になりながらも、2人はどうにか、電車に乗り込めた。
「この構造に、早く慣れないとね……」
「うん……。ミハヤちゃん、またトイレに入り込んだし……」
「うるちゃい」
ミハヤは、極度の方向音痴である。駅の構内図を見ても、何一つわからない。地図を見ても、全く読めない。絵に描いたような方向音痴だ。
――――電車は、若松方面へ。少しして、本城に着いた。そこから歩いて、2人は家に向かう。おおよそ徒歩10分だ。
ミハヤとヒカリは幼なじみだ。ただ、ミハヤは事情により、ヒカリの家族の元で暮らしている。つまり、2人は同居人である。
「「ただいまー」」
2人が家に帰ってきた。食事、風呂、勉強――。そういったことを済まして、2人は寝ようとしたが……。
「あ~~寝れなーい」
「ミハヤちゃん、同じだね」
2人は、電車内の会話が頭に残り続けていて、寝られずにいた。
『自分』。これが、今2人に与えられているテーマである。
「うーん……寝よう。寝不足じゃ、明日キツくなるし。おやすみ」
「そうだね。おやすみ」
そのまま、2人は眠りについた。
一方、サユリは。
「あの子達……大丈夫かしら……」
2人を心配していた。デバイスを使ったミハヤが再び暴走したら、どうすれば――。
そんなことを考えたまま、机に伏せる形でそのまま寝てしまった。
同じ時間帯。リョウは、星を見ながらこんなことを考える。
(なんだろうな……あいつら。ノリが全く違う。何かスポーツでも見ているのだろうかと思う程の連携だった。それに……『Go Rising Street』って何だ?)
レバーを倒したあの時の、謎の掛け声。一体、何の意味があるのだろうか。そんなことを考えていると……
「兄貴!? なんで外に?」
ミヅカもベランダに来た。
「お前こそ。何でここに来た」
「悩んでいるから」
「?」
理由になっていない。リョウは頭を傾げる。
「兄貴ってさ、なんか悩み事があると、すぐに外に出て星を見る癖があるからさ、私も悩み事があったら、外を見るようになったんだよね」
「そうなのか。これも元々は、姉貴の癖だった。それが俺に移ったのだろうな。姉の癖って移るものなんだな」
「まあね」
2人は一緒に星が輝く空を、一緒に眺めた。
「悩み事って何だ?」
「べーつに。なんでもないよ。兄貴にはね」
「――そうか。だったら、俺もなんでもないな。ミヅカには特にな」
「ケチ! オオケチ! オオケチケチ! ケチ目ケチ科ケチ!」
「ゲジゲジみたいに言うな」
ミヅカは、夜中なのにバカ笑いした。リョウも、少し嬉しそうだった。
木曜日の朝。小鳥の囀りから始まる心地よい朝。
枝光駅には、タクミとタツヤ以外の団員全員と、ミヅカがいた。
「あら、あなたがミヅカさんですね。はじめまして。私は生徒会長兼望団団長の上村サユリです」
「こちらこそはじめまして。西原ミヅカです。おそらく、兄k……兄は、色々失礼なことを口走っているはずなので、こちらから……」
「いいえ、大丈夫ですよ? ――立派な妹ですね。リョウ君?」
「あ……はい」
この双子の性格は全く違う。『友達100人できるかな派』と、『友達という概念を理解出来ていない派』。他にも、色々異なる。
学校に着いた段階で、一時解散となった。次の集合は放課後となった。
――昼食の時間。リョウとミヅカは、いつも外にある大階段で、リョウが作った弁当を2人で食べる。リョウが、学校の中で他人に見せない感情を見せる、唯一の機会でもある。
この時、ミユは他の人と昼食を食べに行っているので、ほぼ確実に乱入しない。なのだが。
「少し……いいかな?」
2人、そこにやって来る人影が。
――ミハヤとヒカリだ。
「何の用だ。2人の食事を――」
「「もしかして、シスコン?」」
「ブフッ!!!」
ミハヤとヒカリからそう言われた瞬間、リョウが口に含んだ弁当のご飯を吹き出した。
「兄貴? もしかして図星? やっぱり図星?」
ミヅカは、おとといにも、リョウにこれと同じ質問をしている。
…………リョウの反応は、分かり易すぎた。
「それより……要件を言え」
「質問。『自分』とは何?」
ミハヤの質問に、ミヅカは頭を抱えて悩むが、リョウは違った。
「――自分にしかないものを誇れ。それが自分だ。個性だ。お前にも……それがあるだろう? その、どう見ても角度180°の胸とかな」
「何いィィィ!?!?!?!?!?」
そう言われた瞬間、ミハヤの顔と口調が変わった。
「なーにが180°だ! そんなもの誇れるわけねーだろーが! 今から言うのが、あんたの個性よ! チビ! シスコン! 頑固者! 中傷野郎! スーパードライ!」
そう言われたリョウは、かなり怒っている。それに、ミハヤが突っかかる。
「ほーら! そーなると思った! それがあんたの個性よ! 誇りなさい! 自慢しなさい! 校内放送で宣言――」
「やかましいんだよ!! いくら何でも言い過ぎだろうが! 影なしおっぱい!」
「ア"ァ"!? んだと!? クソガキ! マセガキ! ハナタカガキ!」
「ッ!? お前なぁ……――――ああもういい!! 決闘だ!! どっちかが戦えなくなるまで!! デバイスを使ってな!!」
「あーいいよ!? 受けて立つよその決闘!! 負けたら、ずーっと勝った方の犬になるからね!? いいね!?」
「どうでもいいぞそのくらい!! 負けるわけなどないけどな!!」
――――リョウとミハヤの喧嘩が始まったと思ったら、いきなり決闘が決まった。ミヅカとヒカリは、2人を憐れむような目で見ながら、弁当を食べていた。
「「――私たち……胸小さいし、背も低いのに……はぁ……」」
胸なし。背丈なし。その2つが当てはまるミヅカとヒカリ。2人は呆れながら食事中。
「こんなにガキ臭い兄貴は初めてだよ……」
「ねぇ……。ここまでミハヤちゃんが子供っぽくなるのは初めてだよ……」
「「高校生なのにね。もうちょっと仲良くすればいいのに」」
リョウとミハヤは、怒りながら自分の教室へ戻って行った。
リョウは、授業中にこう思っていた。
(あの様では、完全に子供だな……。だが、今更謝ることなど出来るわけがない。決闘は……決定事項だから……)
一方で、ミハヤも授業中にこう思っていた。
(あいつのペースに巻き込まれたような……いや、全部あいつが悪いんだ。私のことを……あんな……許せない。クソガキめ)
ミハヤは、自分の胸元を見る。
小さい。とにかく小さい。
「ぐぬぬぬぬ…………あの野郎………………」
気付けば、犬の威嚇みたいな声を出していた。
「あー……南沢、大丈夫か……?」
「ぁ……声漏れてた」
…………クラスのほぼ全員に笑われた。