私のご主人様2 ~その2~
「私のご主人様2 ~その1~」の続きです。
実際にオアシスに到着して、現れた大量のラフビッツを前にした時は冷や汗が出ました。
私は戦闘に向いていないと、つくづく感じます。
王子はさっさと先に行ってしまうし、やっと戦闘が終わってお姿を見つけたと思ったらあの無礼娘と親しそうに話しているし、何があったのでしょうか。
出だしからすごく疲れる思いがします。
しかも無礼娘は「面倒だから」という理由で王子の名前を勝手に省略したではありませんか!
王子! 小娘に愛称のように呼ばれて笑っている場合ではありません!
そこは無礼だと怒るところですよ!!
こんな時ばかりは、王子の心の広さがじれったく思えます。
洞窟に入ると、中は外の気温とうって変わって、冬のような冷たい空気に満ちていました。
この奥に竜がいるのかと思うと、ぞっとします。
正直進みたくありません。
王子は私とは違い、いたってご機嫌でした。
でも無礼娘に灯りを渡してやったり、あげく寒そうだからと体温調節の魔法までかけてやらなくてもいいんじゃないでしょうか?
そこまでしてやる必要はないでしょう。
王子にそんなことされたら、女性はつけあがるって分からないんですか??
そう声をかけたいのをぐっと我慢していましたが、無礼娘は別段そういう感じもなく、本当に王子に興味がないんじゃないかとすら思えました。
しかしそもそも傭兵として来ているのですから、女性の弱さをアピールして人に助けてもらうばかりでなく、自分でなんとかしなくてはいけないのでは?
そんな風に思っていた私ですが、とんでもなく巨大なスライム系の異形が出たところで、彼女に対する評価を変えざるを得ないことが起こりました。
もともと魔法士の数が足りないので、物理攻撃の効かないスライムとは相性の悪い傭兵隊です。
前線に出ようとする王子を「見ているだけとおっしゃいましたよね?!」と引き留めていた私は、しかし形成が不利なのに気付いてしまいました。
「イーラス……」
恨みがましい視線を向けられて、仕方なしに手助けしようと前に出ましたが、私の出る幕はなかったのです。
あの無礼娘が、洞窟内を埋め尽くしていたスライムを一撃で全て焼き払ってしまったからです。
しかも、青白く光る剣で。
「……見事だな」
王子が呟いた言葉で、私は我に返りました。
今の青い炎は、たぶん、城の召喚士レベルではじめて使用可能になる、ちょっと特殊なアレではないでしょうか。
少なくとも、あの熱量は私に呼び出せるものではありません。
でも、あの娘は魔法士ではないと言います。
剣士で、召喚士クラスの魔法が使えるなんてことが、あるのでしょうか?
理解不能です。
そして土竜です。
これが、予想以上にヤバかったのです。
書物で読んだことのある最大級の大きさよりは小さかったものの……
それでも山のようにでかいし、ビンビン攻撃的な魔力を感じるし、いかにも痛そうなデザインだし、威圧感がハンパないです。
普通なら近付こうなんて気すら起きません。戦うだなんてもってのほか。
自分も逃げ出したい気持ちを抑えて、その場に立っているだけで精一杯でした。
王子は……やっぱり行かれてしまいました。
見るだけって、言いませんでしたか?!
否応なしに足を奮い立たせて、ちょっと遠巻きに王子に護りの魔法をかけたり、剣に風魔法をかけたり、私は私で尽力しました。
でも、あんな化け物相手に人間が出来ることなんて、所詮限られてますよね?
もう王子を無理矢理にでも引っ張って帰ろうかと考えはじめた時、また無礼娘が登場しました。
しかも、竜の頭上から。
恐ろしい威力の風魔法がかかった長剣を頭部に叩き込まれて、土竜が完全に戦闘モードに入りました。
色んな意味で、なんてことをしてくれるのでしょう。
さっきは青い炎に燃えていた剣が、緑色の風属性に変わっていることも、理解不能です。
もしかすると、あの無礼娘、王子よりも強いのではないでしょうか。
土竜が大量のブレスを洞窟の広間内にまき散らしたところで、私の戦意は完全に喪失しました。
あんなものを見せられて、まだなんとかなると思う人間が、この世にいるでしょうか。
あ、いました。
割と近くに。
王子は土竜に踏みつぶされるところだった私をかばって、ご自身の剣でその爪を受けられたのです。
さすがは我が主。
先ほどの傭兵隊長よりもよほどうまくその重さを受けて、潰されそうな体勢ながらも耐えてらっしゃいます。
状況を理解して、私は一瞬で青ざめました。
このままでは、王子が危ないです。
私になんとか出来るレベルの相手ではないにせよ、お助けしないという選択肢はありません。
渾身の魔力を振り絞って、私は風の刃を土竜の前足に放ちました。
硬い皮膚に亀裂が入って、少しの血が飛びましたが、足は揺らぎません。
駄目か、と思った瞬間。同じ場所に一直線の亀裂が入りました。
ずるりと横に土竜の足がスライドしたように見えて、その斬り口からは大量の血が吹き出てきます。
よく分かりませんが、チャンスです。
私は、重さから解放されてよろめいた主の元に走り寄りました。
回復魔法をかけながら、その体を引っ張って、その場から離れます。
ズンという音を立てて、土竜の足が地面に転がりました。
あれを斬り落としたのが自分でないことくらい、分かります。
完全に怒り狂った土竜が視線を向けているのは、1人の女性でした。
そう、あの無礼娘です。
無礼娘に向けて、地の底から響いてくるような声で、土竜が言葉を発しました。
全身鳥肌が立ちます。
もう無理です……帰りたいです!
なんであの娘はあんなに平然と竜としゃべってるんでしょうか?!
「……飛那姫は?」
回復魔法が効いたのか、ご自身の足でしっかり立たれて私の肩を押すと、王子は無礼娘の名前を呼びました。
傭兵のことなど気にしてる場合ではありませんよ!
そこからは、すべてが一瞬でした。
無礼娘は私が一生かかってもひねり出せない位の風魔法を剣に乗せて、本当に土竜を貫いて、倒してしまったのです。
その時私には、あの土竜よりもよほど、あの娘の方が化け物に見えました。
土竜がその体を地面に横たえた後は、さすがに疲れた様子に見えましたが。
「……っ飛那姫!」
切羽詰まったような声が響いて、私が何事かと振り向こうとしたら、王子の姿はもうそこにありませんでした。
そして、土竜がわずかに首を上げたのが見えたのです。
その口から先ほどと同じブレスが吐き出され、その先に立っていたはずの無礼娘の姿がかき消えました。
油断、したのでしょう。
いくら無礼な娘でも、死んで良いとは思えません。
苦い思いが胸に広がります。
でも、煙の中から現れたのは、無礼娘の焼死体ではありませんでした。
見慣れた銀髪に、焼け焦げた茶のマントが目に飛び込んできて、私はあまりの衝撃に心臓が止まったかと思いました。
王子が、あの無礼娘をかばったのです。
走り寄ることも出来ず、私はただ立ち尽くしました。
こんなにも自分の無力を痛感したことはありません。
王子にもしものことがあったら、私は自分が許せないでしょう。
「……良かった、無事か……」
王子の口から、心底ほっとしたような呟きがもれるのが、私にも聞いて取れました。
王子、それは私の台詞ですよ……
ご無事で、良かったです……
全身の力が抜ける思いがしました。
私が役に立ったかどうかはさておき。
なんとか土竜の討伐は完了しました。
生きてオアシスを出ることが出来て、本当に、本当に良かったです……
城に戻ってから、なんだか王子の様子がいつもと違うことに気がつきました。
私がどれだけお小言をこぼしても、あまりこたえていないのはいつも通りでしたが。
ぼーっと見つめるその視線の先を追うと、あの無礼娘がいます。
……王子? 何を考えているのですか?
「……飛那姫はなんだか、眠そうだな」
そんなに不思議ですか?
私はあの娘の存在自体がおかしいと思いますが。
「あれだけ魔力を使ったんですから、当然でしょう。普通ならとっくに倒れてますよ。一体何でしょうか、あの娘は……非常識ですよ」
そう返しましたが、王子は聞いているのか聞いていないのか分からないような顔で「うん」とだけ、答えます。
王子、いくらなんでも見過ぎです。
それにうたた寝してる姿見て、そんなにうれしそうに笑わないでください。
思えば、王子がこんなに女性を気にしているところを始めて見た気がします。
一抹の不安がよぎって、私はもう一度整った主の横顔をじっと注視してみました。
なんと言うか、これは、もしかすると。
もしかするのでしょうか。
私はひとつの結論に思い当たって、いやいや、と1人首を振ります。
さすがに、それはないでしょう。
見た目はともかく、いくらなんでも、趣味が悪すぎます。
しかし私の予想を裏付けるかのように、王子は慰労会の間ずっと、彼女を気に留めていました。
更に彼女との別れ際、その手を取って引き留めるという、私が知る王子らしからぬ行動に出られたではありませんか。
ああ、もう間違いないです。
困惑されたお顔を見れば、ご自身にも自覚がないことが分かりました。
王子、普段あれだけ多くの女性から好意を向けられておきながら、何故それが分からないのですか……?
結局、正体の分からない気持ちを飲み込んだまま、王子は彼女とそこで別れましたが……
出来れば私的には、もう関わり合いたくない相手です。
しかし王子はそう思っていないでしょう。
「また、彼女とお会いになりたいのですか?」
そう尋ねると、
「ああ、彼女の剣は本当に見事だった。あの強さの秘密を知りたいな」
という、的外れな回答が返ってきました。
一応、ご自分でも納得された様子なので、まあ良しとしておきましょう。
次に彼女に会った時、王子はどういう行動に出られるのでしょうか。
遅すぎる春を迎えたと同時にまた冬が訪れた、主の少し沈んだ顔を見て私は考えます。
きっとまたどこかで、あの無礼娘とは顔を合わせることがありそうな気がします。
そんな不安にも似た予感を覚えたことは、主には内緒にしておくことにしましょう。
『没落の王女』番外編。
侍従イーラスから見た、土竜討伐編でした。