01話 純白の悪夢(ウェディング・ナイトメア)
※挿絵が不要の場合、なろうのシステムでその表示・非表示を切り替えることができます。ご活用ください。
――こんな仕事、受けるんじゃなかった!
後悔先に立たず。なんだってこんな仕事受けちまったんだか……まったく、あん時の俺に言ってやりてぇぜ。
「絶対に、絶対に関わるんじゃねぇ!」
ってな。
※ ※ ※ ※
扉の向こうから聞こえてくる酔っ払いたちの喧騒が、ジェルドの耳を心地よくくすぐる。そんな浮かれた週末、彼はハツカネズミのごとく忙しなく働く店員たちをよそに、一人事務所で書類とにらめっこしていた。
「マジかよ……これ、俺が行くのか?」
書類――北の辺境に領地を持つ伯爵家の調査書だ――を眺めながら、ジェルドは一人、深い深いため息をついた。その調査書に記されていたのは、もっとも彼に向かない任務の命令。いわゆる、潜入捜査だった。
「たくよぉ、なんだってこんな人手が足りない時に……」
普段なら特に問題はなかったのだ。ただ、今は時期が悪い。ジェルド子飼いの優秀な部下は皆、デールやシロルディアの動向を探るのに出払ってしまっていた。残りの者もあいにく皆、それぞれの任務についてしまっている。諜報部は万年人手不足なのだ。大きい案件がある時は、特に。
ジェルドは再び大きなため息をつくと、机に突っ伏すようにして頭を抱えた。
くっそー、いつもなら適任のヤツをちょいと見繕って、そいつからあがってくる情報でこうパパッと片付けんだけどなぁ……
そりゃ、本当のとこは自分で動くのが一番手っ取り早くて楽なんだけどよ。でもなぁ……俺、無駄に目立っちまうんだよなぁ。潜入系は鬼門なんだよ、クソッ。なのによ、なんだってこんな俺しかいない時に、こんな任務が回ってきやがんだよ!
ひとしきり頭の中でぼやいた後、ジェルドはあきらめたように席を立つと、そのまま店を後にした。
※ ※ ※ ※
「は~い、これ。でもぉ、まさかアナタにこれを渡す日が来るなんてぇ、思いもしなかったわぁ」
白衣の男――魔法薬研究所室長セルダは、ニヤニヤと明らかに面白がりながらジェルドに小瓶を渡した。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな、コレ。言っとくが俺は、魔力なんざこれっぽっちも持ってねぇぞ」
「大丈夫よ~。効果はだーいぶ弱くなっちゃったけどぉ、これならアンタみたいな魔力なしの筋肉バカでもいけるわよん」
「うるせぇ、バカは余計だ! しっかしなぁ、なんで俺がこんなもん……」
ジェルドは苦虫をかみつぶしたような顔で手の中の小瓶を見つめる。そんなジェルドを、セルダは今にも吹き出しそうな顔で見ていた。
「それにしても……ぶはっ、ない、ないわ~」
「うるせぇよ! 俺だってありえねぇって思ってんだよ!!」
「ば、バカじゃないの、アンタにその任務回した、上層部。だって、あんたが女体化して潜入って…………ぶっ、アハハハハ」
とうとう腹を抱えて笑い出したセルダ。ジェルドは一向に笑い止むことのなさそうなセルダを無視すると、そのまま不機嫌丸出しの顔で部屋を出た。眉間に深くしわを刻み、嫌々今回の任務の内容を思い起こす。
今回の潜入任務、それは――
『奴隷売買の嫌疑がかかっている、とある貴族への潜入調査』
なぜそれに、女体化の魔法薬が必要なのか?
それは、その貴族が自分の花嫁を探すという広告を大々的に出し、貴賤を問わず国中から未婚の女性を集めていたからだ。今、ターゲットの警備は、女性限定でゆるくなっている。
「しっかしよぉ……ほんと上層部、バカじゃねぇの? 俺が女になったとこで、ソッコー追い返されんだろ、普通に考えてよぉ」
肩を落としとぼとぼと廊下を歩きながら、ジェルドは大きく深いため息をついた。
※ ※ ※ ※
赤い絨毯が敷き詰められた廊下には、壁に沿っていくつもの椅子が並べられている。そこには若い女性から未亡人まで、実に様々な女性が椅子に腰かけていた。
「289番、ジェニー・セクレト。入ってください」
扉のそばに立っていた男に入室を促され、“ジェニー”こと、女体化したジェルドが椅子から立ち上がる。
ほかの女性たちより圧倒的に高い身長、花より丸太が似合いそうなたくましく太い手足、見つめられた男が裸足で逃げだしそうな厳つい顔つき……そして胸は、もはやただの発達した大胸筋だった。そこには生命を育むための優しさなどかけらも感じられない。むしろドラミングする姿が似合う。
そんな筋骨隆々な大女が、大股でずしずしと、ひらひらフリフリのワンピースをはためかせ向かってくるのだ。呼び出し役の扉の前の男の怯えきった瞳に、ジェルドはものすごくいたたまれない気分になった。
すでに半泣きの男が震える手で開けた扉をくぐると、そこにターゲットはいた。
柔らかく波打つ亜麻色の髪を後ろで一つにくくり、はしばみ色のタレ目を柔らかく細めた、いかにも女にもてそうな優男。彼が今回のターゲット――クラフト・マゾッホ伯爵――だった。
そのクラフトはジェルドを見た瞬間、目を見開いたまま固まってしまった。
ま、だろうな。うん、俺だって度肝抜かれるわ、こんな女。
諦めるのが嫌いなジェルドとてわかる。この作戦は失敗だ。明らかな人選ミスだ。もはや努力でどうにかなる状態ではない。
思わずジェルドから乾いた笑いが漏れた。
「見つけました! 私の、ファム・ファタール!!」
固まっていたはずのクラフトが、わけのわからないことを叫ぶと、突如ジェルドに飛びかかってきた。硬く分厚い胸に顔をうずめ、回りきらない腕で懸命にジェルドを抱きしめる。その姿はまるで、親猿にしがみつく子猿のようで、ジェルドの母性本能を刺激――――
「するかーーー!」
思わずナレーションにつっこむジェルド。今、彼は混乱の極致にいる。
「どうしたのですか? ファム・ファタール」
「ふぁむふぁ? あぁ!? なんだ、その舌噛みそうなのは」
「“運命の女”ですよ。ああ、やっと出会えた……我が生涯の伴侶」
うっとりと頬を薔薇色に染め、クラフトは熱っぽい潤んだ瞳でジェルドを見上げていた。そんなクラフトの熱視線に、ジェルドの背筋を悪寒が駆け抜ける。
マジかよ、この坊ちゃん! 俺が言うのもなんだが、いったいどんな女の趣味してんだ!?
ジェルドは引きつった笑いを浮かべながら、ものすごい力でしがみついてくるクラフトをべりべりと引きはがした。
「ほほほ、こんな人前で……その、恥ずかしいですわ」
そして今更なジェニーの演技に戻る。けれど、女体化しているはずなのに普段とそう変わらない低い声に――あの薬、ぜってぇ失敗作だろ!――とジェルドは心の中でセルダに悪態をついた。
「ファム・ファタール。式の日取りは、いつにしましょうか?」
「あ? じゃなくて……ええと、式って何の?」
「もちろん、結婚式ですよ」
「誰の?」
「私と、貴女です」
暴走するクラフトに、ジェルドはドン引きだった。いや、もはやドドドン引きだ。もちろん周りも、皆一様に引きまくっている。盛り上がっているのはクラフトだけだ。
「その、もうすこーし、お互いのことを知ってからの方がいいと思うわ~」
気持ち悪い裏声でジェルドが引きつり笑いすると、クラフトは「わかりました」といったん引いた。ジェルドが思わず安堵のため息をもらしたその瞬間、「では、式は一週間後に挙げましょう」とクラフトが満面の笑みで言い放った。
「はぁ!? オイ、ちょっ――」
ジェルドの制止などまるで耳に入らないクラフトは、呆然とする部下たちを引きつれ、式の準備をするんだと言って部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたのは、半泣きの男とジェルドのみ。仕方なくジェルドはにっこりと、精一杯の笑みを浮かべる。
「あのぉ……」
「は、はひぃぃぃぃ!」
男は悲鳴のような声をあげ、ブルブルと震えだした。いくら何でも怯えすぎだろ、とジェルドはほんのちょっとだけ傷つく。
「私、これからどうしたらいいのかしらぁ?」
「お、おおおお、お部屋に、かかか係りの者が、ご案内いたしますごめんなさいすみません許してください」
そして泣きながら全力で謝られた。
ふと廊下に目をやると、さっきまで女であふれかえっていた廊下は、今は人っ子一人いない。ジェルドが怪訝な顔をすると、さっきの扉の前の男がびくりと肩を揺らし、「大至急呼んでまいりますーーー」と言いながら走って行ってしまった。
一人ぽつんと残されるジェルド。
「おいおい、ここの警備はいったいどうなってんだ? まるっきりザルじゃねーか。普通、こんな得体のしれねぇ女、一人にするか?」
※ ※ ※ ※
その後、すぐに客室らしき部屋に案内されたジェルド。てっきり自由時間かと思いきや、なぜか夕食までがっちり拘束される羽目になった。
まず仕立て屋がやってきた。あっという間に服をむかれたジェルドは、ごっついなよっとしたおっさんとふくよかなマダムにあちこち採寸され、終いにはサンプルだというドレスを試着させられた。
それにジェルドは、ツッコミを入れざるを得なかった。
なんで俺サイズのドレスが当たり前みてぇに出てくんだよ! あと、なんで女の採寸におっさんがいんだよ!!
と。ただし心の中でだが。
そんなこんなで仕立て屋やら宝石屋やら、ジェルドは夕食までがっちり拘束されていたのだ。調査のちの字もできなかった。
疲れ切った心と体を引きずりながら、ジェルドは案内されるがままクラフトの待つ食堂へと歩みを進める。
あー、クソッ。こりゃ本格的な調査は夜だな。さすがに夜くらいは自由時間だろ?
そこでふと、ジェルドの脳裏を嫌な、とても嫌な考えがよぎった。
しっかしあの坊ちゃん、俺が言うのもあれだがよ、マジでこんな女が趣味なのか? ……ん? てことは…………いや、まさかな。いやいやいや、だってよ、今日会ったばかりだぞ。そんな女相手にまさか夜這いとか………………ないないない。……ない、よな?
自らの素行を鑑みて、ジェルドはものすごく自信がなくなってきた。もし夜這いされた場合、調査ができなくなる。そしてジェルドの精神衛生上、とてもよくない。思わず頭を抱えそうになったその時、食堂に到着したことをつげられた。
豪勢な夕食を憂鬱な気分のわりにはお代わりまでして平らげたジェルドを、頬を染めたクラフトが呼び止める。
「あの、ジェニー……きみ、温泉って知ってる?」
「温泉ってあの、天然の風呂……じゃなくてお風呂のことですか?」
「うん。実はね、私の領地はこのとおり雪深いけれど、良質な温泉もたくさんあるんだ」
クラフト伯爵家の領地はアトラスの北も北、最北の辺境にあった。ここは王都とは違いかなりの田舎で、冬ともなれば小さな町を出た途端、一面の銀世界が広がる。
「ジェニーは王都から来たんだろう? 疲れているんじゃないかい? よければ、疲れが取れる温泉に案内するよ」
「へぇ、そりゃいい、じゃなくていいですわね。でもぉ、ジェニー今日はとても疲れているのでぇ、明日案内してもらえると嬉しいですぅ」
ジェルドは精一杯の裏声で、今夜はそっとしておいてくれアピールをした。このままクラフトに付き合っていては調査が進まない。消えた女たちの行方も気になるし、とにかく今夜はフリーになりたかった。
「だからぁ、明日、一緒に――」
「わかったよ! うんうん、明日一緒に入ろう!! 約束だよ、ジェニー」
鼻息荒く食い気味に言葉をかぶせてきたクラフトに、ジェルドは顔が引きつるのを抑えられなかった。
おいおい、俺は一緒に温泉まで行こうって言おうとしたんだが……。こいつ、がっつり一緒に入る気じゃねーか。これ、ほんとに今夜大丈夫か?
貞操の危機を感じたジェルドは念には念を入れ、クラフトと手をつないだ時に、指輪の隠し針で遅行性の強力な睡眠薬を打っておいた。
※ ※ ※ ※
深夜、ほとんどの者が眠りについたころ。ジェルドは一人、そっと部屋を抜け出した。事前に手に入れておいた館の地図はすでに頭の中に叩き込んでおいたので、暗い廊下を迷うことなく進んでゆく。
「ここ、か……」
廊下の突き当り、そこを左に曲がるとすぐに固く施錠された扉が見えた。あの扉の先に、地下への階段があるはずだ。ジェルドは頭の中の地図と現在地を照らし合わせ、ニヤリと笑った。
「ビンゴ! あとは実際のブツの確認だな」
扉の前に立つ二人の見張りに、即効性の眠りと麻痺のブレンド魔法薬を塗った吹き矢を飛ばす。ほどなくして立ったまま意識を失った二人を確認すると、ジェルドは吹き矢を回収してから解錠を始めた。すぐにかちりと音がすると、頑なだった扉はその懐をあっけなく開いた。
「さーて、お宝拝見といこうじゃねぇか」
真っ暗な階段を下り切ると、そこには牢獄があった。中には若い女たちが捕らえられており、みな一様にぐったりと意識を失っていた。
「まーたこりゃ、見事に若い女だけ選んでんな。……何の目的なんだか、胸糞わりぃ」
どうやらマゾッホ伯爵家は、本当に奴隷売買に手を染めているようだ。ジェルドは捕らえられた女たちの無事を目視でざっと確認すると、次の目的のための行動を確認する。
ブツは確認した……後は商売相手、か。
ジェルドは地下牢から出ると扉を元通りきっちり施錠し、そのまま館の外に出た。そして指笛で近くに待機させていた自分のポルポルを呼び出すと、王都へと連絡を飛ばす。
救援が来るまで、最低でも一週間ってとこか。さて、どうするかね……
誰にも見られないよう細心の注意を払い部屋に戻ると、ジェルドは効果の切れかかっていた女体化の魔法薬を一気にあおる。はっきり言って飲んでも飲まなくても外見にほぼ変化はないが、一応念には念を入れておいた。
考えたくはねぇがもし万が一、マジで服を脱がなきゃなんねぇ状態になんてなっちまった場合、相棒があるとないじゃ大違いだからな。
ジェルドは複雑な表情で己の股間を見つめると、今はそのなりを潜めている相棒を思い、深いため息をついた。
※ ※ ※ ※
マゾッホ伯爵邸に滞在してすでに五日。ジェルドは今、心身ともに疲れ切っていた。
あれからなんとか奴隷売買の証拠をいくつか手に入れ、あとは商売相手を突き止めるだけというところまではいった。しかし、これが予想以上に難航した。奴隷の数が足りないのか、相手の都合なのか、はたまた警戒しているのか……とにかく、取引が一向に行われないのだ。
いい加減動いてくれよ。俺、いつまでこの姿でいりゃいいんだよ。
タフさが売りのジェルド。そんな彼が弱音を吐くほど心身ともに疲れ切っていた理由――それは、女体化による禁欲生活のせいだった。
股間の相棒がいないことがここまで己を弱らせるとは、さすがのジェルドも予想外だった。そもそもジェルドの予定では、もっと早くにおさらばするはずだったのだ。
それが何の因果かクラフトに気に入られてしまい、調査しやすくなった代わりに拘束され、おまけに精神的ダメージと男としての尊厳をがっつりと削られる羽目になった。
やべぇ……このままだと、ジェニーの貞操がやべぇ…………
ここまで何とかクラフトの猛攻をかわしてきたジェルドだったが、そろそろ本当にまずい気がしてきた。女体化していようが力ではジェルドの方が上だが、万が一ということもある。薬を使われた場合、いくら薬物に耐性があるジェルドといえども、本来の力を発揮することはできなくるだろう。
クラフトにお預けを食らわせている今、ジェニーの貞操は常に危機にさらされているといっても過言ではないのだ。
坊ちゃんの言ってた結婚式まであと二日。当日までにはマジでとんずらさせてもらわねぇとな。……それにしてもこいつら、いったい、いつ取引するつもりなんだ?
翌日、今にも雪が降りだしそうな曇り空の下――――
ジェルドはバラのコサージュで飾りたてられたかわいらしいウエディングドレスを着て、雪原のど真ん中の教会でクラフトの隣に立っていた。
オイオイオイ、待てよ! 結婚式は明日のはずだろ!?
「あのぉ、クラフトさまぁ……結婚式はぁ、明日じゃなかったかしらぁ?」
ジェルドが引きつった笑顔でクラフトに問いかけると、クラフトは満面の笑みで「サプライズだよ!」と言ってきた。ジェルドの額に青筋が浮かぶ。
何でもかんでもサプライズすりゃ女が喜ぶなんて思うなよ! 冗談じゃねぇ、誰がこんな小僧っこと結婚なんてするか!!
「…………か」
「え? ジェニー?」
瞬間、ジェルドの中で何かが切れた。
「俺はジェニーじゃねぇ! やってられるかぁぁぁぁぁ!!」
突如発せられた花嫁の野太い怒号が、あたり一面に響き渡る。思い切り叫んだあと、ジェルドはクラフトを見下ろし言い切った。
「俺は男だ! 悪いがお前とは結婚できん、他をあたってくれ。じゃあな」
それだけ言うと、ジェルドは呆然とするクラフトをそのままに教会から飛び出した。
「待って! 私のファム・ファタール」
もちろん待つわけない。ジェルドは帰還する時のための荷物を隠した場所を目指し、純白のウエディングドレスで雪原を駆ける。後ろからクラフトの「捕まえろ、逃がすな」という声が聞こえてきたが、当然無視した。こんな仕事、とにかくさっさと終わらせてしまいたかった。
「お待ちください、ジェニー様」
雪原を駆けるジェルドの前に立ちはだかったのは、全身白づくめの覆面男たち。彼らは戸惑いながらも、ジェルドに主人のために戻ってほしいと訴えた。もちろん、ジェルドが首を縦に振ることはない。
「クラフト様は、あなたが女でも男でも構わないと仰せ――」
「俺が構うわ!」
とんでもないカミングアウトを人伝に受けたジェルドだったが、最後まで言わせず即座に断った。
「こうなったら仕方ありません。力づくで従っていただきます」
「へっ、わかりやすくていいねぇ。やれるもんならやってみな」
白づくめの男たちが構える。その独特な型に、ジェルドの脳内に――ニンジャ――という単語がよぎった。
確か東の果ての国の間諜だったっけか……ま、ご同業ってこったな。
どうやら彼らはジェルドを生け捕りにするつもりのようで、一斉に素手で飛びかかってきた。するとジェルドは低く腰を落とし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「この俺を素手で生け捕りにしようたぁ……ずいぶんと舐められたもんだな」
目にもとまらぬ速さで忍者二人をそれぞれの手で鷲掴みすると、もう一人の忍者に向かって投げつけた。団子状になってもんどりうって転がる三人。うち一人はどうやら打ち所が悪かったらしく、脳震盪を起こして立ち上がれないようだ。
「こいつ、人間か!?」
「もしかして悪魔憑きなんじゃないか?」
純白のウエディングドレスで仁王立ちするジェルド。その姿に、忍者たちは言い知れぬ恐怖を感じた。
「……くく、ふ、フハハハハハ! 来た、来たぞーーーー!!」
しかも突然前かがみになり笑い出したと思えば、挙句の果てに意味不明な雄たけび。はっきり言って挙動不審だ。それに思わず動揺してしまった彼らは悪くない。
けれどそんな隙をジェルドが見逃すはずもなく、結局忍者たちは何もできないまま、雪の上に倒れることになった。
一方ジェルドは、ものすごくスッキリとした顔で腰に手を当て胸をそらし、曇天の下で一人馬鹿笑いをしていた。
「やぁーっと生えてきやがった! しっかし、やっぱあるものがねぇと力の出具合がちげぇな」
どうやら薬切れで女体化が解けたと同時に、副作用でハイになってしまったようだ。何がおかしいのかひとしきり笑うと、突然ジェルドは真顔になった。
「あれなんだよなぁ……なーんかこう、こころもとねぇんだよなぁ」
そう言って自分の股間を見つめ顔をしかめる。そして次に倒れている忍者を見た。
「おっ、いいもん持ってんじゃねぇか! わりぃけど、ちっと借りるぜ」
言うが早いか、ジェルドは倒れている忍者の一人から、覆面になっていた細長い布をはぎ取った。
「女物の下着じゃよ、俺の相棒が収まんねぇんだ。悪いな、後で洗って返すからよ」
あろうことか、ジェルドは覆面の持ち主だった忍者の目の前でいきなりドレスをまくり上げ、はいていた小さな下着を脱ぎ捨てた。そして奪い取った布を器用に巻き付けると、おさまりの悪かった相棒をがっちりと包み込む。
なんか色々とんでもないものを見せつけられた件の忍者は、もはや涙目を通り越し白目をむいて気を失っていた。
「さってと、じゃあいっちょいくか!」
心機一転、身も心もすっきりしたジェルド。自分の掌に拳を打ちつけると気合を入れ、帰還用の荷物を目指して再び走り出した。
隠しておいた荷物を見つけたその時、ジェルドはもう何度目かわからない忍者たちの襲撃を受けた。
――こんな仕事、受けるんじゃなかった!
ジェルドは今、心底後悔していた。そして過去の自分へと、届くはずのない忠告を送る。
後悔先に立たず。なんだってこんな仕事受けちまったんだか……まったく、あん時の俺に言ってやりてぇぜ。
「絶対に、絶対に関わるんじゃねぇ!」
ってな。
とうとう無傷で捕らえることを諦めたのか、はたまた抹殺命令がくだされたのか……忍者たちは短刀を構え、ジェルドに対峙する。それに対し、ジェルドも愛用のナイフを手に取り構えた。
全身白づくめの忍者集団vsウエディングドレスの厳めしいおっさん。
睨みあっていた両者、その戦いの火蓋は唐突に切られた。
飛び交う怒声、激しい剣戟、めくれ上がるドレス、ちらりとのぞく白いふんどし――
場はカオスと化していた。けれど一対多数、徐々にジェルドの分が悪くなってきた。
「クソッ、このままじゃやべぇな」
確実に追い詰められているこの現状に、ジェルドもさすがに危機を感じていた。と、その時――
「ジェルド隊長、今お助けいたし――」
本隊から救援に駆け付けた騎士団が到着したのだが、ウエディングドレスを着てナイフ一本で戦う(時々見たくもない何か白いものがチラチラしている)ジェルドを見て、全員硬直してしまった。
「馬鹿野郎! いいからとっととこいつら捕まえろ!! それがお前らの仕事だろうが」
ジェルドのせいで硬直し、その原因の一喝でとりあえず我に返った騎士団の面々が慌てて動き出す。場は騎士と忍者が入り乱れ、さらに混乱の様相を呈してきた。
援軍を得て動きやすくなったジェルドは、水を得た魚の如く生き生きと反撃を開始する。純白のウエディングドレスが雪原迷彩となり、敵はいつどこからジェルドに襲われるかと気が気ではなかった。
「あ、悪夢だ……なんなんだ、アイツは!」
「悪魔……いや、純白の悪夢」
騎士団の助力もあったが、結局はジェルドの滅茶苦茶な働きでその場にいた者は残さず捕らえることができた。どうやらマゾッホ邸の方も騎士団本体が無事制圧し、まだ捕らえられたままだった女たちも無事救出されたと連絡がきた。ただ、商売相手の名前だけはどうしてもわからなかったそうだ。
「よっしゃ! やぁーっと終わったぜ」
天に両の拳を突き上げ、任務終了の喜びをかみしめるジェルド。直後、積もった雪を舞い上げるほどの強い風が吹き抜けた。
もちろん純白のドレスも例外ではない。バサバサと派手にめくれ上がったドレス、そして風に乗る一枚の白く長い布…………
反射的に目を閉じた騎士団の面々が目を開けたとき、そこにはあったのはまさに悪夢だった。
ウエディングドレスを着たおっさんの生ケツ。
その場にいた騎士団全員が思った。
『振り返るんじゃねぇぞ、おっさん!!』
そして全員の頭の中に、さっきの忍者たちの言っていた言葉がよみがえる。
――純白の悪夢――
この日この時より、ジェルドのコードネームは純白の悪夢になった。
こちらの話は以前短編としてアップしていたものになります。
(現在短編は非表示になっています)
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ありがとうございます!!