ちていの漆黒
昔々の開拓時代、各領地は収入となるべくして農地開墾し人を増やすべく村や町を作った。
この山は地岩竜が住むと言い伝えられ、岩肌が入山を拒むべく崖を形成し足場も脆かったが、勇者と共に魔王を討ち果たした故にこの国からは親しみある竜であり、山頂付近には祠が設けられていた。
人の欲と生きる糧として発達した産業に資源として鉱石を採掘する様になってからも、祠への参道は残る。
竜に会えずとも無限ともいえる資源の恩恵と、過去の英雄たる軌跡への感謝を表敬できるようにと建てられた祠は今でも訪れる人が多い。
その参道は長きに渡る人の足で、石は丸みを帯び地は踏みしめられ山頂へ導く白い道になっていた。
娘は地岩竜と勇者の英雄物語を聴いて育った。誰もが憧れる強く逞しく、慈悲深い勇者に友として付き従う竜の物語は、娘の心に深く根付いた。いつか地岩竜に会いたい。数千年生きるとも言い伝えられる古竜。自分が老婆になろうとも、この山に通えばいつか会えると信じ、年に一度は入山していた。
時が経ち娘が大人になった頃、山は採掘場に変貌した。幼少期に訪れた穏やかで静寂でいて荘厳な山の姿はもうない。屈強な男達が石を切り出す音、かましく話し続ける軽作業や身の回りの世話をする女達の喧騒。通いに日がかかる為切り出した岩場が開ければ、そこは宿になる。
人が増えれば善悪の諸問題も当然の日常。喧嘩に盗難、暴力。山の地岩竜の恩恵も忘れて我が身の為だけに振る舞う人間達。
それでも変わらぬ恩恵と、山の安全をもたらす憧れの古竜に今日も祠に向かう娘。この白い道は人の純粋な心の歩だと信じ、山頂付近へと一歩一歩進んでいく。
時は変わる。参道だろうが何に対しても危険を伴う世界になったのだ。無防備な参拝者は必要な食料と旅費を持った恰好の餌食。いくら古竜を恐れて魔物が近づかない山でも、人災ばかりは防ぎようもなかった。
娘は賊に襲われたのだ。採掘で働き疲れ、酒に溺れた荒くれ者は賊になる。楽して稼ぐ不届き者だ。
古竜と勇者の物語に憧れた娘は、数人の荒くれ者に囲まれた。白い一本道に逃げ場はない。参拝者のなりをした賊達は下卑た笑いを顔に貼り付けた余裕綽々手馴れた者達だ。
押し倒され、殴り蹴られ顔の横に剣を突き立てられ恐怖を味合う羽目になる。
そうなったのは賊達だ。ばったばったとなぎ倒され道を転がり落ち、野太い奇声ともいえる悲鳴をあげては負傷していくばかり。
娘は憧れた物語のまま、勇者や竜の様に強く生きたいと冒険者になり、小柄な体型に合う短剣を極めた剣士になっていた。
完敗の賊。骨折や腱を斬られたり負傷してはもう何も出来ない。ここでよもや自分が命を落とそうとは。悪事を働けど悔しさの余りシクシクと泣き始めたのだ。
それからというもの、その不気味な泣き声は昼夜問わず参道に何処からともなく聞こえてくる様になった。
「って、話がありましてねー!」
「途中から展開おかしかったな」
「長すぎんだろ」
陽は高く昇り、参道だという白い石の道を進んでいる。ここは地岩竜の山だ。
どこからか泣き声というかすすり泣く声が聞こえた気がして、二人に問うが聞こえないと言われ、そう言えばと語り出したミミから出たのは変な怪談もどきだった。
「白い道なのに流れる様に茶色い筋があるのは賊の血だと言われてますよ?」
「雨筋とか経年劣化だろ」
ライバも冷静にツッコミを入れた。人がいないのをいい事にフードを脱いだミミとライバは無駄に眩しい。
三毛猫とキラッキラのエルフを前に、俺の耳にはやっぱりすすり泣く声が聞こえる。
「なんでお前ら聞こえないんだ」
「えっ、やめて、キモイですよ!」
「おっさんの泣き声なんか聞きたくもない」
「プーは聞こえるよな?」
ぺんっ
「ほらみろ」
肯定の頭叩きを見たライバとミミは徐々に顔の血の気が引いていた。
「え?幽霊とかダメか?いるわけないじゃないか。岩場が多いから風穴の音とかな、」
その時、プーの顔がばあっ!と覗き込んできてそのままアッチ!とニコニコして指を差した。
「ぅわっ」
「あわわわわ、私無理!」
「洒落にならん!」
ビビるからやめて。しかも指し示す方角は断崖絶壁じゃないか。
「何で向こうだ。暫くこの道だ」
べしべしべしっ!
久々の顔面両手連打だった。しかも続けて俺の頬をぐーで押して崖に向かせようと必死だ。プーの顔はもちろん口が尖っている。
「むぉい、プー。わかったわかった」
「な、何がわかったんですか?!」
ミミの目は瞳孔が開いていた。フスフスいってるのは鼻息か。耳をピンと前に向けてる割に後退りしていた。
「行く気か」
「だってなあ」
話している間にもプーは俺をよじよじ伝降りている。勝手に先を行かれては困る。羽織着るフードマントを鷲掴みにするとお約束だった。
すぽっ
「あ」
「おい」
「ちょ、」
被っていただけのマントが脱げたプー。見事な着地のあと、わーい!と言っているに違いない万歳ポーズで崖に向け走り出した。ズボンなんか履いてない。スッポンポンだ。
「あんのバカ、行ってくる」
「おい、ルー!」
「え、ええっ」
「先行ってていいぞ。お前らも家に帰るんだろ。山降りたらもう直ぐそこなら先に行け。地図もある。ここまで来れたなら何とでもなる。それに俺の足なら追いつける。じゃあ後でな。コラ!プー待て!」
ちまちま歩幅小さく走る癖に意外と速いプーは既に崖の近くだ。転がり落ちたら洒落にならない。声は聴こえ続けるが、プーが動き回る方が気になっていた。
「どうします?私、あそこは無理ですよ」
「待つのも微妙か」
「降りれば私の場合、国境なのは確かです」
「ルーの足が速いのも確か」
「あっ、危ないですよお!」
「なんのつもりだか」
ライバとミミは、崖下を見降ろしていたプーを、ルーが抱き上げたと安堵したのも束の間だった。肩車になったプーがまた指差した崖下へと降りたのだ。
しかも数段の高さを超える気楽さで、ひょいと飛び降りた。
「えええぇっ!!」
「マジかよ!あーこれは待っても仕方ない。いつ戻るかも知れないから先行くぞ」
「えっ、でも」
「あの余裕の落下だ。怪我もない。待ってる時間が勿体無いだろ。俺も帰りたいし、急ぎたいのも本音だ」
「……そう、ですね。行きますか」
二人は少しの間プーとルーが降りた崖を呆然と眺めていた。
「お、おおお?!」
俺は落ちていた。崖下はよく見る渓流が見えていた。川に落ちた筈なのに水音も無く通過した感覚の後そのまま落下を続けていた。暗い奈落に落ちるとはこのことだった。
「プー、しっかり掴まってろよ」
周りは閉ざされた漆黒の闇。落ちている間隔はあったが、もう天地がわからなくなっていた。
どの位落ちたのか、衝撃も無く落下が止まった。足は確かに地についている。そんな気がするだけだろうか。周りは一点の光も無い。
どう動くべきか。
コートから出した鞄に、脱いだ服を丸めて入れると、足にしがみついていたプーは光球虫に戻りふわふわと漂い俺の頭に乗る。
仄かなプーの明るさに助けられ、手首に鞄紐を掛け入れ人化を解いた。魔狼の姿に戻ると鞄紐は程よく太い脚にハマる。これで荷の心配も無い。
膨大な魔力が身体全体に行き渡る充足感、本来の制限のない姿の開放感。漲る力と鋭敏な感覚に牙を剥き出した。
「さて、どうするか」
頭上で呑気にぽよんぽよん跳ねているプーは早く行けと催促している様だ。
すすり泣く様な声は聞こえ続ける。
漆黒に、前脚を一歩。声に歩を進めた。




