それはどういう意味だ
ただ、困惑していた。丸々とつぶらな瞳の男は延々と空腹を訴え続けるのだ。
「腕踏むなんて、ひどいよお〜なんか食べ物あったらくれよおぉ」
数歩後退した所でミミは直立不動で目をまん丸に見開いていた。これは意外そうにしているが同胞に訊くべきか。
「……えーと、ライバ?」
「あーそうだな。おい、どういうつもりだ。俺は七師部だ」
ライバは被っていたフードを脱ぎ、ムチムチな男の前にしゃがみ込んだ。
「え、エルフ?俺、なーんも情報もってないよお、俺、お腹が空いて力が出ない〜」
「えっエルフッ!?」
ここはもう優先度はこの男にある。バッと両耳を抑えてしゃがみ込んで驚くミミの声はスルーだ。
「さっきの掴み具合でか。ただでさえ力が強いと思ったが、食べたらもっと力が強くなって暴れるんだろ?」
「暴れないよお、好きで力が強いんじゃないんだよおぉ」
ぐうううぅ〜
「俺、怪力なだけだよおお、皆が弱すぎるんだあぁ、食べ物くれええ」
「……」
「……」
「あわわわ」
どうするか悩む。ライバも同様だ。腕を組み立ち男を見下ろす。その後方ではしゃがみ込んだミミがあわあわ言ってるが。
ずるっ
「あ?」
引きずる音がして足元を見た。俺のコートの間から出たのはプー。いつの間にか人化してフードまで被り、うんしょ、うんしょと聞こえて来そうな顔で引きずり出したのは村で買った角ウサギの大きな肉塊だ。
俺を見上げたプーは、にぱっと笑顔を見せ再び肉塊を引っ張り始めた。コートの内側の空間に放り込んだ調理したてのソレは香ばしい脂と肉のニオイを漂わせる。
「プー、知らない人に食べ物をあげるのも貰うのもダメだ。こらこらコラ」
プーと肉を回収しようと手を伸ばした。
「おおおおぉっ!」
咆哮とも言える声を出した男は俺よりも早く肉塊を掴みガツガツと食べ始める。その姿は最早トド。
手を離したが引っ張り倒されたプーはキョトンとした顔でその光景を見ていた。その遥か向こうでは反応に困るミミの姿は霧に霞むが、口があわあわしてる以外は硬直してるようだった。
「プー大丈夫か」
「精霊、ケガはしてないか」
「大丈夫そうだ」
抱き上げるとムッとした顔になったのが見えたが取り敢えず肩車にして、安全の為ライバの背後に入る。不機嫌になったのか俺の髪を握ってはグイグイと引っ張るから頭が左右に傾く。
「に、肉、もっとくれよおお!肉〜!」
ムチムチな手を伸ばして来たのを避けたライバは眉間にシワを寄せた。男は緩慢な動作で両手をつき、身体を起こし始める。
「食べもの〜くれよおっ!」
ばんっ
地を叩いた手は土を圧し窪みを作った後、また近くのライバに向かうが、緩慢な動きは一歩後退すれば避けれる。掴み損ねた手は空を切った。
「俺だって、弱い人間、魔族、一撃で勝てるぞお。食べもの、お金おいて行け〜!食べ物出せよおお」
「……何言ってんだ?」
「あー、力で何でも出来るってやつじゃないか?強奪かな」
ライバは肩を竦めた。
「強い方が何してもいいんだぞお、エルフだって力は俺より弱いだろおお、皆俺の手で吹っ飛ぶんだぞぉ、早く食い物出せええ」
「あ、そっち?」
何してもいいというか、それしか出来ない勘違い系?短絡的というかちょっとイラッして頭がむず痒くなる。
ライバの長弓ならこの肉厚も矢が貫通するんじゃないかと弓を指差すが苦笑して返された。どゆこと?
男は小さな歩幅で向かってくる。プーは完全に怒っているようで俺の頭をバシバシ叩き出す。
「矢が勿体無い」
「一本くらい使えよ。村で補充しただろ」
「七師部だと聞いても反応薄いし」
「頭弱い子なんだ。これ偵察仕事してないんだから処罰対象ってやつなんだろ?ここでも強奪してる言い方してないか」
「あーまあ、そうだろうけど」
「いや、俺は無益な殺生は嫌いだ。何も負傷させろと言ってるわけじゃない。足止めするだけでもいけそうじゃないか」
「ふーん?」
男の振り回す手をひょいと避けながら話すのが気に障ったようだ。必死な形相に変わり両腕を前に突き出し振り回し始めた。
「お、おおお前ら、捕まえる!俺の方が力が強いぃ!」
ぐうううぅきゅるるる〜
「うっ、ああぁ、腹減ったよおぉ!食い物出せよおお」
「燃費悪っ」
「まあそうだろうなあ」
ライバは一向に何もしない。俺は仕方なく腕を避け間合いに入り、男の足首を思いっきり蹴り飛ばした。
「おぉうあっ、痛あっ!お、あああっ!?」
ドスンッ
バランスを崩した男は足を捻ってそのまま仰向けに倒れた。軽く地響きを感じた。捻挫くらいはしただろう。
「痛いいぃ、腹減ったよおお!食べ物おぉ」
「これクロだろ」
「まあこの国でもやってるだろな」
「く、くそおおぉ、食い物〜」
ジタバタしていたのに急に大人しくなったのを不思議に思う。
ぐうううぅ〜
「うう〜、力が出ない〜」
「マジで燃費悪っ」
「やっぱ一本くらい束縛系で頼む」
「仕方ないな。固定しかないぞ」
俺は矢筒から抜き取った矢をライバに渡した。弓を使うまでもないと魔力を込めて男の服裾に矢を投げ撃ち地に縫い止めた。
「お、おまえらぁぁ食べ物おぉぉ」
「これ二日はもつか?」
「まあな。おーいミミ、もう大丈夫だ。動けるかー」
霧は相変わらず立ち込めていた。名を呼ばれて耳がピッと前を向くと呆然としていたのも直ったようだ。
「は、はい!もういいですかっ?」
「先行くぞ」
「鞄からメモ出して一言書いてくれないか」
「何をですかー?」
「おいライバ、ミミ、置いてくぞ。あとは兵や村人が通って何とかするだろ」
後ろで何をしているのか。まあ怪我もなくコレくらいで済んで良かったとしよう。食べたらフュージョンパワーアップする怪力魔族ってとこか。丸々とした巨体は仰向けでは起きれないらしい。
・・・変なのばっかりだ。
「なあプー、早く帰ろう。親切にしたって相手が感謝する事もない時だってある。人と自分じゃしてほしい事も考え方も違うからな。わかるか?」
ぺし
「眠くなったら報せろよ」
ぺしと返事のあとは ナデナデだった。まあ理解半分だろうな。モヤモヤした気分は残るが、霧の懐かしさで気が少し楽になったのがわかる。腹の底から深呼吸をした。
グルガナの森に帰る。俺の今世は黒鉄魔狼。
霧の中に消えていく男の腹部にはミミの書いたメモが魔法固定されていた。
『エサを与えないでください。暴れます』
十字路に立っていた。霧が薄まり地図を広げたライバの確認待ちをしている。朝靄の景色の様だがもう日も暮れる。宿場を確保しなければならない。
移動中ずっと背後へ視線を感じていた。それに無言。何か話せとも思ったが、霧の中を先に行く俺とは距離があった。
そして今もチラチラと二人の微妙な空気を感じている。ミミの視線を辿れば頭上。これはプーが標的か。
視線が合うとミミは口を開いた。
「えーとですね、ライバさんがエルフで、ルーさんも獣人で、プーさんって精霊なんですか?突然現れて私びっくりしましたよ、ルーさんのお子さんじゃないんですねー?」
「その身体能力、やっと納得できたよ」
ライバも地図から顔を上げた。
「は?誰が獣人?」
「お前だよ。今更隠す事じゃないだろ。その速さは尋常じゃない。人で無いし魔族寄りだと自分で言ってたじゃないか」
「そりゃ、まあ人では無いが、え?」
ライバとミミは俺を指差すと、肩車中のプーが頭を撫でると今までに無い違和感を感じた。




