*GAME START「紅き剣姫」*
どれだけの敵を倒しただろうか。
どれだけ身体を噛まれただろうか。
『チュートリアル』と呼ぶにはあまり相応しくない戦闘は、始まってから約10分が経とうとしていた。
剣を振った回数も覚えていない。だが、狼が残り少なくなったことでようやく、終わりが見えてきた。だが───
(俺、なんか忘れてる気がする)
戦闘に余裕が出来たため、少し考えてみる。俺達は今4人で闘っている。だがここに来た時点では6人で、巨漢のおっさんだけが倒れたから残っているハズなのは───
「……いや、今は考えるより闘う方が先だ。早くこんなの終わらせてやる!」
腕を振りかざした、その時だった。
「《精霊召喚》──『盲目のブライノ』」
「ふぁっ??」
ミラの声が聴こえたその直後、視界がブラックアウトした。理由はわからないが、これじゃ闘えない。
そのまま勢いを殺せず、俺は派手に転んだ。
──そして起き上がると同時に、視界は回復した。
「おい、ミラ!どういうつもりだ──」
2秒ほどかけて復活した眼で見た光景に戦慄を覚え、絶句した。
残り10匹ほどはいた狼たちは全て消滅し、そこにはフードが取れて素顔が顕になった人物……整った顔立ちと昏い瞳、そして肩まで及ぶ綺麗な赤髪の──少女が立っていた。
そんな少女が、少なくとも10匹はいた狼たちを1人で、さきほどの短時間で一匹残らず倒したらしい。
「……ドーちゃん、バトルに熱中しすぎ。ミラちゃんが精霊召喚してなかったら、返り討ちにあってたよ」
「は?それってどういう──」
言われて、気付いた。俺は今、剣を持っていない。完全に丸腰で突っ込んでいったらしい。
「あっはは、わりぃな、みんな。それと……」
少女に近寄る。
「君は──あっ!?」
振り向いた彼女の名前を見ると、『Calamity』と表示されていた。
そして俺達はみんな、そのユーザを知っている。『ワルオフ』プレイヤーなら、知らないはずがない。
紅き剣姫──カラミティ。
よく最高難易度の討伐クエストに参加しており、その度にインターネットの掲示板が開かれる。
俺はそんなプレイヤーは、都市伝説だと思っていた。目撃者達による情報があまりにも信じられないようなことばかりだからだ。
曰く、たった一人で最前線に立ち、討伐に誰よりも貢献した。
曰く、全ての装備は無駄なく強化され、戦闘への備えに非の打ち所がない。
曰く、密かに改造を使ってプレイヤーたちに嫌がらせをする組織を、一人で潰した──など。
どの説にも信憑性はなく、プレイヤーたちの妄想に過ぎないと思っていた──彼女と共闘をするまでは。
▼△Now Loading…▽▲
それはいつのことだったか、俺達がガチ勢たちのギルドに誘われて討伐クエストに参加した時のことだ。
道中のモンスターとの戦闘を避けながら、しかしそれでも仲間が減っていく中、先頭を走り続ける、赤髪と紅晶石のように紅く輝く鎧を纏ったプレイヤーがいた。名は──『Calamity』。
ボスの間に到着し、奮闘しながらも、俺は敵からのダメージにより今にもGAME OVERになるところだった。
しかしそんな中でもカラミティが気になり、その隙を衝かれ──俺のHPはゼロになった。
──倒れる寸前に見たのは、黙々(もくもく)と敵に攻撃を与え続ける紅き剣姫の、凄まじい剣戟だった。
「ドーちゃん、どうしたの?経験値や獲得アイテムは、GAME OVERになっても仲間がクリアすれば手に入るのに」
拠点に戻ってから最初にリリ姉に言われたのは、確かそんな感じだ。多分、俺が不機嫌そうに見えたのだろう。……VR技術も、科学の進化と共に発展したのはいいことかもしれないけれど、表情完全認識反映システムは少し、面倒くさい。
「いや、あのカラミティってやつは多分、俺達のことを仲間だとは思ってねえよ。ただ自己満足みたいなテイストでやってる」
「……話してもないのになんでそう思うのよ」
「んー、なんの根拠もないけど、強いやつって弱いやつらを必要としないもんだと思うんだよ。……カラミティはそんなところだ」
それからも、カラミティの話題は絶えなかったと思う。
それほどまでにあの剣さばきは力強く魅力的で──記憶に焼き付けるには十分すぎるほどのプレイヤーだった。
紅き剣姫カラミティ──どのパーティにも属さず、孤高にして至高のソロプレイヤー。個人レートは理論値の8049。
無論世界ランクは、1位だ。
▼△Now Loading…▽▲
カラミティも、来てたのか。東京に…
そんなことを思っていると、『何か』が話し始めた。
〝皆様、お疲れさまでぇす!いやー、素晴らしいですよ、見てて興奮してきましたよ…ハハハハ!〟
「……」
流石に慣れたがやはり、どこかこいつの喋り方には悪意を感じる。
「そろそろ教えてくれ。お前は誰だ?何が目的だ?」
〝んー…まだそれは教えられねぇですが──私のことは《げーむますたー》と呼びやがれ下せぇ〟
…そんなことは、多分どうでもいいのだが。
とりあえずこれからは、『ゲームマスター』と呼ぶことにする。
〝さて、《ちゅーとりある》実戦編どうでした?結構楽しいもんでしょう?〟
「……さぁな。1人オチたし…さっきあんた、鐘がどうとか消えるとか言ってたけど、どういうことだ?」
俺は当初から突っかかっていたことを口に出す。
〝そうですね…この世界での消滅は、生物として『死』を迎える、ということになりやがるでぇす〟
──は。
「現実世界は…どうなってる?……範囲は!?子供や老人まで巻き込んだのか!?」
思わず声を荒げそう言った。
〝現実…ですか。まあきっと、集団催眠によって一時的に隔離されやがってるでしょうね。東京23区は。ちなみに公平を期すため、子供もジジイもババアも赤子もみんな、この世界に引きずり込んでますよ。ま、そのほとんどは起きやがらねぇので、死んじゃいやがりましたけどね〟
「……」
絶句した。……いったい何人殺せば気が済むのだろうか。
〝じゃ、そろそろ《ちゅーとりある》終わりますか。皆様も疲れやがったでしょう?ゆっくり休みやがってくだせぇ〟
「あとひとつ、いいか?」
〝だーもー、何ですかうるせぇな!〟
…構わず続ける。
「消滅したら、死ぬんだよな?それはつまり、鐘が鳴るまでは生きてるってことだ。…ってことはやっぱり、あるんじゃないのか?GAME OVERになった人間を──生き返らせる方法が」
僅かながら訪れた静寂は、ゲームマスターが応えることによって破られた。
〝あー…気付きやがっちゃいましたか。なかなかカンの鋭いようで。不本意ですが、特別にお教えしましょう〟
その言葉によって見えたひとつの光は、しかし続く言葉によって消えてしまった。
〝ぷれいやーがGAME OVERになった時、一度だけそれを生き返らせる──言わば《コンティニュー》システムを、善意で導入したのですが…命のストックがあるからって、このゲームを楽観視しやがるのは愚行ですよ〟
「どういうことだ?」
〝簡単なこと、でぇす。進めば進むほど敵は強くなり、その中で一度でも死ねば後はねぇ、でぇす。それに──その最低条件である『生命の泉』は各エリアに存在しやがりますが、鐘が鳴る度に場所は変わるので見つけるのは困難ですよ?しかも仲間が必要だ〟
…このゲームを生き抜くにはどうやら、一度もGAME OVERにならない、というのが無難なようだ。
〝他に質問はありやがりますか?ないですね?では、これで《ちゅーとりある》は終了でぇす。皆様、お疲れさまでした〟
ゲームマスターがそう言うと、平原だったハズの景色が消え始め、俺らの体も半透明になっていた。
「わ!?何だこれ」
少々パニックに陥っていると──突然カラミティが俺に話しかけてきた。
「あなた──私と同じニオイがする」
「は?それってどういう──」
直後、視界は光に覆われ、気付けば最初にいた場所に戻っていた。…周囲からは注目を浴びている。
「あー、疲れた」
ラミクスが言った。確かにそうだが…
「チュートリアルはもう、終わったんだ。まずは武器だな…」
歩き始めると、また急にめまいが襲ってきた。
〝何やりやがってんですか、GAME STARTは次の鐘が鳴りやがった時ですよ?各エリアの《メンテナンス》と、拠点に全プレイヤーも集めなきゃならないんで〟
……まじか。
「ほん、とに……お前は…」
最初から言え。
その瞬間に俺は、目を閉じた。
▼△Now Loading…▽▲
鐘の音が聴こえる。俺は目を覚ました。
〝おはようごぜぇます!始めますよ!〟
辺りを見渡すと、東京の原型をそのままに、店だけが名義や外見を変えていた。
〝では、始めますよ。──期限は2年…再来年の7月15日までに、このゲームを《全クリ》しやがれくだせぇ……じゃ、GAME START、でぇす〟
その言葉を最後に映像は消え、声は聴こえなくなった。
後に残ったのは、多くの人々の、絶望の表情だった。