*ちゅーとりある2「戦闘の心得」*
「狼……」
当然のことだが、俺は狼との実戦経験はない。
……その前にひとつ、訂正をさせてほしい。今俺達が対峙している怪物は、「狼」と言うには多少の語弊があるかもしれない。
そのワケは外見だ。本来顔に二つ付いているハズの眼が、どういうわけかひとつしかない。それもとても大きく、顔の半分程度は占めている。
もちろん俺は眼が二つ付いているので、単眼というものがどのように世界を映すかは想像の域にも及ばない。
肉食動物という種は、視界に映る獲物が見つけやすいように、眼は前に付いている。視野は狭いが、「中心視野」とやらに優れているのだろう。
…まあ、それはさておき、単眼だというところ以外に於いては、普通の狼と何ら変わりはない。頭上には、「Eyes-lupus」と表示されている。アイズ・ルプスという名前らしい。単眼なのに複数形な事に多少の違和感を覚えるが、どうやら狼という扱いで間違いはないらしい。
さて、あとはこの状況をどう乗り切るか、ということだが。多数の狼相手に丸腰でマトモに戦って、勝てるわけがない…が、どういうわけか敵は襲ってくる気配がない。
〝安心しやがれ下せぇ。今は、そいつらは攻撃しやがらねぇので。まずは戦闘に慣れやがって貰いてぇので〟
『何か』がそう言うと、突然手の中にあまり役に立たなさそうな短剣が出現した。
「わっ!…なにこれ」
突然驚いた様子できら姉──もといリリ姉が言ったので見ると、いかにも魔法使いと言うような杖を持っていた。
〝初期装備、でぇす。それがないと戦えないでしょう?まあ、《精霊使い》は必要ねぇですし、《魔導師》も一応杖がなくとも呪文は使いやがれますけど、最大MPを増加させるためでぇす〟
──MP…マジックポイントは、《魔導師》専用のステータスだ。
全《役職》共通のHPに加え、それぞれに随一のステータスが与えられていて、それらはプレイヤーを見ることで名前と同じようにゲージとして出現するため、確認できた。更にゲージの色がそれぞれ異なるため、判別しやすい。ちなみにHPはピンク、MPは黒だ。
《戦士》はAPで、色は銀色。
《武闘家》はBPで、茶色。
《精霊使い》はFPで、緑色。
…他の二つに関しては、今ここにいる全員がそれ以外の《役職》だったため、確認できなかった。
〝あー、全員違う《役職》なら都合よかったんだけど、やっぱ流石に難しかったか…仕方ない、これで始めるとしますか。他の二職に関しては申し訳ねぇですが──自分でやって慣れろってことで!〟
そんな無責任な事を言いながらも、続ける。
〝まずは、専用ポイントについて、でぇす。APやBPは敵にダメージを与えたり与えられたりして増加しやがるでぇす。《守護者》のGPは攻撃を受けると減りやがるでぇす。GP以外は、『技』を使用して消費しやがるでぇす。コストと言い換えてもいいですが。次に、『技』の発動方法でぇす。発動するには“宣言”をしやがる必要があるでぇす。《戦士》なら『戦術』、《武闘家》なら『武術』…《魔導師》は『魔術』、《射手》は『弓術』、そして《精霊使い》が、『精霊召喚』でぇす〟
…何だか頭の中がごちゃごちゃしてきたが、とりあえず自分の職のことだけ考えていればいいだろう。
〝“宣言”に続けて技名、《精霊使い》は精霊名を言えば発動できるでぇす。しかし《魔導師》は『詠唱』をして初めて発動できるでぇす。当然、強力な魔術であれば詠唱文も長ったらしいですので、仲間のサポートが重要になりやがるでぇす〟
それを聞いてリリ姉が「えー!」と驚嘆の声をあげる。リリ姉は暗唱が得意ではないためだろう。
〝まぁ、詠唱文については勝手に脳内に流れて来やがりますので、安心しやがれ下せぇ〟
「…とりあえず良かったけど、それはそれで何だか気持ち悪いな…」
リリ姉が苦笑しながらそう言う。
〝…では後は、ラプシィに任せるんで、残りの《ちゅーとりある》頑張りやがって下せぇ〟
──その直後の事だった。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
それが人の声だと認識するまでに、数秒もの時間を費やした。それほど悲痛な叫びであり、その光景を目の当たりにし、戦慄を覚えた。
それほどまでに、多数の狼が巨漢に群がってくちゃくちゃと捕食している姿は異様だった。
いや、そのハズだろう。こんな光景、後にも先にも、見ることの無いハズだったものなのだから。
男のHPがジリジリと削られていく。それを見ても、体が動かなかった。今自分のするべきことがわからない。飛び方の知らない鳥は何もできないし、戦い方の知らない戦士はただ、死ぬだけだ。
──瞬く間に、男のHPはなくなった。
〝あー…《ちゅーとりある》でGAME OVERとは、情けないですねぇ〟
「攻撃して来ないんじゃなかったのか?」
〝先ほどは私が話していたので、待ちやがってもらいましたが…基本的なことは教えたので、後は力を合わせてさっさとそいつらを倒しやがってもらうだけでぇす。でも戦場でただ倒されるのを待つだけなんて有り得ないでしょう?〟
…最初から言え。
そんなことを思っていると、狼たちの首がこちらを向いた。まだ殺し足りないと言うのだろうか。
未だに動けないでいると、突然、輝丞──もといラミクスが一体の狼に打撃を与えた。
「リーダー、しっかりしろ!今は戦うしかねえだろ!」
…コイツは、やる時はやる男だ。俺も負けてられねぇ。
〔シャドウ様、《戦士》は近距離戦向きなので、間合いを詰めてください〕
ラプシィがいきなり話しかけて来たので驚いたが…わかっている。
俺は奴らの傍まで走って行き、一体を両断した。敵のHPは当然無くなり、弾けて消えていく。
…次へ、次へと倒していく。一体一体はあまり強くはないが…数が多すぎる。チュートリアルにしては少し、レベルが高すぎないか、と思う。
そんなことを考えていると、すぐにその影響が出た。
「ぐっ…あぁ……っ」
激痛が走る。脇腹を噛まれたようだ。
HPがじわじわと無くなってゆく──その時だった。
「魔術《火種》──That flame will bear everything…」
瞬間、噛み付いていた狼が炎に包まれ、離れる。リリ姉の仕業だ。その狼を倒し、リリ姉の方を見ると、
「男たちだけにいいカッコなんてさせない。私たちは四人で『宵闇の四重奏』だからね!」
と、ウインクをして言う。…セリフをパクられたことについては目をつむろう。
それに呼応するように、魅波──もといミラが、
「精霊召喚…『戦陣のバルラ』」
と言うと、2匹の羽が生えた小人(?)が出現し、俺とラミクスの額に触れると、消滅した。
すると何だか、力が湧いてきたような気がした。妙な違和感を覚える。
「基本支援精霊…『戦陣のバルラ』。一定時間、少しだけ攻撃力を上げてくれるの…私も、ついてるから…っ。頑張って……っ!」
「え、私にはかけてくれないの?」
「リリ姉は、さっきのこと、まだ許してないもん…っ」
「えぇ───!?」
そんなリリ姉もミラもラミクスも…みんな頼りがいのある仲間たちだ。俺は「おう!」と気合を入れ、戦闘に戻った。