*ちゅーとりある1「ゲームを始める前に」*
「これは──?」
右腕には、全く身に覚えのない腕輪が装着されていた。
こんな腕輪、いつ着けたんだろうか。少なくとも東京に来た時は着けていなかったし、どうやらみんなも同じような腕輪を着けているようだ。
すると、
〝《ちゅーとりある》始めるには、何人かに参加しやがってもらう必要があるんですよ…因みに自主参加制ですが、あまりに遅すぎると私何するか分からないんでねぇ。退屈は嫌いだし、待ってんのは退屈だ〟
と『何か』が言い、続ける。
〝ほらほら、モタモタしやがるんじゃねぇ、ですよ。あと1分だけ待ってやるから、参加したいならその腕輪に触れやがってくだせぇ。ま、大体6人くらいですかね?とりあえず早く決めやがってくだせぇ〜はいあと50秒!〟
…周りを見てみると、こんな状況でも腕輪に触れようとする者はいない様子だった。
チュートリアルは、ゲームをする上で避けられない。この大人数の中で、先にゲームを体験できる、ということは間違いなく、大きく有利になるだろう。
「俺、行くよ」
他の3人に告げた。
すると3人は──…
「ともちゃんならそう言うと思ってた!」
「あぁだりい…けどそういうことなら、やるしかないんだろ」
「うっ…うん。私も頑張るよ…っ」
…心配する必要はなさそうだ。それでこそ天才四人、『宵闇の四重奏』だ。
俺たちは顔を見合わせ、同時に腕輪に触れた。
瞬間、俺たちは、青い光に包まれた──。
▼△Now Loading…▽▲
眼を開けると、そこは箱のような部屋の中だった。
壁も床も天井も、真っ白に塗り潰されているようだった。
〝──出揃いやがったな、でぇす〟
声が部屋の中に、響き渡った。
その声と喋り方はやはり、映像の中にいた『何か』だろう。性別の判断が難しい声だ。
…周りを見てみると、俺たち四人以外に、二人の人間がいた。
ひとりは体躯が大きく、ゲーマーとは信じ難いくらいに鍛錬された男…まあ、今日の時点で東京に居た全員がゲーマーとは限らないのだが。
もうひとりは…フードを深く被っていて、顔がよく見えない。小柄な方で、身長は目測で160前後といったところだろうか。
…手前に大男が立っているので、大きく外れているかもしれないけれど。
そんなことを考えていると、チュートリアルは始まった。
〝──さて。まず手始めに、腕輪の赤く光っている部分を、メニューが出るまでタップし続けてくだせぇ。大体2秒間くらいですかねぇ?ちなみにメニューを閉じる時も、この方法でできるでぇす。〟
…腕輪を調べてみると、赤く光っているところはすぐに見つかった。指二本分くらいの幅で凹んでいて、言われた通りに左手の人差し指と中指で触れてみると、目の前には顔よりも少し大きめの、長方形の半透明な画面が浮かび上がった。
〝次はユーザ登録でぇす。まず、それぞれ役職を決めやがってもらうでぇす。これはゲーム終了まで変えることはできねぇですので、よぉ〜く考えやがってくだせぇな〟
『何か』がそう言うと、画面内にその役職と思われる名称が6つ出現した。
〝選択は腕輪に付いているダイヤルで。決定は先ほどの赤いところをタップしやがればできるでぇす〟
腕輪の側面にダイヤルのようなものがあるのを確認すると、ほんの少しだけ動かしてみた。
すると画面内で一番上にあった役職が点滅し始め、それの説明が新しく表示された。
更にダイヤルを回して他の役職を調べてみると、同じように説明が短くまとめられていた。
全6種の役職とそれらの概要は、こうだ。
《戦士》
近距離戦に強く、剣や槍などの武器を駆使して戦う。
《魔導師》
遠距離戦に強く、呪文や魔法などの術式を駆使して戦う。
《武闘家》
超近距離戦において秀でていて、打撃や蹴撃などの武術を駆使して戦う。
《射手》
超遠距離戦において秀でていて、クロスボウや弓などの武具を駆使して戦う。
《精霊使い》
極端に特化しているものはなく、精霊の力を駆使して戦う。
《守護者》
仲間や自身を護り、頑丈な鎧や盾などの防具を駆使して戦う。
──と。
「ともちゃんはどうする?」
画面を見ながら、きら姉が話しかけてきた。
「…決まってんだろ。俺は、《戦士》にするよ。積極的に戦いたいからな。みんなはどうするんだ?」
画面から目を離し訊いてみると、
「俺は《武闘家》だ。身体を動かすのは得意だからな」
最後にだるいけど、と付け加え輝丞が言う。やる気の有無に関してはともかく、体育の成績がトップのコイツなら適任だろう。
「私は《魔導師》かな。なんとなく、楽しそうだし」
…漠然としすぎだ、と思うが、きら姉なら多分大丈夫だろう。きっと使いこなしてくれる。あとは…
「お前はどうすんだ?魅波」
画面とにらめっこをしている魅波に訊く。するとこちらを向き言った。
「私は…《精霊使い》にする。特に理由はないけど…私が役に立てるのは、これくらいかなって思ったから…っ」
弱々しい声でそんなことを言う。確かに魅波は戦闘向きではないかもしれないが、『ワルオフ』では誰よりも努力して、俺たちについてきていた。だから、彼女には自信を持って臨んでほしい。
「ああ。けどお前は、もっと自分を信じてもいいと思うぞ。俺たちはお前を信じてる。それに…頼りにしてるからな」
そう言うと魅波は力強く頷いた。…内心、プレッシャーをかけたかと心配になったが、大丈夫そうだ。俺たちは自分の役職をそれぞれ決め、腕輪に触れた。
すると突然、
〔《戦士》、登録しました〕
──と、機械で加工されたような音声が聴こえた。
〝それは人工知能の『ラプシィ』といいやがるでぇす。きっと中盤程度から利用頻度が高くなりやがりますので、細かいことは後々個人でメニューの『ヘルプ』から調べやがってくだせぇ。…次はユーザ名を決めやがるでぇす。これはラプシィに口頭で、スペルと読み方を言いやがってくだせぇ。大文字は先頭の文字だけで、訂正したい場合は「クリア」と言いやがるでぇす〟
画面を見ると、『スペルを入力してください』という文字と、その下にはカーソルが表示されていた。「S」と発声してみると、画面にも新しく『S』が表示され、カーソルはその右側に移動した。
続けて、
「h、a、d、o、w…読みは『シャドウ』だ」
と言うと、
〔『シャドウ』スペル確認、これで宜しければ、ポインターに触れてください〕
画面には『Shadow』と表示された。とりあえずはこれでいいのだが…ポインター?なんのことだろう。
するとタイミングを見計らったように、声が響く。
〝言い忘れてましたが、これからはその赤いのを『ポインター』と言いやがってくだせぇ〟
──と。最初から言え。
…まあ、とりあえずラプシィの言う通り、ポインターに触れる。
〔ユーザShadow。登録しました〕
〝そのユーザ名はこれからお前たちの名前として、他プレイヤーたちの目に映りやがるでぇす。一度確認してみやがるといいでぇす〟
みんなの顔を見ると、頭上にそれぞれの名前と、色の違うゲージが二本ずつ見える。
輝丞は『Ramix』、きら姉は『Lily』、魅波は『Mira』。やはりいつもと同じ名前だ。
〝──では、準備が整いやがったようなので…実戦編と行きやしょう〟
直後──。
真っ白な空間のはずだったここが、突如平原のような地形になり、目の前に多数の狼が出現した。