閑話・ペコペコの日(午前中)
私の通う学校は、ひと学年6クラスもあるこの地域では一番デカい学校だ。少子化の時代に6クラスもあるのは大変珍しいらしい。登校時間になれば、三学年で計18クラス、すなわち大量の生徒たちが、一斉にこの学校の校門を目指して集まることになる。同じ制服を着たやつらがぞろぞろと、蛍光灯を目掛けて飛び込んでくる虫けらのように集まってくるのは、その生徒たちのうちのほとんどと、というかメガネ以外の全ての生徒と交流のない私のような人間からすれば、憂鬱になるとしか言いようのない光景だった。視界に入るのは知らないやつらばかり。平日は毎日それが繰り広げられ、しかも私もその集団の一員にならなければならない。
友人と笑顔で語らい、希望を胸に、新しい一日がまた始まるとでも言いたげな顔をするそいつらの見ている世界は、私の見ているものとは違う。私の見ているのは理不尽と絶望に染まったクソみたいな世界であり、そんな世界に住んでいる私は希望に満ちたそいつらの顔を見ているだけで胸糞の悪い嫌な気分になるのだった。あんなやつらとは喋りたくもない。もちろん喋りかけられることもないが。というポーズをとることは、友達がひとりしかいないことをうまくごまかすための処世術でもあり、私にとっては必須のものなのだった。とにかく、なるべく関わり合いにならないように、うつむいて、隠れるようにしながら校門をくぐるのが常だった。
しかし、この日はいつもとは違った。意味不明だった。うつむいていたという点は同じだが、一歩一歩、周囲の様子をうかがいながら、私は緊張して足を進めていた。もう学校へ行かずに帰りたかったが、そうすると確実にCIAに怒られるし、しかもそれはきっと心配からくる怒りで、敵意でも悪意でもない私のことを考えての怒りであれば、無視するわけにもいかず、そもそもそんな風にCIAを怒らせるわけにもいかず、さらにはテストで非常に悪い点数をとっている以上、せめて出席日数だけは稼がねばならず、もろもろの事情により、私はこの無様で意味不明な状況を我慢しつつ、なんとか教室へとたどり着かなければならなくなってしまっていたのだ。
私が何に緊張していたのか。それは、ペコペコだ。
気づいたのは家を出てすぐだった。足を踏み出すたびに、自分の足元から、「ペコッ」という音がする。小さな音だが、それはたしかに聞こえていた。早足で歩けば音も早くなり、「ペコペコペコペコッ」と追いかけてくる。あまりにもマヌケなその音に楽しくなり、歩くスピードを変えて「ペコペコペコッペコッペコ……ペコ……」といろいろなペコを鳴らしていたのだが、だんだんと不安になってきた。最初のうち、私はこの音が、自分の靴から聞こえているのだと思っていた。雨に濡れたとかで、何かのバランスが上手く作用して、たまたま靴がペコペコする状態になってしまったのだと。しかし、ペコペコはいつまでも治まらなかった。反対に、少しずつ大きくなっているようだった。しかも、それは私のくるぶしから聞こえているような気がするのだ。ペコペコ。それはいかにもマヌケな音で、学校に着いても鳴っているようなら、きっと周囲の生徒に気づかれて、馬鹿にされ、後ろ指を指され、ヒソヒソと噂され、珍しいものを眺めにどんどん生徒が集まり、最終的にはSNSにアップされ、CNNあたりから、「動画を拝見しました。大変興味深い現象です。つきましては弊社のニュースサイトでこの動画を掲載させていただきたく……」というメッセージが届くことが予想されるような、そんな音なのだった。もちろんフォローを返すことはないし、リプライを送ることもない。即座にブロックだ。
実際のところ、いったいどこから音がするのか。それは靴を脱ぎ、上履きに履き替えたときにきちんと判明するはずだった。上履きに履き替えてもペコペコするのならば、私の足がペコペコしているということになり、ペコペコが止まるのであれば、それは靴から聞こえていたということになる。祈るような想いを胸に、上履きを床にポイッと投げ、いざそれを履こうとする直前、体重を移動させた拍子に私のくるぶしがペコッと音をたてた。祈るまでもなかった。ペコペコしているのは私のくるぶしだった。
こうして私は学校へついてからもそろりそろりと出来る限りペコペコしないように気を使いながら移動することになり、それはおそらくかなり奇妙な歩き方だったのだが、メガネ以外友達のいない私の前に事情を聞こうとするものは現れなかった。ただ視線が集まっているような気はした。それが奇妙な歩き方に対するものなのか、ペコペコに対するものなのか、はっきりとはしない。いずれにせよこの時点で私は死にたい気分になっていた。
教室の自分の席に座り、私はようやく息をついた。もう今日はここから移動しない、動かなければペコペコしないのだから、と怒りにも似た決意を固めていると、メガネがやってきて、空いていた前の席に座った。私の唯一の友人であるこの地味メガネは心底いいやつで、ペコペコのことを馬鹿にする恐れもない。だから私にはペコペコのことをメガネに相談をする以外の選択肢はなかった。
「おはよう。ねえ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」と挨拶をして切りだせば、「おはよう。うん! いいよ! なになに?」とメガネは能天気な表情で返事をしてくる。「真面目なことだから、ふざけないでちゃんと聞いて」と注意すればその表情も改まる。「ちいさくて聞こえないかもしれないから、しっかり聞いてね」とさらに念を押すと、「うん?」と不思議そうな顔をする。しかししっかり聞こうとしてくれる様子だった。私は意を決して、椅子から立ち上がり、メガネの目の前を往復した。わずかな移動距離でも、やはり音はしていた。かなりハッキリとした音だった。ペコペコ……。
「聞こえた? 朝からずっと、歩くとペコペコ音がするんだ……」と私は沈んだ気持ちで席に着いた。「やっぱり変だよね?」と尋ねれば、メガネは「んぐぅ……」と返答につまり、しばらく言葉を選んでから、「そういうこともあるよ」と明るい表情を作って答えた。「おい、メガネ。そういう答えを聞きたいわけじゃない。変だと言わなかったのは正解だが、お前の言葉はなんの解決にもなっていないぞ」と私は心の中で思ったのだが、しかし、ならばどう答えればよかったのかというと、よくわからないのだった。「このままずっとペコペコするのかな……」とつぶやけば、「そのうちに治るよ」とまた明るい声で言う。「お前は何を根拠にそんなことを言っているのか。お前はペコペコの何を知っているのか。無責任なことを言うな」と追及してもよかったが、あいにくそんな気分にはなれなかった。私はペコペコのせいで落ち込んでいたのだ。いずれにせよメガネは役に立たなかった。
「そういえば……」とメガネは唐突に表情を曇らせた。「今日、50メートル走のタイムを計るんだって」という言葉に、私はゴクリとつばを飲み込んだ。50メートル走といえば私が最も苦手とするもののうちのひとつであり、手を左右にふり、ほとんど足の上がらないふざけているのかと言いたくなるようなフォームで走るメガネと比べると、明らかにきちんとしたフォームで走っているはずの私のタイムはメガネよりもはるかに遅く、結果的にマジでふざけているのかと周囲から思われてしまうような競技なのだった。私は一生懸命走っているのに。今回はさらにペコペコ状態が追加されている。ペコペコ音をたてながら、ダントツに遅いタイムを叩き出せば、これはもう完全にふざけていると思われるだろう。繰り返すが私は真面目に走っているのだ。いままで50メートル走のタイムを計るときにふざけたことは一度もないし、14秒を切ったことも一度もない。「よりにもよって、こんなときに」と私は思い、言葉が出なかった。
「でも、うん! 大丈夫。私が一緒にいるからね」とメガネは私を見つめて頷き、「お前がいてどうなるんだよ。いったい何が大丈夫なんだよ」と言いたくなるはずのメガネのセリフは、メガネにしては珍しいキリリとした表情とともに聞かされると、なんだかとっても説得力があって、「ありがとう……。一緒にいてね……」と思わず答えてしまうのだった。メガネは頼りがいのあるやつだった。
チャイムが鳴り、ホームルームが始まり、2時間目の体育の時間、すなわち50メートル走へのカウントダウンがスタートした。授業中、私は普段から教師の話を聞いていないのだが、この日は50メートル走のプレッシャーと、ペコペコが周囲に気づかれるのではないのかという不安で、いっそう話を聞かない状態になっていた。私は熱心に鼻と唇の間にマーブルペンを挟み続けた。
1時間目が終わればすぐにメガネが私のもとにやってきた。学校指定のクソダサいジャージに着替え、私はメガネに寄り添うようにして校庭へ向かった。ペコペコ。このクソダサいジャージは、着ると身体のラインがわかりにくくなり、ちんちくりんの私にとっても、ややふくよかなメガネにとってもメリットがあるという、意外と機能的なデザインをしているのだ。50メートル走のタイムはほかのクラスと合同で計るらしく、校庭にはクソダサジャージ軍団が集結していた。その数はおそらく50を超え、しかも体育の授業は男女別々に行われるから、ここにいるのは全員女子である。「地獄かよ」と私は思った。このクソダサジャージ軍団の前でペコペコを披露することになるからだ。私の心の中の動揺に気づいたのか、隣を歩くメガネが手を握ってくれた。
クソダサジャージ女子たちが順番にタイムを計っていき、出席番号の関係で、メガネは私よりも先にタイムを計ることになった。走り出したメガネのフォームは相変わらず無茶苦茶で、力の抜けたフワフワとした走り方にも関わらずそれなりのスピードが出ていて、それは横向きの引力とでもいうような、謎の物理現象が起きていることを思わせる奇妙な運動だった。タイムは9秒台。確実に私よりも速いタイムだった。
しばらくして私の番になり、緊張してスタートラインについた。合図とともに走り出せば、やはり足元がペコペコしている。しかも、なかなか前に進まない。私が走るときは、進行方向とは反対に向かって、先程の謎の物理現象、横向きの引力が働いているのだった。「なんだよそれ! 理不尽かよ!」と私は思い、必死に手足を動かし、はやくゴールしなければペコペコがバレてしまうと焦り、「なあああー!」と叫びながらジタバタした。より正確に言うと、「に」に「濁点」で「に゛ゃあああー!」である。ようやくゴールを切り、息も絶え絶えで動けずにいる私に告げられたのは、13秒というタイムだった。自己ベストである。少しずつ息を整える私に、「がんばったねー!」と声をかけてくるものがいて、声の主を探すとそれは笑顔を浮かべた性的なソフトテニス部たちなのだった。私は困惑し、しばしの間私の脳細胞は機能を停止し、頭の中で「馬鹿にするな。お前らに憐れみをかけられるいわれはない」と吐き捨てることで冷静さを取り戻し、軽く会釈をしてその場をそそくさと去った。メガネの隣に座ると、メガネが「がんばったねー!」と言ってくれて、自己ベストを記録したこともあって嬉しくなった私は、「ふぅん」とつぶやいてうつむいた。
こうしておそらく私の人生最大の危機は自己ベストの記録とともに乗り越えることができた。ペコペコがバレたのかどうかはわからない。ペコペコが治ったわけでもない。だが、50メートル走を乗り切ることはできた。これに浮かれて、私は何もかも解決したような気になっていた。実際は何も解決していないのに。そして恐ろしいことに、まだ2時間目なのだ。午前中も終わっていなかったのである。




