ひねくれカラスと怖がり少女のおはなし
少女は人一倍、怖がりな子だった。家で一人でお留守番しているのも怖いし、一人でお風呂に入るのだって、まだたまに怖いときがある。まして、ホラー映画なんてもってのほか、である。少女は今年小学校三年生になった。クラス替えをして二か月程たったが、新しい友達もすぐに出来て、毎日がとても楽しい。桜は散り、緑の葉が生い茂るようになった。少し雨の日が多くなった。
少女の通う小学校は歩いて十五分ほどでつく距離にある。小さな川沿いをまっすぐ歩けばつく。車が通らないので、少女の親は安心して送り出している。二年生の頃はひとりで登校するのが嫌で駄々をこねて両親に一緒に来てもらうことが度々あったが、三年生になってからは成長したのか、胸を張ってひとりで通っている。そんな少女が今日帰ってくると、母親に泣きついた。どうしたの、と聞くと、怖い、怖いと言う。何が怖いの、と聞くと、からす、と言う。
カラスは自身の漆黒の羽と同じ漆黒の目をぎらつかせていた。カラスは長年この辺りに住み着いているが、人間が嫌いだった。木の実を割る時にだけ、人間の車に轢いてもらうことはあっても、カラスは人間が嫌いだった。
カラスは寂しかった。カラスは生まれてからずっと一羽で過ごしてきた。群れをなして夕暮れを飛び交うカラスたちを見ては、顔を下に向けた。カラスはひねくれていた。群れることが嫌いなのだと自分に言い聞かせた。人間だって群れるのだと、カラスは満員電車から酸素を吸うために大量に出る人々を見つめながら思った。
カラスはある日の朝、光るものを見つけた。それはゆらゆら揺れていた。黄色い花の下でゆらゆら揺れていた。それはビーズで作ったくまのキーホルダーだった。くまのキーホルダーは少女のランドセルについていて、少女が一歩歩くたびに揺れた。カラスは見つめ続けた。カラスには欲求が生じた。アレガホシイ。アレガホシイ。アレガホシイ。カラスは華麗に宙を舞った。キーホルダーがくっついているランドセルをつつくと、少女は振り向いて仰天した。カラスも仰天した。黄色い花を被ったそれは人間だった。少女は一瞬足が竦んだが、泣きながら走りだした。その泣き声にカラスはまたも仰天した。それ以上近づく事はやめたが、しかしカラスはキーホルダーを見続けていた。
「カラスくらいで泣いてちゃだめでしょ」
泣きながら首を横に振る少女の母親は困ったように肩を竦めた。少女が三年生になってから、母はすっかり安心して朝からパートに出かけなければならないのだ。「あなたはもう三年生なんだから」と言うと、少女は泣きやんだ。さんねんせい、と掠れた声で呟いた。
カラスは思案していた。どうしたらアレを自分のものにできるのか思案していた。何も考えつかずに、翌日を迎えた。とりあえず昨日と同じ場所で待っていた。
少女はやってきた。黄色い帽子を目深に被り、ちらちら上を確認しながら歩いて来た。カラスと目が合うと、一瞬体が揺れたが、深呼吸をすると胸を張って堂々と歩いて来た。カラスは今日は少女の前に降り立った。少女は泣きそうに顔を歪めた。カラスは言った。
「ソノヒカッテイルモノヲオレニクレ」
少女はカラスと目が合うと足がまごついたが、できるだけ威勢を保って歩くことにした。するとカラスが音もなく目の前に現れた。カラスは三回啼いた。視界がぼやけたが、手でこすった。カラスはまた三回啼いた。何か言いたげだった。
「わたしになにかご用でもあるの?」
「ソノヒカッテイルモノヲオレニクレ」
少女とカラスのキャッチボールはうまくいかなかった。互いが互いの言葉に首を捻った。さては。カラスは思った。こいつは渡す気がないのだな。カラスは思った。なめやがって。
もしかして。少女は思った。カラスはわたしをころすのかしら。少女はカラスの目線に気がついた。もしかして。少女は思った。
「これがほしいの?」
少女がくまのキーホルダーを指さすと、カラスは狂ったように二度啼いた。カラスは思った。挑発してるのか。カラスは思った。なめやがって。カラスはキーホルダーめがけて飛んだ。少女は避けて走った。学校についてから、少女は少しだけ泣いた。帰りは先生に車で送ってもらった。
さらに翌日、少女はキーホルダーを握りしめて登校した。カラスが目の前に降り立った。
「よかったら、あげるわ」
少女は言った。どうせ去年バザーでお母さんが買ってくれた安物だから。通じないと知りつつ少女は言った。言って、道にキーホルダーを置いた。五歩、後ろに下がった。
カラスはキーホルダーをじっと見つめた。くれるのか。カラスは思った。いや、わなかもしれないぞ。ひねくれもののカラスは思った。少女をじっと見つめた。負けじと少女は見つめ返した。カラスはくちばしにキーホルダーを咥えて、すぐ飛び去った。少女は歩いて学校に行った。
カラスはキーホルダーを見つめた。きれいに光っていた。うらやましい。俺は光らない。俺にあるのは、ただ黒のみ。カラスは悲しそうな声で啼いた。夜風に流されて、どこまで聞こえたかわからない。
翌朝、同じところで少女を探した。少女は来なかった。その次の朝も来なかった。次の次の朝も来なかった。次の次の次の朝も来なかった。次の次の次の次の朝も来なかった。
少女は引っ越しをしていた。急な父の転勤で、学校に挨拶する暇もなかった。少女は寂しかった。せっかくできた友達にもう会えなくなるのは寂しかった。せっかくできた友達にもう会えなくなるのは寂しかった。
カラスはキーホルダーをくちばしに咥えながら、啼いた。その声は憂いを含んでいた。せっかくできた友達に会えないのは寂しかった。羽を広げ、キーホルダーを落とさないように、カラスは今日も一羽で空を飛ぶ。




